第202話 まずは拳の打ち合いから
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体育館に確保された着替えスペースに着いた俺達は、あらかじめ用意して置いた荷物袋から小道具を取り出す。柊さん達を説得した結果、着ぐるみは使わない事になったので着替える必要はなくなった。
「取り敢えず今回使うのは、模擬刀と部活名を書いた横断幕だけで良いかな?」
「それで良いんじゃないか?」
俺と裕二が袋の中の小道具を漁っていると、柊さん達は出番がなくなった熊着ぐるみを残念そうな眼差しで眺めていた。若干の申し訳なさを感じる表情を浮かべているが、今は気にしないで後で何か3人のご機嫌取りをしよう。
「じゃぁ、はい。美佳と沙織ちゃんは、コレをお願い」
そう言いながら俺は、横断幕を美佳と沙織ちゃんに渡す。遠くからでも部活名が見えるように結構大きな布で作ったから、2人掛かりじゃないと広げられないからな。
そして美佳と沙織ちゃんは、若干不服そうな表情を浮かべながら俺が差し出した横断幕を受けとった。
「ねぇ、お兄ちゃん? 本当に今回私達、横断幕を持つだけなの? やっぱり私達も、模擬戦に参加した方が良くない?」
「そうですよ、お兄さん」
「ああ、でもな……」
模擬戦不参加に抗議の声を上げる二人から頬を人差し指で掻きながら気まず気げに視線を逸らし、隣で模擬刀を手にしている裕二に視線を送る。
すると、俺の向けた視線に気付いた裕二は軽く眉を顰めながら頭を左右に振り、美佳と沙織ちゃんに模擬戦に参加させられない理由を説明し始めた。
「残念だけど今の2人の技量じゃ、この脆い模擬刀を使った模擬戦は難しいよ。下手な振るい方をしたら、簡単に根元からへし折れるからね」
そう言って、裕二は模擬刀を鞘から引き抜いた。蛍光灯の光が銀色の刀身に反射し、素人がネット情報を参考に作った割にはそこそこ本物っぽく見える。
「見た目はそこそこだけど、所詮はプラスチック板とアルミ棒を組み合わせたコスプレ何かに使う小物だからね。強度は期待出来ない代物だよ、ほら」
裕二が刀身を水平にし上下に揺らすと、刀身は頼りなさ気に細かく振動していた。軽く振り回しポーズを取るくらいなら問題ないのだろうが、本格的な素振りをすれば直ぐに壊れるだろう。
「美佳ちゃんと沙織ちゃんは普段、刀を扱う練習はあまりしていないからね。刃筋を立てずにコレを振ったら、素振りで受ける空気抵抗で折れちゃうよ。2人はコレを模擬戦で振るう時、全部刃筋を立てた太刀筋で振れるかな?」
「「うっ……」」
裕二の説明を聞き、美佳と沙織ちゃんは苦々し気に呻き声を上げる。2人も一応、サブウエポンの小刀を扱う為に素振りなどの練習はしているが、メインの練習は槍を扱うものだ。裕二が言う様に、脆い模擬刀を壊さず振るう様な技量は今の2人には無い。
「まっそう言う訳だから、今回2人は幕持ちで我慢してくれ」
「「……は~い」」
不承不承と言った様子だが、2人とも模擬戦に参加出来ない事には納得したようだ。
「よし。じゃぁ準備も出来た事だし、そろそろ行こうか?」
「おう」
「そうね」
「うん」
「はい!」
それぞれ自分が使う小道具を抱え、俺達は着替えスペースの体育館を後にした。
俺達が入場ゲートに到着すると、既に他の部の人達が大勢集まっていた。部活で使う競技ユニフォームを着た者、部活で使うボールやバットなどの小道具を持った者など様々だ。
それにしても……。
「なぁ……何か注目されてないか、俺達?」
「そうだな……」
「多分、昨日の事があったからじゃないかしら?」
昨日……ああ、裕二と柊さんの軽い手合わせの事か。確かにあんなものを間近で見せられたら、注目ぐらいするよな。
しかも……。
「お兄ちゃん達が持っているソレ、注目の的だね」
「昨日は素手での模擬戦でもアレでしたからね、武器を持ったら……と思われているんじゃ無いですか?」
美佳と沙織ちゃんの言う通り、周りの視線は俺達3人が持っている小道具……模擬刀と模擬槍に集まっていた。
因みに柊さんが持っている模擬槍は、伸縮棒を加工して作った品だ。俺と裕二が持っている模擬刀よりは、多少マシな強度がある。
「そっか……まぁ、そうだよな」
俺が顔を左右に振って俺達に視線を向ける周りの者を確認しようとすると、視線を向けていた連中が皆一斉に視線を逸らした。
……何、その反応。
「「「……」」」
俺達3人は顔を見合わせた後、軽く溜息をついた。
「まぁ、ある程度こうなる事は想定していたけど……」
「いざ、なってみると……」
「結構、クルわね……」
腫れ物扱い、と言えば良いのだろうか? 皆、俺達とどう接すれば良いのか分からないと言った所なのだろう。
コレまで学校では無名に近かった俺達が、いきなりあんな模擬戦を行ったんだからな。困惑し、遠巻きに観察する事ぐらいするだろう。クラスメイト等は模擬戦前から俺達の人となりは知っているので凄いや何で今まで隠していたのか等と気軽に質問してきたが、俺達の事を知らない者からするといきなり詳細不明の人物が凄い力を振るったとしか分からないからな。
「でもまぁ、そのお陰で目的は既にある程度達成出来たんだけどね」
「ああ。俺はそのお陰で、アレを本番で使わずに済んだんだから寧ろ良かったと言える」
「ん? ねぇちょっと広瀬君、何よその嬉しそうな顔。そんなにアレを使いたくなかったの?」
「……」
一瞬重い空気が俺達の間に広まったが、裕二の失言に柊さんは噛み付き裕二が急いで顔を明後日の方向に逸らした事で直ぐに掻き消えた。多少芝居くさいけど、ナイスだ2人とも。
そして暫くじゃれ合っていると、部活紹介の前の競技が終わり出場者達が退場していった。
軽快な音楽と共に入場を促すアナウンスが響き、先頭から順に少し間隔を開け手を振ったりしながら各々の部が入場していく。俺達も美佳と沙織ちゃんが部名の入った横断幕を広げ、応援席の生徒と保護者などの来客にアピールを行う。
そして入場行進が終わり、それぞれの部が一列に並ぶとアナウンスが流れてくる。
「えー、コレより5分程の部活動紹介を行う予定でしたが、部活対抗リレーが中止になりましたので部活動紹介を5分間延長し、10分間行いたいと思います」
延長か……。確かにリレーが中止になるから、延長するかもしれないとは思っていたけど、いきなり倍の時間か……。元の予定通り寸劇だったら、時間が大幅に余ってたな。
「それでは、部活動紹介を始めたいと思います。他の部とぶつからない様に、運動場全体に広がって下さい。では皆さん、散開して下さい」
アナウンスの号令を合図に、リハーサルの時に確保した場所に向かって各々の部は散っていった。
俺達もリハーサルの時と同様、運動場の中央に移動する。
「……なぁ? 何か、心なしか中央のスペースが広くないか?」
「そうだな。皆リハーサルの時より、外側に広がってるな」
「コレってやっぱり、私達が原因よね……」
リハーサルの時と違い、他の部はトラックの外周部にギリギリまで近づきアピール演技をしている。その為、俺達が陣取る運動場の中央部はポッカリと空いていた。
まるで、何かに巻き込まれない様にして……。
「ま、まぁこうして立ち尽くしていてもしようが無い。俺達も始めよう」
「そうだな。で、どうする? 演技時間が倍になったけど……」
「時間が倍になっても、私達がやる事に変わりは無いわ。と言うより、他に出来る事はないわよ」
「ソレもそうだね。じゃぁ少し演技に変化を付ける為に、前半素手でやらない? 模擬刀の使用は後半って事でさ」
「そうだな。確かにずっと斬り合いを続けてたら、見てる方は退屈になるかもしれないしな。良いかな、柊さん?」
「ええ、良いわよ。ソレで行きましょう」
簡単な打ち合わせをし、手早く延長された演技時間の間を埋める方法を決める。
「と言う訳で美佳、沙織ちゃん。ちょっとコレ預かってよ」
そう言って俺達は、美佳と沙織ちゃんに模擬刀と模擬槍を渡す。
「5分経ったら、俺達の方に投げ入れてくれ。受け取るからさ」
「えっ、大丈夫なのソレ?」
「模擬戦の只中で受け取れるんですか?」
「大丈夫だよ、模擬戦と行っても軽い手合わせだしね。妨害される訳でも無いんだから、投げ入れられた武器を受け取るくらい楽勝さ。只さっきも言ったけど、コレ結構脆いからね。あまり力一杯投げると空中分解しかねないから、程々の力加減で頼むよ」
「うん。分かった」
「はい。気を付けます」
「じゃぁ2人とも、危ないかもしれないから少し離れて見ていてね」
2人に離れる様に忠告した後、俺達は運動場の中心に足を進める。
俺達3人は二等辺三角形を形作る様に位置取りし、それぞれ構えを取る。3人とも同じ師匠から習っているので、それぞれの構えは似通っていた。因みに今回の模擬戦では、俺の存在を後藤達に印象付ける為に二対一で行う。二人は昨日の模擬戦で、十分に印象付いた様だからな。
そして俺がチラリと視線を美佳に向けると、美佳は軽く頷き模擬戦開始を告げる柏手を打った。
「ふっ!」
合図と共に、裕二が最初の一手を繰り出してくる。最初の攻撃は、俺の顔面を狙った飛び膝蹴りだった。俺は上体を反らし裕二の飛び膝蹴りをかわし、直ぐさま反撃を行おうと半回転し右腕を裕二の背中に叩き込もうとして……4分の1回転した所でバックステップで大きく後ろに飛ぶ。
何故なら、柊さんが回転途中の俺の脇腹を掌底で狙って居たからだ。
「危ない危ない、2人とも何時の間に打ち合わせしたの?」
着地した後に急反転し、飛び退いた俺に追撃を仕掛けて来た裕二に、疑問を投げかける。
「打ち合わせなんかしていないさ。適当に流れに任せてって、な!」
質問の返事と共に、裕二は俺の左足を狙ってローキックを繰り出してきた。俺は左足を下げ裕二のローキックをかわし、若干体勢が崩れた裕二の顎を狙って右の掌底を繰り出す。
だが俺が掌底を繰り出した瞬間、裕二の口元が僅かにつり上がった。
「っ!」
俺は慌てて繰り出した掌底を下げ裕二から距離をとろうとしたが、若干遅かった。伸ばした腕の手首を、横から現れた柊さんが掴んでいたからだ。
「えいっ!」
柊さんが掴んだ俺の手首を捻り下げると、俺の足は地を離れ体が宙に浮かんだ。
あっ、コレは拙い。
「せいっ!」
すかさず、柊さんに投げられ宙に浮かんだ俺の胸目掛けて、裕二が上段蹴りを繰り出してきた。
だが、柊さんに片手を掴まれ拘束されている以上、この体育祭で見せられる範囲の方法での回避は無理だ。俺は自分の失態に舌打ちをしつつ、裕二が繰り出してきた上段蹴りを自由に動く左手で受け止め防御する。
「!?」
本当に手加減しているのか?と問いたい重い裕二の蹴りを受け止めた俺は踏ん張りの効かない空中故、既に柊さんが掴んでいた俺の右手を離したと言う事も有り蹴りを受け止めた反動で数メートル程吹き飛ばされた。
応援席の生徒や保護者席からは、蹴り飛ばされた俺の姿に悲鳴が上がる。
「っと」
だがそんな悲鳴も何のその、俺は空中で姿勢を整え危なげなく着地を決める。着地後、悲鳴が上がった応援席や保護者席に向かって無事だとアピールしようかと思ったが、そんな考えは一瞬で掻き消えた。
何故なら既に、裕二と柊さんが間近まで追撃してきていたからだ。
「はぁ……」
俺は軽く溜息をついた後、受け身の姿勢を辞め攻勢に出る。まずは、距離が近い柊さんへの対処からだ。走り寄ってくる柊さんとの距離を詰め、低い姿勢で柊さんの左の脇腹を狙い俺は右足で回し蹴りを放つ。
すると柊さんは地面が陥没する程強く踏みしめ接近スピードを殺し、俺の繰り出した回し蹴りをギリギリで回避した。だが、回避される事は想定済みだ。
「はっ!」
俺は急制動で右の回し蹴りを回避した柊さんに目掛け、体を捻りつつ左後ろ蹴りを柊さんの腹に繰り出した。
「っ!」
だが、やはり簡単には決まらない。柊さんは俺の蹴りを咄嗟に両腕を交差させ受け止め、後方にジャンプし蹴りの衝撃を逃した。
良し、取り敢えずこれで裕二の対処に集中できる。
「しっ!」
そして柊さんを撃退し、地面に伏せている様な体勢になっていた俺に裕二は俺の背中を踏みつけようとしてきた。そこで俺は柊さんを蹴り飛ばした反動と地面に着いた腕の力を使い、体を前に押し出し裕二の踏み付けを回避する。回避した後、俺は体を捻りながら前転し起き上がった。
「良く凌いだな、大樹」
「このくらい、なんて事ないさ」
俺と裕二は油断無く相手の初動を見逃さないように観察しながら、軽口をたたき合う。暫く話をしていると柊さんが裕二の隣に戻ってきたので、それを切っ掛けにし俺達は再び拳の打ち合いを再開した。
そして……。
「お兄ちゃん! 裕二さん!」
「雪乃さん!」
何時の間にか5分経ったらしい。美佳と沙織ちゃんが俺達に声をかけた後、俺達に向かって模擬刀と模擬槍が投げ入れられた。
さて、後半戦開始だな。
部活動紹介開始です。リレーが中止になった分、アピール時間は延長し10分間に。20分30分と貰っても、あまり長いと困りますよね。




