第203話 模擬戦を終え閉会式へ……
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俺は美佳が投げ入れた模擬刀を受け取り、鞘から刀身を引き抜く。銀色に塗装された刀身が太陽光を反射すると、運動場が俄にざわめき出す。俺達の間に漂う緊迫した雰囲気もあるのだろうが、遠目には模擬刀が本物っぽく見えたのだろう。
俺は邪魔になった鞘を美佳達の居る方に投げ返し、模擬刀の切っ先を上に向けた八相の構えをとる。
「……」
俺は模擬刀を構えたまま、無言で裕二と柊さんと相対する。
対して、裕二は上段で模擬刀の切っ先を俺に向ける霞の構えをとり、柊さんは模擬槍を中段の構えで俺に向けていた。
「「「……」」」
無言で睨み合いながら、俺達は視線や切っ先の上下等の僅かな動作で互いを牽制し合う。次第に緊張は高まっていき、先程まで模擬刀の登場にざわめいていた運動場が静まりかえっていく。
そして一時間にも二時間にも感じられる緊迫した雰囲気を破り、牽制し合っていた俺達は同じタイミングで動いた。
「……はっ!」
初撃は俺の首筋を狙った、裕二の右上段からの袈裟斬りだ。ここで本当なら袈裟斬りを刀身で受け流し体勢の崩れた裕二にカウンターの一撃を繰り出すのだが、今俺が手にしている模擬刀では無理と言う物だろう。受け流そうと裕二の打ち込みを受ければ、恐らく呆気ない程簡単に俺達の持つ模擬刀はへし折れる可能性が高い。
つまり今回の模擬戦では、互いの武器を接触させる事は厳禁と言う事である。
「……っと」
なので、俺は軽くサイドステップで横に飛び裕二の袈裟斬りを回避し、何時も通り切り返しの追撃を警戒したのだが……その必要は無かった。
袈裟斬りを回避された裕二は切り返して追撃する事無く、模擬刀を振り下ろした方向に体を回転させながら背中を俺に向けていたからだ。本来なら裕二も、こんな馬鹿の様な隙は晒さないのだが、こと今回の模擬戦では必要な隙と動作である。脆い模擬刀で高速の切り返しをしよう物なら、切り返しをした瞬間根元から刀身がへし折れるだろう。それを防ぐには模擬刀を振り下ろした方向に回転し、体全体を使って刀身に過大な負荷が掛からない様にしなくてはならないからだ。
そして俺は隙だらけの裕二の背中に向け模擬刀を振り下ろそうとして……。
「……えいっ!」
バックステップで後ろに飛び、横合いから模擬槍を突き出してきた柊さんの攻撃を回避した。やっぱり2人同時に相手すると、明確な隙でも簡単には攻撃出来ないよな……。
そして柊さんの攻撃を躱した俺は、着地と同時に地面を蹴って柊さんに近付き模擬刀を上段から振り下ろす。模擬槍を突き出した体勢のまま、柊さんは横目で模擬刀を振り下ろす俺の姿を確認し……口元を微かにつり上げた。
「……!」
一瞬疑問符が俺の頭を横切ったが、その理由は直ぐに分かった。柊さんの陰から何時の間にか近付いてきていた裕二が飛び出し、俺の懐近くまで踏み込んで今にも模擬刀を俺の腹目掛けて振り抜こうとしていたからだ。普段の模擬戦ならこの段階でも回避する事は十分可能なのだが、既に俺は模擬刀を振り下ろし始めているので急激な回避行動は模擬刀の破損を意味する為に出来ない。
となると、現状の俺が取れる回避行動は一つだけだ。
「よっ!」
俺は模擬刀を握る手を回転中心に据え、ジャンプし前宙の要領で裕二の攻撃を回避した。模擬刀の降り下ろしを止められない以上、模擬刀の破損を防ぐ為には俺が回るしか無いからな。
そして裕二の攻撃を回避し着地した俺に、今度は右足を軸に体を半回転させた柊さんが模擬槍を俺の背中目掛けて突き出してくる。
「とっ!」
俺は柊さんの模擬槍をしゃがんで回避し、頭上を通過する穂先の近くを掴んで前方に向かって捻った。すると柊さんは俺の目論見通り、穂先の部分を捻った事を瞬時に察し先程俺が行った様に前方にジャンプし模擬槍の破損を防ごうとする。
良し、後は柊さんが頂点に達した所で手を離せば……成功! 俺が回転途中で回転中心になっていた穂先を離した為、柊さんは空中で回転し姿勢を整えながら遠くへ飛んでいった。と言っても、直ぐ戦線復帰してくるだろうけどね。でも……一時的にせよ分断は出来た。
「はっ!」
「何の!」
柊さんの相手をしている間に体勢を整えた裕二が間近にまで迫っていたが、この瞬間だけは裕二の攻撃の対処に集中出来る。なので、俺は視線で合図を出しながら裕二が突き出してきた模擬刀に合わせ、刀身を時計回りに回しながら絡ませ跳ね上げた。所謂、巻き技だ。
裕二の持っていた模擬刀は宙を舞い、俺は無手になった裕二の頭に模擬刀を振り下ろす。だが……。
「しっ!」
模擬刀を巻き上げられた裕二は動揺する事も無く、俺の模擬刀を握る手に向かって打ち上げる様に掌打を放ってきた。裕二が放った掌打は模擬刀の柄を正確に捉え、俺の手から模擬刀を弾き飛ばす。
そして、互いに無手となった俺達は同時にバックステップで距離をとり、回転しながら落ちてくる相手の模擬刀を受け止めた。
「やるな」
「そっちこそ」
相手と武器を交換した形になった俺達は、互いに口元に笑みを浮かべながら言葉を交わす。
暫し俺達は睨み合っていたが、柊さんが戦線復帰した事を切っ掛けにし俺達は模擬戦を再開した。
観客も慣れてきたのか、俺達が衝突し合う度に運動場に感嘆の声が上がる。
と、そこに。
「後、一分!」
模擬刀と模擬槍が壊れない様に、気を遣いながら模擬戦を行っていると、美佳が、残り時間を告げる声を、掛けてきた。
チラリと時計に目をやると、確かに残り一分を切っていた。
「と、言う事らしいから裕二、柊さん。そろそろ、締めに入ろうか?」
「おう」
「ええ、分かったわ」
俺の締めに掛かろうという問い掛けに裕二と柊さんが頷くのを確認し、俺は早速行動に移る。まずは槍を構える柊さんに近づき、模擬刀を上段に構えながら大きく踏み込んで……一気に振り下ろす。当然柊さんは俺の打ち込みに反応したが、コレまでと違い模擬槍を横に構え柄で俺の打ち込みを受け止めようとした。
結果。物の見事に俺の模擬刀と柊さんの模擬槍は衝突し、模擬刀は刀身が根元から折れ柄だけが俺の手元に残り、模擬槍の柄は半ばまで断たれ折れた模擬刀の刀身が食い込んでいる。
「はぁっ!」
と、そんな壊れた模擬刀の柄だけを持った俺に、裕二は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。観客から、武器が壊れた俺に攻撃が向いた事で小さな悲鳴が上がるが、問題は無い。俺は刀身が無くなった模擬刀の柄を使い、裕二の攻撃を迎撃する。
裕二の袈裟懸けの振り下ろしに合わせ俺は右手に持った柄を模擬刀の軌道上に置き、接触した瞬間に俺は柄を持つ角度を変えた。その結果、裕二の持つ模擬刀は刃が垂直以外の角度で柄と接触した衝撃に耐えきれず、柄に食い込む事さえ出来ず簡単にへし折れる。因みに、折れた模擬刀の刀身は何処かに飛んでいくと危ないので、飛んでいく前に俺が左手の親指と人差し指で摘まんでキャッチしておいた。
「「「……」」」
数秒にらみ合いを続けた後、俺達は自分達の壊れた武器を一瞥し、模擬戦の終わりを知らせる様に同じタイミングで軽く一礼した。
同時に運動場全体から、胸に溜まった緊張した空気が抜ける大きな溜息が木霊した。
模擬戦を終えた俺達は美佳と沙織ちゃんと合流し、残り時間一杯まで部名が書かれた横断幕の前で手を振ったりしてアピールしておいた。手応えは、上々といったところだろうか?応援席の生徒からの歓声は無論、保護者からも色良い歓声が上がっていたので、大丈夫なはずだ。
結果として、10分間に延長された部活動アピールは、俺達にとっては良い方向に傾いた。美佳や沙織ちゃんが言うには、最初の5分は唖然と言った様子だった保護者も、後半の5分はアクションショーを見る様な視点で、俺達の模擬戦を見ていたとの事だ。まぁ、恐れられ忌避されるよりは、珍獣を見る様な反応の方がマシだろうな。
「それではこれで、部活動紹介を終わりたいと思います」
運動場に散らばっていた各部の部員が元の位置で列を成している前で、部活動紹介の時間の終了が告げられた。並んでいる各部の反応は様々で、文化部は観客の反応から軽く溜息を吐きながらアピール不足を嘆き、運動部の面々は何かを悟った様な清々しい笑みを浮かべていた……目は虚ろだったけど。
「退場!」
その号令に従い、入場してきた順に駆け足で退場していく。
俺達も流れに乗って退場していくと、その途中で俺達に声を掛けてくれる観客が多数いたのだ。その感想の大半は凄かったや、また見たい等の好意的な物が多かったが、一つ気になる視線があった。例の、ダンジョン協会から来た来賓の視線だ。
まるで俺達を品定めをする様な視線で見ていたので、控えめに言っても些か不快だった。尤も、そんな感情も……。
「ねぇ、お兄ちゃん。アレ……」
美佳が冷や汗を流しながら視線で指す先にいる、鋭い眼光を向けてくる重蔵さんの姿を見て俺達……特に俺、裕二、柊さんの3人は盛大に顔を引き攣らせていたので、直ぐに気にもならなくなったけどね。
お、怒ってらっしゃるのかな……?
「な、なぁ裕二? あれって、怒ってるのかな?」
「い、いや? 別に、怒ってはいないと思うけど……」
「それ、本当よね?」
「た、多分」
俺と柊さんの縋る様な問いに、裕二は顔を引き攣らせながら自信なさ気に頷く。とは言え、今はその頼り無い答えに縋るしか無いんだけどな。
そして、俺達は内心ビクつきつつ退場門から足早に退場した。
「じゃぁな2人とも、また後で。応援席で少し騒がれるかもしれないけど、あまり気負いすぎない様にな。それと、連中が何か仕掛けてきそうな様子だったら直ぐに教えてくれ」
「うん、分かった。お兄ちゃん達も、頑張ってね」
「ああ。何とか切り抜けるとするよ」
体育倉庫の更衣室で小物を袋に片付けた後、他の部の邪魔にならない様に俺達は早々に体育館を出た。注目の的って感じで皆の視線を集めていたので、長居出来る様な感じじゃ無かったしな。他の部からしたら、俺達が派手にしたせいで自分達のアピールが観客の注目を集められなかったんだからな。
そして体育館を出た後、俺達は美佳と沙織ちゃんと別れ自分達の応援席へと足を向けた。少々クラスメイト達の反応が怖いけど……昨日の事で耐性が出来ているだろうから大丈夫だろう、多分。
応援席に戻ると、誰が最初に俺達に話しかけるのかといった牽制の様な譲り合いが起きたが、重盛が気軽な感じで声を掛けてきた事で直ぐに解消した。
「よう、お疲れ。凄い打ち合いだったな、2人とも。お前等、何時もあんな事をしているのか?」
「あ、ああ。稽古の時は、何時もあんな感じだぞ」
「アレが何時もの稽古風景とか、お前等一体何処を目指してるんだよ……?」
「ははっ、何処なんだろうな……」
俺の回答に、重盛が呆れた感じで顔を手で覆いながら天を仰いだ。でもなぁ、重盛? アレでも普段の稽古と比べたら、随分抑えた控えめな内容だったんだからな。
そしてそんな俺達の気軽な感じのやり取りを見て、戸惑いから話し掛けるのを控えていた周りに座る者達が一斉に質問を投げ掛けてきた。
「どうやったら、あんな動きが出来る様になるんだ?」
「模擬刀で槍の柄を斬るなんて、如何やったんだ?」
「柄だけで良く、振り下ろされた剣を受け止めようとしたな」
等々、様々な質問が投げ掛けられたので、俺と裕二は可能な範囲で一つ一つ答えていった。ここで面倒くさがって対応を怠けると、後々余計な面倒な事態になるかもしれないからな。柊さんも周りの女子から質問攻めに遭っているが、丁寧に対応しているし。
そして俺達が競技や応援合戦などの合間に多くの質問に答えていると、何時の間にか体育祭のプログラムは消化され時計が12時を指す前に閉会式を迎えた。
「それではこれより、体育祭の閉会式を行いたいと思います」
グラウンドに並ぶ全校生徒を前に、閉会式の開始を告げるアナウンスが流れる。
そして朝礼台に、校長先生が上った。
「まずは皆さん、お疲れ様です。保護者の方々もお忙しい所を、応援に来て下さりお疲れ様でした」
校長先生は生徒に労いの言葉を掛けた後、保護者にも労いの言葉を掛けてから話を始めた。
「ええ……今年の体育祭は突然の徒競走種目の中止と言う事も有り、波乱に満ちた物となりましたが無事、体育祭を執り行う事が出来ました。コレも偏に生徒達の熱意、保護者の方々の多大なる声援、そして裏方で体育祭を支えてくれた先生方の努力。皆さんの力が、体育祭の成功という一つの大きな目標の下に集まったからだと私は思います。そして……」
校長先生の話は続くが開会式での様な衝撃的な文言は一切無く、去年と大して変わらない体育祭の成功を祝い称賛する様な話が続く。
そして……。
「では以上で、私の方からの話は終わりたいと思います。皆さん、本日は大変お疲れ様でした」
校長先生はそう言って話を締めると、軽く一礼した。
「では続きまして、成績発表を行いたいと思います」
アナウンスが流れると、運動場に並ぶ生徒達の視線が数字の無いスコアボードが掲げられている校舎に集まる。
「紅組……53点!」
紅組の列から歓喜の声が上がり、スコアボードに点数が貼り出される。
「続きまして青組……69点!」
数字がスコアボードに掲げられると赤組の列からは落胆の溜息が響き、青組の列からは歓喜の声が上がる。
「最後に白組……64点! よって、今年の体育祭は青組の優勝です!」
青組の列から歓喜の声が上がる。青組から喜びの声が上がって暫くすると、表彰式に移るとのアナウンスが響き次第に歓喜の声が収まっていく。
「青組の応援団長は、朝礼台に上がって下さい」
アナウンスの指示に従い、青組の応援団長が朝礼台に上る。
そして表彰状を持った校長が朝礼台に上り、中央にあるマイクを挟んで応援団長と対面する。
「優勝おめでとう」
「ありがとうございます!」
校長から表彰状を受け取った応援団長は校長に軽く一礼した後、表彰状を青組の生徒に誇らしげに掲げる。すると先程以上の大きな歓声が、青組の列から上がった。
そして表彰式も終わり、PTA代表と来賓代表の挨拶も粛々と行われた後……。
「以上で、閉会式を終了します」
そのアナウンスによって、漸く波乱に満ちた今年の体育祭は終わりを告げた。
長くなりましたが、体育祭終了です。




