第187話 時差って怖いな
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俺はそれぞれ違う時間を刻む時計を凝視した後、眉間を揉み解しながら溜息を吐いた。
はぁ、頭が痛いなぁ……。
「こうなるかもって可能性は考えていたけど……実際にこうして証拠を見るとなぁ」
俺は頭を左右に振りながら、もう一度机の上に置かれた時計を見た。ダンジョン内に入れていた、10分程時間が進んだ置き時計を……。
「ダンジョンの中と外で進む時間のスピードが違う……か」
俺は時間が進んだ方の置時計を手に取り、目を細めながら眉をひそめる。
簡易調査のつもりで始めたのだが、中々大変に面倒な事になってきた。
「取り敢えず、もう何度かダンジョン内に時計を設置して追加検証をしよう。最低でも、どれ位の時差が生じているのかは確認しておかないとな」
俺は机の引き出しからメモ用紙を取り出し、2つの置き時計が指し示す現時刻の記録を取る。因みに、今回の計測時差は10分12秒だった。
「……よし、やるか」
俺はズレた時間を修正した置時計を再度ダンジョン内へ設置し、ダンジョンの入口の引き出しをゆっくりと閉めた。
14回目の検証作業を終えた俺は、置時計を回収し引き出しを閉じ息を吐いた。
「なる程。中と外で時差が生じるのは、入口を閉じている間だけって事か……」
俺は回収した置き時計の表示を見ながら、そんな事を口にする。
10回目以降の検証では入口の引き出しを開いたままの状態で時計をダンジョン内に放置していたのだが、何度やっても設置した置時計と机の上に置いていた時計に時差は生じなかったのだ。つまり、ダンジョンの中と外で時差が生じるのは、ダンジョンの入口である引き出しの開閉が関係していると言う事が判明した。
「つまりダンジョンは引き出しが閉じている状態……入口が封鎖されている状態だと、この世界との時間的繋がりが消えると言う事か……」
俺はそこまで考え、ダンジョンの入り口である引き出しを遠い目で見る。時間の進みが異なる。それはつまり、最低でもこのダンジョンは俺達が今いるこの宇宙とは別の宇宙……もしくは異空間に存在すると言う事だ。
表面的な知識しか知らないが、基本的に時間と言うものは同一宇宙内では同じ速さで流れている……らしい。ただし、亜光速移動状態やブラックホール等の超重力天体の傍と言う例外的な状況では時間の進行が遅くなると言う。だが、これらの例外的事象は今の俺には関係ない。何せ、俺は今自分の部屋でタダ椅子に座っているだけなのだからな。
「と言う事は……だ。この引き出しは只単純にダンジョンへの入口と考えるより、ダンジョンが存在するココとは異なる別宇宙と言うか異空間に通じる転送装置……と考えた方が良いんだろうな」
SF小説やSFアニメ的視点で考えると、このスライムダンジョンは異空間に作られた人工世界と考えた方が良いのかもしれない。目的に応じた異空間を作る……と言うのは良くある設定だからな。だけど、故意に時間進行が早められた異空間に存在するダンジョンか……ますます怪しいな、このダンジョン。
俺は引き出し……ダンジョンの入口に微妙な表情を浮かべながら怪訝な眼差しを送った。
「でもまぁ、ダンジョンが怪しいのは今に始まった事じゃないしな。今更、気にしても仕方ないか……。それよりも、だ。問題はこっちだよな」
俺はダンジョンの入口から視線を外し、計測結果を書き連ねたメモ用紙を手に取り眺める。
「入口を閉じると、凡そ10倍の速さで中の時間は進むって所だな。どうするんだよ、コレ?」
俺は疲れた様にメモ用紙を机の上に投げ捨てた後、椅子の背凭れに体重を掛けながら天井を仰ぎ見る。
「はぁ……。こんなんじゃますます、このダンジョンを公開する訳にはいかないじゃないか」
入口を閉じると内部の時間が加速するダンジョン……簡単に貴重なドロップアイテムが回収出来ると言う資源地的価値もさる事ながら、内部時間が加速すると言う一点に限ってもこのダンジョンの価値は計り知れない。入口を閉じれば内部の時間が10倍に加速する……つまり、1年で10年分の技術躍進を行う事が出来ると言う事だ。
「こんな情報を政府に伝えたら、有無を言わさずダンジョンを取り上げられるよな。しかも、最悪の場合は口封じとかもあり得るよな……」
うちの国の政府がそこまでするとは思いたくはないが、このダンジョンの価値を考えれば有り得なくもない未来だ。
何せ世界各地にダンジョンが出現したおかげで、各国ともに他国に後れを取ってなる物かとダンジョン由来の新技術研究に全力を注いでいる状況だ。この過渡期とでも言う時期に、1年で10年もの時間的アドバンテージを得られる物があると知れば、何が何でも手に入れようとするだろう。
コンピューター関係で有名な、ムーアの法則に代表される様に、技術と言う物は時間を経る毎に、加速度的に発展していく。特に昨今ではAI技術の発展により、この技術加速は更に急激な物に成りつつある。
「他のダンジョンでも同じ様に入口を閉じたら内部時間が加速するかもしれないけど、今の攻略状況じゃ確認するのは無理だろうからな……」
俺は椅子に凭れ掛かっていた上体を起こし、パソコンでネット検索をする。開いたサイトはダンジョン協会のHPで、見ているのは協会が管理する各ダンジョンの攻略の進捗具合だ。協会が管理するダンジョンは全国に何十ヶ所とあるが、30階層を超える攻略状況のダンジョンは数ヶ所しかない。
無論、この中に自衛隊などが専有する政府管理のダンジョンは含まれていないが、今の所それらのダンジョンを攻略したと言う話は聞かない。
「まぁ、入口の開閉を制御するとなると多分、転送装置と一緒でダンジョンを攻略して、ダンジョンコアとかの中枢部を抑えないと、出来ないんだろうな……」
俺は入口近くで見つけた転送装置の設定を思い出しながら、困った様に頭を掻いた。現状では他のダンジョンの入口を閉鎖し、ここのダンジョンと同様に内部の時間が加速するかどうかは検証できない。
つまり現状では、俺の部屋にあるこのダンジョンだけが入口を閉じると内部の時間が加速する事が確認出来ているという状況だ。はぁ、更に厄介さが増したな……もう。
俺は机の上に投げ出していた計測数値が書かれたメモ用紙を拾い、空間収納の中にしまった。偶然部屋に入ってきた美佳にメモを見られると、説明が面倒だからな。
椅子から立ち上がり、背を伸ばしながら俺は凝り固まった体を解す。
「うーん。色々疲れたし、今日の調査は此処までにしよう。さて、風呂にでも入るか」
俺はダンボール箱や置時計の空箱を畳んで片付けた後、着替えを用意し部屋を出て風呂に向かった。
スマホの目覚ましアラームの音で、俺は目を覚ました。
「……朝か」
窓から差し込む朝日を感じながら、俺は寝ぼけ眼を擦りながらベッドから起き上がり欠伸をした。
「……眠い」
昨日の調査結果が中々衝撃的だった為、寝たのに余り寝た気がしない。回転の鈍い頭を左右に軽く振りながら、俺は部屋を出て洗面台へ向かう。
「ふぅ……さっぱりした」
冷水で顔を洗い、漸く目が覚めた。まだ若干頭の回転は鈍いが、まぁ良い。
俺はタオルで顔を拭き終えた後、リビングに顔を出す。
「おはよう」
「ん? ああ、大樹か。おはよう」
「おはよう、父さん」
リビングに入りながら朝の挨拶をすると、ソファーに座ってTVを見ながらコーヒーを飲んでいた父さんが最初に気付き挨拶を返してくれた。
珍しいな、父さんがこの時間帯にまだ出発していないだなんて。
「今日はユックリしてるね、父さん。会社は、間に合うの?」
「ああ、大丈夫だよ。今日は朝から会議もないからな」
「ふーん、そうなんだ」
俺は父さんと軽く会話を交わした後、台所で朝食の準備をしている母さんに声をかける。
「おはよう、母さん」
「おはよう、大樹。朝食なら、もう直ぐ準備が出来るわよ」
「分かった。あっそうだ、少しコーヒー貰うね」
母さんに一言断りを入れた後、コーヒーメーカーに残っているコーヒーを貰う。若干冷めて微温いが、まぁ良いか。
俺はコーヒーを入れたカップを手に持ち、父さんの座るソファーの正面に座る。
「ん? どうしたんだ、大樹? 随分、疲れた顔色をしているが……」
覇気のない俺の様子を心配し、父さんは手に持っていたコーヒーをテーブルに置きながら声をかけてくる。
「別に、たいした事は無いよ」
「そうか……もしかして、体育祭の準備が大変なのか?」
「確かに大変は大変だけど、疲れが翌日に残るほど準備は忙しくないから大丈夫だよ」
確かに昨日の事に限って言えば、着ぐるみの件で気疲れはしたが翌日まで後を引く出来事では無い。俺が気疲れしている原因は、昨日の夜に発覚したダンジョンの時差問題だ。
俺の些細な変化に気付いて心配してくれる父さんの気持ちはありがたいのだが、事が事だけに理由を話す事も出来ず俺はごまかす様に曖昧な笑みを浮かべながらコーヒーを一口啜った。
「そうか……。まぁ体育祭本番も近いんだ、余り無理をして怪我とかしない様に気を付けるんだぞ?」
「うん」
そんな会話を俺と父さんがコーヒーを飲みながらしていると、リビングの扉が開き寝ぼけた様子の美佳が入ってきた。
「おはよう、美佳」
「おはよう……」
父さんが声をかけると、美佳は小さくアクビをしながら返事を返してくる。
すると、台所からその様子を見ていたらしい母さんの声が響く。
「美佳、もうすぐ朝御飯にするから顔を洗ってらっしゃい」
「……うん」
美佳は母さんに小さな声で返事を返した後、目を擦りながら洗面所へ向かった。
そして顔を洗いにリビングを出ていく美佳を見送った後、母さんはソファーに座る俺と父さんに声をかけて来る。
「お父さん、大樹。お皿を並べるから、二人とも席について」
「はぁい」
「分かった」
俺と父さんは飲み終えたコーヒーカップを持って、ソファーから立ち上がった。
家族揃っての朝食を終えた後、俺と美佳は自分の部屋に戻って登校の準備を始める。部屋着から制服に着替え、時間割を確認し忘れ物が無いか確かめる。
そして、俺は空間収納から一枚のメモ用紙を取り出す。
「どうすっかな……」
俺は机の上に置いたメモ用紙を腕を組みながら眺め、昨日判明した検証結果をどう裕二と柊さんに教えようかと頭を悩ませる。入口を閉じた状態だとダンジョン内部の時間が加速すると言う事実をありのまま伝えるのか、もう少し多角的に検証を重ねてから結果を教えるのかと。
そして俺は暫く頭を悩ませた後、現状で分かっている事だけでも教えておこうと結論を出す。
「まぁ、追加検証するにしても、二人の意見を聞いてからにした方が抜けは少ないだろうからな」
俺は一瞬視線をダンジョンの入口がある引き出しに向けた後、メモ用紙を再び空間収納に仕舞った。
「よし。じゃぁ、そろそろ下に下りるか」
隣の部屋……美佳が部屋を出る音が聞こえたので、俺は通学バッグを手に持ち自分の部屋を出る。階段を下りリビングに入ると、美佳と母さんがソファーに座ってTVを見ていた。
あれ? 父さんは?
「父さんは?」
「お父さんなら、もう家を出たわよ」
「もう?」
「5分ぐらい前に出たわよ」
「そっか……」
どうやら俺と美佳が登校の準備をしている間に、父さんは先に家を出たらしい。そんなに時間をかけたつもりは無かったのだが、どうやらメモの扱いに結構な時間悩んでいたようだ。
俺はソファーに座りながら頭を掻き、少し残念気な表情を浮かべた。もう少し早くリビングに下りてきていたら、父さんの見送りも出来たのにな……と。
それから3人でTVを見ていると、唐突に母さんが口を開いた。
「あら? ねぇ、二人とも? もう家を出る時間じゃないのかしら? 余りユックリし過ぎていると、学校に遅刻するわよ?」
「「えっ? ……あっ」」
母さんに指摘され時計を見てみると、時計の針が何時も家を出る時刻を超えていた。俺と美佳は一瞬顔を見合わせた後、慌てて通学バッグを手に持ちソファーから立ち上がり玄関へと急ぐ。
少しユックリし過ぎた様だ。
「「行ってきます!」」
「事故に遭わないように気をつけるのよ」
母さんに見送られ、俺と美佳は家を出た。
時間加速系ダンジョンでした。加速空間の倍率はおよそ10倍。入口を閉鎖してダンジョン内に入っていれば、外では1日しか経っていなくともダンジョン内では10日程経過します。




