第216話 何時もと雰囲気が違うな……
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ホテルを出発しタクシーに揺られる事、凡そ10分。市街地を抜け、ダンジョンに向かう山道に入ったのだが……軽い渋滞が起きていた。
「何か、混んでるな……」
「そうだな。この道、こんなに車通り多かったか?」
停止と発進を繰り返すタクシーに辟易しながら俺と裕二が愚痴を零していると、話が聞こえたタクシーの運転手さんが渋滞している理由を教えてくれた。
「すみませんね、お客さん。この道、平日のこの時間帯は何時もこんな感じなんですよ」
「平日は、ですか?」
「ええ。お客さん達、見たところ学生さんでしょ? 普段は週末位しか、ここを利用しないんじゃないんですか?」
「ええ、平日は学校がありますから」
俺が普段は学生をしていると答えると、運転手さんは軽く頷き話を続けた。
「それと同じですよ。この時間帯は、ダンジョン関連商品を収集する会社に所属する、探索者さん達の通勤時間帯なんですよ。特に、休み明けの月曜日は」
「……ああ、なるほど」
運転手さんの話を聞き、俺は納得の頷きを漏らす。確かに、俺達の様な自営業系探索者や趣味で探索をやってる探索者ならば自由に探索をする時間を決められるが、会社に属しているとなると勤務時間という規定が出てくる。全日制にしろ、シフト制にしろ、会社には社員の労働時間を定める労働基準法という縛りがあるからな。
仮に、会社員系探索者に社命で一週間連続でダンジョン探索をさせでもしたら……労働基準監督官が嬉々として乗り込んで来るんじゃ無いか?
「まぁそういう訳で、申し訳ないですけど到着にはもう暫く掛かります」
「分かりました。じゃぁ、安全運転でよろしくお願いしますね」
「ええ、任せてください」
そう言って、俺は運転手さんに軽く頭を下げた。
何時もの倍近い時間を掛けダンジョン前のタクシー乗降場に到着した俺達は、手早くタクシーから荷物を下ろし凝り固まった体を解していた。
「やっと着いた……」
「思ったより混んだな……ほんと」
「脇道が無い一本道だから、仕方が無いわよ」
柊さんの呟きを聞き、俺達は駐車場に入ろうと未だ長蛇の列を作っている車の群れを眺めた。改めて思うけど、山道の入り口で交通規制を掛けた方が良いんじゃ無いのだろうか?
そして荷下ろしを終えた俺達はタクシーを見送った後、荷物を持って更衣室が有る建物へ向け歩き出した。
「それにしても……何だか何時もと雰囲気が違うな」
更衣室へ向かう道すがら、辺りを見渡しながら俺達は普段と違うダンジョンの雰囲気に若干戸惑った。
「そうだな。何と言うか……余裕……いや、甘さが無いな」
「それと、歩いてる人達の服装や機材の差も有ると思うわ」
裕二と柊さんは軽く眉を顰めながら辺りを観察し、普段との違和感の原因を口にする。確かに裕二と柊さんが言う様に、歩いている人達の殆どは会社のロゴが入った揃いの制服?を着ているし、持ち込んでいる機材の本気度に昨日居た探索者達とは格段の差があった。
そして興味本位の眼差しで辺りを見ていると、駐車場の方からその集団は姿を見せる。
「なぁアレって、追従式運搬ロボ……だよな?」
「ああ。確か、何かの企業アピール番組で紹介してたな。アイテム収集をしながらのダンジョン探索には、必須の品だって……」
「……あれって、一台が数百万円するって言って無かったかしら?」
畳一枚分程の大きさの追従式運搬ロボの側面には、所属会社を表す企業ロゴマークが描かれていた。最近TVや雑誌で目にする、大手ダンジョン探索会社のロゴだ。
そして、その運搬ロボを3台率いて現れた集団の中から1人の男性が、足を止め運搬ロボを眺めていた俺達に話し掛けてきた。
「やぁ、おはよう」
「お、おはようございます……」
突然の挨拶に戸惑いながら、俺は軽く頭を下げなから挨拶を返した。なんだ、いきなり?
「君達、見たところ学生さんみたいだけど、学校は良いのかい?」
「えっ、ああ……今日は体育祭の代休なので大丈夫です」
「ああ、成る程。いや悪いね、突然声を掛けて驚かせちゃって。祝日でもないのに、普段見かけない若い子達の姿があったからつい、ね」
「あっ、いえ……」
ああ、成る程。俺達が学校をサボって、ダンジョンに来たんじゃ無いかと疑っていたんだ。
彼等が突然俺達に話し掛けてきた理由を知り、俺は納得した。以前……と言うかほんの数ヶ月程前の事だが、学生の留年数が大幅に増加した事が問題視された。増加した留年者の留年理由の多くが、ダンジョン探索に熱中した余りの出席日数不足や成績低下などだ。お陰で一時期、探索者に対する印象が大きく損なわれた。曰く、探索者などやっているから留年するのだ、等々。自己管理が出来ずに起きた留年問題の筈なのに、まるで探索者全体に責任があるかの様に言われたのだ。
そんな事があってから然程時間が経っていないのに、祝日でも無い平日に未成年者がダンジョンに居たら注意くらいはしようとするか。
「そ、それにしても、凄い装備ですね。運搬ロボを3台も使うだなんて……」
「あ、ああ。そうだろ?」
互いに苦笑いを浮かべるという些か場の空気が悪かったので、俺は咄嗟に運搬ロボの話を振って話の流れを強引に変えようとした。すると、話し掛けてきた男性も流れにのって、運搬ロボに関する簡単な説明をしてくれる。
「コイツはアドバンス社製のA-02って言う、最大積載重量1000kgを誇る最新型の追従式運搬ロボだ!」
「へぇー、1000kgも荷物を積めるんですか……」
「ああ。その上コイツはインホイールモーター式メカナムホイールを8つ装備していて、どの方向にも瞬時に移動が可能だ。モンスターと突発戦闘の時にも、素早く待避させられるから便利だよ」
「そうなんですか。ああ、でも……ダンジョン内での階層移動する時はどうするんですか? 階段じゃ、コイツは降りられないですよね?」
「ああ、その事か……」
自慢気に運搬ロボの事を話してくれているところ悪いが、俺はふと浮かんだ疑問を尋ねてみた。まさか階段がある度に、人力で運搬ロボの階段の上げ下ろしをしているんじゃないよな?
すると、俺の疑問を聞いた男性は一瞬不敵な笑みを向けた後、静かに俺達のやり取りを眺めていた仲間に何かの指示を出した。
「階段を上り下りする時は、こうやるんだよ」
そう言いながら男性が運搬ロボを指さすと、運搬ロボに変化が起きる。モーター音が響くと同時に8本の柱が伸び、運搬ロボの車高が瞬時に2m程上がった。
って、えーっ!
「「伸びた!?」」
「ははっ、驚いた様だね」
満足げな笑みを浮かべながら、男性は運搬ロボの車高を戻す様に手の動作で仲間に指示を出した。すると先程と同様、伸びた柱が縮み瞬時に運搬ロボの車高は元の高さに戻る。
……凄い昇降スピードだな。俺は驚きと感心が入り交じった視線を、運搬ロボに見せた。
「今見て貰った様に、階段はこの機能を使って上手く荷台の水平を保ちながら上り下りするんだよ」
「凄いですね。でも、どうやって上下しているんですか? パッと見、ピストンらしき昇降機構は無かった様に思うんですけど……」
「コイツは、棒になるチェーンを使って昇降しているんだよ。モーター駆動で伸縮するから、反応速度が良くてね。センサーで段差を認識したら、8つの各車輪に装備されたチェーンロッドが伸縮し荷台の水平を保つんだよ」
ああそう言えば、何かのTV番組でそう言う品が紹介されていたな。エネルギー効率が良くて、油圧式より何倍も早く伸縮出来るって。確か……何処かの劇場の昇降リフタにも使われているって言ってたっけ。
そして俺達が運搬ロボットに興味を持った事に気を良くしたのか、男性は更に説明を続ける。
「他にもコイツの荷台には、超低温フリーザーと冷蔵庫が装備されているから、ドロップしたモンスター肉の保存や自分達が食べる生鮮食品の持ち込みが可能になる」
「その場で冷凍保存も出来るんですか……」
「ああ、鮮度によって買取額が変わるからな。それにうちの会社としても、モンスター肉の鮮度が良いと言うのは売りの1つだ」
「へぇ……他の2台も同じ装備なんですか?」
「いや。他の2台も役割を分けて、それぞれ必要な物資や装備品の運搬をして貰っている」
こうして改めて他の人視点で説明されると、物資運搬の大変さがよく分かる。それと同時に、分かっていたとは言え自分の持つ“空間収納”スキルのチートさが目立つ。彼等がコレだけ大袈裟な装備を用意しても、持ち運び出来る荷物の量は俺の持つ“空間収納”に遠く及ばないのだ。
やっぱり“空間収納”スキルは、他の類似スキルやアイテムなりが発見されない限り公開しない方が良さそうだな。
「あっでも、これだけの物になるとバッテリーって持つんですか? 駆動に昇降、冷凍冷蔵になるとかなり電気を食うんじゃ……」
「確かに従来のバッテリーじゃ、良くて数時間も動けば持った方になる消費量だろうな。従来のバッテリーじゃ……」
「……と言う事は、何か別の動力源が有るって事ですか?」
「ああ、その通りだ」
その答えを聞き、俺は運搬ロボを見ながら考える。バッテリー以外の動力源となると……まさか、ダンジョンという半密閉空間で内燃機関を使っているって事は、無いよね?
まぁ冗談はさておき、バッテリー以外の有力候補は燃料電池ってところか? 種類によっては、十分必要電力を長時間まかなえるだろうしな。
「コイツは最新型でな、コアクリスタルを利用した温度差発電機で電気を作っているんだ」
「えっ、コアクリスタルを使っているんですか!?」
「ああ。試験管サイズの超高圧圧力容器に水と砕いたコアクリスタルを入れて、水を374度の超臨界流体に持って行くんだ。そして熱伝導体を使って発生した熱を発電素子に導く、すると電気が発生すると言う仕組みだ。使うコアクリスタルの大きさや外部温度環境にもよるけど、大体1週間は連続稼働して電気を生み出してくれる」
もうコアクリスタル発電関連技術を使用した商品が、市販されているのか……。ドロップする食品やアイテムが流通するだけに限らず、ドロップアイテムを利用し開発された新技術が浸透していくのをハッキリとした形で見ると、如何にダンジョンと言う存在が世間に当たり前の物として受け入れられているのかが見て取れる。
そして俺が色々思い何とも言えない気持ちで運搬ロボを見ていると、男性は頭を掻きながらこう付け足してきた。
「まぁその分、高温の熱源を使うって事で、この動力方式の物を取り扱うにはチームの誰かがボイラー技士資格を取得している必要があるんだけどな」
「資格……ですか」
「ああ。割と簡単に取れる資格なんだが、一手間掛かるのは事実だ。と言っても、その甲斐があるだけの恩恵は受けられるから大きな文句はないけどな。ダンジョン内で温かい飯と冷えた飲み物が口に出来るんだ、コレで文句を言う奴は……まぁ居ないんじゃないだろうかな」
「確かに……そうですね」
ダンジョン内で温かいご飯が食べられる……確かに一手間掛けても欲しいと思える利点だな。
基本ダンジョン内での食事は、運搬が楽な保存食などの乾き物や高カロリーのお菓子などが中心である。この傾向はダンジョンの奥深くに潜れば潜る程強くなり、俺達の様な例外を除けば基本深い階層に潜れば日帰りなど不可能だ。
資金が豊富な探索者なら、1台欲しいと思う者は多いだろうな。
「あの、班長? そろそろ行かないと時間が……」
「ああ、すまない。と言う訳だ君達、長々と話に付き合わせちゃってすまなかったね」
「いえ。此方こそ、色々と為になる話を聞かせて貰い、ありがとうございます」
腕時計を指さしながら声を掛けてきた班員に軽く手を上げ返事を返し話を締めに掛かった男性に、俺は軽く頭を下げながらお礼の言葉を掛ける。話し掛けられた切っ掛けは若干アレではあったが、聞かせて貰った運搬ロボの話はとても為になったからな。
「じゃぁ俺達行くから、君達も怪我をしない様に頑張れよ」
「はい、ありがとうございます。お気を付けて」
挨拶と共に軽く手を振り合った後、俺達は更衣室に彼等はダンジョンの入り口へとそれぞれ向かった。
手続きを済ませ更衣室に到着した俺と裕二は、着替えをしながら先程遭遇した探索者チームの事について話をしていた。
「会社組織でダンジョンからリターンを得ようとすると、ああ言う物(運搬ロボット)も使わないと行けないんだな」
「そうだな。確かにああ言った物を使わないとなると、物資運搬は全部人頼みになるからな。幾ら探索者がレベル強化の恩恵で力持ちになるとは言え、モンスターとの戦闘を考慮に入れると自ずと持てる荷物の量は限られてくる」
「単純に荷物を専門に運ぶ人を増やせば良い……と言う問題でも無いからな。人が増えればそれだけダンジョン内で消費する食料なんかの必要物資が増えるから、無闇矢鱈に人を増やすのは愚策だ」
「となると、自然とああ言った物の使用がダンジョン探索での常識になってくる……って事だな」
「ああ」
俺の脳裏に、ダンジョン内を運搬ロボットが我が物顔で走り回る光景が過ぎ去った。……どこの工場だ?
そして、着替えを済ませた俺は、装備品の最終確認を行う。うん、大丈夫。問題ないな。
「良し、着替え終了。裕二は?」
「俺も終わったぞ」
「じゃぁ、行こうか」
「おう」
着替えを済ませた俺はロッカーの鍵を閉め、裕二と一緒に更衣室を後にした。
さて、今日も怪我をしない様に頑張るか。
代休という事情を知らなかったら、平日にダンジョン探索しようとする学生がいたら大人は声掛け注意ぐらいしますよね? いや……殆どの大人はしないか。




