第18話 頭痛の種
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入口の門を潜ると、俺達の眼前には幅5m、高さ4m程の広い石造りの通路が姿を見せる。このダンジョンはかなり余裕を持った造りの様で、俺達が得物を振り回して戦闘しても苦にはならないだろう。
そして、ダンジョンの壁に数m間隔で埋め込まれているランプの灯りによって、一応ダンジョン内の光源は確保されている。もっとも、蛍光灯やLED照明に慣れている俺達にとっては、ランプの灯りってかなり暗く感じるんだけどな。今は入り口付近という事もあり、ゲートの方から照明の明かりが差し込んで来るので通路がそれほど暗いとは感じないけど。
俺達はヘルメットに付いている高輝度LEDライトのスイッチを入れ、ダンジョン内での視野を確保する。
「今日は初挑戦だし、ライトの電池が持つのは凡そ4時間前後だから2時間程進んだら引き上げでいいよね?」
「そうだな。初挑戦だしな、それ位が適当だろう」
「そうね。慣れない内から無理をする必要はないものね」
俺の提案に、裕二と柊さんが特に反論も無い様子で同意してくれた。
今回のダンジョン探索の方針は、命を大事に、だ。今日は初日だし、ダンジョン探索の空気を肌で感じられれば十分だろう。ガンガン行こうぜ!って言う様な、阿呆なノリでもないしな。
一応、俺の家でレベルアップはしているので、表層階に出現するようなモンスターが相手なら撃退も楽に出来るだろうが、何しろ実際に戦闘をこなした経験がない。塩でスライムを一方的に倒して来た事など、とてもではないが戦闘経験値としては数えられないしな。
俺は左腰にぶら下げた軍刀の柄に手を当て、気合を入れるように大声を上げる。
「それじゃぁ準備も出来た事だし、出発!」
「おう!」
「ええ、行きましょう」
進む順番は、裕二を先頭に、柊さん俺。前衛中衛後衛と言った順番で、一列に並びダンジョン探索を開始する。
まず最初に俺は鑑定解析スキルを使用して、ダンジョン内にトラップが仕掛けられていないかを調べた。すると中々興味深い結果が判明し、俺は顔を天井に向け表情を引き攣らせる。何とか驚愕の事実の衝撃から復帰した俺は、二人を呼び止め後続探索者達から隠れる様に通路の端に集めた。
出来れば他の探索者達には聞かせたくはない。
「行き成りどうしたんだよ、大樹?」
「いや、ちょっと。二人共、耳を貸して」
俺の行動に怪訝な表情を浮かべながら指示通りに顔を寄せる二人に、俺は前置きを入れて小声で事情を話す。
「二人共驚かないでね?俺のスキルでダンジョン内を調べた所、入口の右にある門柱の裏の壁の中に隠し部屋があるみたい」
「「!?!?!?」」
前置きをしていたが、大声を上げ驚こうとした二人の口を俺は咄嗟に手で押さえる。
いや、まぁ、行き成りこんな事聞いたら無理もないか……。
「静かにして」
「……すまん」
「……ごめんなさい」
俺が口を押さえていた手を離すと、二人は小声で謝罪してくる。別に謝って貰わなくっても良いんだけどね。
落ち着きを取り戻したようなので、俺は詳細を二人に小声で話す。
「どうもその隠し部屋、各階層を自由に行き来するワープ装置がある、転送室っぽいんだ」
「「ワープ……転送」」
二人の唖然とした表情を浮かべる。まぁ、そうなるよね。俺は二人の反応に苦笑いを浮かべた。
全く、何でダンジョン攻略初日の第一歩目で、こんな面倒事を背負い込まないといけないんだよ!
誰のせいでもないが、俺は取り敢えず苛立ちを抑える為に床の石畳を強く踏みしめる。結果、無駄に大きな音がダンジョン内に響き、その音を切っ掛けに二人は正気に戻った。
「おい、大樹。その話は本当か?」
「うん。残念ながら」
「でもね、九重君。そんな話、今まで一度も聞いた事はないわよ? TVでも言ってないし、ネット掲示板や協会発行の広報誌でも……」
そう。二人がアホ面を晒してまで驚いた理由が、それだ。
現在の所、一般人が知れる範囲でのダンジョンについての情報では、階層ワープや転送室の事など微塵も知られていない。偶に、落とし穴トラップで下の階層に落とされたと言う件は報告されているが、あくまでもトラップの結果であり、任意の階層に自由に移動出来る移動手段ではないとの事だ。
だからこそ、深層部へのダンジョン探索は今現在でも、長期間の兵站が確保出来る軍の特殊部隊チームなどの極一部でしか行われていない。そんな状況下での転送室の存在。
もう、厄介事の匂いしかしないんですけど……。
「どうする?」
「いや、どうするって?言われても……」
「……報告するか?厄介事の匂いしかしないんだけどさ」
「……」
俺の問いに裕二は押し黙る。まぁ、こんな問題、即答できるわけもないよな。
俺と裕二が頭を抱えながら押し黙っていると、柊さんが俺に転送室について問いかけてきた。
「九重君。その転送室って、私達が入る事は出来るの?」
「……ちょっと待って、柊さん。もう一度スキルで確認するから」
俺は再び鑑定解析スキルを、転送室がある壁に向かって使う。あまりの衝撃的出来事に直ぐ顔を天井に逸らしたので、詳細を確認していなかったからだ。今度は落ち着いて鑑定解析の結果を見る。
ああ、なる程。だから誰も知らないんだ。
「……今は転送室には入れないみたいだね。ダンジョン最下層部の転送システムのロックを外さないと使えない仕組みみたい」
「ダンジョンクリアの、成功報酬みたいな物って事?」
「多分ね。一度起動させれば、任意の階層に移動出来る様になるみたい」
「そう。それなら今は、放置しても良いんじゃないかしら?」
ダンジョン攻略において、転送室の有用性は言うに及ばない。広大なダンジョンを最小限の兵站路で攻略出来るとなれば、そのメリットははかりしれない物だ。
しかし、現状で使えない代物を報告しても宝の持ち腐れだし、調査と言って転送装置を弄り倒して二度と使えない様にされるかもしれない。
となると、現状では転送装置は過ぎた物と言っても良いだろう。
「そうだね。今は転送室の事は忘れようか?」
「その方が良いわ」
「ああ」
二人が俺の提案に同意したので、俺達は一時的にせよ転送室の存在を忘れる事にした。
それにしても何だろ?まだダンジョン攻略が始まって5分も経ってもいないのに、この疲労感。もう今日はこの辺で帰りたくなってきた。
俺達が通路の端で転送室について駄弁っている間に、数組の探索者達が俺達に怪訝な眼差しを向けながら奥へと進んでいった。まぁ、こんなダンジョンの入口で進みもしていなければ、気にはなるな。
取り敢えず、転送室の扱いについて話し終えた俺達はこれからどうするのか話す。
「さて、と。帰らない?」
「うん、と言ってしまいたくなるな、その誘惑」
「そうね。私も無条件で同意したくなるわ」
俺達は心底疲れていた。正直このまま回れ右をして帰りたかったのだが、そういう訳にも行くまい。このまま帰ってしまっては、何の為にここまで来たのか分からなくなってしまうからな。
はぁ……。
「じゃ……行こうか?」
「おう」
「ええ」
俺達の声には、既に最初の様な威勢は無くなっていた。
疲れた頭を振りながら、重い足取りで歩き出す。鑑定解析スキルを使いトラップの有無を確認しながら、慎重に俺達はダンジョンの奥へと進んでいく。
「大樹、トラップは?」
「特にないな。講習で習った通り、どうやら1階層にはトラップは仕掛けられていないみたいだ」
講習の時に習った様に、ダンジョンの3階層まではトラップは仕掛けられていない様だ。他にも、3階層までは多種類のモンスターが単独で出現するだけとも習った。なんと言うか、親切設計のダンジョンだよな、チュートリアル階も完備してるなんて。
そんな訳で、本格的なダンジョン探索は3階層以降からだ。
「まぁ念の為、トラップ調査は続けるよ。柊さんの方はどう?モンスターはいる?」
「……今の所、私達に近付く気配はないわ」
目を半目にし周囲の気配を探っていた柊さんは、首を軽く左右に振りながら俺の問を否定する。
既に多くの探索者が入り込んでいるからなのか、30分以上ダンジョン内を探索しているにも関わらず、未だモンスターの1匹とも遭遇していない。
だから、朝イチでダンジョンに潜る探索者が多いのか。
「どうする?下の階に行くか?」
裕二が途方にくれた様な顔で、俺と柊さんにこれからどうするか尋ねてくる。元々今日は安全を考えて、1階層を回ってダンジョンになれる事を目的としていた。だったのだが、これでは……。
元々1階層のモンスター分布自体が少ない様で、モンスターのリポップスピードが、探索者の討伐スピードに全然追いついていないようだ。
「そうしたいのは山々だけど、ダンジョン内での戦闘に慣れる前に下の階層に行くのは、私は反対よ?」
「そうだね」
裕二の提案も分かるのだが、俺は柊さんの意見に賛成だ。戦闘に慣れるまでは、即時撤退が可能な1階層で行動した方が良い。何しろ今日はダンジョン攻略の初日、俺達がモンスターを武器で倒した時に動揺し、取り乱さないとも限らないからな。
モンスターが出ないと言ってダンジョンの奥深くに潜っていたら、撤退時に万が一が起きかねない。それだけは避けたいからな。
「しかし、こうもモンスターと遭遇しないとなるとな……」
「裕二……」
「広瀬君……」
裕二の何処か未練がましい眼差しに、思わず下に潜ろうと言いたくなる。
確かに、このままモンスターと戦わないとなると、消化不良も甚だしい。せめて、1度でも良いのでモンスターとの戦闘は経験しておきたい。
俺達はそんな事を思いつつ、1階層を歩き回りモンスターを探し回る。そして10分後、遂に……。
「!? 気を付けて、何か近付く気配があるわ! 人の気配……じゃないわ、モンスターの可能性があるわよ!」
柊さんの警戒を促す声に、俺と裕二は腰の鞘から剣を抜き放ち構える。柊さんも鋭い目付きで槍を構え、前方を睨む。
そして、柊さんが警戒の声を上げて10秒程した時、遂にモンスターが姿を見せた。
「来た」
「アレは、ハウンドドッグ……?」
「……結構大きいな」
10m程先に姿を見せたモンスターは、黒い体毛に覆われた大きな4足歩行のイヌ?鋭い牙が生えた口からヨダレを垂らし、血走った紅い瞳が俺達の姿を捉えている。控え目に表現しても、今にも襲ってきそうな凶暴な大型犬だ。ダンジョンの外に居たら、捕獲命令より殺処分の許可が下りそうな風貌をしている。
まず俺は、ハウンドドッグに解析鑑定を使ってみた。すると、ハウンドドッグのレベル等が判明。大した数値ではないのだが、見た目でそれ以上に強そうに見える。レベルでは俺達の方が優位である事は分かっているが、緊張で喉が渇く。
しかし、何時までもこうしてモンスターと睨み合いを続ける訳にも行かない。だから……。
「じゃぁ、予定通りに。まずは柊さんの魔法で牽制、次に俺が例の物を試すから、止めは裕二が」
意を決し呼吸を整えた俺は、事前に決めておいた行動方針を自分に言い聞かせるように力強く口にする。
「お、おう!」
「わ、わかったわ。じゃ、じゃぁ……行くわよ!」
俺の指示に、緊張した硬い声で二人は返事を返す。うん、俺もだけど、二人も実戦の雰囲気に飲み込まれてるね。この状態で下の階に降りていたらと思うとゾッとするよ。
下の階層に降りなかったのは正解だったと俺が思っていると、柊さんの風魔法が発動する。
「エアーボール!」
柊さんが魔法の名を宣言すると、ハウンドドッグに向けて突き出している柊さんの右手から、周囲の空気を圧縮した野球ボール程の大きさの空気の塊が打ち出された。エアーボールはハウンドドッグ目掛けて、プロ野球投手のストレートボールの様な速さで飛んで行く。エアーボールは1秒と掛からずハウンドドッグに到達し、その力を解放した。
「ギャンッッッ!」
エアーボールはハウンドドッグに命中すると共に、指向性を持って圧縮空気を開放。大型犬ほどあるハウンドドッグを、軽々と数m程弾き飛ばした。弾き飛ばされたハウンドドッグはヨロヨロと体を起こし、敵意に満ち血走った目で柊さんを睨み付けてくる。
エアーボール、ダメージは軽そうだけど初級魔法ながら牽制魔法としてはなかなか有用そうだな。モンスターとの距離を開けたい時などに使えそうだ。
「じゃぁ、次は俺だね。裕二、効果が無かったらフォロー頼む」
「任せろ!」
柊さんの魔法を見た俺はバックパックの横に吊るしておいた例の物を取り外し、ポンプレバーを前後に動かし軍刀を持つ右手と反対の手で構えた。柊さんの魔法でダメージを受けたハウンドドッグは雄叫びを上げ距離を詰めてくる。裕二に万一の場合のフォローを頼んだ俺は、例の物の狙いを定め、適当な距離までハウンドドッグが迫るのを待って引き金を引いた。
例の物の先端から真紅の液体が飛び出し、距離を詰めていたハウンドドッグの顔面に命中。そして……。
「ギャウウッッッッ!?!?!?」
効果は抜群。ハウンドドッグは突撃の勢いそのままに、無様にも石床に倒れ込んだ。そして顔を石床に何度も叩き付け、何とか真紅の液体を振り払おうとしているが効果がない。顔の至る所から凡ゆる液体を吹き出し、のたうち回るハウンドドッグの姿はいっそ哀れだった。
そして。
「「「うわーっ」」」
あまりの効果絶大さに、俺達はドン引きした。
ダンジョンにはお約束の施設です、未稼働ですが。暫くは只のオブジェです。
真紅の液体の正体は次話で。




