第214話 一時の休息
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入り口の前で止まったタクシーの扉が開くと、ドアマンさん?が一礼しながら歓迎の言葉を告げてきた。
「ホテル彩雲へようこそ。お泊まりの御予約を頂いていた九重様……でしょうか?」
「あっ……はい。九重、です」
「ようこそいらっしゃいました、九重様。さっ、此方へどうぞ」
俺が若干戸惑いつつ質問に答えると、ドアマンさん?は苦笑にも似た柔らかな笑みを浮かべながら右手をホテルの入り口に向けた。
俺達は会計を済ませタクシーを降り、トランクに仕舞って置いた荷物を取り出す。すると……。
「其方の御荷物方、此方で御部屋まで御持ち致しましょうか?」
「あっ、大丈夫です。ちょっと特殊な品々なので、自分で運びます」
俺は若干言葉を濁しながら断りを入れると、ドアマンさんは何か納得した様な表情を浮かべる。
「失礼しました、其方は大切な御仕事道具でしたね」
「あっ、えっと……はい」
「其方の御荷物の保管場所へは、フロントでの受け付け終了後に担当者が御案内させていただきます」
どうやら俺達が事前に伝えていた宿泊情報を把握していた様で、ドアマンの人も直接的な言葉を使わずに了承の言葉を返してくれる。
そして荷物を下ろし終えたタクシーが走り去った後、俺達はドアマンさんに促されるままホテルのロビーへと足を踏み入れた。
「うわ……」
「……」
ロビーに入った俺達は先ず、その豪華な内装に圧倒される。吹き抜けの天井から吊り下げられている大きなシャンデリア、光り輝く大理石?の床、綺麗に大きく活けられた観葉植物を中心に添えた高級そうなソファーが並ぶ待合所。急に、もの凄い場違い感が沸々と胸の内から込み上げてくる。
そして挙動不審気味に視線を右往左往させロビーの中を観察していると、フロントの方から係員さんが俺達に声を掛けてきた。
「ようこそいらっしゃいました。此方で受付の手続きを御願致します」
「はっ、はい」
緊張で若干上擦った返事になってしまったが、俺達は促されるままにフロントへと足を向けた。
「恐れ入りますが、御名前を御伺いしても宜しいでしょうか?」
「あっ、はい。今日宿泊の予約を入れていた、九重と言います」
「九重様ですね? 確認いたしますので、少々お待ち下さい」
受付係の人は素早くパソコンを操作し、予約を確認していく。
そして物の10秒程で……。
「確かに、御予約のほど承っております。九重様、男性が2名で女性が3名の2部屋で間違いございませんでしょうか?」
「はい」
「ようこそ、ホテル彩雲へ」
受付の人は軽く一礼した後、一枚の書類を差し出してきた。
「此方の書類を、どなたか代表者の方が御記入下さい」
「分かりました」
俺は差し出された書類に目を通し、必要事項を埋めようとした。だが、その前に……。
「それと申し訳ありませんが、皆様は未成年者の方なので事前に御願いしていました、保護者の方のサインが入った宿泊同意書を御提出下さい」
「あっ、はい。ちょっと待って下さい……」
俺達は荷物を下ろし、バッグに仕舞っていた宿泊同意書を取り出す。俺は全員分の同意書を集めた後、少々緊張しながら受付係の人に渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。……はい、確認いたしました。全員保護者の同意を得られていらっしゃるので、宿泊の方は大丈夫です」
「ふぅ……」
宿泊OKの返事を貰い、俺は小さく安堵の息を漏らした。コレでダメだと言われてたら、とても面倒な事になっていたからな。
それから俺は手早く書類の必要項目を埋め、書類を受付係の人に渡した。
「これで良いですか?」
「……はい、書類の方は大丈夫です。では鍵を用意いたしますので、少々お待ち下さい」
そう言い残し、受付係の人は書類を持って裏のスタッフルームへと入っていった。
「ふぅ……何とか無事に宿泊出来そうだな」
「そうだな」
俺が安堵の息と共にポツリと呟くと、その呟きに裕二が反応し返事を返してきた。
「一応ホームページの写真は確認していたけど、実物を前にすると凄いな……ココ」
「うん。値段からしてそれなりの所だろうとは思っていたけど……随分気合いが入ったホテルだよな」
「これでスイートとかに泊まったら、幾らになるんだろうな」
そう言って裕二は首を左右に振って、ロビーの内装を確認していた。スイート……ね。俺達の部屋で1万8千円前後だから……1泊すると5万は楽に超えるんじゃ無いか?
そして暫くホテルをネタに雑談をしていると、奥から鍵をトレーに乗せた受付係の人と男性従業員が出て来た。
「お待たせしました。此方が皆様の御部屋の鍵になります」
そう言って受付係の人は、2枚のカード鍵を俺達の前に差し出した。
赤地にホテル名と部屋番号が金文字で書かれた鍵って……高級感が溢れ出してるな。
「それと此方を……」
「コレは?」
差し出されたのは、バーコードと保護シールが付いた名刺大のカードだ。
「後ほどご案内させて頂く、トランクルームの暗証番号です。保護シールを剥がしますと、8桁の数字が書かれていますので御利用の際に御入力下さい」
「……分かりました」
俺は鍵と暗証番号のカードを受け取り、1セットを柊さんに渡す。
「コレで受け付け手続きは終了となります。お疲れの所、ありがとうございました」
そう言って、受付係の人は俺達に向かい軽く一礼した。
「ではココからは係の者が御部屋とトランクルームに御案内いたします。平城さん、よろしく御願いしますね」
「分かりました。では皆さん、まずはトランクルームの方へ御案内いたしますので、此方にお越しください」
受付係の人から後を任された平城さんと言う男性従業員の人に連れられ、俺達は荷物を持ってロビーを後にした。
トランクルームは、ロビーを抜けて直ぐの場所に、有った。目隠しらしき、刺繍が入ったカーテンを剥がすと、このホテルの内装には似つかわしくない、頑丈そうで威圧的な扉が、俺達の眼前に現れる。
……何処の銀行の金庫扉だよ。
「此方が重要物を預かるトランクルームの扉になります。では今開けますので、少々お待ち下さい」
そう言うと平城さんはポケットから防犯鎖と繋がった鍵を取り出し、目の前の扉の鍵穴に差し込み解錠。扉に付いたハンドルを回し、分厚い扉を重々しそうに開けた。
「どうぞ、中の方へ」
平城さんに促され部屋の中へ入ると、部屋の壁沿いに幾つもの鍵付き鉄扉が並んでいた。
……無機質な内装な分、威圧感があるな。
「扉1つに付き、畳一畳程の収納スペースがあります。もし収納スペースが足りない場合、追加料金は必要ですが空いているスペースを御利用可能ですよ。追加は必要でしょうか?」
「畳一枚分のスペースがあるのなら、多分足りると思います」
「そうですか、ではトランクルームの使用法の御説明をさせて頂きます」
平城さんは俺達がフロントで受け取った物と同じカードを取り出し、トランクルームの説明を始める。
因みに平城さんが持っているカードは既に保護シールが剥がされており、1,2,3,4,5,6,7,8と書かれた暗証番号の周りに開封済みの文字が多数張り付いていた。
「先程お受け取りになられたこのカードですが、保護シールを剥がしますとこの様に8桁の暗証番号が表記されています。この番号を此方の機器に入力して頂くと扉のロックが解除されます。この際に注意して頂きたいのは、連続で3回暗証番号の入力に失敗すると24時間ロックされますのでお気を付け下さい」
連続3回失敗でロックか、ATMみたいな仕組みだな……と俺は思った。
「では、私は後ろを向いていますので番号を入力しロックを解除して下さい」
「分かりました」
説明を聞き終えた俺は早速先程受け取ったカードの保護シールを剥がし、ロック解除の暗証番号を確認する。9,5,4,6,2,9,1,7か……。
そして確認した暗証番号を指定された扉の機械に入力すると、軽い電子音と共に扉のロックを解除する音が響く。
「解除出来ましたか?」
「あっ、えっと……柊さん?」
「私の方も開いたわよ」
「そっか。あの、振り向いて貰って大丈夫ですよ」
俺がそう言うと、平城さんは俺達の方に振り向き説明を再開する。
「では、説明を続けます。先ず扉を開けて下さい」
俺と柊さんは平城さんに言われた通り、扉を開く。すると扉の先は説明にあった通り、畳一畳程の何も無いスペースが広がっていた。
「御覧に成られている通り、壁にあるフックとハンガーポール以外中には何もありません。お好きな様に御利用になさって下さい」
「えっと……荷物の方はもう置いても良いですか?」
「はい、勿論です」
俺達は了承の言葉を聞いた後、持っていた荷物をトランクルームの中に手際よく探索に使う道具類を仕舞っていく。その際に軽く壁を叩いて強度を確かめてみたのだが、分厚いコンクリートで壁が作られている様で予想より確りした作りだった。
と言っても、高レベルの探索者がその気になったら鶴嘴一本でも短時間で破壊出来そうだけどな。
「入れ終わりましたか? では、扉を閉めて下さい」
言われた通り、扉を閉める。
「再ロックは扉を閉めた後、ココのボタンを押して貰えれば完了です」
ボタンを押すと共に、扉にロックが掛かる音が響いた。
「ああ、すみません。1つ言い忘れてました。この扉、閉じた後に一定時間ロック操作がされない場合、自動でロックが掛かる仕組みに成っていますので、中に閉じ込められない様に注意して下さい」
「分かりました」
「では、以上がトランクルームの使用法に成ります。何か、御不明な点はありますか?」
そう聞かれたので、俺は1つ疑問に思った事を尋ねてみる事にした。
「1つ良いですか? この部屋に入るには毎回、鍵を開けて貰う為に従業員の方に同行して貰う必要があるんですか?」
「はい、その通りです。この部屋は御客様の重要物を御預かりする部屋ですので、荷物の出し入れの際には必ず従業員が同行する決まりと成っております」
面倒な手順だとは思うけど、まぁ確かに必要な措置か……。
「他に御質問はありますか?」
「いえ。特にありません」
「そうですか、では外に出ましょう」
俺達は平城さんの後について、トランクルームを出る。
そして平城さんは俺達が出たのを確認した後、分厚い扉を閉め目隠しのカーテンを元に戻した。
「では、御部屋の方に御案内いたします」
そう言って歩き出した平城さんにつられて、俺達はトランクルームを後にした。
エレベーターを降り少し歩くと、漸く俺達が泊まる部屋に到着した。
「先ず此方が、女性の方の御部屋に成ります。鍵を開けて頂いても宜しいでしょうか?」
「ええ」
「ああ、それとカードキーは扉の横にあるスロットに入れて下さい。カードキーがブレーカーの役目をしていますので」
柊さんは部屋の扉を開け、カードキーを言われたスロットに差し込み照明を点け部屋の中に入って行き、美佳と沙織ちゃんも柊さんの後を追って部屋の中に入っていった。
「申し訳ありません、御部屋の説明をして参りますので、少々お待ち下さい」
「あっ、はい。分かりました」
軽く一礼した後、部屋の説明の為に平城さんも後を追って部屋の中へと入って行った。その間、俺と裕二は部屋の前で平城さんが説明を終え出てくるのを待つ事になったのだが……暇だ。
そして待つ事2,3分、説明を終えた平城さんが部屋から出て来た。
「お待たせしました。では、御部屋の方へ御案内させて頂きます」
「御願いします」
と、平城さんの案内で歩き出したのだが、直ぐに立ち止まった。
「此方が、お二人に御利用頂くお部屋になります」
そう言って案内された部屋は、美佳達の部屋の斜め前の部屋だった。って、こんなに近いのなら先に部屋に入っていても良かったんじゃないか?
と、そんな事を内心思いながら俺はカードキーを使い扉を開け部屋の中へと足を踏み入れた。
「へー、結構広いですね」
「そうだな」
入った部屋はベッドが2つ置かれた、洋室のツインルームだった。
そして俺と裕二は部屋の奥に設置された椅子に荷物を置き、平城さんから部屋とホテルの説明を受ける。
「大浴場の方は、24時まで御利用が可能となっております。朝も6時から入浴が可能となっておりますので、お気軽に御利用下さい。そして、明日の朝食ですが、朝食は1階の大広間で、ビュッフェスタイルでお召し上がり頂く形になっておりますので、此方の食券をお持ちになって、朝6時から8時半までの間で御利用下さい」
「分かりました」
俺は頷きながら、平城さんから食券を受け取った。
「では、何か御不明な点はありますか?」
「特にありませんね……裕二は?」
「俺も無いぞ」
「では、私はコレで失礼させて頂きます。ゴユックリ、お過ごしに成って下さい」
平城さんは一礼した後、部屋を出て行った。
「ふぅ……やっと終わった」
「ああ、中々大変な1日だったな」
「そうだな……さて、さっさと風呂に入って寝るか」
「そうするか」
俺と裕二は荷物を自分のベッドの上に広げ着替えを取り出した後、用意されていた入浴セットを持って大浴場へと繰り出した。
やっと、遠征一日目が終了しました。後は、風呂に入ってユックリ寝るに限りますね。




