第193話 面倒な事になって来たな……
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中々衝撃的な200m走が終わった後、素早く係員達が小道具を設置し裕二が出場する障害物走が始まる。先程起きた転倒事故のせいで少々ざわめきながらの選手入場だが、出場選手達は列を大きく乱す事は無い。
そして選手達の入場が終わり、スタートラインに立つ第1走者達以外が腰を下ろしていると本部テントから1つのアナウンスが入る。
「障害物走に出場する選手の皆さん。残念ながら、先程の200m走では激しい転倒事故が起きてしまいました。幸い転倒した生徒に大きな怪我はありませんでしたが、万が一の事態と言う物は起きるかもしれません。無理はせず、怪我をしない様に十分に気をつけて下さい。以上です」
これはつまり、レースにムキになって無理な追い越し等はするなと言う牽制だろうか? いや、確かにさっきの転倒事故を見ればそう言いたくもなるだろうけど、体育祭のレースで無理な追い越しはするなって……。ますます、体育祭に対する生徒の意欲が削がれるんじゃないか?
事実、俺が懸念する様に、アナウンス放送直後から応援席から選手を応援する歓声の量が減ったような気がするしさ。
「何だかな……」
学校側としては、体育祭中に生徒が転倒事故などで大怪我をしない様にしたいと言う意図からくる忠告アナウンスなのだろう。だが、その忠告を受け取る生徒側からすると、折角盛り上がっていた場のテンションに水を差すだけの物でしかない。
正に、あちらを立てればこちらが立たずの二律背反状態だな。
「位置について。よーい……スタート!」
スタートの合図が鳴り響き、第1走者達が一斉に走り出す。走るスピードから見て、第一走者は非探索者の生徒らしい。まぁ非探索者生徒の前に探索者生徒が走ったら、迫力では見劣りするからな。
そして、障害物走最初の障害物は定番の平均台である。選手達は一斉に平均台に飛び乗り、大してバランスを崩す事もなく一気に突破していく。うーん。突破中にボールを投げつけるとかの工夫をしないと、高校生には平均台単体じゃ大して障害にはならないよな。
俺は危なげも無く平均台を突破した選手達を見て、そんな感想を抱いた。
「次の障害物は……網くぐりか」
係員が四隅を抑える網に、選手達が一斉に飛び込む。すると、ここで選手達に差がつき始めた。網が手足に絡まり、絡まった網を解こうと数名の選手が足止めされ遅れたのだ。運良く網が絡まらなかった選手は素早く網を抜け、次の障害物へと向かう。
「暇そうね?」
「ん?」
何となくと行った様子で障害物走を眺めていると、横から声をかけられる。誰だろうと思い振り向くと、そこには柊さんが立っていた。
「……ああ、柊さんか。早かったね、もう帰ってこれたんだ?」
「ええ。退場したら直ぐに解散したから、大して足止めされる事もなかったわ」
「そうなんだ」
応援席の昇降通路に立っていた柊さんは、俺の隣の席……裕二の席に腰を下ろす。出場準備で席を離れている人が多く疎らだけど、ここ……男子側の席なんだけど良いんだろうか?
まぁ、本人もあまり気にしてないみたいだし、細かい事は良いか。
「それにしても、さっきは大変だったね」
「さっき? ああ、転倒事故の事ね」
「うん。結構派手に転けてたから、その事に関しては何も言われなかったの?」
「一応、注意はされたわ。解散する前に一言、あまり無茶な事はするなって」
そう言う柊さんの顔には、若干困ったような表情が浮かんでいた。と言う事は、アナウンス放送と同じ内容か。盛り上げたいのか盛り下げたいのか分からないな……。
俺は眉間を揉みながら顔を伏せ、今回の体育祭がどうなるのか若干不安になった。
「あっ、ほら九重君? もう直ぐ、ゴールするみたいよ?」
柊さんはコースの一角を指差しながら、そう言った。俺は柊さんの声に反応し、顔を上げながら柊さんの指先を視線で追う。確かにそこにはゴールの15m程手前で、額にバットを押し当て高速回転している選手の姿が見えた。
「……ぐるぐるバット? あれが最後の障害物なのかよ」
「そう……みたいね。確かにあれなら、多少の差があっても逆転の可能性は残るわね」
最初にぐるぐるバットゾーンに到達した選手が高速回転で規定回数の10回転を周り終え、ゴールに向けて走り出すと足を絡ませ転倒。すぐ後に続いていた選手も先行する選手と同様に、足を絡ませ転倒し地面に転がっていた。
その姿を見て応援席からは大きな笑い声が沸き起こり、選手を応援する歓声も大きくなる。
「まぁあれだけ早く回ったら、それは目も回すよな……」
「そうね。フィギュアスケート選手みたいに、普段から高速回転する練習をしていなければああなるのも無理ないわね」
俺と柊さんは目を回し悪戦苦闘する選手達を見ながら、もう少しゆっくり回っていれば良かったのにと若干呆れ気味な感想を漏らす。
そして、先頭集団の選手達が四苦八苦しながら這うようにゴールを目指している中、遅れてぐるぐるバットゾーンに到達しユックリ目に回っていた第二集団の選手達が、フラつきながらも足を縺れさせる事なく先頭集団を追い越し、ゴールラインを通過していった。
「逆転か……ぐるぐるバットゾーンが勝敗の明暗を分けたな」
「早く回りすぎれば目が回って、遅く回ったらトップ争いに絡めないものね」
第1走者グループの選手が全員ゴールしたのを確認し、第2走者グループがスタートラインについて、スタートの合図とともに選手達が走り出した。
そしてスタートを見届けた後、表情を引き締めた柊さんが俺に話しかけてくる。
「そう言えば九重君。さっき美佳ちゃんに聞かれたけど、部活動アピールの相談事って何の事? 取り敢えず話を合わせて誤魔化しては置いたけど……私何も聞いていないわよ?」
「昨日の相談……ああ。その事」
俺は手を軽く打ち合わせ、何故柊さんが男子応援席に座って話しかけてきたのか納得した。そう言えば、朝はリハーサルの件で時間が取れず、柊さんにはこの件の事を話していなかったからな。
「ごめん、柊さん。ちょっとタイミングが合わなくて伝えられなかったけど、昨日の相談の件を誤魔化すのに、美佳には部活動アピールの件で集まったって言ったんだ」
俺は小声で柊さんに謝りながら、事情を説明する。
「で、美佳ちゃんには何て言って誤魔化したの?」
「今日のリハーサルで、部活動アピールがあるのなら、どこまでやるかって」
「……どこまで?」
「今日はリハーサルだから多分、各部のアピール場所の確認だけで終わると思うけど、アピール演技もやるとなると何もしないって訳にはいかないからね。でもほら、今日は衣装や小道具は用意していないから、本番の演目は出来無いだろ?」
「そうね。衣装は兎も角、小道具がないと意味の分からない演技になるものね」
「そう。だから、リハーサルで代わりになんの演技をするのか話していた……って事にしたんだよ」
「なる程……」
俺が事情を説明すると、柊さんは小さく溜息をつきながら納得してくれた。
「そう言う事ならそうだと、昨日の夜にでもメールを送ってくれたら良かったのに……」
「ごめん、ごめん」
俺は軽く頭を下げながら、軽い口調で柊さんに謝った。
「まぁ、良いわ。で、どう言う結論が出たの? 朝の様子を見る限り、広瀬君と話して結論は出ているんでしょ?」
「あっ、うん。やるなら、軽い手合わせをしてお茶を濁そうって事になったよ」
「そう……。まぁ、その辺が無難な選択よね。それで、その手合わせは九重君と広瀬君だけでやるの?」
「うん、まぁ……それでも良いんだけど、それだと柊さんや美佳達が何もしないって事になるし……何かやる?」
俺がそう聞くと、柊さんは口元を僅かに吊り上げながら軽く頷いた。
「ええ。勿論、やるわ」
「そう。じゃ……「私が広瀬君と手合わせするから、九重君は美佳ちゃん達の相手をしてあげて」って、えっ?」
「目立ち過ぎないでそこそこ存在感を出すのなら、男同士の手合わせより、男女の手合わせの方が良くない?」
「えっ? ああ……確かにそうかもしれないね」
確かに柊さんの言う通り、軽い手合わせでそこそこの存在感を出すのなら、男女の組み合わせで見せたほうが視覚効果はありそうだな。
「ねっ? 良いでしょ?」
「あっ、うん。分かった。じゃぁ、裕二が帰ってきたら、そう伝えておくよ」
「お願いね? じゃぁ私、そろそろ自分の応援席に戻るわ」
そう言って、柊さんは立ち上がり自分の応援席へと戻っていった。
裕二と柊さんが手合わせ? 大丈夫かな……。
競技を終え応援席に戻ってきた裕二に、柊さんと話した内容を伝える。話を聞いた裕二は若干目を見開き驚いていたが、最終的には柊さんとの手合わせを了承してくれた。説明を終えた俺は、自分の出場種目である800m走に出場する為入場ゲートに移動する。
すると、1年生の列に例の問題留年生……後藤が並んでいる姿があった。アイツもコレに出るのかよ……。
「もう直ぐ、入場だぞ。列を乱さないように入って、所定の位置に並ぶように」
前の競技が終わり選手達が退場していく姿を見ながら、入場ゲートの傍に立つ教員から入場の際の忠告がとぶ。
そして俺達の入場を促すアナウンスが響き列が動き始め、選手の入場が終わると早速第1走者がスタートラインに立つ。
「……アイツが第1走者か」
スタートラインに立つ後藤の姿に俺は眉を僅かに顰めたが、後藤は余裕綽綽といった表情を浮かべ立っていた。
そして、スタートの合図と共に第1走者達が走り始める。第1コーナーまでは様子見という感じで、誰かが突出するという事もなく横一線といった様子で走り抜けていく。だが、第1コーナーを抜けると後藤が早々に動いた。集団から飛び出し、グングンと加速していく。他の選手も後藤を追おうと加速するが、後藤の加速には付いて行く事が出来ず、ジリジリと離されていった。
「うーん。やっぱりこう言う身体能力がモノを言う競技は、レベル差が顕著に出るな……」
後藤は後続との差を広げて行き、2周目を回り終えた頃には大差を付けていた。アイツを1年生枠で走らせるのは、ダメだろ……。
結局後藤は2位以下を大きく引き離したままトップを独走、最終的に2位とは半周以上の差が出来ていた。
「うーん。確かに1年の中であれだけ飛び抜けていると、それなりに影響力は出るよな」
俺の視線の先には、後藤は応援席に向かって大きく手を振ったりして、ウイニングランのアピールをしていた。応援席からは、後藤の名前を大声で叫ぶ連中が居る。あれが美佳が言っていた、後藤が集めた1年生探索者達か……多いな。
そして長々とウイニングランをやっていた後藤は、係りの教師にさっさと座るように叱責され不満げな表情を浮かべながら完走者の位置に座った。
「はぁ……仕方ない。体育祭本番では、少し真面目に走るか」
後藤の活躍を見て、俺は体育祭本番では牽制の為にも少し本気で走る事を決めた。1年生と2年生の違いがある為、直接対決は叶わないが後藤より速いタイムでゴールすれば牽制にはなるからな。
多少目立つ事にはなるだろうが、目立たないと牽制にはならないからな……はぁ。
個人出場競技や団体演技が終わり、午前の部最後の競技である部活動紹介の順番が回ってくる。入場ゲートの前には、各部活の代表者が集まっていた。ぱっと見た感じ、部活動紹介に出場する部は10を少し超えるぐらいだろうか?
そして先程、入場ゲートの傍に立つ教員から部活動紹介のリハーサルではアピールタイムの時間が取られることが告げられた。各部とも小道具などの準備が出来ていないと文句を口にしたが教員は聞き流し、取り敢えず各部とも何かアピールをしろと言ってきた。
「はぁ……仕方ない。こうなる事も予想はしていたんだ。予定していた通り、軽く手合わせをしてお茶を濁そう」
「そうだな」
俺達5人は顔を突き合わせ、アピールタイムの最後の確認を行っていた。
「まぁ、そう言う訳だ。メインの手合わせは裕二と柊さんがやるから、美佳と沙織ちゃんは俺が手合わせの相手をするからな」
「えー、お兄ちゃんが相手なの?」
「何だ、美佳。俺が手合わせの相手なのは、嫌なのか?」
「うーん、別にそう言う訳じゃないんだけど……。手合わせって、素手だよね?」
「まぁ、流石に今日は木刀や木槍は用意してないからな。ああ、それと。手合わせと言っても俺は手を出さないから、2人は好きに打ち込んでくると良い」
「えっ、良いの」
「ああ。なんなら、2人一緒に掛かって来ても大丈夫だぞ」
美佳と沙織ちゃんも重蔵さんの稽古を受けているとは言え、まだまだ始めてそんなに経っていないからな。レベル差と経験の差で、二人の攻撃を裁くくらい問題ない。
だが俺の返事が気に障ったのか、美佳は頬を膨らせる。
「沙織ちゃん! 絶対2人で、お兄ちゃんを倒そうね!」
「えっ!? み、美佳ちゃん!?」
「ねっ!?」
「う、うん……」
やばい、何か地雷を踏んだっぽい。俺は変な事に成る前に美佳の機嫌を取ろうと声を掛けようとしたが、その前に出場選手の入場が始まった。
美佳は沙織ちゃんの手を引きながら荒い足取りで入場ゲートを潜って行き、その後を苦笑を浮かべる裕二と柊さんが追っていく。はぁ、面倒な事になっちゃったな。
ぐるぐるバットって、高速回転するとマジで目が回りますよね。




