第213話 予約するホテル間違えたかも……
お気に入り17780超、PV20630000超、ジャンル別日刊33位、応援ありがとうございます。
換金作業を終えた俺達は、ナイター照明で明るくなった広場を通り抜けバス乗り場に向かっていた。建物に入る前までは辛うじて顔を見せていた太陽も山の向こうに落ち、ダンジョンの周辺以外は真っ暗だ。
そしてその道すがら、美佳と沙織ちゃんは今日の成果に満面の笑みを浮かべ、疲れを忘れた軽い足取りで鼻歌を漏らしていた。
「2人とも、随分と御機嫌だな? そんなに嬉しいのか?」
「「勿論!」」
俺の問い掛けに、美佳と沙織ちゃんは食い気味に反応し詰め寄ってくる。って、近い近い。
「この前のと合わせたら、もう少しでお兄ちゃんに借りたお金を全部返済できるんだよ!?」
「そうです! 明日も今日と同じくらい稼げたら、借金を返済した上でお釣りが来ますよ!」
「そ、そうか……」
予想を超える収入のお陰で、2人の財政は大幅改善が見込めるらしい。その事が余程嬉しいらしく2人とも、換金作業前までの疲れなど忘れた様な浮かれ様だ。
と言うかさ、美佳? お前、さっきまでゴブリンを殺したショックで、顔色を悪くしてなかったか?
「はーい、2人とも。そこまでにしておきなさい」
「「?……!?」」
望外の収入に興奮する美佳と沙織ちゃんの様子を見かね、柊さんが軽く柏手を打ちながら2人に話し掛けた。すると美佳と沙織ちゃんは柊さんの柏手を切っ掛けに冷静さを取り戻し、自分達の醜態に気付き頬を赤らめながら慌てて俺から離れた。
ふぅ……。2人とも見た目は元気だけど、長時間探索の疲れから、テンションが可笑しくなっているみたいだな。これは早めに夕食を済ませて、ホテルに向かった方が良さそうだ。
「嬉しいと言うのは分かるけど、2人とも? 九重君も困ってるみたいだから、もう少し落ち着きましょうね?」
「「……はぃ」」
美佳と沙織ちゃんは柊さんの指摘を受け、耳を赤く染めながら恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「ええっと、2人とも? 俺は特に気にしてないから、2人も余り気にしなくて良いから、ね?」
「う、うん」
「は、はい」
小さな声で返事を返す美佳と沙織ちゃんの様子に苦笑を漏らしつつ、俺は柊さんに軽く頭を下げながら助けてくれた事に感謝した。
そして念の為、俺は美佳と沙織ちゃんに一言忠告をして置く。
「ああそれと、念の為に1つ注意しておくけど、余り人目が有る所でお金に関する大きな反応しない様にして置いた方が良いぞ。何処の誰が聞き耳を立てているか、分からないからさ。なっ裕二、柊さん?」
「そうだな。大半は真面目な奴らだけど、タチが悪い連中ってのは何処からでも湧いて出てくるからなぁ」
「そうね。私も注意しておくに越したことは無いと思うわ」
「「……?」」
俺達の注意に美佳と沙織ちゃんは一瞬理解出来ず首を傾げたが、続いて告げた俺達の言葉を聞き驚きの表情を浮かべた。
「ダンジョン探索を終え疲弊した所を襲って、換金で得たお金を横取りしようって輩がいたんだよ、昔」
「昔はアイテムを換金したお金を、窓口で手渡ししていたからなぁ。主にソロ探索者や少数の探索者グループが、そいつらの標的に成っていたんだよ」
「そのお陰で今は、口座振り込み方式に切り替わったんだけどね」
「「……」」
説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは絶句していた。まさか……と言った顔だな。まぁ、そう思いたい気持ちは分かるけど実際に有った事例だよ。
昔……と言っても、ほんの数ヶ月前の話だな。探索者制度が始まって直ぐの頃は当然、探索者全体のレベルは低く一般人より少し身体能力が高い一般人と言った程度だった。そんな輩達が疲労困憊した状態で数十万円持っているのだ……その手の犯罪に手を染める輩には、鴨がネギを背負っている様に見えただろう。ほんの一月程の期間だったが、被害件数は100件以上。ダンジョン帰りの帰宅中を狙い、ダンジョン探索の疲れから僅かに寝落ちした所を狙う置き引きが主だった。捕まった犯人が言うには、ダンジョン近くで張り込みをし、大金を得た事で大騒ぎしている初心者っぽい探索者を狙っていたとの事。
今でこそ探索者全体のレベルも上がりお金も口座振り込みに成ったので、その手の探索者を狙った犯罪は無くなったが用心しておくに越した事は無い。つまり……。
「まぁそう言う訳で、2人が喜びたいという気持ちは分かるけど、余りあからさまな大金を得ましたよ、っていうリアクションは、そう言った変な輩を呼び寄せる事に繋がるから止めておいた方が良い」
「だな。如何しても喜びの感情を態度に出すなら、人目に付かない所でやる事をオススメする」
「カラオケボックスとかは防音が確りしているから、大声で喜びたいのならオススメよ」
「「……は、はい」」
俺達の話を聞き終えた美佳と沙織ちゃんは頭を左右に振って、周囲に聞き耳を立てる不審人物がいないか確認する。まぁ今更警戒しても、その手の輩がいたとすれば遅いけどな。
そして軽く溜息を吐きつつ俺は、鋭い眼差しを周囲に向ける美佳と沙織ちゃんに話し掛ける。
「多分大丈夫だから、そんなに警戒しなくても大丈夫だぞ? それより、ほら。ロータリーにバスが到着しそうだから、急ぐぞ。乗り遅れたら、夕食を食べる時間が無くなるからな」
「「えっ? ……あっ!」」
俺は、山道を抜け、ロータリーに進入して来るシャトルバスを指さしつつ、美佳と沙織ちゃんに急いで移動する事を促す。乗り遅れたら、大分待たないといけないからな。
そして美佳と沙織ちゃんの背中を押しつつ、俺は裕二と柊さんに声を掛けた。
「ほら皆、少し急ぐぞ」
「走らなくても間に合いそうだけど……まぁ了解」
「そうね、少し急ぎましょうか」
「うん!」
「はい!」
俺達は小走りでバスロータリーへと向かう。
そして19時を過ぎたとは言え車内は結構な数の利用者で混雑しており、到着したシャトルバスに乗り込んだ俺達は何とか無事に席を確保した。ふぅ……何とか立ち乗りしないで済んだな。
満員のシャトルバスに揺られる事、凡そ30分。無事、俺達は駅に戻って来れた。
「うーん、やっと着いたか」
シャトルバスを降りた俺は大きく背伸びをしながら、座った姿勢で凝り固まった体を解す。レベルアップの恩恵を受けている筈なのに、何でこう言った面は解消されないのかな……?
「で、どうするんだ大樹? この後、何処で食事を摂るとか決まってるのか?」
「いや、別に特にココって所は決めてないな……」
「……決めてなかったのかよ」
「……悪かったな」
裕二が向けてくる若干呆れの色が混じった眼差しから視線を外しつつ、俺は女子3人に話し掛ける。
「まぁ、と言う訳だから……何か食べたい料理って有るかな? 要望が無ければ、近くのファミレスにでも入るけど……」
「いきなり何が良いかって聞かれても……急にコレと言った名前は出てこないわね」
「私は……何かサッパリした物なら何でも良いかな?」
「出来れば、お肉系は避けて貰えると嬉しいです」
3人の要望を聞き、俺は頭を捻る。サッパリとした肉系以外の料理、か……。となると、魚メインの和食か?
そして俺は、裕二の意見も聞く為に話を振った。
「なぁ、裕二? この近くに、サッパリした和食系の料理屋って有ったかな?」
「サッパリとした和食系? ……回転寿司?」
話を振られた裕二は少し離れた所に見える、全国展開している寿司チェーンの看板を指さした。……何時の間に出来たんだ、アレ? 前に来た時は無かった……よな?俺は若干首を捻りつつ、裕二が出した回転寿司という案について考えを巡らせる。
ネタの種類は幅広くサイドメニューも充実しており、店内の雰囲気も席がそれなりに埋まっているのなら多少騒いでも大丈夫。何より、個々人のリクエストにも、そこそこ対応出来る、と。うん。良いんじゃないか、回転寿司。
「と言う意見が出たんだけど……3人はどう」
なので、俺は女子3人に話を振った。俺としては、回転寿司で全然良いのだが……。
「そうね……。良いんじゃないかしら、回転寿司で」
「回転寿司で良いと思うよ」
「私も……」
女子3人も賛成っと……決まりだな。
そして俺は一応、裕二にも確認を取る為に一瞬視線を送った。すると裕二は軽く頷き、賛成との意を示す。
「じゃぁ夕食は、回転寿司って事で皆良いかな?」
「おう」
「ええ」
「うん!」
「はい!」
全員の合意が得られたので、今日の夕食は回転寿司と言う事に決まった。と言う訳で、店に移動する前に駅のロッカーに不要な探索道具を預けていく。大荷物を持って入店するのは店にとって迷惑だろうし、何より自分達の座るスペースが圧迫される。ダンジョン外での食事くらい、ユックリ食べたいからな……。
そして俺達は武器以外の荷物をロッカーに預けた後、回転寿司店へと向かった。さて、何を食べようかな……。
回転寿司店に入ってから1時間後、俺達は食事を終え店を出る。俺達と同じ様にダンジョン探索帰りに寄った探索者が結構居て多少混雑していたが、比較的スムーズに席に着けたのでユックリ食事を取れた。
「ごちそうさん、大樹」
「ごちそうさま、九重君」
「ごちそうさま、お兄ちゃん」
「ごちそうさまでした、お兄さん」
裕二と柊さんは勝ち誇った表情を浮かべ、美佳は苦笑いを浮かべつつ、沙織ちゃんは恐縮した表情を浮かべ、それぞれお礼の言葉を俺に言ってくる。
それに対し俺は……。
「ははっ、良いって事だよ……はぁ。 くそー、彼処でチョキを出していれば」
若干頬を引き攣らせた笑みを浮かべ返事を返しつつ、溜息と共に自身の不甲斐なさに対する愚痴を小声で漏らしていた。今回の食事代を俺達3人(裕二、柊さん、俺)の中からジャンケンに負けた者が全額出す、という勝負をしたのだが……結果は見ての通り俺の負け。勝負の結果だから払う事は払ったけど……回転寿司で3万超えって高くないか? と言うか何、あのネタ……極厚ミノ肉炙り寿司って? 一皿2500円って、回転寿司で出てくる値段じゃねえだろ。
俺は薄くなった財布を寂しく思いながら、軽く頭を振って気持ちを切り替える。
「取り敢えず、皆。ホテルのチェックイン時間が近いから、急いで荷物をロッカーから回収しに行こう」
「おう」
短い返事と一緒に裕二がたらふく寿司を食べ膨れた腹を叩く動作をするのだが……何故か無性にイラッとくる動作である。
「時間が無いから急ぎたいという話は分かるけど、駅までの移動くらいユックリ歩きましょうよ」
「私も雪乃さんの意見に賛成……」
「出来れば私も、食後直ぐに急ぐのはちょっと……」
「……はぁ」
3人の意見を聞き俺は軽く溜息を吐いた後、ユックリで良いので取り敢えず駅に向かおうと提案する。その結果、俺達は行きの3倍近い時間を掛け駅へと戻って来る事となった。まぁ、それでも10分と掛かってないから良いんだけど。
そして駅に到着した俺達は急いでロッカーの中に仕舞った荷物を回収し、駅前ロータリーに待機していた一台のワンボックスカータイプのタクシーに近付き運転手に声を掛けた。
「すみませーん、空いてますか?」
「ん? ああ、空いてるよ」
「あの、ホテル彩雲って分かりますか?」
「ホテル彩雲? ……ああ、知ってるよ」
「じゃぁ、そのホテルまでお願い出来ますか?」
「……ああ、勿論。さっ、乗ってくれ」
「ありがとうございます。皆、乗せてくれるって」
微妙に怪訝な表情を浮かべていた運転手との交渉を終わらせた後、俺達は荷物をトランクルームに急いで詰め込んでいく。ワンボックスカータイプなので普通のタクシーに比べれば余裕があるが、5人分もの荷物があり少々無理矢理な感じで詰め込んだ。
「じゃぁ、お願いします」
「あいよ」
荷物を詰め終え全員が乗り込むと、タクシーは俺達を乗せ走り出した。
タクシーに揺られる事およそ20分、タクシーは目的のホテルに到着した。大きな正門を潜り木々に囲まれたロータリーを兼ねたエントランスに入ると、淡い照明で照らし出された落ち着いた雰囲気の隠れ家の様な3階建ての建物が姿を見せた。
「「「「「……」」」」」
俺達はホテルが放つ厳かな雰囲気に飲まれ、無言で窓から建物を眺めた。そのホテルを一言で表すとしたら、大人の隠れ家と言った所だろうか?
って……あれ? 俺達マジで今日、ココに泊まるの?
「到着しましたよ」
「……えっと。ここ、本当にホテル彩雲ですか?」
「ええ。ここがホテル彩雲で間違い有りませんよ」
「そう、ですか……」
運転手さんに目的地を間違っていないか?と再確認をするが、間違いないとの返事が即座に返ってきた。
でも、うん。やっぱり、只の高校生が泊まるには何か場違いすぎるよな……。と、そうこう悩んでいる内に、ホテルの中から制服を着熟した紳士然としたドアマンさん?が出て来た。
1泊朝食付が1万8千円のホテルって、ミドルクラスのホテルですからね。稼いでいるとは言え、高校生からすると敷居が高いかな……と。




