第181話 熊狩りに励み……
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更新遅くなりました。
25階層の探索を始め暫くすると、早速目的のモンスター……ビッグベアと遭遇した。ビッグベアは俺達の姿を見付ると、行き成り巨体を生かした突撃を仕掛けてくる。マトモにぶつかれば、探索者でも弾き飛ばされかなりの怪我を負うだろう。
「裕二! 柊さん!」
「おう!」
「わかってるわ」
俺の合図を切っ掛けに、裕二と柊さんが左右に飛び俺から距離を開ける。その瞬間、ビッグベアは一瞬左右に分かれた裕二と柊さんに視線を逸らした。俺はビッグベアの視線と注意が一瞬、俺から完全に離れた隙を見逃さず鉈を振りかぶり間合いを詰める。
そして……。
「しっ!」
注意が逸れた一瞬の内に間合いを詰められたビッグベアは、俺の接近に気付き咄嗟に前足を叩き付けようとしていたが……既に手遅れだ。ビッグベアが前足を叩き付けようと振り上げる前に、俺の振るった鉈がビッグベアの首を切り落とす。ビッグベアの切り飛ばされた頭の顔は何が起きたのか理解出来ていないと言った表情を浮かべたまま地面を転がり、頭が切り飛ばされた体は2,3歩惰性で走った後に首から盛大に血を噴き出しながら地面に転がった。
俺は鉈をビッグベアに向け数秒の残心を行った後、これ以上の動きがない事を確信し息を吐き緊張を緩めた。
「どうやら、陽動は上手くいった様だな」
「ああ。でもまぁ、単独の敵だから使えた手だけどな」
「複数体が相手じゃ、単なる分散になるだけだろうからな」
ビッグベアの血と脂で汚れた鉈に“洗浄”の魔法をかけ手入れをしていると、裕二が近寄ってきてそんな事を言う。裕二の言うように、二人に合図と共に左右に跳んで貰ったのは陽動の為だ。ビッグベアの注意が一瞬でもそれれば、俺達の能力なら間合いを詰め仕留める事はそう難しくはないからな。
「九重君。広瀬君。ビッグベアのアイテム化が始まるわよ」
「あっ、うん。分かった!」
俺と裕二が話している間に剥ぎ取りの為の猶予時間が終了し、柊さんが言う様にアイテム化が始まった。ビッグベアの死体は光の粒に変わり、死体があった場所に1m四方の毛皮が出現する。
「よっし! 早速1枚目ゲット!」
「幸先が良いな。と言っても、最低あと3枚は毛皮は必要なんだけどな」
「でも幸先が良いのは確かよ。さっあまり時間もない事だし、早く次の獲物を探しましょう」
「「おう!」」
俺達は早速目的のアイテムの一つが手に入った事に気を良くし、毛皮を回収してクマを探しに走り出した。
制限時間ギリギリ、1時間半程クマを求めダンジョンを休みなく駆け回った結果、俺達は予定していたアイテムを全て揃える事が出来た。夥しい数の熊やその他のモンスター達の犠牲のお陰で……
「はぁ。結局、調子が良かったのは最初だけだったか……」
「そうだな。まさか、クマを50匹近く狩る羽目になるなんて思ってもみなかったよ……」
「それも半分はドロップ無しで、残り半分も大半が要らないアイテムばかり出て来たものね」
「まぁ普通なら、スキルスクロールが一杯出たんだから嬉しいんだろうけど……今回はね?」
どういう訳か今回、俺達が狩ったモンスターからは普段レアアイテムと呼ばれるスキルスクロールが大量に回収できたのだ。その確率や何と20%……二割に達する。アイテム化したビッグベアの内、5体に1体がスキルスクロールをドロップしたのだ。もしかして、途中アイテムを回収せずに走り抜けたのが影響しているのだろうか?
だが今回の探索においては、俺達が欲するアイテムが出るのを邪魔する不要アイテムでしかなかった。
「そう言えば、大樹。出たスキルスクロールの中身は分かっているのか?」
「ああ。まぁ、結果はダブりまくってたよ。特に保管しておく必要もないかな?」
「美佳ちゃん達にあげて、底上げはしないのか?」
「うーん。それも考えたんだけど、この間重蔵さんに甘やかすなって怒られたばかりだからな……今回はやめておくよ。美佳達にあげるのなら最低でも、二人も一緒に探索をしている時に出たスキルスクロールじゃないとね?」
「ああ、まぁ、確かにそうかもな」
裕二は俺の、美佳達に今回出たスキルスクロールを譲らないと言う方針に、頭を掻きながら賛成する。重蔵さんに叱られたのに、舌の根も乾かぬ内にスキルスクロールを無条件で譲渡するなど反省が活かされてなさすぎるからな。
「2人とも、上にそろそろ帰らない? 余りここでチンタラしていると、帰りの時間が遅くなりすぎるわ」
「ああ、確かにそうだね……裕二」
「おう。必要な物はもう揃ったしな、帰るか」
「じゃぁ、急ぎましょう」
俺達は、それぞれのバックパックの中に、今回手に入れたアイテムを、分散して詰めた後、ダンジョンの入口ゲートを目指し走り出す。帰りは寄り道をせず、出会ったモンスターを鎧袖一触で蹴散らし、アイテムを回収せずに駆け抜けたので、行き道より短い時間で、入口ゲートまで戻ってこれた。
「やっと着いた」
「ああ。にしても2,3階層の休憩所、随分利用者が増えてたな……お陰で2,3階層を抜けるのが大変だったよ」
「ちょうど時間が時間だもの、会社帰りや学校帰りの利用客が多いのよ」
「仕事終わりにダンジョンか……ジム通い感覚かな?」
初期投資や消耗品の補充以外は、上手くやれば大金も稼げるしな……命懸けだけど。
「ジムね……効果はあるんじゃないか? 探索もモンスターとの戦闘も全身運動だしな……死ぬかもしれないけど」
「そうね。下手な運動より、余程危機感を持って体を鍛えられるわね。死ぬかもしれないけど……」
「そうだね……」
そこそこの経験を積んだ探索者なら、仕事帰りに軽いダンジョン探索ならしても大丈夫かもしれないが死ぬ危険は0じゃないんだけどな。俺なら、万全の体調で挑みたいんだけどね。
「まぁ人様の事情は置いておくとして、早く換金をして帰ろう。そろそろ良い時間だしさ」
「おっ、そうだな。そう言えば、もうそんな時間だったな」
「そうね。早く着替えましょう」
俺達は入口のゲートを潜り抜け、今日のダンジョン探索を終了した。
入場ゲートを通り抜けた後、横目で観察してみると未だ入口ゲート前には多くの人が並び入場待ちをしている。この人達、今からダンジョンに入るんだ……と言う感想を抱きながら、俺達は衛生エリアに入っていった。
「じゃぁ柊さん、また後で」
「ええ」
更衣室の前で柊さんと別れた後、俺と裕二は溜息を吐いた。ここからまた鬱タイムが始まるからだ。
「……行くか」
「……ああ」
俺と裕二は処刑台に登る心境で、更衣室の中へと入って行った。衣装を着っ放しだったらこんな気持ちには成らなかったのかもしれないけど、一度脱いでいるのでより変装着を着る抵抗感がすごい。
ほんと、ちゃんと選んでれば良かったよ……。
「「……」」
二人揃って、無言のまま自分の借りているロッカーの前へ移動する。何の変哲もないロッカーの筈が、瘴気が漏れている様に感じるのは目の錯覚だろうか?
しかし、何時までもロッカーの前で佇んでいる訳にもいかないので、意を決しロッカーを開けた。
「「……」」
俺と裕二は無言で粛々と着替えを行う。装備品を外して防具を脱ぎ、ジャージを脱いでパンツとアンダーシャツ姿に。そして……。
「……行くぞ」
「……おう」
小さく短い自分に対する確認の声を発し、問題の変装衣装に手を伸ばした。
衣装を身に着けていくに従い、俺と裕二のロッカーの周りが静かになっていき、着替えようとしていた利用客や着替えを終えて喋っていた利用客がそそくさと離れていく。衣装を全て身に着けロッカーの扉を閉める頃には、俺と裕二の周りからは人が居なくなっていた。
「……行こうか?」
「……ああ」
俺と裕二が荷物を持ち更衣室を出ようとすると、利用客の多くがそそくさと脇に避け自然と道が出来た。ほんとこの変装衣装、選択ミスだよな。
俺と裕二は肩を落としながら、出来た道を通って更衣室を出た。
俺と裕二は全身で疲労感を醸し出しながら、柊さんの後を付いて換金所まで歩いていた。待合室で柊さんを待つ間も俺と裕二は、俺達を恐れ忌避する視線に晒され続け精神的に限界に来ていたからだ。
あまりの視線の鬱陶しさに思わず顔を左右に振ると、周りの人達が一斉に目線を合わせない様にと顔を逸らすと言う光景は、探索で一度気が抜けていたと言う事もあり中々に心に来るものがあった。
「2人とも……そろそろ確りしなさいよ。その格好でその態度は……ね?」
「……そう、だね」
「……ああ」
自分でもそろそろ気合を入れ直さないといけないなと思っていたので、溜息混じりに俺と裕二を叱咤する柊さんの言葉を切っ掛けにし、自分の頬を軽く叩き気合を入れ直した。その際、背筋を伸ばし胸を張った俺達を率いて歩く柊さんの姿がどう見えたかは、ご愛嬌だろう。
そして俺達は換金所に到着すると、発券機で受付番号を貰う。
「137番か……案外早く回ってきそうだね」
「そうだな。換金窓口自体も向こうより大分数が多いし、そんなに待たなくて良さそうだな」
裕二の言う通り、ここの換金所には受付窓口が10個も設置してある。それだけ利用客が多いと言う事なのだろうが、数が多いので利用客の流れは意外とスムーズだ。
その後、座る場所が無いので5分ほど好奇の視線に耐えつつ立って待っていると、俺達の受付番号が呼ばれた。
「お、お待たせしました……あの、ご、ご用件は?」
新卒で配属されたと思わしき初々しい受付嬢が、おっかな吃驚といった感じで俺達に声をかけてくる。その際、若干表情が引きつっているのはスルーしておこう。どちらの為にも。
「これの換金をお願いするわ」
「は、はい! 中身を確認しますので、少々お待ち下さい!」
柊さんがドロップアイテムを入れた保冷バッグをカウンターに置くと、受付嬢は少々テンパりながら保冷バッグの中身を確認し始めた。
すると……。
「えっ!?」
「どうしたの?」
「あっ、いえ。すみません。もう少々、お待ちください!」
受付嬢はコメツキバッタの様に俺達に向かって頭を下げた後、信じられない物を見たと言いたげな眼差しで保冷バッグの中身の品を確認していく。
そして鑑定は進み……。
「あ、あの……こちらが換金見積書と鑑定に回す為のドロップアイテムのお預かり書になります」
受付嬢は恐る恐ると言った手付きで換金見積もりが載った用紙と、スキルスクロールやマジックアイテムのお預かり書を差し出してくる。 チラリと見た換金見積書に乗っている数字は、凡そ320万円。さすが、25階層以降のドロップアイテム。一つ一つの換金単価が高いね。
柊さんは俺と裕二にちらりと視線を向けた後、換金見積書を受付嬢に差し返す。
「鑑定で預けるアイテム以外は持ち帰りますので、手続きをお願いします」
「あっ、えっと……見積もった物を全部、ですか?」
「ええ、お願い。その間に預け書を書いてるわね?」
「あっ、はい! お願いします。では、お持ち帰りの手続きを行いますので、少々お待ち下さい!」
受付嬢は柊さんの指示に従い、慌てて持ち帰り手続きを始める。
そして5分後、全ての手続きが終わり俺達は熊アイテムの入った保冷バッグを持って換金受付窓口を後にした。
建物を出た俺達はタクシー乗り場に向かって歩いていた。
すると裕二が、俺も考えていた提案をしてくる。
「なぁ、2人とも? 帰りは電車を使わないで、そのままタクシーで帰らないか? タクシー代は俺が出すからさ?」
「賛成。この格好で、もう一度電車に乗るのはキツいからね」
「私も良いわよ。でも、タクシー代を全部広瀬君が持つって言うのには反対ね、ちゃんと割り勘にしましょう」
柊さんの割り勘という意見に俺も頷き同意する。ここで裕二1人が全部出すって言うのは変だし、電車に乗りたくないと言うのは俺も同じだからな。
「分かった。じゃぁ、タクシー代は割り勘だな」
「うん」
「ええ」
話が纏まりタクシー乗り場に向かうと、1台のタクシーが丁度乗客を降ろしている所に遭遇した。俺達の他に利用客もいないので、丁度いいタイミングだ。
乗客が降りきったのを確認し、俺は空いているドアから運転手さんに声をかける。
「すみません、乗っても良いですか?」
「あ、はい。良いです……よ?」
運転手さんは俺達の姿を見て一瞬体を硬直させ言葉を詰まらせたが数秒後、意外な言葉が飛び出してきた。
「あれ? もしかして……あの時の学生さん?」
「えっ? あっ、来る時に乗せて貰った運転手さん……ですよね?」
俺が声を掛けたタクシーは、どうやら来る時に使ったのと同じタクシーだった様だ。
「あっ、ああ。奇遇だね。もうダンジョン探索は、終わったのかい?」
「はい。今日はそれほど遅くまで利用するつもりはありませんでしたからね」
「そうか……あっ、待たせて悪いね。さっ、乗ってくれ」
「あっ、はい。2人とも乗って良いって」
俺達3人はタクシーに乗り込み変装を解く、この運転手さんが相手なら変装をし続ける必要もないしな。
「さて、どこまで行くんだい? やっぱり駅までかい?」
「いえ、自宅までお願いします」
「えっと、君達の自宅と言うと……」
俺達が自宅の場所を伝えると、運転者さんはカーナビに住所を入力していく。
「良し。じゃぁ、出発するよ」
「「「はい、お願いします」」」
こうして、俺達を乗せたタクシーは走り出した。車内で母さんにこれから帰る事をメールで伝えた後、運転手さんとダンジョン探索について等の話をしながら30分程走ると、まず柊さんの家に到着し柊さんが降車した。次に裕二、そして最後に俺と言う順番で家に到着する。
因みに、タクシー代については明日、学校で清算すると言う事で話がついているので俺が纏めて支払いをした。
「ただいま」
「おかえりなさい、大樹。 ……あら? もう仮装は辞めたの?」
「あっ、うん。自分にああ言う格好が似合わないってのが、骨身に染みて分かったからね」
「そう……じゃぁ、写真撮影はダメかしら?」
「ダメ!?」
俺は母さんにそう言って、自分の部屋へと駆け上がっていった。
もう懲り懲りだよ、こんな格好!
クマ素材だけを求めてダンジョンを走り回った結果、スキルスクロールやマジックアイテムを大量ゲットです。往復道でドロップアイテムを置き去りにしても、収支的にはプラスになったかな?
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