第217話 何とも言えないな……
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着替えを済ませた俺達は柊さん達と合流した後、ストレッチなどの準備運動を済ませダンジョンへ入る入場待ちの列に並んでいた。
「うーん、ここも何時もと雰囲気が違うよな……」
「そうだな。やっぱり並んでいる人達の差だろうな……」
入口へと続く列を眺めながら、何時もと違う静かな雰囲気に若干気圧される。何時もは並んでいる人達の楽しげな雑談で騒々しく賑わっている入口前も、今は淡々としたダンジョン内での行動確認をする打ち合わせの声が若干聞こえるぐらいだ。
『今日の回収ノルマは……』
『帰還は16時を予定し……』
『先週、経理から備品の消費が多いと苦情……』
『時間を合わせろ……2、1』
もの凄く、空気がピリピリとしているんですけど……。
実際、美佳と沙織ちゃんは完全に周りの雰囲気にのまれ、顔を強張らせながら萎縮してる。
「……大丈夫か、二人とも?」
「う、うん……」
「だ、大丈夫です……」
どう見ても、大丈夫そうに無いほど緊張しているな。ゴブリン殺しの動揺が、これでぶり返さなければ良いけど……。
……とりあえず、発破でも掛けておくか。
「二人とも……難しいとは思うけど、俺達だって仕事で来ているんだ。自分たちの存在を、場違いだなんて思う必要は無いんだからな? 何時もの雰囲気と違ってのまれるのも無理も無いけど、余り周りの雰囲気にのまれて自分のペースを乱すなよ? 緊張しすぎていると、普段の力が出せなくなるからな」
「う、うん」
「は、はい」
「先ずは深呼吸でもして落ち着け。心が落ちつけば、自然と緊張も解れるからさ」
美佳と沙織ちゃんは俺の助言に従い、目をつぶり深呼吸を繰り返す。4度5度、深呼吸を繰り返している内に、美佳と沙織ちゃんの顔から緊張の色が消えていく。
そして……。
「……落ち着いたか?」
「……うん」
「……はい、大丈夫です」
まだ些か緊張の色が残っているが、とりあえず大丈夫そうだ。ダンジョンの中に入ってしまえば、この程度の緊張ならすぐ忘れるだろう。
調子を取り戻した二人の様子に若干安堵しつつ、俺は入場待ちの列の先を見る。
「この調子だと、入るまで後10分位掛かりそうだな……」
「だな。一グループが大きいから、列は長いけどそんなものだろ」
「そうね。寧ろ、私達みたいな少人数グループの方が珍しいみたいだわ」
列に並ぶ人達を見て見ると、十数人毎にグループで統一された制服?を着ていた。何時も……土日や祝日はそれぞれ異なる服装の少人数グループの方が多いのに、平日は俺達を含めて数グループしか見当たらない。
「まぁ基本的に、浅い階層なら人数が多い方がダンジョン探索は楽だろうしね」
「日帰り可能な範囲でなら、大樹の言う通りだろうな」
「それって、どう言う事?」
俺と裕二がそんな話をしていると、美佳が興味深そうに理由を尋ねてきた。
「ん? ああ、それはな? 日帰り可能な範囲でならと言うのは、ダンジョン内で宿泊する場合の必要物資が関係するんだよ」
「ダンジョン泊をする場合、宿泊に必要なテントや毛布、食料なんかを全て持って行く必要があるからな。ダンジョン内に、宿やコンビニがある訳じゃないからな」
「さっき広場で見た運搬ロボットを使ったとしても、持って行ける荷物は限られるわ。人数が増えれば、持って行く荷物の量も増えるしね。仮に、泊まるのに必要な物資をロボットの積載容量一杯まで積んでしまったら、折角苦労してダンジョンで得たドロップアイテムを持ち帰れなくなるわ。そうなったら、何の為にダンジョンに泊まってまで探索をしたのか分からないもの」
「と言う訳で、人数が多くて有利なのは、宿泊を必要としないで探索可能な階層までだな、って話をしていたんだよ」
「「へぇ、なるほど……」」
俺達の説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは納得したような表情を浮かべた。
「逆にダンジョン泊をしない場合は、俺達もやっている様に食料品なんかは非常食と各自が食べる分だけ持てば良いからな。必要物資の運搬という意味じゃ、人数が多くても負担が少ない」
「そして人数が多いと、罠やモンスターを警戒する人数が多く確保出来るから、グループの安全を確保しやすい。まぁ逆に……」
「人数が多いと、ドロップアイテムを得た時の分け前は減るわ。確かに人数が多いと安全は確保し易くなるけど、余りドロップアイテムを得られなかったら分配の時に揉める可能性が出て来るわね」
「開放当初はドロップアイテムの換金率も良かったから、即席で数グループでパーティーを組んで探索をしている人達も居たみたいだけど……」
「今は殆ど見かけないな」
「そうね。あの人達は今、どうやってダンジョン探索をしてるのかしら?」
若干昔見た光景を思い出しつつ、美佳と沙織ちゃんに大人数探索のメリットとデメリットを教えた。
昔、利益分配で揉めているグループを見た事あるしな。
「まぁそんな訳で、大人数探索にはメリットデメリットがあるんだよ。と言っても、複数グループによる合同パーティーじゃなく、会社単位の大人数グループになるとまた話が変わって来るんだけどな」
「収入がドロップアイテムの換金によらない給料制になると、利益分配とか考えなくて良くなるからな。会社単位なら最低ノルマを定め、安全第一で大人数で探索した方が良い」
「勿論、ダンジョン泊を必要としない日帰り探索の場合の話よ? さっきも言ったけど、ダンジョン泊をするとなると一気に負担が増えるからね」
無理に希少価値の高いドロップアイテムを求めないのなら、安全性を考え大人数で日帰り探索をした方が確実だろうな。勿論、パーティーに所属する探索者のレベルにもよるだろうけど。
そして、俺はもう一度並んでいる人達を観察する。
「並んでいる人達の装備品の具合から見ても多分、一部のパーティーを除いて日帰り探索が主じゃないかな?」
「おそらくな。多分だけど、オーク肉なんかの食肉関係品の回収が目的じゃないか? あれって流通しているダンジョン食肉の中じゃ人気があるから、かなり需要も高いだろうしな」
「そうね。オーク肉関係は、家でも結構な量を業者から仕入れてるから、その可能性は高いと思うわ」
少数の運搬ロボット装備組を除き、列に並んでいるのは大型クーラーボックスを積んだリヤカーを引いたグループが大半だ。先ほど広場であった運搬ロボット装備組とは違い、リヤカーにはテントなどの宿泊に必要な物資は積んでいないので軽装といえる。おそらく、リヤカー組の殆どは日帰り探索なのだろう。
と話をしている内に列は進み、いつの間にか俺達に入場順が回ってきた。
「次の人……って、ん? あれ? 君達、学生さんかい?」
「はい。あっ、でも別に学校をサボって来ている訳じゃありませんよ? 今日は学校が体育祭の代休で、休みなだけです」
「あっ、そうなのかい? それなら、問題ない……のかな? まぁ取り敢えず、入るなら一人ずつ探索者カードをリーダーに翳してくれ」
「はい」
入場ゲート担当の係員さんが俺達を見て怪訝気な表情を浮かべたので、面倒な事になる前に代休の件を伝える。すると係員さんは一瞬首を傾げたが、後ろに控える探索者達の列を一瞬見たとあと直ぐに俺達に入場を促してきた。
そして俺達は係員さんの言葉に従い、入場ゲートを通過しダンジョン内へと進んで行く。
ダンジョン内も、やはり何時もと様子が異なっていた。美佳達の意識を切り替えさせる準備運動がわりにと、手頃なモンスターを探しつつ、1階層を歩き回っていたのだが、2階層へと続く最短ルートを外れ、最初の角を曲がった途端にモンスターと遭遇したのだ。
って、マジか!?
「あぁ、ええっと……予定より随分早く遭遇しちゃったけど……美佳? 行けるよな?」
「う、うん! 大丈夫!」
「そうか、じゃあ任せる。念の為に言っておくけど、油断はするなよ?」
「分かってるって!」
気合いを入れる様に元気良く返事を返した美佳は、手に持った槍の穂先を出現したモンスター……ホーンラビットに向けながら俺達の前へと進み出る。ホーンラビットも己に武器を向け構えた美佳を敵として認識したのか、美佳に角を向けながら唸り声を漏らし、前傾姿勢で体勢を低くし何時でも飛び掛かれる様に構えていた。
相手の出方を警戒する美佳とホーンラビット。両者ともにジワジワと相手との間合いを詰め……。
「はぁっ!」
「ギュッ!?」
ホーンラビットが美佳に飛び掛かろうと前肢に体重を掛け体勢を僅かに沈めた瞬間、その一瞬を見逃さず美佳は一気に間合いを詰め槍を繰り出した。レベルアップ強化の恩恵のおかげか、美佳が繰り出した槍はホーンラビットの前肢が地面を蹴る前に到達。頭を何の抵抗も見せずに貫き、ホーンラビットを地面に縫い付けた。
僅かな悲鳴を上げた後、ホーンラビットは数度痙攣してから力無く地面へと沈んだ。美佳は暫く槍でホーンラビットを貫いたまま警戒を続け、完全に息絶えた事を確認してから警戒を解いた。
「……ふぅ。終わったよ」
「お疲れ様。良く、ホーンラビットが飛びかかる瞬間を捉えられたな?」
「何度も相手をしている内に、何となく飛びかかってくるタイミングが分かる様になったみたい」
「そうか。なら次は、その何となくを言葉に出来る様になる事を目指すと良い。ちゃんとした言葉に出来るようになるって事は、それだけその事を明確に理解しているって事だからな」
「うん。でも……それってどうやれば良いの?」
褒めつつも新たな課題を出す俺に、美佳は首を傾げながらどうすれば良いのかと尋ねてくる。本当は自分で気が付くのが良いんだが、まぁヒントぐらいは良いか。
「観察眼を鍛えていけば、自然と出来る様になるさ。観察力を鍛えるって事は、相手の癖や弱点を見つけ、攻撃パターンを見切る力を付けるって事だからな。初見のモンスターを相手にする時なんかには、逃げるにしても戦うにしても必須となる技能だ。怠けずに鍛えておけよ?」
「……うん、分かった」
美佳は俺のヒントを聞いた後、少し悩むように顔を曇らせながら頷いた。
そして光の粒子になって消えたホーンラビットの跡地に刺さった槍を抜きながら、ドロップアイテムが出なかった事に美佳は若干残念そうにため息を漏らしている。まぁ例え換金額が安いコアクリスタルだとしても、最初の戦闘でドロップアイテムが出たらモチベーションは上がるからな……残念だったな。
「さて、取り敢えず先に進もう。次は沙織ちゃんに戦って貰うから、準備しておいて」
「はい!」
本日最初の戦闘を終え沙織ちゃんも、先程までの雰囲気にのまれ緊張していた事など無かったかの様にやる気に満ちた元気な返事を返してくる。
そして俺達は新たなモンスターを求め、ダンジョンの奥へと歩き出した。歩き出したんだけどな……。
「ウゥゥッッ……」
ホーンラビットと戦闘を行った場所から進む事、角3つ。俺達は威嚇の唸り声をあげる、一匹のハウンドドッグと遭遇した。
おいおい! どう言う遭遇率だよ、これ!? 何時もの低遭遇率はどうした!?
「何で今日に限って、こんなに簡単に見つかるんだよ……」
「……平日、だからじゃないか?」
「……そうね。ひょっとしたら、サラリーマン系探索者が最短コースで下の階層に潜っていくから、この辺りのモンスターは手付かず状態なのかも知れないわね」
「つまり誰も倒さないから、普段の低遭遇率の原因であるリポップ待ちが無い、と」
俺達は一瞬顔を見合わせた後、押し黙り沈黙する。
高遭遇率の原因は何と無く分かったのだが、そうなると目の前にいるコイツって……。
「と言う事は、コイツ。ポップしてからずっと、此処で出待ちしていたって事か?」
「そう、なるな」
「そうなるわね」
「そうだよね」
「そうですよね」
俺達は視線を、警戒し唸り声を未だあげるハウンドドッグに向ける。ただし、その視線に含まれているのは多分に何とも言えない気まずいと言った物だった。
えっと……出待ち御苦労様?
何とも言えない雰囲気の中、沙織ちゃんは出待ち?していたハウンドドッグを美佳と同じく槍の一突きで倒した。
そして倒したハウンドドッグが消えた場所に、ドロップアイテムが出現する。
「コアクリスタルか……」
「そう……ですね」
俺達は微妙な表情を浮かべながら、出現したコアクリスタルを眺める。先程、コアクリスタルでも出ればテンションも上がると思ったが、実際にこうして出現してみると……何とも言えない。
高遭遇率の原因を知る前、ハウンドドッグに出待ちと言う称号が付く前なら素直に喜んでいたのかな?
平日と休日でガラッと雰囲気が変わる施設って、結構ありますよね。




