幕間 弐拾五話 驚異の新人現る
お気に入り16810超、PV18830000超、ジャンル別日刊59位、応援ありがとうございます。
ある日、入り口ゲート前で“さぁ、今日もダンジョン探索へ行くか!”と、仲間達と気合い入れをしていると入り口係員に呼び止められた。何でも、俺達と大切な話をしたいと言う人が来て居るそうで、その人の話し合いに応じるつもりがあるのなら会議室まで移動して欲しいとの事らしい。俺達は誰それ?と思いつつ、係員に待っているという人の正体を聞き驚いた。待ち人は、ニュースなどでも度々取り上げられている、ダンジョン探索と探索で得られたアイテムの売買で急速に業績を伸ばしている某企業のスカウトマンだそうだ。俺達は話し合いに応じる事を伝え、スカウトマンが待つ会議室へ移動する。
そして俺達はダンジョン協会が時間貸しをしている、ダンジョンアタック前のブリーフィングなどで作戦会議などを行う小会議室の一室でスーツ姿のスカウトマンと向き合っていた。
「初年度の報酬は、年棒600万円プラス指定アイテム取得の出来高払いでどうでしょうか?」
話し合いに応じてくれた謝辞の言葉と挨拶もそこそこに、スカウトマンはバッグから会社紹介パンフレットとスカウト条件が記載された書類を取り出し、俺達に差し出しながら一言。
「年俸600万円……」
「マジかよ……」
「「「……」」」
俺達はスカウトマンの言葉を耳にしつつ、差し出された書類とパンフレットに視線が釘付けになった。
そんな俺達の反応に小さく苦笑を浮かべつつ、スカウトマンは条件面の要点を説明し始める。
「それと書類に記載されている様に、探索に必要な装備品類は社から貸与されます」
「装備品も貸し出されるんですか!?」
「はい。長期間の探索になると、色々と必要な物が増えますからね。ダンジョン内で野営する場合には、テントや食料品等が必要になります。無論、モンスターの襲撃などで社が貸与している装備品類を破棄や破損させた場合でも、故意で無い限り賠償を求めたりはせず速やかに装備品類は再支給されます」
「おぉぉ、凄ぇ!!」
仲間達は皆、食い入る様に書類に目を通す。
そんな仲間達の様子を横目で見つつ、俺はスカウトマンに幾つか質問をする。
「あの、ええっと、その……スカウト理由を聞いても良いですか? どうして、俺達に声を掛けて下さったんですか? 特にコレと言って、俺達目立った成果は上げていなかったと思うんですが……」
一応俺達も、このダンジョンでは攻略組に分類されているが、学業もあるので専業探索者の様に毎日朝から夜遅くまでダンジョン探索は行っていない。トップ攻略組と比べると、到達階層数や稀少アイテム取得等の目立った成果は無かったんだけど……と思いながら、俺は営業スマイルを浮かべるスカウトマンにスカウト理由を聞いてみた。
「ああ、成る程。確かに、いきなりスカウトしたい等と言われたら理由の一つも聞きたくなりますよね。分かりました、お話しさせて頂きます」
そう言って、スカウトマンはバッグから一枚の用紙を取り出し俺達に差し出す。
「我が社がダンジョン協会に依頼し、貼り出して貰っているアイテムの採取依頼書です。皆さん、目にした事はありませんか?」
「えっと……」
「あっ、コレって……」
依頼書に目を通すと、仲間の一人が小さく声を上げた。何故なら、その依頼書に見覚えがあったからだ。
「この依頼、先々週俺達が達成した奴だよな……」
「ああ。熊の毛皮採取だな……」
俺達は若干表情を険しくしながら、その依頼書に書かれたアイテムを採取した時の事を思い出す。正直に言ってアレは、激戦の上で偶々運良く熊を倒せたから手に入れられた品だ。
先々週の探索の時、予定より順調に攻略が進み都合良く下の階層へ続く階段も見付けたので、少し残った帰還リミットを前に俺達は次回探索の事前偵察を兼ね意気揚々と降りた。降りた先の階段前広場では、数グループの人達がテントを出し野営キャンプを行っていたが、俺達はその人達に軽く挨拶をして先へと進んだんだ。その際、この階層から新しく熊が出現するので注意する様に助言されたが、ここまで予定より順調に攻略が進んでいたという事も有り俺達はその助言を余り重く受け止めなかった。
その結果……。
「良く倒せたよな、俺達……」
「ああ。強かったよな、あの熊……」
「「「……」」」
熊との激戦を思い出し、俺達は自分が怪我を負った場所を押さえながら沈黙し当時の事を思い出す。
先達の助言を話半分に聞きながら通路を進んだ先で、俺達は敵意に満ちた威嚇の咆哮を上げる熊と遭遇したのだ。咆哮で一瞬怯んだ俺達の隙を熊は見逃さず、その隙を突いて攻撃を仕掛けてきた。その際、熊の初撃が只の突撃だったのは、俺達にとって幸運だった……熊の初撃を受けたパーティーのタンク役が吹き飛ばされたけどな。でもまぁ、そのお陰で我に返った俺達が体勢を整え反撃に出る時間が出来たんだけど。
後衛が回復薬を使ってタンク役を戦線に復帰させるまでの間は、俺ともう一人の仲間とで熊の攻撃を凌いで時間を稼いだのだが……その攻防の際、俺達の稚拙な技量では完全に熊の攻撃を凌ぎきれず二人ともそれなりの怪我を負った。熊の払い手が重いのなんの……体勢を崩し避けきれなかった際に、熊の払い手をマトモに受け止め左腕の骨が簡単に折れた時の驚きと言ったら無い。あの後直ぐ、タンク役の仲間が戦線復帰し俺と交替してくれていなかったら、熊の追撃を受けていた可能性が高かっただろうな。最終的に時間は掛かったが、皆で熊を袋叩きにして防具の損傷や負傷を負いつつ、重傷者を出す前にギリギリの所で何とか熊にトドメを刺せた。
「どうやら、色々あった様ですね……。んっ、んん! えっと、話を戻しますね? 実はこの依頼、我が社のスカウト基準の一つなんですよ」
「……スカウト基準、ですか? 熊の毛皮採取が、ですか?」
「はい」
俺達の確認の言葉に、スカウトマンは軽く頷き肯定する。
そして、スカウトマンはバッグからメモ紙とペンを取り出し、何らかの文字の記入を始めた。
「探索者である皆さんは言われるまでも無く御存じでしょうが、ダンジョン内では階層等とは別にある種のボーダーラインがあるのは御存じですよね?」
「ボーダーライン……もしかして、人型モンスター何かが出現してくる様になる階層との境か何かの事ですか?」
「はい、それらの事です。同様に、我が社も営利企業である以上、投資資金分以上の利益を必要とします。ダンジョンから産出されるアイテムの傾向と、取引価格の変動を分析し、中長期的に投資に見合った利益が得られるであろう境が、20階層という事です」
「20階層が投資に見合った利益を出せる境なら、何も熊の毛皮を基準にしなくとも良いんじゃないですか?」
「確かに貴方がおっしゃる様に、採算ラインである20階層で取れるアイテムをスカウト基準にしても良いのでしょうが、20階層に到達出来る探索者と20階層以降にも到達出来る探索者では意味が大きく異なります。我が社がスカウトしたい探索者は、顧客が欲する商品をギリギリ一つ入手出来るかもしれない探索者ではなく、顧客が望む商品を顧客が望む数、安定的に入手出来る探索者の方です。運が良かったですね、その商品なら一つだけ入荷しましたよ……では、とても安定した取引とは呼べませんからね」
「……成る程」
言われてみると確かに、とスカウトマンの人の言う通りだと思った。在庫が不確かで何時購入出来るか分からない品揃えが乏しい店と、在庫が豊富で何時でも欲しいだけの数が購入出来る品揃えが豊富な店だったら、誰しも在庫が豊富で品揃えが良い店を選ぶに決まって居る。
「それにもう一つ。我が社としても流石に、スカウトしている者が実績ある高レベルの探索者とは言え、社員を明らかに死地と思われる階層に向かわせる事を良しとはしません」
そう言った後、スカウトマンは小声でこう付け足した。
「……スカウトしている人の前でコレを言うのはどうかと思われますが、社命でアイテム採取に向かった探索者社員がダンジョン内で死亡でもしたら、世間からのバッシングが凄い事になりそうですからね。下手をしたら、風評被害による損失で我が社は倒産してしまいますよ」
本当に、スカウトしている人の前で言う事では無いだろ?と思う話だった。
しかし逆に考えてみると、最低限会社の利益を確保出来るのなら、無理に下深くの階層まで探索はしなくても良いという事だ。初年度から高額な年俸が決まっており、社が指定するアイテムを入手出来れば出来高払いもある。その上、装備品類は会社側からの貸与で、無理な探索を命じられる事も少ない……。保険などの条件面の話はまだしていないが、ココまでの段階では悪くない話……寧ろ凄く良い話だと思った。
確かにトップ攻略組の高レベル探索者ともなれば、流通数の少ない稀少アイテムを手に入れる機会も多く、高額換金アイテムを売る事で六桁万円や七桁万円の大金を手に入れる事もある。だが只の高レベル探索者組である俺達では、ソレを望む事は難しい。何故なら、下の深い階層へ潜ろうと思うと準備にはそれなりの経費が掛かり、民間向けにダンジョンが解放された当初の様なバブル的アイテム買取額は望めず余り利益が出ないからだ。世間が持つ、探索者は儲かるというイメージも、今となっては一部のトップ攻略組に属する高レベル探索者だけの物だろう。
なので……。
「えっと……。その、凄く良い話だとは思うのですが、流石にいきなりの事過ぎて……」
「ああ、そうですよね。勿論、今この場で我が社のスカウトを受けるかどうかを決めて貰うつもりはありません。今日の所は先ず、お話を聞いて貰えるだけで結構です」
「そうですか。そう言って貰えると、助かります」
俺は頭を下げつつスカウトマンに返事を返し、仲間に視線を送った。仲間も緊張していた面持ちを若干崩しながら、嬉し気な落ち着きの無い眼差しを返してくる。
そして、そんな俺達の様子を見つつ、スカウトマンはバッグから会社案内のパンフレットとスカウト条件が記載された書類を全員分取り出し手渡してきた。
「では今日の所は一先ず、私の方からのお話はこれ位にさせて貰っておきます。後はこれらを読みながら、皆様でお話しになって下さい。それと、こちらの会議室は後……」
そう言いながらスカウトマンは、会議室の壁に掛けられた時計を確認する。
「1時間程は使えますので、どうぞ皆さんのお話し合いの場として御利用下さい」
「お、お気遣いありがとうございます!」
「「「「あ、ありがとうございます!」」」」
「いえ。こちらから声を掛けさせて貰ったんです、これくらい当然ですよ。退出の際はこちらの鍵で扉を施錠後、鍵を受付の方に返却しておいて下さい」
「は、はい!」
「では私はコレで、失礼させて貰います」
そう言って、スカウトマンはバッグを片付けつつ席を立つ。俺もスカウトマンを見送ろうと席を立とうとした時、仲間の1人がスカウト条件が書かれた用紙を手に持ちながら控えめに手を上げながら声を掛けた。
「あっ、あの! すみません、ちょっと質問良いですか?」
「はい、何ですか?」
「あの、この書類に書かれているスカウト候補って、どう言う意味ですか?」
「「「「……えっ?」」」」
俺達はその一言を聞き、慌てて手元の書類に目を通す。すると確かに、仲間が指摘した様にその一文は書類に書かれていた。驚いた表情を浮かべながら俺達が顔を上げると、スカウトマンは和やかな笑みを浮かべつつ質問に対する返事を返してくる。
「そちらの書類に書かれている通りですよ? こう言っては何ですが、現在ダンジョンは日本全国にありますからね。我が社では人事の者が各ダンジョンを巡り、これは!と言う個人やパーティーの方々に声を掛けさせて貰っているんですよ。1パーティーだけに絞って声を掛けて断られた場合、他社さんに出遅れて有望な人材を取られる可能性がありますからね。それと今回のスカウト対象は今年、高校を卒業する見込みの者を対象にした物です」
「な、成る程……。と言う事は、場合によってはこのスカウト話は無くなる可能性もあるんですか?」
「えっと、その可能性は……はい。スカウト人数に上限がある以上、可能性としてはスカウト話の取り消しと言う事もありえます」
俺達はその返事を聞き、一瞬背筋が震えた。このスカウト話が、無くなる!?
「本採用までの形としましては、そちらの書類にも記載されている様に、返答期間内までにスカウトを承諾して下さった方の中から社の方で選考し、採用の可否をお知らせするという形です」
「……そうですか。あの、その採用人数の上限って何人なんですか?」
「現在の所、20名を予定しています。装備品類の支給を考えますと、我が社が一度に採用出来る人数はこれ位が上限ですからね」
「……成る程、分かりました。……あの、その、もう一つ良いですか? その選考基準って、何が重視されるのかって教えて貰う事は……」
その俺が発した質問に仲間は一瞬目を見開いた後、スカウトマンの返答に注視した。
すると、スカウトマンはユックリした動作で人差し指を口元に移動させ……。
「それは、秘密です。只、選考があるからと言って無理はしないで下さいね?」
ちょっとイラッとする仕草と言葉を残し、唖然とした表情を浮かべる俺達を置いてスカウトマンは部屋を出て行こうとしていた。
「では、私はコレで。あっそうそう、質問は書類に書かれている番号に問い合わせて下さい。良い返事をお待ちしていますよ、大林雅彦さん、篠原弘樹さん、南田俊司さん、脇原瑞穂さん、野間恵子さん」
そう言い残し、スカウトマンは部屋を出て行ってしまった。暫く唖然としていたが正気に戻った俺達は、その日のダンジョン探索の予定は即取り辞めにし、貸し出し時間一杯まで会議室に籠る。スカウト話を含め、今後どうするかについて話し合いを行った。
後日、スカウト話を受けると返事をした俺達は、急遽内容が大幅変更され多くの生徒のやる気が消えた体育祭のリハーサルに参加している。他の生徒達が意気消沈し惰性でリハーサルに参加している中、スカウトを受けた俺達は意気揚々と元気一杯に参加していた。
だがソレも、部活動アピールが始まるまで……。
「……何アイツら? 何であんな事が出来るんだよ」
思わず、口からそんな言葉が漏れる。初めて聞いた様な名前の同好会の連中が、バトル漫画顔負けの模擬戦を目の前で繰り広げていたからだ。スキルによる幻覚かとも思ったが、激しい踏み込みの音や手足がぶつかる衝突音がグラウンドに響き、目の前の光景が夢や幻で無い事を示していた。唖然としつつ見続けたその戦闘は、自分達と比べあまりにも基礎にある技量が違いすぎ、見れば見る程に自分達が如何にレベルアップ頼りの力業だったのかを突きつけられる。
「……」
部活動アピールの時間が終わり、出場者達が去って行く後ろ姿を見送りつつ俺は激しい焦りを覚えた。拙い、あんな連中が他のダンジョンにいたらスカウト話が無くなる……と。
そして、リハーサル終了後に仲間と話し合おうと思っていると、突然生徒会から呼び出しが掛かった。何だよ、この忙しい時に呼び出して……と愚痴を漏らしつつ呼び出しに応じ生徒会室に向かうと、部屋の中には見覚えがある顔の連中が並んでいる。俺達と同じ3年の探索者グループの連中と、2年のトップ探索者グループだ。一緒に探索をした事は無いが、同じダンジョンに潜っているので地上の施設では良く顔を合わせる。俺は軽く手を上げながら挨拶をし、同じく呼び出されていたらしいパーティーの仲間と合流し話が始まるのを待つ。
「で、結局何の話なんだ?」
「さぁな、でも待ってればその内始まるさ。ソレより皆、この後時間取れるか?」
「大丈夫だ、取れるぞ」
「「「……」」」
全員の了承が取れ、この後パーティーで話し合いの場を持つ事が決まった。
そして最後に部活アピールで派手な模擬戦を行った3人が入ってきた所で、生徒会の話が始まる。だがその最中、例の3人組と2年のグループのリーダーが話す声が聞こえてきた。はぁ!? 3人で、25階層に到達した!? 嘘だろ、おい! 3人で20階層越えなんて、あり得ないだろ。俺……いや、事前に知っていたらしい生徒会の面々を除く参加者全員が、声を出さずに目を見開き驚いていた。
その後、久松会長がそれた話の流れを強引に戻したが、証拠が無いので半信半疑とは言え先程の衝撃は冷めやらず、本題の話は話半分と言った感じで聞いていた。そして……。
「3年の大林雅彦だ。よろしく頼むな」
俺は模擬戦を見て覚えた焦りと先程の話の衝撃を内に隠しながら、突然現れたダークホース3人組の内の1人である九重大樹に話しかけた。
ダンジョン商品を扱う企業にスカウトされた、大林君から見た主人公達の様子です。こんな連中が他にも居るかもと思ったら焦りますよね……特にライバルのスカウト候補に居たらと思ったら。




