第184話 クマ装備完成?
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俺と裕二は一瞬顔を見合わせた後、軽く唾を飲む。
そして俺は意を決し、被服室のドアノブに手を掛け扉を横にスライドさせ声をかける。
「……失礼しまーす。 ウチの部員がお世話になっています」
俺が扉から顔だけを先に入れ控え目な声でそう挨拶をすると、被服室の中に居た女子生徒達の視線が一斉に入口……俺と裕二に集中する。被服室に居た女子生徒……つまり手芸部員だ。彼女達は俺が声をかけた瞬間は驚いたような眼差しをしていたが、俺達が男2人で女子生徒しかいない手芸部を訪ねてきたと言う事に気付き、何をしに来たんだ?と言いたげな警戒心剥き出しの不審気な眼差しを向けてくる。
いや、別に変な事しに来た訳じゃないですよ?
「あっ、お兄ちゃん!」
そんな居心地の悪い眼差しを向けられていた俺と裕二を救ってくれたのは、被服室の奥で作業をしていた美佳だ。俺は美佳の声に素早く反応し、軽く手を挙げながら返事をする。
「おう、美佳! 衣装作成は順調か!?」
「うん、順調だよ! 今、仕上げ作業をしてるよ!」
「そうか」
俺と美佳が入口と奥の作業場越しに大声で会話したおかげで、手芸部員達が俺と裕二に向けていた不審気な眼差しが薄れる。どうやら、俺と美佳が兄妹と言う事が分かり警戒を解いてくれたようだ。
「「失礼しまーす」」
俺と裕二は小さく安堵の息を吐き、改めて一言断りを入れ被服室の中に足を踏み入れた。
入口近くの作業台で作業をしていた手芸部員達に軽く会釈をしながら横を抜け、美佳達が作業をしている作業台に近寄っていく。
すると作業がいち段落したのか、手隙になったらしい美佳に声をかける。
「お疲れ。どうだ美佳、熊の調子は?」
「熊の調子って、お兄ちゃん……。その言い方じゃ、私達が生きたクマの世話をしているみたいに聞こえるよ?」
「ははっ、そうだな。じゃぁ言い直すよ、着ぐるみの出来はどうだ?」
「いま雪乃さんが、最後のパーツを縫い合わせてるよ」
そう言って美佳が指さす先には、柊さんが窓際の作業台に設置してあるミシンで大きな毛皮を縫っている後ろ姿が見えた。うーん、作業に集中しているようだから声が掛けづらいな……。
そんな柊さんに声を掛けようかどうかと迷っていると、作業台の片付けをしていた沙織ちゃんが声をかけてくる。
「お疲れ様です、お兄さん」
「あっ、沙織ちゃん。お疲れ」
「はい。お兄さん達の方の作業は、もう終わったんですか?」
「うん、まぁね。一応、そこそこの出来には仕上がったよ。だから作業終了の報告を兼ねて、沙織ちゃん達の様子を見に来たんだ」
「そうなんですか。私達の方は……まぁ、見ての通りです」
沙織ちゃんにそう言われ、俺はある程度片付けられた作業台の上を見る。道具類はある程度片付けられているが型抜きされ端材になった熊の毛皮や布が天板の上に積み重ねられており、まだまだ作業途中と言いたげな雰囲気だ。
「うーん。作業終了には、まだ時間が掛かりそうだね」
「はい……。あっでも、もう直ぐ仮縫い品が完成するので、完成したらお兄さん達を呼びに行くつもりだったんですよ? 最後の仕上げは裕二さんに試着して貰って、微調整しないといけませんから」
ああ確かに、微調整は一度裕二が試着してみないと出来ないからな……。って、試着!?
「……」
そこまで考えた俺は咄嗟に被服室の中……手芸部員達の姿を一瞥した後、裕二の顔を見る。裕二も俺と同じ考えが浮かんだらしく、引き攣った様な表情を浮かべていた。まぁ、そうなるよな……。
俺が裕二に気の毒気な眼差しを向けていると、裕二は引き攣った喉から絞り出した様な声で沙織ちゃんに質問をする。
「沙織ちゃん。試着って……ここでするのかな?」
「? はい。ここで裕二さんに試着して貰えたら、直ぐに調整が出来ますから……? あの、この後何か急ぎの用事でもあるんですか?」
「いや、別にそう言う訳じゃないんだけど……」
裕二が沙織ちゃんに試着を躊躇している理由を口にするのを躊躇していると、理由を察したらしい表情を浮かべる美佳が裕二の態度に不思議そうに首を傾げる沙織ちゃんの肩を啄き耳打ちをする。
「あのね、沙織ちゃん? つまり裕二さんは……」
美佳が理由を説明し終えると、沙織ちゃんは少し慌てた様子で頭を下げる。
「ああ、その!? す、すみません! 私、そこまで気が回らなくて……!?」
「ああ。別に謝らなくて良いから、沙織ちゃん。最終的には、全校生徒の前で披露する姿なんだし……全校……生徒の……前で」
裕二は自分の口にした言葉を消え入りそうな声で反復しながら、顔を赤く染め俯いていく。まぁ、着ぐるみを着用して人前に立つなんて事、高校生なら普段(バイトや文化祭など除く)まずやらないからな。体育祭当日なら、独特の雰囲気とノリで勢いに任せ出来るかもしれないけど……手芸部員が見守るここで着ぐるみ姿を披露するのは……色々な意味でキツイよな。
俺は俯く裕二に気付かれない様に目を瞑りながら心の中で合掌する、南無と。
羞恥心で顔を赤くし俯きながら落ち込む裕二を励まそうと俺達が作業台の椅子に座り話していると、窓際の作業台でリズミカルな音を立てていたミシンの音が止まり、柊さんの開放感に満ちた声が聞こえてくる。
「……出来た!」
どうやら、最後のパーツの縫い付けが終わったようだ。
「……あら? 九重君、広瀬君……来てたの?」
「あっ、うん。さっきね……」
柊さんは随分着ぐるみの縫製に集中していたらしく、俺と裕二が被服室に来ていた事に今気が付いたらしい。柊さんは少し驚いた様な表情を浮かべながら、美佳達と話している俺達の姿を見ていた。
うーん。幻夜さんに知られたら、一事に集中し過ぎて周辺警戒がなっていないって怒られそうだな……。
「? どうしたの、広瀬君?」
「……」
柊さんは怪訝気な表情を浮かべながら、自分の手元を無言で凝視する裕二に首を傾げる。まぁ、裕二のあの反応も無理はないか。今から自分が試着する物が目の前にあったら、気になるのは仕方がないよな。
そして柊さんは、自分の問いに何の反応も示さない裕二から視線を外し、俺に声をかける。
「ねぇ、九重君? 広瀬君はどうしたの……様子が変よ?」
「ん? まぁ、ちょっとね……」
俺は頬を人差し指で掻きながら、言葉を濁す。
やっと着ぐるみが完成した事を喜んでいた柊さんに、気ぐるみを着るのが恥ずかしくて裕二が嫌がっているとは面と向かっては言いづらいからな。
「そう……まぁ良いわ。それより広瀬君、早速で悪いけどコレ……試着してくれないかしら?」
柊さんは俺の言葉を濁した返答を聞き流しながら席を立ち、完成した着ぐるみを手に持ち俺達の方へ歩み寄ってくる。
「……お、おう」
「じゃぁ、お願いね。あっ、そうそう。着替えは、あそこの準備室を使ってね」
手渡された着ぐるみに若干顔が強張っている裕二に、柊さんは更衣室替わりに使ってと被服準備室を指さし教える。
裕二は一瞬目を瞑った後、小さく息を吐きながら覚悟を決めた声で返事を返す。
「……分かった。行ってくる」
着ぐるみを手にした裕二は、重い足取りで被服準備室の方に歩いていく。……うん、頑張れ裕二。
着替えの為に裕二が被服準備室に入って行った後、俺は席に着いた柊さんにドタバタして美佳達に聞きそびれていた疑問を聞いてみる事にした。
「ねぇ、柊さん? ちょっと聞きたい事があるんだけど……良いかな?」
「……何、聞きたい事って?」
「ここに入る前に手芸部の人達が熊の毛皮が加工出来ないって騒いでいるのを聞いたけど……柊さん達はどうやって毛皮を加工したの? さっきも普通に、ミシンで毛皮の縫製をしていたみたいだしさ」
針が折れた、ハサミが壊れた、ミシンが異音を発する……そんな声が響いていたのに、同じ道具を使っていた柊さんはどうやって毛皮を加工してたのだろう?
と、そんな疑問を投げかけると柊さんは軽く手を叩く。
「ああ、その事ね。確かにここに置いてある道具じゃ、毛皮を直接加工するのは難しい。でも……」
そう言って、柊さんは俺から視線を逸らし沙織ちゃんに声をかける。
すると……。
「沙織ちゃん。貸していたアレ……」
「はい。これですね」
そう言って沙織ちゃんは、作業台の上に置いてある荷物袋から木の棒を取り出した。
って、アレって……。
「毛皮の裁断加工には、コレを使ったのよ」
「コレって……柊さんの懐刀?」
柊さんが俺に見せた物は、俺達がダンジョン探索で使うサブウエポンの懐刀だ。確かにコレなら、普通の道具じゃ歯が立たない熊の毛皮でも簡単に切れるよな。
寧ろアレで切れないのなら、一体どうやって熊本体を切り倒したんだよって話だ。
「そっ。毛皮に型紙通りの線を引いて、コレを使って沙織ちゃんに裁断して貰ったの」
「でもさ、柊さん? それじゃ裁断は出来ても、針で縫い合わせる事は出来ないんじゃない? 懐刀の刃先で、毛皮に穴でも開けたの?」
「確かにそう言う方法もあるけど、今回は違うわよ。まぁ単に切っただけの熊の毛皮じゃ、そうやって加工するしかないでしょうけど……今回は違うわ。毛皮に裏布を貼り付けたのよ」
「……裏布?」
裏布と聞いてもピンと来ない俺が首を傾げていると、柊さんが作業台から小さく切られた端材を取り俺に見せてくる。
「そっ、裏布。コレを布用のボンドを使って、毛皮の裏に貼り付けているのよ。確かに毛皮に普通の針は通らないけど、この貼り付けた裏布になら針が通るのよ」
「へぇ……」
「まぁ、手芸部の人には毛皮が痛むからボンドどめは止めておいた方が良いって言われたけど……熊の毛皮の強度的に他の加工方法が無いから仕方がないわよね?」
「仕方ない……のか?」
柊さんのその言葉に俺が首をかしげていると、美佳と沙織ちゃんが口を挟んできた。
「でもね、お兄ちゃん。私達の代わりに、手芸部の人が毛皮の加工に挑戦しているんだよ?」
「結果はまぁ……見ての通りです」
そう言って美佳と沙織ちゃんが顔を手芸部員の方に向けたので、俺も釣られて顔を向ける。そこには美佳達が譲った熊の毛皮の端材を、どうにか加工しようと悪戦苦闘する手芸部員達の姿があった。
工作室から借り出してきたのだろうか、ハンマーを振りかざし五寸釘を熊の毛皮に打ち付けようとする手芸部員の姿が……って、おいおい。
次の瞬間、ふり降ろされたハンマーが釘を打ち付ける音が被服室の中に響く。
「~~もう!! これでもダメなの!?」
「はぁ……。この方法でも穴が空かないとなると……私達にはお手上げね」
「そうね。こうなると彼女達がやった様に、私達も裏布を貼り付けるしかないわね……」
先程の五寸釘とハンマーが彼女達の最終手段だったらしく、手芸部員達の間に自分達の力不足を嘆く悲痛な雰囲気が漂っていた。
って、無茶するな……。あんな方法で穴を開けようとするか?
「やっぱり手芸部の人達でも、加工は無理だったみたいだね。雪乃さんの言う様に、早々に毛皮自体を加工するのを諦めて正解だったかな」
「そうだね、美佳ちゃん。毛皮自体を加工していたら、何時まで経っても終わらなかったかもしれないね」
美佳と沙織ちゃんが、手芸部員達の落ち込む姿を見ながら、そんな事を口にし安堵していた。
まぁ、あの惨状を見たらそう思うか……。
「まぁ兎も角、そういう訳だから私達は私達の方法で作業を進めたのよ。おかげで、今日中にある程度完成させる事が出来たわ。後は広瀬君の試着具合を確認して、最終調整をしたら完成ね」
柊さんは少し弾むような声で、自分の判断の正しさを自慢する。
うん。まぁ……良いんだけどね。
手芸部員達がざわめく。作業台で話をしていた俺達は何事かと思い騒ぎの中心に顔を向けてみると、そこには異形の物体が鎮座していた。全身を柔らかそうで真っ黒な体毛に覆われ、円な瞳と愛らしい口元が付いたフード。威厳や畏怖感と言うより、愛嬌があふれている姿……。
「……あれ、裕二だよな?」
「そうよ。良い出来でしょ?」
「いや、良い出来と言うか……」
俺は柊さんの問いにどう答えたら良いのか分からず、裕二の変わり果てた姿を唖然と見続けた。まさか、こう来るとはな……。熊の着ぐるみを作ると聞いた時、俺は博物館にある熊の剥製のような姿を思い浮かべていたのだが、どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。
「どう、お兄ちゃん? 可愛いでしょ?」
「あ、ああ。そうだな……」
美佳が着ぐるみの出来を自慢気にそう言ってくるが……確かに可愛いといったら可愛いよ。だってあれ……ゆるキャラとかによくあるデフォルメ系の着ぐるみだもんな。
完成した着ぐるみは、リアル系ではなくマスコット系でした。可愛らしい熊の格好をした裕二の内心はいかばかりか……。




