第15話 暴露と後悔
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翌週の週末、協会で重蔵さんから譲って貰った武具の所持登録を済ませた後、裕二と柊さんを自宅に招いた。ダンジョンに潜る前に、俺は引き出しの中の事を二人に話す為に。
部屋の中央に置いた折り畳み式の卓袱台を囲み、俺達は向き合って座布団に座っていた。
「……で?話しておきたい事って何だ?」
お茶を一啜りした裕二が、一息間を置いて話を切り出す。
俺は一瞬躊躇したが、意を決し口を開く。
「実は二人に……いや、皆に隠していた事があるんだ。二人にはダンジョンへ潜る前に話しておいた方が良いと思ってね」
俺は二人の目を見ながら、真剣な表情で真摯に語りかける。二人は俺の様子から軽い話ではない事を感じ取り、真剣な表情を浮かべながら居住いを正す。
「二人には、話をする前に先に約束しておいて欲しい事があるんだけど……」
「何だ?」
「……これから話すことを他の誰にも話さないで欲しいんだ。公的機関にも、家族にも」
かなり身勝手なお願いだとは思うけど、現状でこの部屋のダンジョンの存在を公にして貰っては困るからな。
「……そんなに秘密にしないと不味い事なのか?」
「うん。かなり」
「……約束はしても良いけど、話を聞いてからよ。アンマリにアンマリな話だったら、流石に約束しきれないわ」
まぁ、そうなるよな。言ってみれば、俺は二人に共犯になれって言っているような物だし。最低限、話を聞いて秘密を共有しても良いって思わないと約束はしないか。
「今はそれで良いよ」
俺は卓袱台の上のお茶を一口飲んで、緊張で乾いた喉を潤し話し始める。
「家にダンジョンが出来た」
「「……はぁ?」」
二人は俺の話を聞き、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情を浮かべた。
うん。まぁ、そう言う反応になるわな。行き成りダンジョンが出来た、なんて聞けば。
「半年前にダンジョンが出現した時どう言う訳か、俺の部屋の机の引き出しにダンジョンの入り口が繋がっていたんだ」
「「……」」
「で、今も机とダンジョンは繋がっている」
放心した二人の様子に、俺は少し申し訳なさを覚えた。
最初に正気を取り戻したのは、柊さんだった。柊さんは、鋭い目付きで俺を睨み付けながら、声を荒らげる事はせず、平坦な口調で詰問してくる。
「……九重君。何で半年前、公的機関にダンジョン出現を通報しなかったの?今でこそ、ダンジョンからモンスターが外に出て来ないと言う事が分かっているけど、あの時点では、ダンジョンの存在は凶暴な敵性生物が噴出するかもしれない極めて危険な物だったのよ?万が一、って言う事は考えなかった?」
やっぱり、それを聞いてくるよな。
「公的機関に言い出さなかった事は、タイミングを逃したと言うのが大きい理由かな?」
「タイミングを逃した?」
「うん。ダンジョンの存在に気が付いたのは、政府放送があった直ぐ後。登校の準備をする時に引き出しを開けたら、モンスターが鎮座するダンジョンがあったんだ」
「……モンスターの存在を確認していたのなら尚の事、公的機関に通報しなかったのかしら?」
「その時は気が動転していたんだよ。真逆、ダンジョンが家に、しかも自分の使っている机の引き出しの中にあるなんてって。だから、ダンジョンなんて存在しないと思い込んで、目を逸らしてその日は学校に登校したんだ」
「……あの時の大樹の妙な様子は、美佳ちゃんだけが理由じゃなかったんだな」
黙って俺と柊さんのやり取りを見ていた裕二が、何かを思い出したかのように口を開く。おそらく、あの朝の出来事を思い出したのだろう。
あの時は美佳を理由に誤魔化したからな……。
「美佳が心配だったのは間違いないよ。ただ、引き出しの中のダンジョンの事で頭が一杯だったのも確かだけどね。その後、学校で裕二や柊さんと話した御陰で、少しは落ち着いたんだけど……」
「けど?」
「ダンジョンの情報を集めようと思って休み時間にスマホでネット情報を漁ったんだ。そしたら、公的機関に通報するのも……って思ってね」
「……もしかして、あれか?」
「うん。あれ」
裕二の言うアレとは、TV中継された市街地に出現したダンジョンへの避難命令と避難の様子だ。あの光景を見た御陰で、公的機関への通報を躊躇してしまった。
着の身着の侭避難していく住民達、大量動員される警察官、煽り立て群がる報道機関……自分であの騒動の引き金を引くのは……無理だった。
「二人共、家の位置はわかるよね?住宅地の中心部付近で、近くには大規模マンションなんかもある。ここでダンジョンが出現したって公的機関に報告して避難命令を出されたら……って思ったら」
「TV中継以上の大混乱になるだろうな」
「そうね。ざっと見積もっても……2000~3000人近くの避難民が出るでしょうね」
「それを思うと中々踏ん切りが付かなくてね。通報するタイミングを逃した理由の一つだよ」
あの中継を見ていなければ、即座に通報していたかもしれない。
俺が気落ちし少し暗い顔をしていると、柊さんが質問を続けてきた。
「でも、それだけでは通報しなかった理由に弱いわよ? 確かに、大規模な避難活動が行われる事は避けたいでしょうけど、九重君の家族を含めて、周辺住民がモンスターに襲われる可能性が残ってるわ」
「確かにそうだな。何で通報しなかったんだ?」
「……」
そう、だよな。あの時点では、モンスターがダンジョンから出てくる可能性は0じゃ無かった。家族の安全を考えれば、公的機関に通報して避難すべき状況だろう。
それをしなかったのは……。
「……麻痺、していたんだろうな」
「「麻痺?」」
「ダンジョンに出現したモンスターな、スライムなんだよ」
「「スライム!?」」
二人がスライムと聞き、驚きの声を上げる。無理もない。ダンジョンが出現しモンスターの存在が認知されるに従い、スライムの認識は激変していた。
ダンジョン出現前までは某ゲームの影響でスライムは最弱のモンスターと言う認識が一般的だったのだが、ダンジョン出現以降スライムはダンジョン表層階一の難敵扱いだ。銃や剣などの物理攻撃は効きづらく、粘性体故の不定形な攻撃により犠牲者が続出していた。倒す為には、希少な魔法スキル保有者や液体窒素等の特殊装備が必要で、一般の探索者や軍の特殊部隊チームでも避けて通るようなモンスターだ。
「それなら尚の事、通報して避難しないと不味いじゃない!?」
「そうだぞ大樹!何で通報しなかったんだ!?」
二人が身を乗り出しながら俺を怒鳴り散らす。その様子を見て、ああ、これが普通の反応なんだな、と改めて認識し後悔した。
俺は俯きながら、二人が落ち着くまで黙って怒声を聴き続ける。
冷静さを取り戻した二人は、気まずそうな表情を浮かべながら俺に謝罪した。
「すまん、少し興奮しすぎた」
「ごめんなさい、私も」
「……いや、当然の反応だよ。当然の……」
どんよりとした雰囲気が俺達を包む。感情任せに俺を罵った事に自己嫌悪に陥る二人、自分のした事を再認識し底抜けに落ち込む俺。
どうしようもない程に、負の感情が部屋に満ち満ちていた。
「……で、どうしたんだ?」
「……?」
「スライムだよ」
「ああ」
重苦しい空気を壊すように、裕二が口を開く。鉛の様に重く感じる空気を押しのけ、俺はゆっくり口を開く。
「倒したよ」
「「えっ!?」」
「世間で言うほど、スライムは倒しにくいモンスターじゃないんだ」
虚を突かれたように、二人は大口を開けた。
そんな二人を横目に、俺は構わず話を続ける。
「スライムが倒し難い理由は、物理攻撃が効き辛い事だよな?でも実は、簡単に倒せる方法があるんだ」
視線を部屋の隅に置いてあるダンボール箱に向けると、二人も俺の視線に釣られて同じダンボール箱に視線を向けた。
「あの箱の中に入っているのは……塩なんだ」
「「塩?」」
「うん。スライムの簡単な倒し方っていうのが、塩を振りかける事なんだ」
二人の視線がダンボール箱に釘付けになる。
俺は卓袱台から立ち上がり、ダンボールから小分けにしておいた塩の袋を取り出し卓袱台の上に置く。
「舐めてみて。間違いなく塩だって分かる筈だからさ」
「あっ、ああ」
「う、うん」
二人は俺の差し出した塩の袋に指を差し込み、指先に付いた塩を舐めた。
「……塩だな」
「……塩ね」
「塩だから」
指を咥えたまま、二人はショッパそうに顔を僅かに歪める。
二人が確認を終えた事を確認した俺は、袋を持って机に移動した。
「二人共、今から証拠を見せるからコッチに来てくれ」
「「……」」
二人は卓袱台から立ち上がり、机の引き出しの中が見える位置に寄ってきた。俺は二人の顔を確認した後、引き出しに手をかけゆっくりと引き出しを開ける。
「「!!」」
「見ての通り、スライムが鎮座するダンジョンだよ」
引き出しの中に広がるダンジョンに、二人は息を呑む。部屋の中央に鎮座する、ウニウニと動く不定形粘性物体、通称スライム。
俺は息を飲んだまま固まっている二人の目の前で、塩の入った袋を引き出しの上からスライム目掛けて傾けた。塩の滝はスライム目掛けて一直線に落ちて行き、スライムに命中。塩がスライムに触れると、すぐに効果が出る。スライムは苦しそうに伸縮を繰り返しのたうち回り始め、次第にその体積を減らしていく。体の体積が元の半分を下回ろうとした時、中心部にあった黒い球体が砕け散り光の粒子となってスライムは消滅した。
その光景を見た二人は今度こそ絶句する。
「今見て貰ったように、スライムは塩をかけると消滅するんだ」
スライムが消えたダンジョンの床を凝視する二人に、俺は見たままの事実を伝えた。二人はゆっくりした動作で顔を俺に向けた。
「これが、ダンジョンを報告しなかった俺のもう一つの理由。余りにも簡単にモンスターが倒せてしまったから、自分で対処出来るのなら騒ぎを大きくしないでいい、通報する必要も避難する必要もないじゃないかって……そう思ってしまったんだ」
俺は顔を俯かせ落ち込む。改めて過去を振り返ると、自分の馬鹿さ加減に呆れる。危険を口では訴えていても、やっている事はダンジョンに熱を上げていた連中と同じだった。
倒しても、死体は残らずゲームの様に散るモンスター。モンスターを倒すとレベルが上がり、ドロップアイテムを得る。俺は無意識の内に、ゲームの主人公にでもなったつもりだったんだろう。
「結局の所、俺は引き出し越しに被害を受ける事なく容易かつ一方的に行える立場にいた……つまりは、現実を見ているようで見ていなかったんだな、俺」
「「……」」
「最初にダンジョンが出現してから半年近く経った今更、自宅に存在するダンジョンの存在を公的機関に通報する事も出来ないし。タイミングを逸した御陰で、はぁ……」
自嘲の笑みを浮かべながら吐き捨てる俺に、二人は顔を見合わせ何とも言えない表情を浮かべた。
「重蔵さんに剣を貰って目が覚めたよ、現実の重みって言う物を実感して。俺がやっていたのは殺し合いで、今までやっていたのは只の一方的な虐殺だって」
「「……」」
俺の独白に、二人が息を飲む音が聞こえた。その音を聞き、俺はハッと正気を取り戻す。
二人の顔を見ると、裕二は目を見開き柊さんは若干顔を青ざめさせていた。
「……ごめん」
「いや。大樹が謝る必要なんか無いさ。……俺も何処か楽観視していたみたいだ。思えば、小さい頃から武術を習って居たけど、結局それを十全に振るう機会はなかったからさ、爺さんがダンジョンへ行けといった時も口では反対していたけど、身に付けた武術を十全に振るえる機会が出来た事に何処か喜んでいたんだろうな、俺。結局俺は、誘惑に負けて拒絶はしなかったんだな。そうだよな、ダンジョン攻略って言っているけど、結局の所は殺し合いなんだよな」
「……そう、ね。私も家の事情があるにしても、母も私が強く拒否すれば娘を命懸けでダンジョンへ潜る探索者なんかになる事を許可する事なんて無かったはずよ。父を説得するなり、別の方法を考える筈だわ。でも、私が強く反対しきらなかったから……ふぅ、今思えば私も周囲の空気に当てられどこか浮かれて楽観視していた感があったわね」
気不味い空気が流れる。
俺の独白を切っ掛けに、二人もダンジョン攻略と言う看板の陰に隠れていた現実を再認識したようだ。協会に武器の所有登録をしに行った時には、どこか高揚している様に見えた二人はもう居ない。部屋に、痛い程の沈黙が俺達の間に流れる。
結局、俺達皆揃いも揃って頭ではダンジョンを危惧していても、実感としての危惧は抱いていなかったって事か。
卓袱台に戻った俺達は、お茶を飲みながら一息ついていた。
「……この二つが、俺がダンジョンの事を公的機関に通報しなかった、大きな理由だよ。まぁ、結論としては、俺の身勝手で、通報するタイミングを逸し、秘匿し続けるしか選択肢がなくなったって所かな? 今更、このダンジョンの事を公にするには……」
「そうだな。まぁ、今の所大樹一人でも十分に対処出来ている様だし、状況に変化が出るまでは現状維持で良いんじゃないか?」
「そうね。他に良い方法もなさそうだし……」
裕二と柊さんは深い溜息を吐きながら、疲れ果てた虚ろな表情で投げやり気味に言葉を吐き出す。無理もないな、かなりヘビーな話だったし。
ああ、そうだ。忘れない内に、一応確認を取っておくか。
「ダンジョンの事、秘密にしていてくれるかな?」
「ああ、うん。良いぞ」
「私も良いわ」
二人は心底疲れた様子で、俺の提案に同意してくれた。
心の隙間を突く様な感じになって心苦しいけど、ダンジョンの事を秘匿しておいてくれる様に頼み込めて良かった。
はぁー。
キッカケがないと、人間は滅多に我が身を振り返りませんからね。
日本刀と言う凶器を手にして……って所です。