第17話 ダンジョンへGO
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レベル上げが終わった翌週、朝一で俺達は各々の武具を持ってダンジョンへの最寄りの駅まで来ていた。鄙びた駅と言う風情のそこまで大きくない古い駅舎の前には、老若男女の人集りが出来ている。見渡す限り、人人人。電車の乗客が、全員一斉に降りた結果が目の前の光景だ。
そして、彼らの格好から俺達と同じ目的だと言う事が一目で見て取れた。
「うわっ、人ばっかり」
「ざっと……100人って所か? 早朝だって言うのに、結構賑わってるな」
「今日は日曜日だし、朝釣りや朝野球のノリじゃないのかしら?」
俺は試しに、彼等のレベルがどれ程の物かと思い鑑定解析を試してみる、すると。5.5.7.2.4.3.9……。
常連っぽいのを数人調べただけだが、二桁台にのっている様な探索者はいない。
「あれ? 思ったより高くないな……」
俺は予想外の鑑定結果に首を傾げた。民間人にダンジョンが解放され既に1月以上経っている。それなのにこのレベルは……。
レベルの低さに首を傾げながらも俺は、特に口に出す事もせず二人と口々に人集りの感想を述べながら、駅周辺状況を確認していく。
駅周辺には真新しいコンビニが建っており、更にファミレス等の新規飲食店等が多数建設中だった。
「車窓からも見えたけど、田舎っぽい所なのに結構開発が進んでるな」
「ダンジョン特需って所じゃないか?探索者相手に商売をって」
「そうね。基本的にダンジョンは人里離れた場所に出来ているから、土地は余っているし新規出店もしやすいんじゃないの?人が集まればお金も落ちるし」
二人の言うことに納得する。
そう言えば、最近ニュースで地方経済が活性化しているって言っていたな。ダンジョンの御陰で地方に雇用が出来て、都市部に集中していた人口が分散して経済も回り始めたって。
現に、元は田んぼであったと思わしき場所にも、工事車両が多数出入りしてアパートやマンションらしき建物が建設中だった。
「この調子だと、この中にも移住を考えている人も居そうだね」
「居るだろうな。探索者として安定して稼げるのなら、ダンジョンに近い場所に居住環境があった方が便利だしな」
「そうね。私達だって、ここに来るまで1時間近くかかるのよ?毎日ダンジョンに通おうと思うのなら、近場に引っ越すわよ」
「確かに」
探索者として稼ぎが安定するのならば、移住や転職も選択肢に入るな。
一応電車も通っているので車がなくても都市部に出れない事もないし、建設中の看板を見るに大型店舗の出店も予定されているようだし。
人集りが少しざわつく。
「ん? ああ、シャトルバスが来たみたいだぞ?」
俺達の中で一番背の高い裕二が、人集りが騒ぐ理由を教えてくれた。
「3台来てるな」
「全員乗れそう?」
「……詰め込めば、行けるかな?」
俺の問いに、裕二は自信なさげに応える。
その気持ちは分からないでもない。大型バスっぽいから人だけなら全員乗れそうだけど、皆装備品の入った大荷物を持っているからな。詰め込むにしても限度がある。
「バスの第2陣が来るのを、素直に待ってた方が良いんじゃないかしら? 確かダンジョンがある場所まで、直通バスでも30分は掛かるんでしょ?」
「調べた限りではそう書いてあったね。確かに素直に次のバスを待っていた方が良いかも。裕二は?」
バスへ乗ろうとしている人集りをみて、柊さんは嫌そうに顔を歪めながら、シャトルバスへの乗車を見送る事を提案してくる。
気持ちはわからないでもない。誰だって、ギュウギュウ詰めのバスに30分も乗りたくない。時刻表を見た限り、15分後には次のバスが来る様になっているので急ぐ事もない。
「俺もそれで良いぞ。特に焦って急ぐ理由もないしな」
裕二の了承も得られた事なので、俺達はバスへ乗ろうとする人集りから離れる。距離を取って、人集りの様子を見ると、皆この第1陣のバスへ乗ろうと、次々に乗降口に入っていく様子が良く見えた。
あの光景を見ると通勤ラッシュを思い起こし、離れて正解だったと思う。
「皆頑張るねぇ」
「だな。少し待てば、次のバスが来るのにな」
「あれじゃぁ、ダンジョンに入る前に疲労困憊になるわよ」
「だね。あっ、何人か諦めてタクシーに乗るみたいだね」
バスへの搭乗者の多さに、何組かの探索者達はバスを諦めタクシーに乗り込んでいく。
こう言う事態を想定していたのか、地元のタクシー会社の乗用車タイプのタクシーや、個人のワゴンタイプのタクシーが多数ロータリーに来ていた。良いね、資金に余裕がある人達は。俺達の様な学生には使えない移動手段だよ。
結局、バスが出発したのは到着してから7分後、3台ともギュウギュウ詰めの状態で出発していった。タクシー組も去った事と合わせて、駅に残っている人達は20人もいない。
「重そうだったな、バス」
「そうだな。もう直ぐ次の便が来るんだし、無理に乗り込まず待てば良いのに」
サスペンションが沈み込んだバスが去っていく姿を見て俺は思わずバスが不憫そうだと呟き、裕二は腕時計を一瞥しながらバスに過積載気味に乗り込んでいった人達に哀れみを含んだ眼差しを送っていた。
その後、3人で軽く雑談を交わしていると10分も待たずに次のバスが1台来た。駅に残っていた俺達はバスに乗り込み、楽々と席に座ってダンジョンへ出発する。
俺達を乗せたバスは、木々の生い茂る狭い林道を抜け、30分程かけて目的地であるダンジョンに到着した。ダンジョンの前の森は大きく切り開かれており、ダンジョンの入口がある施設の他にも多数の建物や駐車場が出来ている。
バスが停留所に到着し、搭乗口が開くと俺達は口を押さえながらバスの外に出た。
「……やっと着いた」
「全くだ……」
「うっ、気持ち悪い」
通ってきた林道はかなり路面が荒れており、走行中は上下左右に容赦のない揺れが常時襲ってきた。椅子にしがみ付いていてコレだ。ギュウギュウ詰めで乗っていたらと思うと、ゾッとする。
俺達の他の乗客も似た様な状態で、酷い者は顔が青ざめており今にもリバースしそうになっていた。
「……ダンジョンに入る前にリタイアする奴が出るんじゃないの、コレ?」
死屍累々と言った有様である。俺の視線の先にある公衆トイレの近くには、先に出発したバスで到着したと思わしき探索者達の成れの果てが多数転がっていた。
「さぁな、でも半日は使い物にならないんじゃないか?この状態じゃ」
「そうね。私も少し休憩したいわ」
顔を顰める裕二と、気持ち悪そうに口元を押さえ休憩を提案してくる柊さん。
俺も少し休憩を入れたほうが良いと思う。こんな状態でダンジョンへ突撃はしたくない。
「賛成。裕二は?」
「俺も賛成だ。少し休憩を入れてからだな」
「ありがとう」
全員の意見が一致したので、俺達はバス停から移動し自販機コーナーでお茶を購入し一息吐く。多くの人が似たような感じで、休憩もせず足早にダンジョンへ入っていく人は少数派だった。
「何をあんなに急いでいるんだろう?」
お茶のペットボトルを傾けながら、俺は足早にダンジョンへ入っていく人達を見送る。
「アレが原因じゃないか?」
「アレ?」
裕二が指さす先には掲示板があり、買取強化中と言う大きな見出しの下に数枚の写真付きのリストが貼り出されていた。掲示板の前には数人の人だかりが出来ており、興味無さ気に眺めている人から、ある項目で顔の動きを止めた後ダンジョンへ向け走り去っていく人等、色々な反応をしている。
俺は2人に断りを入れた後、お茶を飲みながら掲示板を見に行く。
「……へぇ、色々あるな。何々、回復薬が一つ1万円で買取中?」
俺は買取金額に違和感を覚えた。リストの写真に載っている回復薬は回復薬の中では最下級であるが、軽い擦り傷程度なら数秒で完治させてしまう程度の効能がある。
それが、1万円?これは、安いのではないのだろうか?
「えっと、他のは……?」
他のリストを見るが、ソコまで高額な値段は書かれていない。鉄や宝石等の鉱物系は相場で買い取られており、エネルギー資源になるがドロップアイテムとしてはそこそこの数が産出されるコアクリスタルも安価で買い取られていた。
ただ、産出数の少ないマジックアイテムやスキルスクロールは6桁から7桁で買い取られている。
「……数をこなさないと、余り稼ぎは良くなさそうだな」
「そうだな」
何時の間にか裕二と柊さんが俺の側まで来て、掲示板を覗き込んでいた。二人とも難しい表情を浮かべながら、買取強化リストを見ている。
「マジックアイテムやスキルスクロールが高額取引されるのはわかるけど、他の品の買取額が低いのは考え物よね」
柊さんの言うとおり、鉄等の鉱石等は100円/kgもない。運がなければ、命懸けなのに日に1万円も稼げないと言う事態にも成りかねない。
俺の引き出しダンジョンから産出されたドロップアイテムの比率は大体、何も出現しないが5割、コアクリスタル出現が3割、鉱石類やその他が2割、マジックアイテムやスキルスクロールが希に出る程度である。
「俺達は特に金目当てで来ている訳じゃないから、まぁ良いけど。金目当てで来ている連中にとって、この買取金額は結構キツいんじゃないか?」
「そうだよな」
裕二は荒事の経験値稼ぎ、柊さんは食材調達、俺は……惰性か?
まぁ、直接金稼ぎと言う訳ではないから俺達はこの買取額でも良いが、その内暴動でも起きやしないか心配になってくる。
「マジックアイテム類の査定基準は良くわからないけど、他の物に関しては市場価格が基準だからそこまでオカシな金額って言う訳じゃ無いんだろうけどな……」
「命懸けでやって、この程度の稼ぎかって騒ぐ人は出るでしょうね」
出てくるだろうな、そう言う人は何処でも一定数居るだろうし。
「でも、俺達にはどうしようもない事じゃないか? 買取金額を決めているのは、ダンジョン協会……ひいては国なんだからさ。1人2人が騒いでも、どうにもならないだろ? 国家賠償訴訟になるとか、数百万人規模の署名が集まるとかしないとさ」
二人は俺の意見に賛成なのか、無言で頷く。
「まぁ、それ位しないと動かないわな、国は」
「そうね。別にボッタくってるって言う訳じゃないしね。原価や仕入れ値って言われたら反論のしようもないわ。探索者って言ってみれば、ダンジョン協会の非正規雇用の下請けなんですもの。出来高払いの」
あれ、何だろ?言葉にしてみると、探索者って結構あれじゃね?
俺は脳裏に過るアレな考えを、頭を軽く振り考えを振り払う。
「まぁ、あまり気にしていてもしょうがないよ。そこそこ休憩も取れたし、そろそろダンジョンへ入ろうか? 柊さん、顔色は良い様だけど、もう大丈夫かな?」
「ええ。十分に休憩をとったから、もう大丈夫よ」
どうやら気分の悪さは落ち着いたようだ。少し青かった顔色も元に戻っているので、無理をして強がっている訳ではではない様だな。
「じゃぁ、行こうか」
「おう」
「うん」
俺達は飲み終えたお茶のペットボトルをゴミ箱に捨て、ダンジョンの入口があるプレハブ倉庫へと足を向けた。
俺達は、倉庫の入口で受付を済ませ、ロッカーの鍵を受け取った。更衣室の入口で柊さんと別れ、メタルロッカーが多数並ぶ更衣室で、俺と裕二は持ってきていた戦闘服に着替え、防具と武器を身に着ける。
俺は普段部屋着として使っていて共にレベルアップしていた黒いジャージの上下と安全靴、LEDヘッドライト付きの白いヘルメット、裕二は青い作業服の上下と安全靴、LEDヘッドライト付きの白いヘルメットだ。後はそれぞれ腰のベルトに得物を着け、協会の公式ショップで売っていた比較的安価な衝撃吸収用のウレタンが内張りされた強化プラスチック製の防具とアサルトグローブを身に着けてる。最後に小物の入ったバックパックを背負えば準備完了。着替えなどの不用品をロッカーに仕舞い、俺と裕二は更衣室を後にする。5分ほど待つと、着替え終わった柊さんも更衣室を出てきた。白い作業着を着て槍を持っている事以外は、俺達と同じ様な格好だ。互いに装備の最終確認をし合った後、いよいよ俺達はダンジョンの入口へと向かう。
ダンジョンの入口があるホールには、人集りが出来ており、様々な格好をした人が綺麗に並んで列をなしていた。俺や裕二の様に、剣を持っているものや、柊さんのように、槍を持っている者が大半を占めているが、中には、スコップやバールといった物を持って来ている者もいる。趣味に走っているのか、実用性を考えているのか、判断に困った。
倉庫の一角に20畳分程のクッションマットが敷かれたエリアが有り、数人の探索者達が講習で習った準備運動をしていた。俺達も先ず準備運動を入念に行って体を解した後、長蛇の列に並んで最後尾を知らせる看板を前に並ぶ人から受け取った。
暫く列に並んで順番を待っていると、ようやく俺達の番が回ってくる。係員の指示に従い、ケースに入れた許可証を開閉ゲートの読み取り機械に翳すと電子音と共にゲートが開く。裕二と柊さんも無事ゲートを通過し終え、俺達はようやくダンジョンの入口の前に立った。
俺は小さく息を飲んだ後、横に並ぶ二人に最終確認の声をかける。
「準備は良い?」
「ああ、大丈夫だ」
「ええ、私も問題ないわ」
張りのある声で二人が返事を返してくる。雰囲気に飲み込まれ緊張していないか心配したが、どうやら無用の心配だったようだ。
「じゃ、行こう!」
俺の声掛けに合わせ、俺達はダンジョンへ最初の一歩を踏み入れた。
お待たせしました、ダンジョン突入です。




