第209話 初めての複数体との戦い
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ライトを点灯させダンジョン内に突入した俺達は先ず、目配せをしてから3人で美佳と沙織ちゃんの前後を挟む様に隊列を組む。戦闘経験やダンジョンの歩き方を覚える為に2人を隊列の先頭に立たせても良いのだが、先程の話で少々緊張し堅くなっているので最初の敵と遭遇するまではこの隊列で行く。
敵と遭遇した時に緊張で、咄嗟の反応が間に合わなかったら拙いからな。
「取り敢えず、このまま進むぞ。二人は早く気持ちを切り替える様に」
「う、うん」
「は、はい」
俺が気持ちの切り替えが出来ていない事を指摘すると、美佳と沙織ちゃんは数回深呼吸を繰り返す。常在戦場の精神を持てとは言わないが、危険地帯に入ったら瞬時に意識を切り替えられる様にしないと拙い。この辺は、今後の要指導項目だな。数回の深呼吸を終えた2人は、程良い緊張を保った隙の無い表情を浮かべ周囲を警戒しだした。まだ完全には意識を切り替えられていないみたいだけど、取り敢えず敵の痕跡を見落とすと言う様な事は無さそうだな。
そして2階層に降りる階段まで最短コースで歩いて行くと、そいつは現れた。
「……美佳、沙織ちゃん」
「「!」」
現れたのは、一体のホーンラビット。俺達の出方を警戒する様に低い唸り声を上げながら、角を俺達に向け跳躍の体勢を取っていた。もう少し近付けば、直ぐさま襲いかかってくるな。
そして、隊列の前方を守っていた俺と裕二は左右に分かれ、美佳と沙織ちゃんに前へ出る様に無言で示す。
「「……」」
俺達に道を空けられた美佳と沙織ちゃんは一瞬、互いにどちらが行くのかと目配せをした。あー、うん。一瞬とは言え、敵から無防備に視線を外すのはダメだな。瞬発力があるモンスターだと、一瞬でも視線を外したら隙が出来たと思って一っ飛びに間合いを詰めてくるからな。以心伝心ってのは無理でも、声を出せる状況なら口頭で相談しないと。
はぁ、戦闘終了後に注意しておこう。
「……じゃぁ、私が行くね」
相談の結果、今回は美佳が戦う事になったらしい。美佳は手に持った槍を構え、穂先をホーンラビットに向けながら前に出る。
そして美佳が5歩程前に出た所で、ホーンラビットが動く。美佳の胸元目掛けて、角を突き刺そうと跳躍したのだ。だが……。
「はぁっ!」
数度の実戦と重蔵さんの稽古を経験した今の美佳にとって、只真っ直ぐ己に向かって飛んでくるホーンラビットなど物の敵では無かった。僅かに腰を落とし体勢を低くした美佳は、手に持った槍を鋭く突き出しホーンラビットの喉元を掬い上げる様に貫いたのだ。槍に喉を貫かれたホーンラビットは数回痙攣をした後、全身から力が抜け動きを止めた。
うん、中々見事な一撃だな。
「……」
美佳はホーンラビットが再度動き出さないか警戒した後、貫いている槍を抜いた。うん、残心は忘れていないみたいだな。
そして美佳が仕留めたホーンラビットは暫しの間を開けた後、光の粒子に成って何も残さず消え失せた。残念、今回はドロップアイテムは無しか。
「……ふぅ。取り敢えず、終わったよ」
「お疲れ様。幾つか気になる点はあったけど、良い動きだったぞ美佳」
「うん」
ホーンラビットの死体が消え、漸く美佳は息を吐き警戒をといた。その顔には以前見せていた様な、モンスターを殺した事に対する深い罪悪感は浮かんでいない。無論、完全に罪悪感が無くなっている訳では無いが、動揺し行動に支障を来す様な影響は無いようだ。
コレなら、十分な休憩を挟めばモンスターとの連戦を行っても大丈夫だろう。まぁその前に、沙織ちゃんの状態も確認しないといけないけどな。
「取り敢えず今の内に、さっきの戦闘で気になった点を伝えておくぞ。先ず2人とも、敵と相対している時に相手から視線を外さない事。幾ら俺達が警戒して相手を牽制していたとは言え、一瞬でも無防備に相手を自分の視界から外すな。俊敏性が高いモンスターが相手だったら、その一瞬の油断が致命傷になりかねないんだからな」
「う、うん。ごめん……」
「は、はい! 気を付けます……」
俺が戦闘前に行った2人の行動を咎めると、2人はバツの悪そうな表情を浮かべ頭を軽く下げ萎縮した。うん、まぁ鞭はこのくらいだな。
後は……。
「……とは言え、それ以外の戦闘は概ね良かったぞ」
「! ……ほんと?」
「ああ。間合いの取り方も良かったし、槍の狙いも正確だったしな。しいて言えば、もう少し敵の攻撃を体の中心線上から外しておくと良いな。今回の敵は軽かったから良いけど、重い敵となると勢い次第では貫かれたまま突っ込んでくる事もあるからな」
「うん!」
褒められ嬉しそうな美佳の姿を見て、上手くいったなと安心する。鞭ばかりでは萎縮して動きが悪くなるだけだからな、適度にアメも与えておかないと……。
俺はこれ位で良いよな?と言う疑問を視線に乗せ、裕二と柊さんに向けた。すると……。
「……」
「……」
裕二は肩をすくめ、柊さんは苦笑を漏らしていた。……うん、アメとムチって加減が難しいよね。俺は気拙ず気に2人から顔を逸らし、態とらしく咳払いをした。
と、取り敢えず話を進めよう。
「さっ、何時までもここで留まっていても仕方が無い、先に進もう。ただし、今度は二人が先頭でね?」
「うん!」
「はい!」
美佳と沙織ちゃんは元気良く返事を返した後、俺と裕二の前に進み出て隊列を組み直す。逆に、俺と裕二は左右に別れたまま後ろに下がり、後方を守る柊さんを加えVの字に展開し後ろと左右を固める。この隊列なら、美佳達は前方に多くの注意を向けられるしな。
そして俺達は、再び下の階層へ続く階段を目指して歩き出した。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
俺達が周囲を警戒しながら見守る中、美佳と沙織ちゃんは2体のハウンドドッグと戦っていた。既に潜った階層は、4つ。同時に複数体の敵が出現する階層だ。2人は出現したハウンドドッグを1体ずつ担当し戦っているが……この先、1人で複数体の相手を出来る様にならないと厳しいんだよな。
まぁ、数を熟していけば、そのうち慣れるか。
「えいっ!」
跳躍し襲い掛かって来たハウンドドッグの攻撃を躱した沙織ちゃんは、着地したハウンドドッグが体勢を乱し動きを鈍らせた隙を見逃さず、槍を鋭く突き出しハウンドドッグの首元を貫いた。だが、ハウンドドッグもしぶとい。首元から槍を抜こうと、血が噴き出すのも構わず身をよじらせ抵抗するのだ。しかし、そんなハウンドドッグの抵抗にも沙織ちゃんは慌てず対処する。首を貫いた槍が抜けない様に、重心を変えながら槍を更に押し込みながら柄を半回転させて傷口をエグったのだ。
すると、傷口から吹き出す血の量が一気に増して次第にハウンドドッグの抵抗は弱まっていき……大きく痙攣をしたあと動きを止めた。
「……ふぅ」
沙織ちゃんはハウンドドッグの血で汚れた槍を引き抜きながら、光の粒に変わっていくハウンドドッグの姿を胸の中に貯まった息を吐きながら安堵した様子で眺めていた。
うーん、残念。流石に、安堵するのはちょっと早いかな? 複数体と遭遇し戦闘になった場合、接敵した敵を全て倒しきった事を確認する前に気を抜くのはアウトだよ沙織ちゃん。ちょっと単体戦闘に馴れすぎちゃったみたいだな……。最後の最後で少々残念……いや、大きなミスを犯した沙織ちゃんの対応に俺は頭を痛めた。
そして俺は気を取り直しもう一つの戦い、美佳が戦っている方に視線を向ける。
「……」
だが、視線を向けると既に美佳とハウンドドッグの戦闘は終わっていた。どうやら美佳は、槍でハウンドドッグの心臓を貫いて仕留めたらしい。そして美佳はハウンドドッグから視線を反らさず警戒していたが、ハウンドドッグの粒子化が始まると辺りを見回し、沙織ちゃんも無事ハウンドドッグを仕留められた事を確認して安堵の息と共に警戒を解いた。
うん、こっちは正解。
「お疲れ様、2人とも」
「……うん」
「……はい」
どうやら初めての同時戦闘で、気疲れをしたらしい。まぁ、無理も無いか。
「で、どうだった? 初めての複数体の敵との戦いは?」
「緊張した。戦い自体は今までと同じ1対1の形だったけど、何時沙織ちゃんが相手している敵の気が変わって飛び掛かって来るかもって思ってたから……」
「私もです。自分が受け持った敵が逃げ出して美佳ちゃんの方に向かったら……って思ったら、目の前の敵は確実に仕留めないとって思いが強くなって」
感想を聞く限り、どうやら沙織ちゃんは自分が最後にした失敗を認識しているらしい。
「そうか、なるほどね。……良し! じゃぁ取り敢えず一旦、階段前の広場に引き返そう。さっきの戦闘に関して二人に言っておきたい事もあるけど、流石にここで長話をするのもアレだしね。それで良いよね裕二、柊さん?」
「ああ、良いぞ。俺からも一言言っておきたい事もあるしな」
「私も良いわよ」
裕二と柊さんの了承が得られたので、俺達は一旦階段前広場に戻る事にした。
「と言う訳だから、取り敢えず階段前広場まで引き返すからな」
「うん」
「はい」
と言う訳で、俺達は周囲を警戒しつつ来た道を引き返した。
幸い、そこまで奥に進んでいたのではないので、俺達は階段前広場にさほど時間を掛けずに戻る事ができた。広場にはそこそこの探索者が居たが無事、休憩スペースを確保する事になった。広場の端に設置されたテーブル席に腰を下ろし、先ほどの戦闘について反省会を行うことにした。
「じゃぁ、反省会を始めようか?」
「うん」
「はい」
「じゃぁ先ず最初に言っておくのは……沙織ちゃん」
「……はい」
俺が沙織ちゃんの名前をあげると、沙織ちゃんは一瞬身を竦め身構える。
「さっきの感想を聞く限り、多分何を言われるのか自覚があると思うけど……」
「残心、の事ですよね?」
やっぱり、自覚はしていたか。
「そう、正解。今回の戦闘で沙織ちゃんは、戦闘の終了を確認していないのに残心を怠ったよね?」
「……はい。自分の受け持った敵を倒した所で、気を抜いてしまいました。あの時はまだ、美佳ちゃんの戦闘が終わったのか確認してなかったのに……」
沙織ちゃんは暗い表情を浮かべた後、顔を俯かせ今回自分が犯した失敗を悔いていた。
ここで更に追い撃ちを掛ける様で心苦しいが、言っておかないといけない事は言っておかないと、な。
「今回は幸い、接敵した敵が2体で1対1の形に持ち込めていたから良かったけど、敵が3体4体と増えた時には、その一瞬の油断が命取りになるからね? 接敵した敵を全て倒し戦闘が終わるまでは、決して気を抜かないように注意して」
「……はい!」
若干涙ぐんでいる様にも見える眼差しを俺に向け、沙織ちゃんは次は失敗しないと言う決意の篭った気合いの入った返事を返して来る。
うん。これなら次の戦闘では、同じ間違いは犯さないで済むかな。
「じゃぁ次は、俺からだな」
俺の話が終わったと見た裕二が、タイミングを見計らい口を開く。
「俺が指摘するのは、戦闘技術の面の話だ。……とは言っても、まだそこまで細かい技術に関する事を指摘するつもりはないから、そう身構えるなよ2人とも」
裕二は苦笑を浮かべながら、緊張で身構える美佳と沙織ちゃんに話しかける。流石に裕二でも、ダンジョン探索数回の新人に細かな戦闘技術の不備で怒ったりしないって。
「今回の戦闘に関して俺が指摘するのは、2人の間合いの取り方についてだ」
「間合いの、取り方……?」
「ええっと、自分達的には割と上手く出来てたと思うんですけど………?」
美佳と沙織ちゃんは、裕二の指摘に首を傾げた。確かに沙織ちゃんが言うように、1対1の戦闘として見れば二人の間合いの取り方はそう悪いものでは無い。
だが……。
「確かに、1対1の戦いの間合いの取り方として見れば、2人の間合い取り方はそう悪くはない。だけど複数体との戦闘を念頭に置いた場合、さっきの戦いで2人が取った間合いの取り方は余り良いとは言えないんだよな」
「「?」」
「さっきの間合いの取り方だと、自分達は味方の援護が出来ないけど敵は相互に援護が可能……と言った場面が生まれる間合いの取り方だったんだよ。実際、何度かそう言う事に成りそうな場面もあったしね」
「「えっ!」」
美佳と沙織ちゃんは目を見開き、裕二の指摘に驚きの表情を浮かべた。そう、裕二が指摘する様に、先程の2人の間合いの取り方ではそう言う危険があるのだ。
相手が余り連携を重視するタイプのモンスターじゃなくて、ほんと良かったよ。
「複数体と戦う場合、自分の間合いだけではなく、敵の間合いも見極めて立ち回る事が重要になるんだ。味方同士互いに援護が可能な位置取りをしつつ、相手が互いに援護出来ない様に動く。チームで複数体の敵と戦う時の基本だよ、二人も憶えておくと良い。始めは上手く出来ないだろうけど、何度も一緒に戦っていれば自然と出来るようになると思うからさ」
「「はい!」」
裕二の指摘に、美佳と沙織ちゃんは元気良く返事を返した。
さて、休憩も取れたし反省会もこのへんにして探索を再開するかな。
チームで動く時、互いの間合いを見定めるのは大切です。下手な間合いの取り方をすると、同士討ちをする可能性も出てきますからね。




