第207話 準備完了……かな?
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美佳と一緒に周囲の注目を集めながら待つ事数分、やっと1人目の待ち人が姿を現す。
「お待たせしました!」
俺達の元に最初にやってきたのは、美佳と同じような大きさのボストンバッグを持った沙織ちゃんだった。
「あっ、沙織ちゃん!」
「……おはよう、沙織ちゃん」
「おはようございます……って! ちょっ、美佳ちゃん!?」
周囲の視線から必死に眼を逸らしていた美佳は緊張が切れたのか、地獄に仏とばかりに沙織ちゃんに駆け寄り手を取り喜びの表情を浮かべる。逆に沙織ちゃんは、予想外の美佳の歓迎振りに戸惑いの表情を浮かべていた。
まぁ来た早々、いきなり満面の笑みで迫って来られたら戸惑うわな。
「ちょっ、えっ、まっ、待ってよ美佳ちゃん! お、お兄さん? コレっていったい、どう言う事なんですか……?」
「ああっ……ちょっと、ね?」
俺は戸惑う沙織ちゃんに、美佳が笑みを浮かべるに至る経緯を軽く説明する。昨日の体育祭で観客の関心を集めていたのに、うっかり変装道具を用意し忘れ周囲の学生達の注目を集め居心地が悪かったという事を……。
すると、沙織ちゃんは俺と美佳の服装を一瞥し、小さく溜息を漏らした。
「はぁ、全く。何をしてるんです、2人共……。私達昨日の体育祭で、結構派手な事したんですよ? そんな注目の人が無防備に駅に居たら、同じ学校の子は気にならない訳ありません。注目の一つや二つ集まるのは、当然ですよ」
「う、うん。そうだね……」
「そう思ったから私だって、この帽子をお母さんに借りて被ってきたんですよ?」
そう言いながら沙織ちゃんは、自分の被っている鍔付きのキャスケット帽を指さした。確かに帽子が一つあるだけでも、パッと見で受ける印象が変わってくるよな。……はぁ。
俺は自分の不甲斐なさを情けなく思いつつ、未だ沙織ちゃんに張り付いている美佳の肩を掴んで引き離した。流石にこれ以上張り付くのは、沙織ちゃんも迷惑だろうからな。
「ほら美佳、そこまでだ」
「えっ、ちょっ! 離してよ、お兄ちゃん!」
「何時までも抱きついてたら、沙織ちゃんも迷惑だろ?」
「うっっっ」
「そんな恨みがましい顔をしても、ダメだって……」
俺が残念がる美佳を引き剥がすと、沙織ちゃんは少し安堵した様な表情を浮かべていた。沙織ちゃん……ウチの妹がごめんね?
そして更に数分。3人で雑談をしながら待っていると、裕二と柊さんも帽子やサングラスなどで軽く変装した服装で待ち合わせ場所に姿を見せる。
「おう3人共、おはよう!」
「皆おはよう……ってアラ? もしかして九重君と美佳ちゃん、そのまま来たの?」
俺と同じ様に何時もの探索者セットに小さなショルダーバッグを加えた裕二と、やはり美佳や沙織ちゃんと同様に大きなボストンバッグを持った柊さんが歩み寄ってきながら挨拶をしてくる。
そして案の定、怪訝な表情を浮かべた柊さんが変装道具を身に付けていない俺と美佳に軽く驚いた感じで疑問を投げ掛けてきた。
「ああっ、うん。ちょっとした手違いと言うか、ウッカリと言うか……」
「……」
2人から眼を逸らしつつ言い訳を口にする俺の態度に、呆れ成分が多分に含まれた生暖かい柊さんと裕二の視線が注がれる。俺も暫くは、2人の生暖かい視線を気が付かない振りをして無視していたが、ついに耐えきれなくなり……。
「すみません。変装道具の事、ついウッカリ忘れていました……」
「「はぁ……」」
俺が軽く頭を下げながら謝ると、二人の口から溜息が漏れた。
俺はミスを誤魔化す様に、全員集合したので早く改札を通過しようと提案したのだが、柊さんから待ったが掛かる。今の姿のまま移動すると、改札内や電車内でも注目を浴び騒がれるかもしれないので、早めに変装道具を入手しておいた方が良いと。成る程、確かに電車内などで声を掛けられると逃げ場が無く面倒事になるな。
と言う訳で急遽、駅に併設してあるコンビニに変装用の帽子とマスクを購入しようと全員で移動した。因みに、コンビニに置いてあったのは機能性優先のシンプルなデザインの帽子だが、用途としては問題ないので二人分購入し装着する。
そして簡単な変装を施し元の場所に戻ってみると、目に見える程に俺達に向けられる視線が減った。……効果抜群だな。
「さっ、準備も出来た事だし行くぞ」
「お、おう」
「ええ」
「うん!」
「はい!」
裕二に先導されながら、俺達は改札を過ぎた。そして発着ホームへ上がってみると、ちょっとした驚きの光景が目に飛び込んでくる。
反対側のホームに所狭しと群れる、大きな荷物を抱えた探索者ルックの学生らしき若者達の姿だ。
「うわっ、何……アレ?」
美佳は思わずと言った感じで、驚きの声を漏らす。
「近場のダンジョンに向かう若者達の群れ……じゃないか?」
「それにしても、凄い数ですね……」
俺が若者の群れに驚きの視線を向けたまま美佳の呟きに返事を返すと、隣に居た沙織ちゃんも戸惑う様な口調で言葉を返してくる。
まだ朝も早いってのに、ほんと凄い数だな。……100人位は居るかな?
「……もしかしたら、俺達が原因かもしれないな」
「そうね。広瀬君の言う通り、私達が昨日行った演武が原因で、この騒ぎになっている可能性もあるわね……」
2人の会話を耳にし、俺も無言のまま軽く頷きその推測に同意する。確かに今ホームに集まっている若者の年齢層を考えると、俺達が原因である可能性は高い。流石に個別の顔に見覚えは無いが、多分あの集団の大部分は俺達と同じ学校に通う学生なのかもしれない。
自分の同世代……同じ時期に探索者になった者の中には、アレだけの演武を行う事も出来る者もいる。もしかしたら、頑張れば自分にも同じ演武が出来る様になるかもしれない……そう彼等に思わせたのかもしれない。
「それって、私達の行動があの人達の向上心に火を付けたって事ですか?」
「もしくは功名心や好奇心、あるいは野心かもしれないけどな……」
「どちらにしろ、私達の昨日の演武を切っ掛けに、彼等の中で燻っていた感情に火がついたのかもしれないわ」
沙織ちゃんの疑問に、裕二と柊さんは困った様な口調で答える。無論、俺達だけが原因という訳では無いのだろうが、コレを切っ掛けにウチの学校の生徒が無茶をした結果の末に死傷でもしたら……考えるだけで面倒な事になりそうだな。
と、そんな風に考えながら俺達が隣のホームにいる連中を眺めていると、列車の到着を知らせるアナウンスが流れてきた。すると……。
「うわっ、凄い満員状態……」
「日曜日の朝なのに、ラッシュ時の通勤電車を彷彿とさせるな……」
「皆、苦しそうですね……」
「皆、大荷物を抱えてるからな。仮にラッシュ時より乗車人数が少なかったとしても、車内空間の密集度にそう変わりないだろうさ」
「あんなに人が乗っちゃって、窓ガラス……割れないのかしら?」
俺達は呆れと不憫さが入り混じった様な表情を浮かべながら、乗車率100パーセント超えの満員電車に無理矢理乗り込んでいく彼等の様子を隣のホームから眺めている。希に、窓越しに助けを求める様な眼差しを向けてくる者が数人居たので、俺達は眼を逸らしつつ心の中で彼等の冥福を祈っておいた。いやっ、流石に助けられないしさ?
そして彼等を無理矢理詰め込んだ電車は、乗客の苦境など気にも止めず定刻通り駅を淡々と出発していった。
「……ああ言う電車には乗りたくないな」
「「「「うん(ああ)」」」」
俺達は満員電車を見送ったあと直ぐに到着した、自分達が乗車する電車の空いた座席に腰を下ろしながら、時間は掛かるがそこそこ快適な自分達の移動環境に安堵の息を漏らした。
ほんと皆さん、通勤(最寄りダンジョンへの電車移動)ご苦労様です。
ここ半年程で通い慣れたダンジョン最寄り駅に到着した俺達は早速、お泊まり用の荷物を駅のコインロッカーに仕舞い、駅近のコンビニに昼食用の食品を買いに向かった。最近、他の大手コンビニチェーンの店舗が駅近くに複数開店したと言う事もあり、以前は一極集中していた客足も今では好みに応じ分散しているので、それほど店内に混雑は起きていない。
まぁ所謂、コンビニの顧客争奪戦争が勃発していると言う状況だけどな。
「良し。昼食の確保完了、っと」
「前来た時に比べるとお客さんが少なかったから、この時間でも結構商品が残っていたね」
「店にとっては売り上げが下がっているって事だから、余り良い事じゃないんだろうけどな。まぁ……俺達としては助かったけど」
俺達は各自昼食用のサンドウィッチやオニギリを購入した後、ダンジョン行きのシャトルバスが発着する駅のロータリーへと戻る。シャトルバスの第1便は既に出発したらしく、列を成している人の数は大分減っていた。この分ならギリギリ全員、2便目のシャトルバスに乗れそうだな。
俺達は列の最後尾に並びながら、時間潰しを兼ね軽く今日の予定を確認する。
「取り敢えず、今日の予定としては夕方……19時位までダンジョンに潜った後、夕食を済ませてから宿泊予定のホテルに向かおうと思っているから」
「19時まで、ですか……」
予定を聞いた沙織ちゃんは若干不安気な表情を浮かべながら、帰還予定時間を口にする。まぁ、コレまでは長くても数時間しか潜ってなかったからな。いきなり半日近い潜行予定時間を聞けば、不安にもなるか。
そして、そんな沙織ちゃんに俺は少し表情を引き締めながら口を開く。
「ああ。2人に取っては初めての長時間ダンジョンアタックになるけど、探索者を続けていこうと思うのなら何れは経験しないといけない事だからね」
「「……」」
「……大丈夫だよな?」
俺の言葉を聞き美佳と沙織ちゃんは息をのんだ後、不安の色が籠もる視線を互いに向け合った。泊まり掛けでダンジョンに行くと聞いた時に覚悟は決まっていただろうけど、いざ面と向かって言われ動揺したって所だな。
そして少々沈黙で間を開けた後、美佳と沙織ちゃんは覚悟の決まった据わった目付きを俺達……主に俺に向けてくる。
「「うん!(はい!)」」
「……良い返事だ。まぁ俺達も一緒に潜るから、表層階の探索程度なら、そこまで心配はしなくても良いと思うけど、油断や慢心をして気は抜くなよ?」
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは大きく頭を縦に振って、俺の質問に答えた。
まぁ、この様子なら大丈夫だろう。
「良し。じゃぁ、後はホテルだけど……」
「何時頃にチェックインするか、連絡して置いた方が良いだろうな」
「そうね。遅くまで連絡を入れてなかったら、キャンセル扱いされて仕舞うかもしれないものね」
「ああ、その可能性もあるか……。じゃぁ、ちょっと早いかもしれないけど、今の内に一度連絡を入れてみるよ。チェックインは一応……21時位で良いかな?」
「夕食と移動時間を入れたら、そんな物じゃ無いか?」
「そうね。一応の予定としては、21時のチェックインで良いんじゃ無いかしら?」
「了解」
ダンジョン利用者が増えたと言う事も有り電波状況もそれほど悪くは無いとは言え、これから行くダンジョンが山奥にあると言う事もあり今の内にホテルへ連絡を入れておく事にした。俺はスマホを取り出し、事前に登録しておいたホテルの電話を鳴らす。
すると、3コール目でホテルの受付担当者が出た。
『はい。ホテル彩雲です』
「あっ、すみません。今日宿泊の予約を入れていた、九重と言います」
『はい。九重様……ですね? 確認いたしますので、少々お待ち下さい。……はい、確認が取れました。5名様2部屋で御予約を承っています。では、どう言ったご用件でしょうか?』
「あの、チェックイン時間の件なのですが……21時頃でのチェックインは大丈夫でしょうか?」
『はい、大丈夫です。当ホテルは23時までチェックインを受け付けていますので、チェックイン時間が遅くなるようでしたら、改めてその旨を御連絡下さい』
「あっ、はい。分かりました。では、よろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします。では、御客様の御来館を御待ちしています』
電話口で軽く頭を下げながら電話を切り、俺は21時頃でもチェックインは大丈夫だったと4人に伝える。
「大丈夫だって。それと、もし更に遅くなりそうなら改めて連絡をくれってさ」
「そうか、じゃぁホテルの方は心配しなくて大丈夫そうだな」
「ああ」
そして、俺達が宿泊先の予約確認が取れた事に安堵していると丁度、2便目のダンジョン行きのシャトルバスがロータリーへ入ってきた。
良し。じゃぁ後は心置きなく、ダンジョン探索に励むとしますか。
宿泊予約の確認等の事前準備御も完了、次回からダンジョン探索開始ですね。




