第215話 爽やかな朝……?
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昨夜セットして置いたスマホのアラームが鳴ったので、俺は枕元に手を伸ばし寝ぼけ眼を擦りつつアラームを止めた。
「ふぁっ……、もう朝か」
レースカーテン越しに薄らと明るみだした空を眺めながら、俺はベッドから上体を起こし大きな欠伸をした。
……眠い。
「……おはよう、裕二」
「……おはよう」
俺は頭を左右に振って凝り固まった首を解しながら、枕に顔を押し付け俯せになっている裕二に声を掛ける。すると裕二は、顔を枕に押し付けたまま、くぐもった声で若干不機嫌そうに返事を返してきた。裕二って、低血圧なのか?
そんな裕二の姿を寝ぼけ眼で眺めた後、俺はベッドから起き上がり洗面所へ顔を洗いに行く。
「……ふぅっ」
サッパリした。備え付けのフェイスタオルで顔を拭き洗面所を出ると、裕二は眠そうな表情を浮かべベッドの端に座っていた。
「お待たせ」
「……おう」
俺が声を掛けると、裕二は若干ふらついた覚束ない足取りで洗面所へ入って行く。
そして一分後、洗面所を出てきた裕二は何時もの調子を取り戻していた。……朝弱そうな割に、目覚めは良いんだな。
「改めて、おはよう」
「あっ、うん。おはよう、裕二」
俺と裕二は挨拶もそこそこに、寝間着姿から着替える。
そして着替えを終え時計を見てみると……6時を過ぎていた。
「朝飯は何時だっけ?」
「6時から食べられるって言ってたけど……美佳達起きてるかな?」
「柊さんは起きてるかもしれないけど……美佳ちゃん達はどうだろうな?」
二人とも、昨日は随分眠そうにしてたからな……。
「「……」」
「電話……掛けてみるか」
「そうだな」
ホテル備え付けの電話を使い、柊さん達の部屋に内線電話を掛ける。すると、3度目のコールで柊さんが電話に出た。
「……はい。もしもし?」
「あっ、柊さん? もう起きてる?」
「ええ、皆起きてるわよ?」
「そう、良かった。じゃぁ朝食の事なんだけど、もう出られるかな?」
「ああっ、ちょっと待って。二人にも聞いてみるから」
電話向こうから、美佳と沙織ちゃんに声を掛ける柊さんの小さな声が聞こえる。ヤッパリ女の子は準備に時間が掛かるだろうな。
そして……。
「もしもし? もう少し待って貰えるかしら?」
「良いけど……どれ位?」
「10分も有れば大丈夫そうよ」
「分かった。じゃぁ10分位したら、そっちに行くよ」
「ありがとう」
受話器を置き、裕二に柊さんとの電話の内容を伝える。
「準備に、後10分位掛かるってさ」
「そっか。じゃぁ時間潰しに、先に荷物をある程度片付けて置くか」
「そうだな」
そして俺と裕二は部屋に広げた荷物を片付け時間潰しをし、約束通り10分後に柊さん達の部屋の前に移動した。
「柊さん、美佳、沙織ちゃん。準備出来た?」
「はーい、ちょっと待って」
俺がドアをノックしながら声を掛けると、元気な返事と共にドアの向こうから近寄ってくる足音が聞こえてくる。
そしてドアが勢い良く開くと共に、美佳が顔を見せた。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「ああ、おはよう。元気そうだな、良く眠れたか?」
「うん!」
「そうか、それは良かった」
元気そうな美佳の姿はパッと見、昨日の事を引きずっている様には見えない。コレで見た目で分かるほど引きずっている様なら、今日のダンジョン探索は考え物だったが……今の所は大丈夫そうだ。
……朝食の時に、軽く探りを入れてみるか。
「おはよう、二人とも」
「おはようございます、お待たせして済みません」
美佳と話をしていると、柊さんと沙織ちゃんが挨拶をしながら出て来た。
「おはよう。それと、そんなに待っていないから大丈夫だよ。えっと、食券は持ってるよね?」
「ええ、持ってるわ」
そう言って、柊さんは手に持った食券を見せてくる。
「じゃぁ、朝食を食べに行こうか?」
「うん!」
「はい!」
美佳と沙織ちゃんが元気よく返事を返してきたので、俺達は朝食会場へ一緒に移動し始めた。
朝食はビュッフェスタイルって言ってたけど、どんな料理が有るんだろうな?
大広間に到着すると会場には、既に湯気を立てた様々な朝食の数々が並んでいた。美味しそうな香りを漂わせる、色彩豊かな料理の数々。起きてからまだそれ程時間は経っていない筈なのに、猛烈にお腹が空いてきた。
そして俺達が並ぶ料理の数々に視線を釘付けにされていると、入り口の側に居た係員さんに声を掛けられる。
「おはようございます。朝食券を宜しいでしょうか?」
「あっ、はい」
係員さんに促され俺と柊さんが朝食券を差し出すと、係員さんは受け取った朝食券を一瞥し確認すると軽くお辞儀をしてきた。
「ありがとうございます。では、お席の方に御案内させて頂きます。此方にどうぞ」
係員さんに先導され、俺達は窓際の6人席へと案内された。昨日は外が真っ暗だったから確認出来なかったけど、もの凄く景色が良いな。窓の外は綺麗に手入れされた日本庭園風の庭が広がっており、奥には庭の景色と一体化した様に山々が見える。
「当ホテルの朝食はビュッフェスタイルになっております。お皿とトレーはあちらに置いてありますので、お好きな料理をお召し上がり下さい」
「ありがとうございます」
「では、ごゆっくり御堪能下さい」
そう言うと、係員さんは軽く一礼した後離れていった。さて、じゃぁ料理を取りに行くか。
あっ、でもその前に……。
「念の為に言って置くけど、今日もダンジョンに行くんだから満腹まで食べ過ぎるなよ?」
「「!?」」
勢い良く席を立ち、早速料理を取りに向かおうとしていた美佳と沙織ちゃんに、俺は食べ過ぎには気を付けろよと注意をする。すると美佳と沙織ちゃんは驚いた様に動きを止め、俺に若干非難気な視線を向けてきた。食い物の恨みは怖いってか?
はー、コレは理解してないな。
「あのな? 満腹まで食べると攻撃を受け怪我をした時危険だし、食べ過ぎるとダンジョン探索中に催す事になるぞ? 嫌だろ、そんなの? 良くて腹八分……六分程度にしておけ」
「「……」」
「それと、カフェインが多い飲み物や食物繊維が多そうな料理も避けておけよ」
俺が食事制限を掛ける理由を告げると、美佳と沙織ちゃんの顔に理解を示している様な色が浮かんだ。しかし二人は俺から顔を背け、助けを求める様に未練がまし気な眼差しを裕二と柊さんに向けた。
「……大樹の言う通り、朝食は軽くして置いた方が良いと思うぞ?」
「ふふっ、そうね。残念だけど、満腹まで食べると困るのは自分なんだから、今日の所は我慢した方が良いわよ?」
助けを求められた裕二と柊さんは、苦笑を浮かべながら我慢した方が良いと言う。すると美佳と沙織ちゃんは捨てられた子犬の様な表情を浮かべ、未練がましく料理の数々を一瞥してから肩を落とした。
ホテルの朝食を楽しみにしてたんだろうが、まぁ諦めてくれ。
「……まぁ、何だ? 今度奢ってやるから、その時に腹一杯食べたら良いさ」
美佳と沙織ちゃんの落ち込み具合を不憫に思った俺は、裕二と柊さんに相談の眼差しを向けた後に助け船を出す事にした。流石に、昨夜程の出費は勘弁して欲しいけどな。
……後で、何処か食べ放題プランがある店を探しておくか。
「ホント!?」
「ああ。だから、今日の所は我慢しておけ」
「はーい! じゃぁ行こう、沙織ちゃん!」
「うん」
元気を取り戻した美佳と沙織ちゃんは、先程までの落ち込んだ様子など微塵も見せずに料理を取りに行った。ふぅ……。
「良いのか、大樹? 奢るなんて約束を軽くして……」
「まぁ、な。この後の事を考えると、こんな些細な事で落ち込んで貰っても困るしな」
「あの二人には、随分と甘いわね九重君」
「二人を無事に帰すって約束も有るからね。多少の出費で怪我をする確率が下がるのなら……まぁ安い物さ」
大体の怪我を治せる回復薬が有るとは言え、精神に負った傷までは治せないからな。任された2人が俺達の庇護下にいてダンジョン探索をしている以上、そんな傷を負うリスクは出来る限り減らす努力はしないとな。
と、そんな事を席に座ったまま思っていると、裕二と柊さんが席を立ち料理を取りに行く去り際に爆弾発言を残していった。
「そうか。じゃぁ食事会、楽しみにしてるからな?」
「ご馳走に成るわ、九重君」
「……えっ?」
立ち去る2人の背中を眺めながら、俺は裕二と柊さんの残した言葉を吟味し……驚きの声を上げた。
「はぁっ!? えっ!? 2人の分も俺が出すのかよ!?」
「「楽しみにしているぞ(わね)」」
「ちょっ!?」
俺が伸ばした止める手など知らぬとばかりに、2人は一切振り返る様子も見せずに立ち去っていった。
「……マジかよ」
俺は伸ばした手を力無くテーブルに置き、思い掛けず発生する事になった出費に崩れ落ちた。
今度は幾らの出費になるんだよ、ホント。
ビュッフェに並んでいた料理は、どれも甲乙付けがたく美味しかった。お釜で炊き上げられた白米、こんがり香ばしく焼き上げられた塩鮭、昆布と鰹出汁の効いた味噌汁、滑らか食感の自家製豆腐、そして糠床漬けの漬物……。俺が選んだラインナップは正に、ザ・和食と言った物だったがとても満足だった。
そして思い掛けずに痛い出費の発生が確定し1人沈み込む俺を脇目に置き、他の皆も思い思いの料理を取って食べていたが、ビュッフェスタイルと言うのはその人の好きの好みが良く出る。裕二は俺と同じく和食中心、柊さんは焼きたてパンを中心に洋食、美佳と沙織ちゃんは少量ずつ沢山の種類料理と言った感じだ。
それと、朝食を食べている時に美佳と沙織ちゃんには軽く探りを入れてみたが、特に思い詰めている様な感じは見られなかった。柊さんが上手くフォローしてくれたのだろう……多分。
「いやー、美味かったな、ココの料理」
「そうだな。どの料理も拘って作っているって感じだったな」
「今度はココのディナー料理も食べてみたいな」
軽めの食事を終えた俺達は部屋に戻り、朝食の感想を言いながら歯磨きやトイレなどチェックアウトの準備を始めた。と言っても、殆ど寝るだけの利用だったので片付ける物は殆ど無いんだけどな。
それより……。
「……何、その目は?」
「いや? 別に……何でも無いぞ?」
「言いだした以上食事代は出すけど、宿泊代は出さないからな!」
裕二が向けてくる眼差しは明らかに、このホテルのディナーを所望する催促の眼差しだ。絶対に出さないからな! 宿泊費込みでココに食べに来たら、全員分持つとなると軽く10万を超すだろうが!
俺は少々語気を荒げながら裕二に釘を刺した後、ベッドに寝そべりながらTVを点けた。
「分かってるって。それより大樹、忘れ物は無いか? 無いのなら、少し早いけどロビーに下りたいんだけど?」
「……まだ集合の時間には早くないか?」
「会計は部屋ごとだし、素早くチェックアウト出来る様に準備は進めておきたいからな。保管庫を開けて貰うにしても、係の人が居なかったら開けて貰えないじゃないか。先に行って声を掛けておけば、柊さん達が来たら直ぐに取りに行ける。それに、このまま時間を潰しているのも暇だしな」
「……それもそうだな」
確かに裕二の言う通り、このままTVを眺めて時間を潰すのもアレだな。ちょっと早いけど、先にロビーに行っておくか。
そして俺と裕二は最後の確認をした後、部屋を出た。
「すみません、チェックアウトの手続きをしたいんですけど……」
「あっ、はい。チェックアウトですね。部屋の鍵をお預かりしても宜しいでしょうか?」
「はい。それと貴重品を保管庫に預けているので、それも出したいんですが……」
「分かりました、貴重品ですね? いま係の者を呼びますので、少々御待ちを……」
差し出したカードキーを受け取ると、受付係の人は一礼し裏スペースへと入っていった。多分、精算処理をしに行ったのだろう。
そして待つ事数分、受付係の人が請求書を持って裏スペースから出て来た。
「お待たせしました。ご宿泊料金は、38880円に成ります」
「はい。それと、領収書はそれぞれで御願いします。それと出来れば、タクシーを呼んで貰いたいんですけど……出来ますか?」
「タクシーですか、出来ますよ」
「そうですか、良かった。では御願いします」
事前に調べて置いた金額通りだったので、俺と裕二は領収書を頼みながら財布から2万円ずつ出した。領収書が無いと、宿泊費が経費で落とせないからな。
それとタクシーは呼んで貰える様で良かった。
「4万円承りました。では、領収書とお釣りを用意しますので少々お待ち下さい。それと保管庫の方は、係の者がもう直ぐ参ります」
受付係の人がお金を受け取り裏スペースに入っていくと、丁度柊さん達がエレベーターから降りてきた。
「早いわね、2人とも?」
「荷物の片付けが思ったより順調で、微妙に時間が空いて暇だったからね」
「そう」
「うん。そうそう、こっちの分はもう精算して貰ってるから」
「じゃぁ私達の方も、早くしないと行けないわね」
そう言って柊さんは、俺達が頼んだ受付係の人とは別の人にカードキーを渡し宿泊代の精算を始める。
そして俺達は宿泊費の精算を済ませた後、貴重品の保管庫から預けていた武器類を取り出しチェックアウト手続きを終わらせた。思ったより時間が掛かったが、頼んでおいたタクシーが迎えに来るまで時間があったのである意味丁度良かったのかもな。
「じゃぁ、今日も1日頑張ろう」
「おう」
「ええ」
「うん!」
「はい!」
タクシーのトランクに荷物を積み込んだ後、俺達は乗り込む前に軽く気合い入れをした。
さて、今日もダンジョン探索を頑張ろう。
ホテル回終了です、次話よりダンジョン探索再開です。




