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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第9章 ダンジョン開放後、初の体育祭
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幕間 弐拾参話 スポーツ庁の苦悩

お気に入り16680超、PV18520000超、ジャンル別日刊21位、応援ありがとうございます。





 

 ある日の会議室に集まった人々は一様に、手に持った資料に視線を落としながら疲れた様に溜息を吐き出した。


「……コレでは、真っ当な競技が成り立ちませんな」

「そうですね。流石にここまで顕著な差が生じてしまうと……」


 彼等が今手にしている資料には、年明けから春先までに行われた各地で開催された市民参加型のマラソン大会や各スポーツイベントの結果が載っていた。

 比較として昨年行われた同大会の記録も載っているが、比較するまでも無い結果が書かれている。


「探索者資格保有者は公式大会に出場出来なくなりましたが、一般の市民イベントまでは出場規制されていませんからな。公式大会に出場出来ない鬱憤を、非公式大会で晴らしているのでしょうな……」

「レベルの如何に問わず、資格保有者と言うだけで公式大会に出られませんからな」

「資料を見る限り、特に若年層……高校生の探索者資格保有者が多く参加していますな」

「部活動の公式大会も、探索者資格保有者は出場が規制されていますからね……仕方ない面もありますよ」

「「「「「……」」」」」

 

 会議参加者は苦い笑みを浮かべ、互いに顔を見合わせた。 

 

「早急に、探索者資格保有者が公式大会に出場出来る競技ルールを制定する必要がありますね」

「そうですね。高校生探索者資格保有者が大人気なく一般の大会に出る要因は、探索者資格保有者が公式大会に出られないと言う事でしょうからね」

「彼等が得た力を公然と披露出来る舞台を整える事こそが、この問題を解決する方法でしょう」

「とは言え……」


 参加者は首を縦に振りながら場を整えるという意見に賛同しつつも、難しい表情を浮かべた。


「陸上競技系は探索者資格保有者のレベルを考慮し、各レベル帯毎に階級を設定し行えば良いのでしょうが……」

「球技系や武道系等は、参加者だけでは無く観客の安全面にも配慮しないといけませんからね……」

「探索者資格保有者がバットで打った球など、ファールボールが観客に直撃すれば怪我人どころか死者が出ますからな……」

「それは武道系競技でも同様ですよ。高レベルの探索者資格保有者同士で試合を行えば、それこそ漫画やアニメなんかの様なバトルが行われるのが目に浮かびますよ……」

「ですな。現に似た様なアクション動画が、動画投稿サイトに投稿されていますしな」

「「「「…………」」」」

  

 再び参加者の間に、疲れた様な雰囲気が流れた。


「うっ、ううん! ま、まぁ、それは置いておくとして、まずは対策が取り易そうな陸上競技系の問題から順を追って解決していきましょう」

「そ、そうですね。流石に全て一度に対処は出来ませんし、一つ一つ問題を解決していきましょう」


 微妙な空気が流れるも、会議の方向性は決まった。









 とある部署で行われる会議では、各スポーツ協会からの要望書の紙が会議室のテーブルの上にうず高く積み上げられていた。


「こちらが、各スポーツ協会から本庁に寄せられた要望書の数です。主な内容としましては、振興イベントを開催し競技者人口の減少対策を行うので協力をして欲しいという物です」

「……こんなに来ているのかね」

「いえ。ココに並べている要望書は、全体の極一部です」

「……そうか」


 部下からの報告を聞き、上司は要望書の束の厚みを見て疲れた様に目を細めた。だが部下はそんな上司の雰囲気を察しつつも無視し、報告書を読み上げていく。


「各スポーツ協会共にヤング層……特に学生の競技離れが深刻なようです。ミドル層やシニア層は比較的離脱者が少ないそうですが、それでも各競技共に競技人口が探索者制度開始前に比べ平均して3割程は減ったそうですよ」

「3割もか……」

「はい。特にヤング層に人気だったスポーツ程、競技人口の減少が深刻のようです。高校などの運動系の部活は探索者資格保有者が退部した事で部員不足から活動を休止している状況ですし、それに伴い各大会へ参加校も激減していますね。私立のスポーツ強豪校などは部員の統制が取れていたのか、部員が多かったからなのか競技可能定数を上回って大会には無事参加していたようですが、公立校は人が足りず殆どの学校が大会には出場していませんでしたから」

「探索者資格保有者は、公式大会への参加が禁止されているからな……」

「部活動に精を出す学生にとって大会出場は、大きなモチベーションの一つでしょうからね。それなのに、探索者資格を保有しているだけで大会に出場出来ないとなれば……」

「競技自体を辞めていく者が出ても仕方が無い、か……」

「はい」


 部下の報告を聞き、上司は唸り声を上げながら考え込む。探索者資格保有者の公式大会への参加を可能にするかどうかは既に各スポーツ協会や庁内でも議題に上がっているのだが、探索者資格保有者に合わせた新ルールの制定や各所との調整などで即座に結論が出せる問題ではなかったからだ。

 競技人口に歯止めを掛けるのに一番有効な対処法が、現状では一番実行困難な方法というのは皮肉だろう。


「無論、各スポーツ協会共に様々な振興イベントを行って競技者人口の回復を試みている様ですが、ターゲットになるヤング層からの反応は苦く苦労しているようです」

「まぁ、多くの若者がダンジョン熱に浮かれている状況では、スポーツ振興イベントを開催しても人は集まらんだろうな」

「一部の武術系……探索者活動に役立ちそうなイベントへはヤング層の参加数は良いんですけどね」

「一部の武術系か……」

「主に、刀剣類を扱う系や徒手格闘系ですね。探索者資格保有者がダンジョン内でモンスターと戦う時に活用出来そうな武術系イベントが人気です。ですが逆に、柔道やレスリング等の相手と組み合う系の武術はあまり人気が無いらしく競技人口対策の要望書が送られてきていますよ」

「探索者達もモンスターとは組み合いたく無い、と言う事だな」

「はい。多分、そうだと思います」


 部下の返事に、上司は思わず会議室の天井を仰ぎ見る。低迷するスポーツ分野で人気がある武術系だけで見ても、この有様だ。競技人口回復への一番の起爆剤は、探索者資格保有者達の公式大会への参加解禁だろう。だがそれは、先にも言った様に直ぐに打てる手では無い。

 全く……如何しろと言うんだ!と上司は無言で憤った。









 又、別の会議室でも多数の要望書を前に、会議参加者達が頭を抱えていた。


「探索者向けスポーツ用具開発計画及び関連施設整備計画への助成金申請か……」

「却下……と言いたいが、そう言う訳にも行かんのだろうな……」

「はい。助成金申請理由にある様に、既存の用具や施設では探索者資格を有する競技者が競技を行えないのは事実ですから」


 部下が言う様に資料の申請理由の書かれた箇所に視線を通すと、上司はコメカミを指で押さえながら絞り出す様な声で内容を読み上げ始めた。


「探索者資格を保有する競技者が少し力を込めて既存のボールを叩いたり蹴ったりしたら破裂するので、探索者資格を保有する競技者が使っても耐えられる新用具を開発したい為。探索者資格を保有する競技者が少し力を込めて既存のラケットやバット等を振るえば容易に折れて折れた先端が高速で飛び危険だから、観客や他競技者を保護する為の防護柵等を新設する為……」

「一部、スポーツ用具メーカーへ要請したら良いんじゃないのか?と言いたい申請理由もありますが、確かに成る程。探索者資格を保有する競技者が競技を行う場合、既存の施設では対応しきれない部分もありますね。施設の改修や改築は、何れは必要でしょう」

「ああ、そうだな。だが……」


 コメカミを押さえていた指を離し、上司は苦々し気な表情を浮かべながら言葉を絞り出す。


「一度に全ての施設を改修や改築する様な予算は、ウチには無い」

「ええ。逆立ちしても、本庁にそんな助成予算はありませんね」


 スポーツ振興クジで1000億近い収益を得ているが、その全てを助成金を申請されている施設の改修や改築に当てられる訳では無い。各分野毎に予算を振り分けた後、更にその中から助成金配布対象と額を決める必要がある。

 仮に、申請がされている分を昨年度の予算比率で振り分けてみると……。


「申請されている全ての施設を改修改築する予算を捻出するには、10年近くは掛かりますね」

「そうだろうな、これだけの数だ」


 途方に暮れた雰囲気を醸し出しつつ、上司は手にしていた資料を会議室のテーブルに投げ置いた。探索者資格を保有する競技者にも対応出来る様に施設の改修改築の必要性は理解出来るが、何よりも先ず金が無い。

 部下も上司の悩みは理解しているらしく、上司と同じ様に嫌そうな眼差しで助成金申請用紙の束を眺めた。 


「本庁の方針に従って、申請に優先順位を付け対処していくしか無いな」

「そうですね」


 上司と部下は何れ無数に来るであろう、各団体からの助成金交付催促の連絡を想像し疲れた表情を浮かべた。







 報告の声が上がる度に、重苦しい空気が会議室に充満していく。

 そして、報告が一段落すると参加者達の間から重苦しい溜息が漏れた。


「そうか……残念だ。高校生組の多くが手遅れだったとは……」

「申し訳ありません、我々の対応が後手後手に回ってしまった為……」

「いや、これは君達の部署だけの責任では無い。庁として探索者制度が始まる前に、事前にダンジョン協会に除外者リストを作成し送っておくべきだった」

「……はい」


 報告者が頭を下げ謝罪しようとするのを、会議の進行役の者が手で制する。


「しかし、これはコレは痛手ですな……」

「ですね。将来を有望視されていた各競技の強化指定候補者達が、探索者資格を取得し公式大会から除外される事になるとは……」

「現役の強化指定選手からも、誘惑に負け探索者資格を取得する者が出ているんです。まだ声も掛けていなかった候補者達が、流行にのって探索者になるのは無理も無いのでは?」

「確かに、おっしゃる通りかもしれませんね……」


 会議参加者達は配布された資料に目を通しながら、非常に残念そうな表情を浮かべた。


「これでは数年程、有望な選手がいない層が出来そうですね」

「そうですね。国際大会に出場している現役世代でも、探索者制度開始時は揺れましたが何とか踏みとどまってくれました。ですが、一度にこれだけの数の選手が居なくなると次世代……いや、次々世代は厳しい時代になるでしょうね」

「中学生以下の選手層から早々に頭角を出す、将来有望な選手が出て来てくれるのを願うしかありませんな」

「そうですね。あっ、そうそう。コレは余録になりますが、他国でも我が国と同様の問題が上がっているそうなので、次世代・次々世代での国際競争力という意味ではあまり気にし過ぎなくても良さそうですよ? 各国共に、次世代・次々世代の選手層が薄くなる様なので」

「そ、それは……果たして良い事なのだろうか?」

「……さぁ?」


 会議参加者達は一様に首を傾げつつ、苦々し気な溜息を漏らした。

 そして参加者達が重い空気に沈んでいると、会議進行役の者が柏手を打ち話を切り出す。


「諸君。この様な結果になってしまった物は残念だが既にどうともしようも無い、次善の策を練るとしよう。国際競技連盟の方では、探索者資格を保有する競技者の扱いはどうなっているのかね?」

「はい。国際競技連盟の方でも今の所、探索者資格を保有する競技者が公式大会に出場するのを禁じています。未だ、探索者資格を保有する競技者達の扱いについて難航している様で、結論は出されていません」

「そうか、まだ結論は出ていないか。アチラが結論を出してくれれば、我々としても探索者資格を保有する競技者達の公式大会参加を認め易くなるのだがな」

「アチラは各国との調整もあるでしょうから、結論を出すにも時間が掛かるのでしょう」

「そうだな。では、我々は我々で独自に動くしか無いな」


 参加者達は互いの顔を向け合った後、次世代・次々世代の選手層の維持及び向上についての会議を続けた。








 とある高等学校から上がってきたリレー種目で生徒同士の接触事故についての報告を元に、対策会議が開かれていた。


「不幸中の幸いと言ったら良いのだろうが……」


 報告書に書かれている内容に目を通し、出席者の一人がそう漏らした。


「この報告を見た限り、体育祭でこの手の種目は中止させた方が良いだろうな」

「安全対策が十分に取れないなら、中止させた方が良いだろうな……」

「ですがそうすると、この競技に類する徒競走系種目や騎馬戦等の組み合う系の種目が無くなる事になります。大分寂しい体育祭になるのでは?」


 競技数減少を危惧する出席者の意見に、中止を進言した出席者が首を横に振りながら否定の言葉を発する。

 

「それも致し方が無いだろう? 寂しいからと無理に各種目を行って、今度こそ生徒から負傷者……いや、死傷者を出したらどうする? 今回はリレーのバトンパスでの探索者生徒と非探索者生徒の接触事故だったが、徒競走種目で探索者生徒がコーナーを曲がりきれずにコースアウトし保護者が集まる観客者席に飛び込みでもしたら大事故だぞ?」

「それは……」

「高い確率で万が一が起きる可能性がある以上、事前に危険の芽は摘んでおくべきだ。事が起きてしまった後に、あの時中止していれば……と思っても遅いのだからな」

「……そう、ですね」


 競技中止に難色を示していた出席者が納得したのを確認し、中止を進言していた出席者は会議室を一瞥し結論を述べる。


「では明日の朝一に、全国の高等学校に体育祭での該当種目の中止を要請すると言う事でよろしいでしょうか?」

「ああ、ちょっと良いかね?」

「何か、御意見が?」

「組み合う系の競技を中止するのは妥当な判断だと思うのだが、徒競走系は条件付きで中止を要請してはどうかね?」

「それは、どう言う条件なのでしょうか?」

「最低基準は存在するとは言え、各校毎にグラウンドの大きさはマチマチだ。広い所もあれば、狭い所もある。広いグラウンドの学校では、トラックコースと観客席との間に十分な広さの緩衝地帯等を確保出来るのなら行っても良いなどの条件を設定してはどうだろう?」

「成る程……」


 そして幾つかの開催条件に関する意見が交わされた後、体育祭で実施する競技に関する要請内容が決定し、翌朝すぐに各都道府県の教育委員会を経由して全国の高等学校に通達された。















スポーツ庁から見た、探索者制度開始後の混乱したスポーツ界の惨状です。


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで来るとある意味、新しい人類の誕生。みたいな
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