第210話 ゴブリンと戦ってみよう
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探索を再開して暫くすると、美佳と沙織ちゃんの連携も大分サマになってきた。まだ辿々しい所はあるが、互いの間合いを意識する事で相互支援の出来る立ち回りという物を身に付け始めた様だ。
後は、数を熟しての練度上げだな。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
タイミングを合わせ美佳と沙織ちゃんが突き出した槍はほぼ同時に最後の敵、ハウンドドッグの体に突き刺さる。槍は正確に首と心臓……相手の急所を貫いていた。口から血の塊を吐き出したハウンドドッグの瞳からは光が消え、美佳と沙織ちゃんが槍を引き抜くと同時に力無く体を地面に横倒す。
そして2人は槍を構えたまま距離を開け、油断なく自分達が倒したハウンドドッグ達を警戒。ハウンドドッグ達の体が光の粒子に変化し始めた所まで確認し、漸く2人は警戒を解き槍を下ろした。
「「……ふぅ」」
「お疲れ、2人とも。中々良い動きだったよ」
戦闘を終えた美佳と沙織ちゃんに、俺は軽く拍手しながら労いの言葉を掛ける。すると美佳と沙織ちゃんは俺の方を振り返り、軽く目を見開き少し驚いた様な表情を浮かべていた。
「あっ、うん。ありがとう、お兄ちゃん」
「ありがとうございます」
「互いの立ち位置を意識する様に成ってから、随分連携もスムーズになってきたね。最後の共同攻撃なんか敵が躱しづらい様に、互いの立ち位置を考慮して攻撃位置をズラしてたしさ。相手の動きを把握していないと、中々スムーズには出来ないよ」
「「……」」
俺は先程の戦闘で良かった点を上げながら、美佳と沙織ちゃんを褒める。すると美佳と沙織ちゃんは、俺に褒められ照れ臭そうな表情を浮かべ視線を横に逸らした。
そして、そんな遣り取りを俺達がしていると周囲をそれとなく警戒していた裕二が、美佳と沙織ちゃんに若干喜ばしそうな口調で声を掛けてくる。
「おおい、3人とも。話はその辺にして、前を見てみろ。今回は中々良さ気なドロップ品があるみたいだぞ」
「「えっ!? 本当ですか!?」」
「ほらっ」
裕二の良さ気な品と言う言葉に敏感に反応した美佳と沙織ちゃんは、裕二が指さすハウンドドッグ達が倒れた場所に視線を向ける。するとそこには、確かにコアクリスタルやブロック肉とは違うドロップアイテムが転がっていた。
うん? ああ、アレは……。
「ねぇ、沙織ちゃん? コレってさ……」
「もしかして……回復薬、かな?」
美佳と沙織ちゃんは地面に転がっていたドロップアイテムを拾い上げ、期待と不安が混じり合った眼差しで眺める。美佳達が倒したハウンドドッグから出現したドロップアイテムは、密閉容器に入った液体だ。
そして俺がチラッと鑑定した所、ドロップアイテムの正体は初級回復薬だった。
「……ねぇ、お兄ちゃん? コレって回復薬なのかな?」
美佳にコレは回復薬なのか問われ、俺は反射的に首を縦に振りそうになったが、裕二と柊さんの突き刺さる様な視線に気付き踏み止まった。
危ない危ない。思わず協会の鑑定も受けさせていないのに、回復薬だと断定する所だった。
「……さぁ、な? 容器の形状からすると多分、回復薬だとは思うけど鑑定を受けてみないと断定は出来ないな」
「……そっか」
俺の返事に美佳と沙織ちゃんは肩を落とし目に見えて意気消沈した様子だが、直ぐに気持ちを持ち直し気合いを入れ直した。
あっ、そうだ。コレも今の内に言っておこう。
「ああ、2人とも。念の為に言って置くけど、ダンジョン内でドロップした薬品系のアイテムは鑑定が済むまでは出来るだけ使わない様にね?」
「えっ? 何で?」
「いや、何でって……。もしその容器の中身の液体が、毒薬だったらどうするんだよ? こんな所で毒なんて飲んだら、病院にも行けないから間違いなく死ぬぞ? それと、他にも危ない可能性があるアイテムは色々あるから、出来るだけ鑑定が済むまでは手を付けない様に」
「う、うん。分かった」
俺が真剣な表情を浮かべ注意すると、美佳は迫力に押され若干引きつつ頭を何度も縦に振った。
「あ、あの……1つ良いですか?」
「何、沙織ちゃん?」
そして、そんな俺と美佳の遣り取りを見ていた沙織ちゃんが、小さく右手を上げながら俺に質問を投げ掛けてきた。
「前ネットで見たんですけど、少し前までスキルスクロールとかは探索者の人が協会の鑑定を受ける前に、ダンジョン内で使用するのが普通に横行していたって……。それは良いんですか?」
「うーん。結論から言うと、余り褒められた行動じゃ無かったね。昔は今みたいに、協会の鑑定サービスも充実していなかったから、スキルスクロールを鑑定に出すと、結果が出るまで数週間掛かる、って事もザラに有ったからな。それで、業を煮やした探索者が、ダンジョン内で未鑑定のスキルスクロールを使用する、って事が横行したんだよ。無論、他にも色々理由はあると思うけど」
「成る程……」
「無論、そんな行き当たりバッタリなやり方だったから、未鑑定のスキルスクロールを使う時には大きなデメリットもあったんだけどね」
「……それって、どんなデメリットなの?」
沙織ちゃんの質問に興味が湧いたのか、美佳が横から口を挟んでくる。
「そうだな……有名所の失敗だと。ハイクラスのパッシブ系スキルのスキルスクロールを低レベルの時に習得した結果、常時エネルギー不足で探索者が共通して得られる身体強化の恩恵を一切受けられなくなった、とかだな」
「「えぇっ!?」」
「ドロップ品としてはレア物の当たりなんだろうけど、レベルが低い探索者が使うような代物じゃないよな。中身が不明の段階でスキルスクロールを使用するって事は、こんな風に思わぬ地雷を踏み抜くかも知れないって事だ。だから最近は、鑑定しないでスキルスクロールを使う探索者は大分減ったと思うぞ」
今思うと、あの頃の探索者って色々な意味でギャンブルだったよな。魔法が使ってみたいからって、皆良く未鑑定のスキルスクロールを運任せで使ってたよな……。
「そ、そうなんですか……」
美佳と沙織ちゃんは、どことなく安堵したような表情を浮かべながら胸に手を当てていた。多分、前回の探索時の事を思い出したのだろう。前回の探索で得たスキルスクロールは2人とも金欠の為、大した議論もなく換金用に回されたけど、懐に余裕があったらダンジョン内で使ってたかもしれないな。
無論、その場合は俺達が止めてただろうけどさ。
「まぁとにかく、そのドロップ品は鑑定して貰うまでは使わないようにな」
「う、うん」
「はい」
美佳と沙織ちゃんは頭を縦に振って了承した後、回復薬を他のドロップアイテムと一緒にバッグにしまった。
さて、じゃぁ先に進むか。
俺は7階層へと続く階段を前にして、腕時計で時間を確認する。
「……帰りの時間を考えると、そろそろ上に戻り始めた方が良いかな」
「そうだな。疲労や換金手続きの事を考えると、引き返すには良い頃合いだろう」
「そうね。でも、その前に……」
俺達3人の視線が、緊張した面持ちで階段を凝視し手に持っている槍を強く握りしめている美佳と沙織ちゃんに向けられる。
まぁ、そうなるか。
「……大丈夫か、2人とも?」
「う、うん。大丈夫だよ……」
「は、はい。大丈夫、です」
いや、大丈夫じゃ無いだろ……。2人とも緊張で、声が上擦っているぞ。
「おいおい、そんなに緊張してたら動きが鈍って怪我をするぞ。ほら、深呼吸でもして、気持ちを落ち着かせろ」
「「う、うん。すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」」
美佳と沙織ちゃんは俺の指示に従い、深呼吸を繰り返す。数回繰り返す内に顔から緊張の色が抜けていき、10回程繰り返すと2人とも平常心を取り戻していた。
「どうやら、落ち着いたみたいだな?」
「う、うん」
「は、はい」
「じゃぁ当初の予定通り、コレから7階層に降りて人型モンスターと戦って貰うけど……覚悟は良いな?」
「「……」」
俺が念押しする様に確認を取ると、美佳と沙織ちゃんは互いの顔を見合わせ無言で頷き合った。
そして2人は、俺の方に向き直り目を真っ直ぐ見ながら……。
「うん、大丈夫! 行こう!」
「はい!」
決意と覚悟の籠もった眼差しを向けながら、気合いを入れるかの様に大きな声で7階層へ降り人型モンスターと戦うと返事を返してきた。実際に人型モンスターと対面した時どうなるか分からないけど、取り敢えず戦闘前から怯えると言った様子は見えないから大丈夫だろう。
俺は美佳と沙織ちゃんに軽く頷きながら返事を返し、裕二と柊さんに大丈夫そうだから下の階に進もうと言う視線を送る。すると、裕二と柊さんも無言のまま頷き、了承する旨を返してきた。
「じゃぁ、行こうか?」
「うん!」
「はい!」
美佳と沙織ちゃんの返事を聞いてから、俺は階段を降りていく。
そしてその途中、俺は2人に1つ忠告をしておく。
「念の為に言っておくけど、人型モンスターと相対しても躊躇はするなよ? 例えこっちが攻撃を躊躇しても、相手は今までのモンスターと同様に容赦なく襲いかかってくるからな」
「……うん」
「……はい」
俺は詰まった様なか細い声で返事を返してくる美佳と沙織ちゃんの方を振り返らず、背を向けたまま階段を降りて行く。初めて人型モンスターと戦闘し怪我をした多くの探索者の負傷原因は、戸惑って攻撃を躊躇したからだからな。基本的に正攻法でこの階層まで潜って来た探索者からすると単体の人型モンスター……ゴブリン等が相手なら先ず怪我を負う事無く倒す事が出来る。
しかし、幾ら相手が格下だからといっても、侮り油断していたり攻撃を躊躇していると思わぬ反撃を受け怪我を負う。
「まぁ、いざとなったら俺達がフォローするけど、ギリギリまでは手出ししないから自分達で乗り越えろよ。入り口でも言ったけど、コレが乗り越えられなかったら探索者を続けるのは難しいからな?」
「うん……」
「はい……」
忠告を聞き美佳と沙織ちゃんが若干意気消沈した様だが、俺達は階段を降り7階層へと降り立った。階段前の広場には若干名の探索者達が休憩をしていたが、俺達はその脇を抜け先へと進む。
そして広場を抜け通路を暫く進むと、そいつは姿を現した。
「……出たぞ」
「「……」」
ライトが照らす通路の先には、体毛の無い緑色の肌をした木の棍棒と腰ミノを身に着けた小柄な人型モンスター。ゴブリンだ。
「……私がやる」
そう言って、美佳が一歩前に出る。すると、美佳の動きに反応したゴブリンが右手に持った棍棒を振り上げながら大声で威嚇を始めた。
どうやら、向こうも俺達の事を認識したらしい。
「ギャッ!」
「……」
ゴブリンは鬼気迫った表情を浮かべ、血走った目で美佳を見定めながら走り寄ってくる。威嚇の咆哮を上げながら棍棒を振り上げ走り寄ってくる姿は中々迫力があり、美佳は一瞬怯んだ様子だった。だが美佳は直ぐに気合いを入れ直し、構えた槍を握り直す。
そして……。
「はぁっ!」
美佳が一瞬息を飲んだ音が聞こえた直後、気迫の籠もった踏み込みと共に槍を鋭くゴブリンに向かって繰り出した。
だが……。
「ギヤァッ!!」
「っ!」
美佳の繰り出した胸を狙ったと思わしき槍は、ゴブリンの胸を外し棍棒を持つ右手の肩を貫いた。美佳は己の繰り出した槍が狙いを外した事に驚いた様だったが、直ぐに正気に戻り槍を引き抜きゴブリンとの間合いを取る。
そして肩を槍で貫かれたゴブリンは絶叫を上げながら棍棒を落とし、左手で右肩を押さえながら地面を転がった。
「ギャギャッ……」
「あ、あっ……」
美佳は自分が攻撃した人型のモンスターが血を流しながら地面に蹲る姿に唖然とし、槍を持つ手を震えさせながら動きを止めた。
なので、俺は。
「美佳! トドメを刺せ! まだ戦闘は終わってないぞ!」
「! う、うん!」
俺の有無を言わさない口調で叫んだ声で活が入ったのか、唖然としていた美佳は槍を構え直した。美佳は穂先を地面に倒れる血塗れのゴブリンに向け、一瞬の躊躇をするも槍をゴブリンの首目掛けて繰り出す。
そして今度は狙い違わず、美佳の槍はゴブリンの首を貫いた。
「ギッ!?」
槍が首を貫いた瞬間、ゴブリンは痙攣した様に体を震わせたが直ぐに動かなくなる。美佳は暫く槍をゴブリンに突き刺したままの体勢で動かなかったが、ゴブリンの体が粒子化し始めた所で漸く槍を引き抜き距離を開けた。
うーん、ちょっとショックが強かったかな。
「おい、大丈夫か美佳?」
俺は美佳に近付きながら声を掛ける。すると、美佳がユックリとした動作で振り向く。振り向いた美佳の顔には呆然とした表情が浮かんでおり、瞳の焦点が少々定まっておらず動揺しているのが手に取る様に分かった。
「……うん、大丈夫」
「……そうか。兎も角、良くやったな美佳。少し休んでろ」
「……うん」
「柊さん、お願い」
「分かったわ」
俺は動揺する美佳のフォローを柊さんに任せ、息を飲み表情が硬い沙織ちゃんに話しかける。
「沙織ちゃん。次は沙織ちゃんに相手をして貰うつもりだけど……やれる?」
「……はい。やります」
「そうか……じゃぁ、先に進もうか?」
「……はい」
俺は沙織ちゃんに確認を取った後、裕二と柊さん、そして美佳に声を掛ける。
「と言う訳だから皆、先に進もう」
「おう」
「こっちは任せて」
「……うん」
そして俺達は隊列を少し変え、俺と裕二でチームの前後を警戒しつつダンジョンの奥へと向かって歩き始めた。
美佳ちゃんの、ゴブリン戦でした。やっぱりモンスターとは言え、人型を殺すというのは心理的抵抗が高いですよね。




