幕間 弐拾六話 体育祭が与えた波紋
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その日、とある一本の動画が某有名動画投稿サイトに投稿された。動画のタイトルは“体育祭に凄い奴らが出た!”と言う、簡単な物。特に有名な投稿者が投稿した動画という訳でも無いので、配信当初は再生回数も伸び悩んでいたが……僅か数時間後には4桁後半を超える勢いで再生回数を増やしていった。原因は投稿動画を見た者達が、動画のアドレスを感想と共に某大手SNSに貼り付け拡散したからだ。
そして今、その動画をPCで閲覧している俺もその内の1人だった。
「うわっ、凄ぇな……此奴ら」
素人が手に持ったスマホで撮影したらしき手振れが酷い低画質の動画だが、動画に映る連中の凄さは十二分に伝わってくる。撮影者と演武者の距離が遠過ぎて、演武をする3人の顔などは確認出来ないが、逆に演武の全体像がつかみやすい動画だった。高速で互いの立ち位置を変えながら目まぐるしい衝突を繰り返す徒手格闘戦。スピーカーからは周囲の観客が出す声などの雑音しか流れてこないが、映像を見ているだけで彼等の打ち合う拳の衝突音が聞こえて来る様な激しさだ。
そして動画の再生時間が半分を過ぎた頃、激しい徒手格闘を行っていた彼等の動きに変化が出る。サポート役の子達が、武器を投げ込んだのだ。
「えぇっ!?」
武器を手に持ち動き始めた彼等の姿を見て、俺は思わず驚きの声を上げた。武器を手にした彼等の演武が、先程までの徒手格闘戦以上の激しさを見せたからだ。彼等が手に持つ剣や槍を振るう度に、彼等が高速で動き回った事で舞い上がっていた土煙や砂埃が切り裂かれたり穿たれたりし大穴が空いていく。
……何処のバトル漫画の再現映像だよ。
「……」
濃密ながらも10分にも満たない動画を見終えた後、俺は無意識に天井を見上げていた。
そして暫く無言のまま天井を見上げた後、俺は視線をPC画面に戻しコメント欄に目を通す。そこには視聴者達の様々な感想が書かれていた。“嘘だろ、此奴らが高校生!? 何で高校生に、こんな動きが出来るんだよ!?”と言う動画の真偽を疑う物や、“あー、ウチにも居る居る。イベントで目立つ為にハッチャける、こう言う事する探索者(笑)”といった信じているのか煽っているのか分からない物など様々だ。
「全く、探索者って連中は……。1年前ならコレ、完全にトリック動画だったのにな」
俺は幾つかのコメントに同調しつつ愚痴を漏らしながら、他に動画は無いかと関連動画欄を確認する。すると関連動画欄には、再生した動画とは別の似た様な体育祭関連の動画が多数ピックアップされていた。早送り再生の様に高速でトラックを疾走する学生達の動画、応援団員が空中を縦横無尽に飛び回るアクロバティックな応援合戦の動画等々……。
「ほんとダンジョンが出現して以来、世の中も愉快に成ったものだな……」
俺は今の世の中を皮肉った笑みを浮かべつつ、怖い物見たさの心境で関連動画の一つを再生し始めた。
所長室で書類を処理していると、扉がノックされた。
「……誰です?」
「脇田です。出張調査の報告に来ました」
「そう、入ってちょうだい」
「失礼します」
私が入室許可を出すと、扉が開き脇田課長と若い男が入室してきた。確か今回脇田課長の調査に同行した、調査課の室井君……だったかしら?
そして、私は処理していた書類を机の脇に寄せ二人の報告を聞く体勢を整える。
「二人とも、出張ご苦労様」
「いえ。では所長、詳細を報告する前にまずはこちらをご覧下さい。室井君」
「はい」
脇田課長に促された室井君が、脇に抱えていたタブレット端末を机に置き動画を再生し始める。
そして10分にも満たない動画を見終えた私は、感嘆の溜息を漏らしながら前に立つ2人に話しかけた。
「見事な演武ね、彼等……」
「はい。確かに高レベルの探索者であれば、この動き自体は可能でしょう。ですが、高校生にしてこの完成度と言うのは……驚嘆物です」
調査課の室井君の目から見ても、彼等の動きは驚きの物だったらしい。
「そうよね。私も探索者の身の熟しはそれなりの数見てきているけど、このレベルの身の熟しが出来る人は余り見た事無いわ」
「はい、その点は私も同感です。高レベル探索者でも基本、武道経験の無い探索者は身の熟しは稚拙ですから。多くの探索者はレベルアップで向上した身体能力に、身体操作のイメージが追いついておらず振り回されています。ですが……」
「彼等の動きには、向上した身体能力に振り回されている様な粗は見て取れないものね」
私が見た事がある中で比べると、自衛隊ダンジョン攻略部隊のトップクラス班のメンバー達と遜色ないって印象を受けるわね。
「はい。自分の体を確り把握していないと、こうは動けませんから。その証拠に動画の最後の部分……ココです」
そう言いながら室井君はタブレットを操作し問題の場面……彼等が打ち合いに使っていた刀と槍が砕け散るシーンを再生する。
最初は演武に見入っていて気が付かなかったけど、よく見てみるとアレって刀身が木製の模擬刀ね。
「ご覧の通り、彼等が使っていた模擬刀は刃引きした金属製の物では無く木製です。普通、木製の模擬刀をあの速度で振り回せば、打ち合う以前に空気抵抗と軌道変更で折れてしまいます。それなのに、最後に互いの武器を打ち合うまで壊れなかったと言う事は、彼等が折れやすい模擬刀に負担が掛からない様に手加減しながら動いていた証拠です。向上した体の身体操作をある程度以上熟せていないと、まず出来ない芸当ですよ」
「そう。コレで手加減、ね……」
私は再び動画を再生しながら、室井君の言葉を念頭に置いて彼等の動きをチェックする。確かに言われてみると、流れる様な演武だが所々不自然な動きが見て取れた。ここら辺の動きが、室井君の言う模擬刀に負担が行かない様にする為の動作なのだろう。
しかし……。
「でもこんな芸当、只の高校生に出来る様な物なのかしら?」
「難しいでしょう。普通、彼等の年齢の者達が探索者の力を得たら、たいていは力任せの動きになるものです。現に、学生探索者の殆どは彼等の様な一部の例外を除き、高レベル探索者でもスキルと身体能力任せの探索者達ばかりですよ。彼等の調査書を見させて貰いましたが彼等、相当優秀な指導者がついていますね」
「指導者……そう言えば彼等の内に、実家が武道家と言う子が居たわね」
「はい。この子の家ですね」
室井君は動画を停止させ、タブレットに広瀬裕二君の調査書を表示する。
「武道家は武道家でも、古武術の道場か……実戦派って事ね」
「はい。軽く調査してみた所、彼等を指導したと思われる人物はかなり優秀な人の様ですね。既に第一線は引退しているそうですが、その界隈では達人として有名な人のようです」
「そう……そんな人に指導されているから、彼等は他の学生探索者の様に力任せの動きをしなかったのかもしれないわね」
「恐らくは……」
前回の調査報告書は読んでいたが、実際に彼等が動く映像を見ながら報告を聞くと受ける印象が大きく違うわね。特に室井君の解説を聞きながらだと、如何に彼等が優秀かつ特異な存在かが分かるわ。
是非とも、ウチに欲しい人材ね。
「……脇田課長」
「はい」
「彼等の追加調査をして貰えるかしら? 彼等、是非ウチに欲しいわ」
「それは、スカウトする……と言う事ですか?」
「ええ。お願い出来るかしら?」
「分かりました。調査に充てる人員を手配しておきます」
私の要請を聞いた脇田課長は軽く頷きながら、彼等の追加調査を了承してくれた。前回と今回の調査はあくまでも事前の予備調査だから、人事がスカウトを納得する資料を正式に用意する必要があるものね。
でも……。
「ねぇ、室井君? 今私が見た映像って、外部に流出する可能性はあるかしら?」
「ありますね。今回の映像はあくまでも、彼等が通う学校の体育祭で行われた物を撮影した物ですから、他の観客が撮影した映像がネットに流れる可能性は十分にあります」
「そう、ありがとう。と言う訳だから脇田課長、出来るだけ早く調査報告を上げて頂戴。早くしないと、この映像を見た民間会社が先に彼等をスカウトしてしまう可能性があるわ」
「分かりました、出来るだけ早く調査報告書を提出します」
調査報告と追加依頼の話が終わると、脇田課長と室井君が退出していった。さて、上手くスカウト出来れば良いんだけど……。
とあるカラオケボックスの一部屋で、ソファーに座ったまま数人の学生が歌も歌わず暗い表情を浮かべ押し黙っていた。微かに聞こえる近隣の部屋から漏れ聞こえる音に耳を傾けながら押し黙っている事数分、店員が入店の際に受付で注文しておいたドリンクを届けに来る。店員は部屋の中の異様な雰囲気に一瞬怯んだが、直ぐに営業スマイルを浮かべ直しドリンクをテーブルに置き去って行った。
そして……。
「……なぁ、どうする? 正直、俺等の今の状況はかなり拙いぞ……」
黙り込んでいた学生の1人が意を決し、固く閉ざしていた口を開く。だがその声は、不安の色が多分に籠もった縋る様な物だった。
だが……。
「いや……どうするって言われても……な?」
「……ああ。正直、手の施しようが無いって状況だよ」
「クラスで連んでいた連中も、昨日と今日で俺達から一気に距離を取ったしな……」
「散々奢って遣っていたのに、見事な手のひら返しだったぜ」
懇願にも似た彼の疑問への仲間の返事は、憔悴しきった表情と困惑し澱んだ暗い眼差しだった。誰もが先が見通せず、何と回答して良いのか分からないのだ。
たった一日……そのたった一日で絶大な権勢を誇っていた彼等はクラス内での立場を失っていた。
「後藤さんも、アイツらには手を出すなって言って以来、何だかんだ理由を付けて集まりにも顔を出さないし……」
「あんな後藤さんの姿、今まで見た事無かったよ」
「ああ。何でも無い様に装っていたけど、結構動揺……怖がってたな」
彼等は再び口を閉ざし沈黙したが……その沈黙は直ぐに打ち砕かれた。胸の奥底から込み上げてきた、怒りの発露によって。
そして激発した1人を皮切りに、彼等は自身の膝を手で叩きながら愚痴を漏らしていく。
「畜生! 大体、コレもソレも全部アイツらが悪いんだ! アイツらが出しゃばってこなければ、俺達がこんなに悩む事なんて無かったんだ!」
「そうだ! 畜生……アイツら……」
「アイツらきっと、俺達のクラスでの振る舞いを見て陰で笑っていたんだろさ!」
「ああ、そうだな。そうじゃなきゃ、こんなタイミングであんな真似しない筈だしな!」
「クソッ! アイツら……俺達を虚仮にしやがって……」
彼等の怒声は、ボックス内に木霊する。防音設備のお陰で部屋の外には漏れず、愚痴の言い合いは暫く続いた。
そして一通り胸に溜まっていた愚痴を発露し終えた彼等は、店員がテーブルの上に置いていったドリンクを一息で飲み干し喉を潤す。
「……ふぅ」
「「「「……」」」」
吐き出す物を吐き出しきったと言った表情を浮かべ、冷静さを取り戻した彼等は再び頭を突きつけながら口を開く。愚痴を吐き出しきったお陰か、その口調は幾分穏やかだ。
「まぁ、こうなった以上、俺達も身の振り方を考えないとな……」
「そうだな。昨日と今日のアレを見た限り、後藤さんの“アイツらに手を出すな”って言い分も分かるしな」
「ああ、確かに。アイツらだけなら最悪、俺達だけでも強引に言いくるめて抑えられるかもしれないけど……」
「ないない、流石にバックがヤバすぎるぜ。アンナノが後ろに居るのが分かってるのに、迂闊に手を出すなんて事出来ないって」
「本当だよ。アンナノが、後ろ盾に居たらな……」
どうにかして自分達が失った地位を取り戻そうと考えを巡らせるが、どうしても後ろ盾の存在がネックとなっていた。自分達を裏切り離反した者達を再び集めようにも、一度裏切ったと言う後ろめたさがある以上、連中も簡単には戻ってこないだろう。仮に武力を背景にグループ復帰を強要し、連中が助けを求めアイツらが了承すれば、その時点で俺達とアイツらは明確な対立関係になる。その状況で下手なちょっかいを出せば、アイツらの後ろ盾が出て来て容易く自分達を排除しようとするだろう。
……探索者として格上だと分かる相手に、勝算も無しに喧嘩を売るなど愚行でしか無い。
「打つ手、無し……か」
「「「「……」」」」
無い無い尽くしの手詰まり感に、思わず漏れた深い溜息が木霊した。そんな皆が諦めの空気を垂れ流す室内に、電話の着信を知らせる音楽が鳴り響く。自分の電話が鳴った者は緩慢な動作でスマホを取り出し、着信相手を確認しないまま電話に出た。
「……はい。……はい? は、はい! はい!!」
電話話が進むにつれ顔に喜色が浮かぶ様子に、他の者達は顔を見合わせ疑問符を浮かべながら遣り取りを見守る。
そして、電話が終わり……。
「おい、皆喜べ! 何とかなるかもしれないぞ!」
嬉しさを爆発させていると表現して良いテンションに戸惑いつつ皆、困惑の表情を浮かべながら話を聞く事にした。
そして暫くして彼等は、電話に出ていた者と同様に歓喜の声を上げる。濁った瞳と昏い喜びの笑みを浮かべながら……。
主人公達がやらかした、体育祭後の反応です。
閑話は今話で終わりです。次話から新章に入ります。




