第188話 体育祭に向けて皆でがんばろう
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慌ただしく家を後にした俺と美佳は道中、体育祭の準備に付いて会話を交わしていた。
「ねぇ、お兄ちゃん? 今日の放課後はどうするの? 一応昨日で、部活紹介に必要な小道具の準備は出来たけど……」
「そうだな……」
美佳に放課後の予定を聞かれた俺は、頭を掻きながら困った表情を浮かべた。確かに美佳の言う通り、部としての体育祭準備は昨日であらかた終わっている。
美佳達にはまだ言えない、ダンジョンの時差の件を除いて特にこれと言った用事は無いのだ。
「部としての用事は、特にこれと言って無いな。俺達は放課後に重蔵さんと話し合いをするつもりだけど、何かクラスの用事があるのなら美佳達はそっちを優先してくれて構わないぞ」
「また重蔵さんと相談事なの? 最近よくやってるけど、そんなに何を相談してるの?」
「チョッと、な」
俺は曖昧な笑みを浮かべ、美佳の疑問を誤魔化そうとする。
「また、そうやって誤魔化すんだから。うーん、でも用事って言われてもなぁ……」
美佳は俺の返事に不服そうな表情を浮かべながらも、何か用事は無かったかと頭を捻りはじめた。今年の俺達の組ではしないけど、去年は放課後に決起集会っぽい事をしようとする気合の入った組もあるからな……。
美佳達の組は、どうなんだろう?
「うーん。特に無いかなぁ……?」
美佳達の組も決起集会っぽい事はしないらしく、軽く頭を左右に振った。軽く話を掘り下げてみると、今週末に体育祭本番があるので放課後にクラスの友達とも遊びにいく予定も入っていないとの事だ。
「そっか……じゃぁ、沙織ちゃんと買い物にでも行ったらどうだ? 沙織ちゃんなら、付き合ってくれるんじゃないか?」
沙織ちゃんなら美佳と同じクラスで同じ部活に所属しているので、予定は合うだろうと思い提案してみたが、美佳は半目で渋い表情を浮かべた。
あれ? 何か拙い事言ったか?
「買い物……って言われてもねぇ。お兄ちゃんは忘れているかも知れないけど、最近ダンジョン関係で出費が嵩んで私と沙織ちゃんのお財布は空っぽなんだよ? この間のドロップアイテムの換金が済むまで、お買い物なんて行けないよ……」
「ああ。そう言えば、そんな事を言ってたな……」
忘れてた……。そう言えば2人とも、最近懐具合が氷河期だって言ってたな。スキルスクロールを手に入れた時の喜び具合から考えると、相当な厳しい懐具合だったのが容易に推察できる。確かに、ドロップアイテムの換金が済むまで2人ともロクに買い物にも行けないか……。
半目で不機嫌そうな表情を浮かべ睨んでくる美佳に、俺は軽く頭を下げ謝罪し御機嫌取りをした。
何とか機嫌を直した美佳と昇降口で別れた俺は、時計をチラリと確認し自分の教室へと早歩きで急ぐ。まだ遅刻になる時間と言う訳では無いが、ある程度ユックリする時間は欲しいからな。
そして空いている後ろの扉から教室に入ると、既に教室の中の席は3分の2程が埋まっていた。皆早いな……。
「おはよう」
「ん? ああ、九重か。おはよう」
俺は自分の席に座る途中、通学カバンから教科書を引き出しに仕舞い授業の準備をしていた重盛に声をかけた。声を掛けられた重盛は、俺が通学バッグを持っている事に気付き少し目を見開き驚いていた。
「今日は珍しく、遅い登校だったな。俺より遅く来るなんて、何かあったのか?」
「ん? 別に何かあったって訳じゃないよ。ただ単に、朝家を出るのが遅れただけだよ」
「ふーん」
自分の机に座りながら遅れた理由を教えると、重盛は大して興味なさ気な、気の抜けた返答を返してくる。興味ないのなら聞くなよと思ったが、突っ込まれて聞かれても困るので、聞き流した。いや別に、どうでも良いんだけどね。
「そう言えば聞いたか、九重?」
「ん? 何の事だ?」
俺が通学カバンから引き出しに教科書を仕舞っていると、準備を終えた重盛が話を振ってくる。
「明日の通しリハーサルの後なんだけど、俺達の組……と言うか全部の組で決起集会をやらされるらしいぞ?」
「はっ?」
俺は教科書をしまう手を止め、重盛に顔を向ける。
「九重も感じてるだろうけど、今回の体育祭ってさ? 全体的に気が抜けていると言うか、やる気がないと言うか……まぁ、やる事はやるよ。って、感じだろ?」
「まぁ、そんな感じだな……」
急遽変更された安全性重視のプログラム内容や、探索者と非探索者が出る競技を別にすると言う方針……確かに必要な措置だとは思うけど、生徒のやる気を削るには十分過ぎる出来事だからな。腐る……とまで行かなくとも、体育祭が面倒だと思う者は大勢出るだろう。
しかもそう言った空気は周りに直ぐに感染するし、その結果が今のイベントに向けた熱気のない雰囲気だ。
「毎日放課後に練習している応援団とかは別だろうけど、他の生徒達のそんな不甲斐ない姿を外部から見物にくる客には見せられない……って話になったらしいんだよ。職員の方で」
「ああ、なる程……」
確かにこう言ったイベントには来賓として教育委員会だの市議会議員だのと言った、お偉いさんが顔を見せに来るからな。そんなお偉いさんの前に、余りにも体育祭に対して熱意にかける生徒達を大勢出したら、どう言った指導を普段しているんだ!っと言った感じの雷が落ちるだろう。
そう言った事態は、職員としても避けたい筈だ。そうならない為にも、せめて前日の放課後に気合を入れさせ、本番での体裁を整えようって腹積もりなのだろう。
「まぁ別に決起集会をやること自体は問題ないんだろうけど、それで皆の気合が入るかは別問題だけどな」
「そうだよな……」
明日の決起集会で、応援団員や一部の気合の入った生徒達が浮かない事を祈っておこう。
そして教科書を仕舞いながら俺と重盛が話していると、いつの間にか時間が経っていたらしく前の扉から平坂先生が教室に入ってきた。
「HRを始めるぞ、全員席に着け」
平坂先生の合図で、席を立っていた生徒達は自分の席へと戻っていく。さて、今日も一日頑張りますか……。
午前中の授業が終わり、昼休みになったので俺は弁当を持って裕二に声をかけた。
「裕二、昼食べに行かないか?」
「ん? ああ、良いぞ」
「じゃぁ、柊さんを誘って部室で食べよう」
「ん? 今日は午後から組別の練習が入ってるから、部室よりここで食べた方が良くないか? ほら、着替えとかあるしさ?」
そう言って、裕二は教室の中を軽く一瞥する。俺も裕二に釣られて教室の中を見回すと、確かに何時もより教室で昼食を取る人数が多い。数名が学食や購買に行ってるくらいかな?
「うん。まぁ、その通りなんだけどさ……。ちょっと例の件で話がしたいんだけど……ここではさ?」
「例の件……って、どの件の事だよ?」
俺の物言いに、裕二は軽く首を傾げた。まぁ確かに俺達の場合、例の件と言っても秘密にしている事は色々あるからな……。
俺は口にして問題ない言葉で、裕二にヒントを出す。
「ほら。この間重蔵さんに相談した、調べてみるって言ってた件の事だよ」
「調べる……ああ、あの事か」
「そうそう、あの事。ちょっと問題が出てきてさ……」
俺の出したヒントで、裕二は俺が何の事を言っていたのかに気付いた。まぁ重蔵さん込みでの問題となると、近々ではダンジョン調査の件しかないからな。
そして裕二は俺が浮かべる渋い表情をみて、厄介事が起きたのかと眉を潜めた。
「……早めに聞いておいた方が良い事か?」
「いや? 別に今すぐ聞いたからって、どうこうなる問題ではないけど……」
「そうか……」
そう言って裕二は渋い表情を浮かべる。まぁ実際、今ダンジョンの時差の事を聞いてもどうしようもないしな。寧ろ今聞くと、午後の授業時間は動揺して精彩を欠くだろうな……うん。やっぱり今、時差の事を裕二達に言うのは止めておいた方が良いな。俺も昨日はかなり動揺したし。
俺は聞くか聞かないか悩んでいる裕二に、申し訳なさげに声をかける。
「ああ、ええっと、裕二? やっぱりこの件を相談するのは、放課後に重蔵さんを交えてからする事にするよ。今言うと、2人がかなり動揺すると思うしさ……」
「……そんなに動揺するような内容なのか?」
「……うん。俺も昨日、この事を知って結構動揺したからさ。取り敢えず今は、かなり面倒な相談事だと心積りをしておいてよ」
「……分かった」
俺は裕二の前の無人の席を向い合せに動かし、椅子に腰を下ろし弁当を置く。
「後で柊さんにも話しておくけどさ……裕二? 今日の放課後、重蔵さんと話せるかな?」
クラスの女友達と既に昼食をとっている姿を横目で確認しながら、俺は裕二に重蔵さんの在宅の有無を確認する。
「今日か? ……多分、大丈夫だと思うぞ? 基本的に爺さんは家にいるし、朝どっかに出かけるって話は言ってなかったからさ。 まぁ一応、後で確認を取っておくよ」
「悪い。頼むよ」
「おう」
話も一先ず終わったので、俺と裕二は机の上に広げた弁当に手を付けた。さて、体操服に着替える時間もいるから手早く食べてしまうか。
無事に組別の練習を終えた俺達は、手早く着替えを済ませ平坂先生のHRを受けていた。メインの話題は、明日のリハーサルについてだ。
「……っと言う訳で、明日は朝から通しのリハーサルがあるから遅刻しないように気を付ける様に。それと、リハーサルが終わった午後からは会場設営後、各組で決起集会をする事になったからな」
「「「ええっ……」」」
平坂先生が決起集会の事を口にすると、噂は本当だったのかと教室のあちらこちらから不満の声が上がった。まぁ昨日までの予定だと、明日の午後は会場設営後に解散帰宅だったからな。やる気が今一の生徒達からしたら、決起集会など面倒な厄介事でしかないか。
「し、ず、か、に! あー、お前ら文句を言うな。急遽明日決起集会をする事になったのは、お前達のそう言った体育祭に向けたやる気のなさが原因なんだからな? もう少しやる気を出していたら、決起集会なんてやらなくて済んだんだぞ?」
「でも、先生……? 盛り上がりそうな競技が危ないからって、全部中止になっていたらやる気なんて出てきませんよ……」
「うっ。まぁ、まぁ、そうなんだろうが……」
生徒の一人がやる気が出ない原因を口にすると、平坂先生はバツの悪そうな表情を浮かべ口篭った。ああ、やっぱり。先生達も、生徒がやる気が出ない原因は察していたんだな。
「うっ、うん! ま、まぁ、それは置いておくとしても、だ! 体育祭には、お前達の親御さんや来賓が見に来るんだ。そんな人達の前で、やる気のない情けない姿を見せるつもりか? そんなのは嫌だろ? 俺だって嫌だぞ」
「「「……」」」
平坂先生の問いかけに、今度は不満を口にしていた生徒達がバツの悪そうな表情を浮かべ口を紡ぐ。
「まぁ、何だ? やる気が出ない原因の一端が、俺達の安全重視で決めたプログラムにあるのは認める。だが、ハイテンションで体育祭に参加しろとは言わんが、ある程度はやる気と熱意を持って体育祭に臨むように」
「「「……はい」」」
平坂先生の本音混じりの言葉に、生徒達は渋々といった感じで弱々しい返事を返した。
「よ、よし。じゃぁ、今日の話はここまで。日直」
「は、はい。き、起立! 気を付け、礼!」
日直の合図で席を立ち生徒が礼をすると、平坂先生は若干逃げるようにして教室を出ていった。これ以上、追求されたくなかったんだろうな……。
HRが終わるとクラスメート達の多くは、若干重い足取りでそそくさと教室を出ていった。やっぱり、さっきのHRの話が効いているんだろうな……。
一応俺達は、部活動紹介でのアピールが目的とは言え、それなりに気合と熱意を持って体育祭に臨んでいたからな。そそくさと出て行ったクラスメート達より、平坂先生の話で受けたダメージは軽い。
「さて、帰るか」
「そうだな」
「で、裕二? やっぱり重蔵さんと連絡はつかないのか?」
「……ああ。どうやらどこかに、出かけているらしい」
「そうか……」
裕二の返事に、俺は残念気に溜息を吐く。昼休み、裕二には重蔵さんに連絡を取って貰ったが、残念ながら昼休みの間に連絡は取れなかったのだ。
そして今し方、もう一度裕二に連絡をとって貰ったのだがそれも繋がらなかった。
「ねぇ、九重君? 重蔵さんと連絡が取れないってのは分かったけど、相談するって言ってた件はどうするの? 私達だけで聞くより、重蔵さんも交えて聞いた方が良いのよね?」
「出来ればだけどね。でも……うん。やっぱり、2人には話しておくよ」
裕二と柊さんが俺に向ける話せるのなら教えろと言う視線と表情に、俺は重蔵さん抜きで2人に時差の事を話す事を決めた。
なので、先ずは……。
「じゃぁ、2人とも。コレから家に寄って貰って良いかな?」
「ああ、良いぞ」
「ええ、良いわよ」
2人の同意も得られたので、俺達は通学カバンを持って人が減った教室を出た。
さぁて、時差の事を教えた時、2人はどんな反応をするかなぁ……。
学校側から決起集会と言う名の、発破が掛かりました。余り規制や介入が多いと、やる気って無くなっていく物ですからね。




