幕間 弐拾四話 ダンジョン特急の通った跡で……
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ほんの一月程前に探索者資格を取得し、仲間と共にダンジョン探索を行っていた新人探索者3人組は、今日のダンジョンの様子が何時もとは少し違っていると感じていた。何故なら、1階から2階に繋がる最短ルートを歩いていると、道の所々にドロップアイテムが放置されていたからだ。
無論、探索者一人が持てる荷物の積載量には限界があるので、持ち切れないドロップアイテムが放置されると言う事はままある事なのだが……。
「……おい、コレ見ろよ。今度は、薬物系アイテムだぜ? 何で、こんなのまで放置されてるんだ?」
新人探索者の1人は通路の真ん中に放置された回復薬を拾い上げ、困惑した様な表情を浮かべながら仲間に尋ねる。
「高レベル探索者がモンスターを倒して、アイテムがドロップしたは良いけど持ち切れなくて捨てた……とかじゃないか?」
「まぁ、確かにその可能性はありそうだけどさ……でもココ1階層だぜ? しかも、最短距離を進めばそれほど出口まで遠くない位置の所だ」
そう言いながら、自分達が進んできた通路を振り返る。
「仮に放置していった探索者が高レベル探索者なら、例え荷物を積載容量一杯一杯まで持っていたとしても小瓶の一つ持ち帰れないって事は無い……よな?」
「多分な。それに、放置されているアイテムが値崩れしている肉やコアクリスタルなら兎も角、まだ比較的高額で買い取って貰えそうな薬物系アイテムだもんな。例え探索の往き道だったとしても、高額買い取りされるレア物の可能性があるアイテムを放置していくか?」
「俺達なら、絶対に放置しないよな……」
ドロップした未鑑定の薬物系アイテムが毒物である可能性はあるが、回復薬だったら高額で買い取って貰える。新人探索者である彼等からすると、お宝である可能性があるアイテムの放置は理解しがたい事であった。
そして、彼等は拾ったドロップアイテムの小瓶を凝視した後、互いに顔を見合わせ軽く頷いてからリーダーが拾ったドロップアイテムをバッグに仕舞い込んだ。
「よ、良し! 取り敢えずコレは後で査定して貰うとして、回復薬だったら売り上げ金を皆で山分けしようぜ、なっ!」
「あっ、ああ。そ、そうだな!」
「要らないって捨ててあったんだ、俺達が貰ったとしても問題ないさ!」
「「「……」」」
3人は自分の財布の中身を思い出しながら元気な声で、コレは問題ないんだと自分達に言い聞かせながら再びダンジョンの通路を歩き出した。無論、下の階への最短ルートを。
そして少し通路を歩くと、再び通路の中央付近に彼等がもしかしたら……と、淡く期待していた物が放置されていた。それは……。
「おっ、おい。アレって……」
「あっ、ああ。アレは……」
「まさか……」
「「「スキルスクロール!」」」
彼等は驚きの感情を露わにしながら、周囲への警戒も忘れ無造作に通路中央付近に放置されているスキルスクロールの下に駆け寄っていった。緊張で振るえる手でスキルスクロールを拾い上げると三人は顔を見合わせ、そして……。
「「「良っしゃぁぁぁ!」」」
手を突き上げながら、歓喜の声を上げた。
「マジか! 期待してなかったつもりだったけど、マジかよコレ!」
「マジだよ、マジ! マジでスキルスクロールだぜ、コレ!」
「何処の誰かは知らないけど、何考えてんだコイツは。まさか、スキルスクロールまで放置していくなんて……」
3人は暫く戸惑いに満ちた歓喜の声を上げた後、スキルスクロールをバッグに仕舞い、欲に塗れたゲスな表情を浮かべながら移動を再開した。
「おい、急げ! もしかしたら、他にも放置されているお宝があるかもしれないぜ!」
「ああ、そうだな! 他の奴らが回収する前に、俺達で頂こうぜ!」
「ドロップアイテムを放置していった奴らは多分、最短ルートを使って下の階に行ってる筈だ。そのルートを行けば多分、見付けられる筈だ!」
「おい、その道って分かってるのか!?」
「ああ、勿論!」
「じゃぁ、案内頼むな。行くぞ!」
「「「おうっ!」」」
彼等はスキルスクロールさえも放置されていたという事に目が眩み、他の者に放置されたアイテムを取られて溜まるかと走り出した。それが、どれ程危険な行為なのか理解もしないままに……。
そして欲に目が眩んだ彼等は放置されたドロップアイテムに導かれる様にして、モンスターがいない道を通って下へ下へと最短ルートでダンジョンの奥深くへと足を進める。結果、彼等が正気を取り戻した頃には既に、新人探索者である彼等だけの力では戻るのが困難な階層まで踏み込んでしまっていた。
「お、おい。ど、どうするんだよ……」
「ど、どうするって……戻るしか無いだろ」
「……」
自分達の置かれた状況を認識し、3人は顔を真っ青にする。
そして、彼等はモンスターの影に怯えながら来た道を戻ったのだが、当然……無事に戻る事は出来なかった。帰り道の途中でモンスターに襲われた3人は、自分達の実力以上の敵との交戦で、大小様々な怪我を負いながら、命からがらの所でダンジョンからの脱出に成功。拾い集めたアイテムを換金し得たお金で、人数分の中級回復薬を購入し傷を癒やしたが、ダンジョン探索にトラウマを抱えた彼等3人組は、探索者資格を返上し探索者を引退する事になった。
モンスターとの戦闘を終え、比較的怪我の少ないメンバーを監視役に残し手持ちの回復薬で傷を癒やしていると、通路の先から何かが走り寄ってくる足音が聞こえてきた。監視を任されていたメンバーは警戒感を露わにしながら武器を足音が聞こえる方に向け、治療や武器の手入れをしていたメンバーも各作業を中断しモンスターとの戦闘に備える。
「皆、気を付けろ。足音からして、相手は複数居るぞ」
パーティーのリーダーが声を押し殺しながら、パーティーメンバーだけに聞こえる大きさの声で警告を出す。メンバーも小さな声で短く返事を返し、足音が聞こえてくる真っ暗な通路の奥を警戒する。
そして……。
「……ん? おい、アレってライトの光じゃ無いか?」
「そう……だな。と言う事は、足音の主は人か?」
足音が近付いてくるにつれ暗闇に染まっていた通路の先が薄らと明るくなり始めたのを確認し、足音を響かせているモノの正体がモンスターでは無く人である事に気付き緊張感が一瞬緩む。
だが、それも直ぐに……。
「まだ、気を抜くなよ。相手がこちらに敵意が無いかどうか定かじゃ無いんだからな」
「ああ。勿論、分かってるよ。気を抜いた所に攻撃されたら、溜まったモノじゃ無いからな」
「無害そうに見える、アイテム狙いのPKクソ野郎共の可能性もあるしな。まぁ、取り敢えず……」
リーダーは大きく息を吸い込み、足音の主に向け大きな声で声を掛ける。
「おぉい! こっちに走って来ている奴、敵意が無いのなら一旦止まってくれ!」
リーダーの発した声が聞こえたのか、足音が止まる。ダンジョン内で別のパーティー同士が不意に接近するのは、PK対策の観点からみると互いに取ってメリットが無い。特にPK行為がニュース等で大々的に取り上げられて以来、ダンジョン内で探索者同士が接近する場合はある程度距離を保って声を掛け合う事が暗黙の了解として広まっていた。
そして、停止指示を聞き入れ止まったという事は……。
「ふぅ……。取り敢えず、いきなり攻撃を仕掛けられ、って事は無さそうだな」
「ああ。と言っても、まだまだPKじゃないと確定はしてないから警戒は解けないけどな」
「だな」
いきなりPKと戦う事にはならないだろうと考えメンバー達と安堵していると、向こうから返事が返ってきた。
「驚かせた様で悪い! これから通路の左端を通って、ユックリそちらに近付くからな!」
「分かった! こちらも左端に寄っておく!」
宣言通りライトの光は通路の左端により、足音と共にユックリとした速度で接近を再開する。暫くすると、互いの姿が視認出来る距離まで近付いた。
そして彼等のパーティーは、ライトの明かりに照らされ映し出された相手の姿を見て緊張で顔を引き攣らせ絶句する。
「驚かせた様で悪い、下の階層に用事があって急いで移動していたんだ」
「あっ、その、いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」
「そうか? まぁ、悪かったな。じゃぁ、俺達先を急ぐんで」
「は、はい」
軽く挨拶を交わした後、再び相手がライトが照らす範囲を越え姿を消すまでパーティーメンバーはPKを警戒するのとは別の意味で緊張する一時を過ごす事になった。
そして、完全に相手の姿が暗闇の中に消えるのを待って、一斉に安堵の息を漏らす。
「ふぅ……緊張した。何だよ、アレ? 今まで遭遇してきたモンスターより、迫力があったぞ?」
「ああ、そうだな。見た目もそうだったけど、アレは喧嘩を売ったらいけない雰囲気って奴がビンビン出てたな」
パーティーメンバー全員で顔を見合わせ暫し沈黙した後、誰が音頭をとるでも無く溜息と共に自然と口を開いた。
「「「「何でダンジョンの中に、マ○ィ○見たいな奴等がいるんだよ……」」」」
すれ違った彼等が身につけていた装備品は使い込まれていない真新しい新品の様な品だったが、それを身につけていた彼等の雰囲気は尋常では無かった。少しでも敵対的な意思を表せば、即座に抵抗も出来ずに叩き潰されそうな雰囲気だ。実際、彼等と組み合えば数秒と持たなかっただろうと根拠も無く信じる事が出来たぐらいだからな。
そして、ひどく疲れた表情を浮かべメンバー全員で壁を背に座り込んでいると、彼等が去った方の通路からモンスター達の雄叫びが聞こえてきた。
「な、何だ!?」
「モンスターの鳴き声……戦闘だよ!」
「ああ。それにこの鳴き声の数と大きさ……かなり大規模な敵勢だぞ!?」
「多分……彼等が進んだ先に、10匹近いモンスターが一度に出たんだと思う」
「一度に、10匹!? って、それは拙いだろ! あの人等がヤラれたら、今度は俺達の方に向かってくるんじゃないか!?」
突然響いたモンスターの鳴き声に驚きながら、先程すれ違った彼等の心配と自分達にも襲いかかってくるんじゃないかと心配しする。
だが、その心配は……。
「……あれ? モンスターの鳴き声が、消えた?」
「ああ……何も聞こえなくなったな」
多数のモンスターの鳴き声が聞こえたので、これから如何動くか話し合いをしようとしていると、先程まで五月蠅い程に聞こえていた鳴き声がパタリと消えていた。
その上……。
「うっ、血の匂いが……」
通路の奥から、濃密な血の匂いが漂ってきたのだ。
リーダーは胸中の不安を押し殺しながら、メンバーに向かって口を開く。
「……皆。この先で何が起きたのか、確認に行くぞ」
緊張感で強ばる表情を浮かべながら、メンバーは首を縦に振りリーダーの提案に同意する。
そして、モンスターの奇襲を警戒しながら慎重に足を進めていくと……そこには首を撥ねられ立ったまま痙攣を起こしながら、傷口から真っ赤な血を吹き出している多数のモンスターの姿が広がっていた。
「うっ……!?」
辺り一面、血の海である。探索者である以上、コレまでにも多数のモンスターと戦い似た様な光景は何度も目にしてきている。だが、今目の前に広がっている光景程凄惨な場面は目にした事はなかった。
リーダーを始め、メンバー全員血の臭気に、思わず喉の奥に込み上げてくるモノを感じ、口を手で塞ぐ。
「何だよ、コレ……」
リーダーは目の前の光景から目を背けつつ、絞り出す様な声で戸惑いの声を上げた。
そして暫く経つと徐々に血が吹き出す勢いが弱まり、直立していたモンスターの体は音を立てながら地面に倒れ込み姿を光の粒子に変え消え去る。後には多数のドロップアイテム……スキルスクロールや宝石などが残されたが、誰も拾おうとはせず口元を押さえながら鈍い足取りでその場を離れていった。
この日、半日も満たない僅かな時間で起こった出来事の数々は、多くの探索者に様々な影響を与えた。戦う姿に魅せられ憧れを抱く者、自身の力不足を認め奮起する者、力の差を認められず腐る者、現実を叩き付けられ引退する者……反応は様々である。
尚、多くの探索者に影響を与えた問題の探索者達はと言うと、目的の品<熊の毛皮>とオマケ<霜降りミノ肉>を手に入れ御機嫌だったそうだ……更衣室までは。
他の探索者から見た、大樹達が走り抜けた後のダンジョンの様子です。
途中で多少の寄り道はありましたが、目的の階層まで一気に走り抜けたので多くのドロップアイテムは放置状態ですからね。




