第201話 障害物走……じゃないよなコレ
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波乱の開会式を終え、俺達は応援席に移動した。この後100m走が行われる予定だったが、リレー系種目が中止になった事で生徒の入場準備に少々混乱が生じる。本来3番目に予定されていた障害物走が、改定版のプログラムで1番目にきたからだ。
「じゃぁ、ちょっと行ってくるな」
「程々に頑張れよ」
「ああ、程々に頑張って来るよ」
俺に激励の言葉?を受けた裕二は、苦笑いを漏らしながら入場ゲートの方へ歩いて行った。本気で勝ちにいく裕二……と言う姿も見てみたい気はするが、裕二が本気を出したらちょっと洒落にならないからな。
スタートからゴールまで、10秒掛からないとかもありえそうだし。
「リレー系種目は中止なのに、障害物走はやるんだな」
「ん? ああ、重盛か」
裕二を見送っていた俺に、遅れて応援席にやってきた重盛が話しかけてきた。その声には、どこか悔し気と言うか諦念の響きが混じっている。
そう言えば重盛の奴、100m走に出る予定だったからな。
「多分障害物走は、コーナーに障害物が置かれているからじゃないか? コーナーに障害物があったら走者も余りスピードを出せないから、客席に飛び込む様な高速転倒は無いだろうしな」
俺が障害物走が中止にされない理由の推測を口にすると、疲れた様に重盛は溜息をつきながら俺の隣に座る。
「非探索者だけの100m走なら、客席に飛び込む様な高速転倒は無いだろうに」
「リレー系種目中止と言った手前、距離が違うだけで見た目がほぼ一緒の競技はやりづらいんじゃないか? ほら、保護者から抗議とかあるかもしれないしさ」
俺は重盛にそう言って、開会式の出来事で動揺している保護者席を一瞥する。重盛も釣られて保護者席を一瞥し、しばし沈黙した後口を開く。
「確かに100m走だけやったら、何で他の競技をやらないのかって抗議がでそうだな」
三脚に固定していたカメラを仕舞い、本部テント脇に作られた撮影スペースから撤収しようとしている多数の保護者の姿を見て、重盛は漸く100m走中止に納得したらしい。
まぁカメラを構えていた保護者にしても、自分の子が出ないのなら何時までも撮影スペースに陣取っている訳にもいかないしな。
始まった障害物走を応援しながら、俺は重盛とリレー型種目中止の件について話をしていた。
その話の中で俺が漏らした一言に、重盛は目を見開き驚きの声を上げる。
「はぁ!? 中止要請の通達は、今週の始めには届いていたかもしれないだって?」
「ああ、多分な。ほら、校長先生だって中止要請の通達が届いたとは言っていたけど、昨日届いたとは言ってなかっただろ?」
「……言われてみれば、確かに昨日届いたとは言ってなかったな」
「だから実際は今週の始め……衝突事故の件と一緒に通達が届いていたんじゃ無いかな?って俺は思ったんだよ。接触事故の件は実際に起きたことだから警戒するのは当たり前だけど、探索者生徒が転倒した場合どうなるのかってのは用心深く考えれば思い至ることだしな」
もしかしたら、接触事故を起こした学校では転倒事故も起こっていたのかもしれないな。だけど偶々その学校のグラウンドは広く、探索者生徒が転倒しても誰も怪我をしなかったから問題にならなかっただけかも知れない。
巻き込み事故を起こしていたら、絶対ニュースになっていただろうからな。
「だけどさ、九重? そうなると何で校長……と言うか学校は、今日の今日になってリレーを中止するだなんて言ったんだ? 事前に中止するのが決まっていたんだったら、早めに教えてくれたら良かったのにさ……」
「多分だけど、それをすると俺達生徒のモチベーションが駄々下がりになると思ったからじゃないか? 実際、リレー系種目は探索者資格を取った生徒と無い生徒を分けて、騎馬戦なんかの肉体接触系の種目を中止にすると言ったら、あの有様だったしな。あの時一緒にリレー系種目も全部中止にするって言っていたら、モチベーションは完全に0になっていただろうな」
重盛は低調な声援をする各組の応援席を見回し、溜息を吐きながら首を縦に振り俺の意見に同意した。昨日のリハーサルの盛り上がり具合と比べると、今の声援は無いも同じだからな。
「それに、実際に高速転倒をリハーサルの時に見ていなかったら、皆ここまで素直にリレー系種目の中止を受け入れはしなかっただろうさ。実際に高速転倒がおきて走者が観客席まで飛び込んだ姿を見たからこそ皆、今の重盛の様に渋々とでも中止を受け入れたんじゃないか?」
幾ら丁寧に危ないからだと中止の理由を説明したとしても、実際に経験したり体験してみないと頭ごなしの指示って人間中々理解したり納得したりはしないからな。
もしかしたら学校側は転倒事故が起こる事も想定に入れて、リハーサルでリレーをやったのかもしれない。実際に目の前で転倒が起これば、リレー中止の理由に説得力が出るからな。危ない賭けではあるけど。
「……確かに昨日のリハーサルの件を見ていなかったら、こんなに素直には納得していなかったかもな」
「だろ?」
俺の指摘に、重盛は疲れた表情を浮かべる。
そして話をしている内に何時の間にか、障害物走の順番は探索者生徒まで回っていた。
「おっ重盛、1年生の探索者が走るみたいだぞ」
「ん? そうみたいだな……」
俺と重盛はスタートラインに並ぶ、1年生探索者達に注目する。微妙にやる気が無い生徒が多い中、1人だけ気合いが入って居る奴がいるな。
と言うか、何か苛立っている様に見えるんだけど……如何したんだ?
「位置について、用意……」
俺が疑問を浮かべている内に、スタートを知らせる破裂音が響き走者が一斉に走り出す。皆、先程までの非探索者生徒とは段違いの加速をしていく。
そして物の2,3秒で走者達は、コーナーの入り口に設置されている第1障害物に到達した。って、おいおい。
「なぁ、九重? アレってありなのか?」
「うーん、走者の停止を促すアナウンスは無いしな……」
重盛は軽く目を見開き、微妙な表情を浮かべる。走者達は第1障害である平均台の手前から軽くジャンプし、中央付近に一度だけ足を着け飛び越したのだ。一応平均台には乗っている事にはなるのだろうが……アレって良いのだろうか?
そして有りか無しかで疑問符を浮かべている間に、走者達は次の障害物である網くぐりに突入していく。
「……意外に普通だな」
「ああ、普通だな。でも、動きが微妙に気持ち悪くないか?」
平均台の攻略方法から、網が絡みつくのを無視して強引に突破するのかと思っていたのだが……意外にも走者達は匍匐前進の要領で網ゾーンを突破していく。ただ、その妙に機敏な動きはひな壇状の応援席の上から見ると、台所に良く出現するGの動きを彷彿とさせる。因みに、俺と重盛のこの感想は応援席上段の生徒の共通認識らしく、上段に座る生徒からの応援の声が少なくなった。
そして匍匐前進で素早く網をくぐり抜けた走者達は、第3障害物へと向かっていく。
「次の障害物は麻袋ジャンプ……なんだけど」
「俺の知っている麻袋ジャンプとは別競技だよ、アレって」
俺と重盛の視線の先では、麻袋を履いた走者達が3m程の間隔で飛び跳ねながらコースを進んでいた。非探索者生徒の走者がやった時は、数十cm間隔で飛び跳ねて進んでいたんだけどな……。
そして走者達は結局、3回程のジャンプで麻袋ジャンプは終了した。
「あれじゃ、障害物が障害物になっていないな」
「探索者相手の障害物走は身体能力で攻略出来る系の障害物じゃ無く、アメ食いとかパン食いとかの足止め系障害物の方が良いってことだろうな。それなら、身体能力の差をある程度緩和出来るだろうしさ」
「そうだな」
簡単に各障害物をクリアしていく姿を見ながら、俺と重盛は探索者相手の障害物走の不備?について愚痴を漏らす。まぁ詰まる所、非探索者と探索者で同じ障害物を共用するのは無理があるって事だな。
とは言え、学校の体育祭で別々の障害物を用意するって言うのはちょっと難しいだろう。
「おっ、やっぱり探索者でも、ぐるぐるバットは効くんだな」
「アレは平衡感覚の問題だからな。探索者でも普段から鍛えていないと、アレはどうしようも無いさ」
最後の障害物であるぐるぐるバットを規定回数回り終えた走者達は、千鳥足で右往左往しながらゴールを目指していた。フィギュアスケーターの様に普段から回転する訓練をしていれば話は別だろうが、普通の探索者は平衡感覚を鍛えたりはしないだろう。
探索者とは言え、身体能力はレベルアップで強化されても感覚に関しては自分で鍛えるしか無いからな。
「おっ、ゴールした」
一位でゴールしたのは、スタートの時少し苛立たしそうにしていた走者。他の走者が千鳥足でフラつく中、走りこそ出来なかったが1人確りとした足取りでゴールに滑り込んだ。元々平衡感覚が優れていたのかそれとも鍛えたのだろうか……まぁ、どっちでも良いんだけどな。
そして最後の走者がゴールしたのを確認し、スタートラインの側に待機していた第2陣が素早く位置につき合図とともに走り出した。
転倒者が客席に飛び込むなどのトラブルも無く障害物走は順調に進み、裕二も僅差の2着という無難な位置で出番を終えた。
そして最後の走者がゴールした事で障害物走も終わり、出場者は左右の退場門から駆け足で退場していく。探索者生徒のレースは障害物走とは少々言いがたかったが、最後の方は応援も中々の盛り上がりを見せた。
「ただいま」
「おかえり、裕二」
「中々大変そうだったな、広瀬」
「まぁ、な」
応援席に戻ってきた裕二に、俺と重盛は慰労の言葉を掛ける。裕二は軽く手を上げながらそれに答え、応援席に腰を下ろした。
俺は早速、障害物走の感想を聞いてみる。
「で、実際に走ってみて如何だった?」
「見ての通り、特にコレと言う様な事は無かったな。あの種の障害物じゃ、探索者生徒の足止めにはならないよ。もう少し、最後のぐるぐるバットみたいな種目を入れないと」
「ああ、やっぱりそうか」
裕二の感想を聞き、やっぱり探索者と非探索者が同じ競技を行う事は難しいなと感じた。
そして戻ってきた裕二を加えて俺達3人で話をしていると、グラウンドにアナウンスが流れ次の競技が始まる。本当ならもっと後に行われる予定だった、学年別男女混合大縄跳びだ。
「次の競技って、団体の男女混合大縄跳びだったな」
「ああ。そしてそれが終わったら、俺達が出る部活紹介だ」
「はぁ、リレー系種目が無いと出番が早いよな」
「まっ仕方ないさ、大樹。それより次が出番なんだ、衣装替えに行くぞ」
「了解」
俺と裕二は重盛に一言断りを入れ離席し、柊さんを誘って大縄跳びの成否に一喜一憂しながら歓声が上がる応援席を後にした。
そして部活紹介の衣装替えスペースとして解放された体育館の更衣室に向かう途中、俺達は美佳と沙織ちゃんと合流した。
「よっ、美佳。どうだ、例の後藤君達の様子は?」
「どうって……今の所は大人しくしてるみたいよ」
「そうか。と言う事は、昨日の牽制が効いているみたいだな」
すると美佳は顔を少し顰めながら、小さく溜息を吐きながら愚痴を漏らし始めた。
「でもね、お兄ちゃん。今日は後藤君より、取り巻きの子達が鬱陶しいし視線を向けてくる様になっちゃったの。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん。直接手を出してくるって言う様な感じでは無いんですけど、抗議のつもりかちょくちょく敵意に満ちた視線を向けてくる様になったんです」
「そっか……」
俺は美佳と沙織ちゃんの話を聞き、少し思案を巡らせてから裕二に顔を向ける。
「なぁ、裕二? ちょっと手合わせの内容を変更しないか?」
「変更って、昨日より派手な演武にするって事か?」
「ああ」
俺が頷くと、裕二は頭の後ろを掻きながら軽く眉をひそめる。
「演武内容を変更する事自体は良いけど……会場には厄介なお客さんも居るんだぞ? 忘れたのか?」
「別に、忘れている訳じゃないさ。むしろそれ込みで、演武内容を変更したいんだよ。予定通りの内容だと、衣装の素材で目を付けられる事になるかもしれないからな」
「……」
「苦労して用意した物を使わないのはアレだけど、昨日のリハーサルで当初の目的はある程度達成できたからな」
美佳達の話を聞く限り、後藤への牽制は十分みたいだからな。ならば、今日の演武で目的とするべき物は取り巻き連中に向けての駄目押しだろう。昨日のリハーサルで目立っていたのは、裕二と柊さんだったからな。今日の演武で美佳の兄である俺が目立てば、取り巻き連中も美佳達へ手出しは躊躇するだろう。
「分かった。そう言う事なら、確かに内容を変えた方が良いかもしれないな」
嬉しそうな表情を浮かべながら、裕二は仕方がないと言う様に俺の提案に同意した。やっぱり、熊の着ぐるみを着て全校生徒の前に出るのは嫌だったんだな。
そして俺達は体育館へ向かう道すがら、折角用意した衣装を使わない事に不満げな表情を浮かべる柊さん達を説得し続けた。
熊着ぐるみ……残念ながらお蔵行きです。当初の牽制目的が達成された以上、裕二くんも使いたくないでしょうしね。




