第192話 転倒事故は危ない
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重盛の指の動きにつられ見ていた俺は、後藤から視線を重盛に戻し話の続きを促す。
「アイツ、去年の最初に行われた探索者試験を受けて探索者になったんだよ。一緒に資格を取った友達と探索を進めていたみたいで、結構優秀だったらしく順調に稼いで羽振りは良かったぞ。たまに、クラスの友達にジュースを奢ったりしてたな……」
重盛は空を軽く見上げながら、去年の後藤の事を思い出しながら話してくれる。
へー、あの混雑期に気前良く人に奢れる位に稼げていたというのなら、後藤って結構優秀な探索者だったんだな。でもまぁ、バラ撒きと言うか奢り癖はその頃もあったんだな……。
「ふーん、そうなんだ。じゃぁ、アイツは何で留年なんて事になったんだ? 大怪我したとは聞いたけど、そこそこ優秀な探索者グループなら、多少の怪我位は回復薬で事足りそうなんだけど……」
「さぁ? そこら辺の事情は詳しくは知らないけど、クラスで広まった真相が定かじゃない噂話でいいのなら話せるぞ?」
「それって、どんな噂話なんだ?」
俺の質問に重盛は一瞬、目を細めながら後藤に視線を送り噂話を口にする。
「念を押しておくけど、噂の真偽は定かじゃないからな?」
「ああ」
「……噂の内容は、アイツがドロップしたスキルスクロールを独り占めしたから、探索者仲間の顰蹙を買ってモンスターと遭遇した時に援護して貰えなくって大怪我をしたって話だ」
「独り占め……?」
「何でも後藤の奴、どうしても魔法を使いたかったらしくってな? モンスターがドロップしたスキルスクロールを回収した時、皆に内緒でコッソリ自分で使ったらしいって話なんだよ」
「……」
重盛の話を聞き、俺は思わず後藤に生暖かい視線を送った。グループで手に入れたスキルスクロールを無断使用って……馬鹿だろ。幾つ無断で使ったのか知らないけど、あの頃のスキルスクロールの買取価格を考えると……見捨てられたってのもわからなくはない。
まぁ噂話は噂話だから、実際の所がどうなのか知らないけどな。
「一応念願かなって、後藤の奴は魔法は使える様になったみたいだけど、その見返りが大怪我をして留年ってのはどうなんだろうな……って感じだけどな」
「……まぁ、生きてるだけ良いんじゃないか? 下手をしたら、死んでただろうしな」
大怪我を負っただけで済んだという事は、最終的には探索者仲間が助けてくれたって事だろうしな。援護して貰えなかったって言うのも、スキルスクロールの件で仲間との間に確執が出来て対処が遅れたって言うのが真相だろう。
何せ、後藤の奴がやった事を考えれば、仲間に見捨てられ死ぬ可能性もあったはずだからな……。
「まっ、そうなんだろうけどな。で、これが俺が知ってる後藤に関する噂話なんだけど……参考になったか?」
「ああ、話してくれてありがとうな」
「そうか。……アイツも昔は多少調子に乗っていた所もあったけど、今みたいに悪い噂が立つ奴じゃなかったんだけどな。やっぱり留年ってのが、アイツの性格が変わった原因だろうな」
そう言いながら重盛は、複雑そうな眼差しで1年生を相手にしている後藤を眺めた。重盛が聞いた噂の通りなら、大怪我を負った事自体は後藤の行動に原因があるんだろうけど、本人の主観では仲間に見捨てられたからって考えになってるんだろうな。となると、後藤の奴が一年生の間で勢力を広めている原動力は復讐心……いや、この場合は見返してやるって気持ちか?
だとすると、色々面倒だな……。
「おい、大樹……」
「……何?」
俺が面倒な事になってきたと言う表情を浮かべていると、裕二が顔を寄せ小声で話しかけてくる。
「重盛の聞いた噂が本当なら、俺達が部活紹介でアピール……牽制しても効果は無いんじゃないか?」
「そうかもな……」
裕二の心配も、尤もだろう。復讐心や見返そうとする感情が後藤のこれまでの行動の根底にある物だとすれば、俺達が牽制しても止まらない可能性の方が高い。
だけど……。
「でも俺達が……無視し得ない高レベル探索者が美佳達の後ろ盾にいると知れば、後藤達も美佳達にチョッカイは出しづらくなる筈だ」
「……そうだな」
「牽制効果があまり望めなさそうで二人には悪いと思うけど、美佳達の為にも頼むよ」
俺は右手を顔の前に上げながら、裕二に軽く頭を下げた。裕二も俺のジェスチャーを見て、軽く息を吐く。
「まぁ、元々やる予定だったからな。精々アイツ等の印象に残るように、頑張るさ」
「頼むな」
俺は御礼を言いながら、裕二の肩に手を置いた。
そして話題を変え3人で暫く話していると周囲の人集りが列を作り始めたので、俺達も自分のクラスの列が並ぶ場所まで移動する。さてと、そろそろリハーサル開始かな。
来賓関連の項目を端折りながら行われた開会式を終え、俺達は鉄パイプで組み上げられた仮設応援席まで移動した。
しかし、何でリハーサルの挨拶なのに校長の話はあんなに長いんだ? もっと短く話してくれても、良いんじゃないのだろうかな……。
「えっと? 第一競技は、非探索者組による男女100m走か……」
俺は体育祭の競技プログラム用紙を見ながら、これから行われる競技を確認した。先程まで近くにいた重盛も入場門の所に移動していったので、もう直ぐ始まるだろう。俺は応援席に腰を下ろし、競技が始まるのを待つ。
そして5分ほど待つと、軽快なBGMと共に選手達の入場が始まった。
「3学年纏めてやるのに、1年以外は出場者が少ないな……」
「ああ。やっぱり、2・3年生の探索者比率が高いのが原因か?」
入場選手の列を見ながら漏らした俺の独り言に反応し、裕二が返事を返してきた。
「多分な。実際、ウチのクラスの非探索者だって、重盛の他には数人しかいないしな」
「そうだな」
俺と裕二は1年生の列の後ろに並ぶ2・3年生達の姿を見ながら今、ウチの学校にはどれだけの探索者がいるんだろうと考えた。
そしてそんな事を考えている内に、火薬銃の破裂音と共に100m走が始まった。
「速い……んだよな?」
「……ああ、多分な」
「だよな……」
俺達の前を1年生達が必死の形相でトラックを走っていくのだが、応援席から掛けられる声援はあまりパッとしない。応援団の人達も大声を張り上げ必死に盛り上げようとしているのだが、応援席に座る多くの探索者系生徒達の反応が芳しくない。やる気がないと言う訳ではないのだが、どこか戸惑っているといった感じだ。
「何か……幼稚園の徒競走を見てるみたいだな」
「……」
俺は思わず小声で、そんな感想を漏らした。
そして、先頭の3組が走り終えた所で、第一競技は終了し、選手達は退場を始める。今日はリハーサルなので、流れを確認するために、冒頭を少しやるだけだからな。
「で、次は探索者生徒による男女200m走か……」
「確か、この競技には柊さんが出場するんだっけ?」
「ああ」
チラリと入場門の方に視線を送ると、出場選手の列に並ぶ柊さんの姿が確認出来た。今日走ることはないので、どことなく退屈そうだ。
「じゃぁ俺、そろそろ行くわ」
「ん? ああ、確か裕二はこの後の障害物走に出るんだっけ?」
「ああ」
そう言って、裕二は席を立ち入場門の方へ移動していった。障害物走か……幻夜さんの所でやったような障害物でも出てこないと、裕二には足止めにもならないだろうな。
俺は幻夜さんの訓練のことを思い出し、軽く肩を竦めた。
「おっ、始まるな」
BGMと共に柊さん達、200m走に出る選手たちが入場していく。今度は先程とは反対に、1年生の数が少なく2・3年生の数が多い。入場を終えると、選手達の中から第一走者達がスタートラインに歩み出て並ぶ。
そして……。
「位置について……用意……スタート!」
火薬銃から破裂音が響き、選手達が一斉に走り出す。疾走……そう表現したら良いのだろうか? スタートの合図と共に走り出した走者達はまるで、レーシングカーの如く加速していく。先程走った非探索者達の時とは違い、応援席から興奮した様子の物凄い歓声が上がる。第1コーナーを越えるまではほぼ横一線だったが、コースを半周した辺りになると次第に集団がバラけ始めた。
「直線になると、レベルの差がモロに出るな……」
先頭の走者はグングンと加速して行き、後続者をジリジリと引き離していく。多分、あの先頭走者が一番レベルが高いのだろう。走るフォームを見る限り、元陸上部とかって訳でもなさそうだしな。
そして第1レースはそのまま先頭走者がトップを守り切り、後続者に大差をつけてゴールテープを切った。
「うーん。スキル使用禁止だから、陸上経験者でもないとレベルの差を埋められないよな……」
陸上経験者なら効率的な走るフォームを知っているので、多少のレベル差なら埋められるかもしれないが、陸上未経験の素人同士の争いならレベル差が順位に直結するからな。移動・行動補助系のスキルはあるけど、使用禁止されているのでどうしようもない。 今回は無理だろうが、次の体育祭ではレベルの差も考慮した組み合わせをしないといけないだろうな。
そして最後尾の走者がゴールするのを待って、第2レースの走者達がスタートラインにつく。因みにここまで、第1走者達がスタートしてから10秒ほどだ。200m走なのに、10秒以下って……。
「ダンジョンが出現してから1年チョットなのに、随分常識も変わったよな……」
俺は興奮はしても驚愕している生徒が殆どいない応援席を見ながら、そんな感想を抱いた。去年の体育祭で今見たようなレース展開を見ていたら、驚愕して歓声など上がっていなかっただろうからな。
しかし、ダンジョン探索が一般人にも解放されて以来、TVのスポーツバラエティー番組等でよく取り上げられているから、この程度の事では既に皆この手の事で驚く様な事は少なくなっている。
「位置について……用意……スタート!」
急激な常識の変化に付いて考えを巡らせている内に、破裂音と共に第2レースが始まった。先程のレースと同じ様に、第1コーナーを抜けるまでは横一戦。直線に出ると次第に差が開き始める。だが今度は先程のレースとは違い、1人の走者が独走するのではなく先頭を2人の走者が争っていた。二人はそのまま先頭を競り合いながら第2コーナーへと進入し、抜きつ抜かれつの攻防を繰り返し……。
「あっ」
コーナーの外側を走っていた走者が足を滑らせ転倒、走る勢いそのまま地面を転がり盛大な土煙を上げながらコースアウトしていった。運動場は一時騒然、悲鳴と転倒した走者を心配する声が入り乱れる。教師達は慌てて転倒した走者の方に駆け寄っていくが、転倒した走者が平然とした様子で立ち上がる姿を見て足を止めた。
だが、土煙が収まり転倒した走者の姿が見えると小さな悲鳴が随所から上がった。走者の歩く姿から怪我はしていないようだが、その姿が悲惨の一言。走者の着ていた体操服はあちらこちらが擦り切れ破れており、特に上着は大きく破け地肌が見えていた。
「あの速度で転倒するとなると、ほぼほぼ交通事故だよな……」
ただの布地である体操服が、あの速度で転倒し地面に擦られては耐えられる訳が無い。まぁ、走者本人の肉体は探索者らしく頑強で怪我一つないけどな。駆け寄っていた教師は転倒した走者に怪我がないか確認した後、走者を連れて校舎の方へと引率していった。恐らく予備の体操服に着替えさせるのだろう。
そして転倒した走者に怪我がない事を確認した後、予想通り200m走は第2レースまでで終了した。
「まぁ、そうだよな。転倒した走者に怪我がなかったとは言え、あれだけ盛大に転けていたら続行しようとは思わないか……。それに明日の本番に備えて、転倒対策も考えないといけないだろうしな」
仮に先程の転倒が明日の体育祭本番で起きていたら、あの走者は多数の保護者が居たであろう観客席に突っ込んでいた事になる。それは例えるなら、走行していたバイクが保護者席に突っ込んでいったのと同義だ。怪我人が出るのは当然として、最悪は死傷者が出ていたかもしれない。
それを思えば、このまま競技を続行するのは無理という判断だろう。
「とは言っても、バリケードやクッションを置く、若しくは転倒した走者を受け止められる人員を配置するかくらいしか打てる対策はないよな?」
理想を言えばそれこそ、サーキット場のように、サンドゾーンなどの緩衝地帯を設置することだろうが……それは無理だろうからな。今から明日の本番に間に合うように取れる対策となると、高レベル探索者を安全対策要員として配置する事だろう。って、あれ? 何か嫌な予感がしてきたんだけど……。
俺は退場していく選手達の姿を見ながら、妙な胸騒ぎを覚えた。
高速走行中の転倒事故って、危ないですよね。




