第178話 変装も程々に
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俺は恐らく裕二と柊さんであろう人物を見付けたが、中々声を掛けられずに居た。何故なら切符売り場の前で話し込んでいる2人の格好は、裕二が黒パンツに白シャツ黒の袖無しベスト、口髭サングラスと言うガタイの良い裕二が身に着けていると近寄りがたい雰囲気を全力で放っている格好で、逆に柊さんは腰に黒い細ベルトアクセントのシンプルな白のワンピースに、肩に届く程度の長さの黒ウイッグに化粧と言う清楚系女子大学生といった格好だ。
そんな2人が仲良さげに話している光景は……うん。完全に、アレな関係しか思い描けないな。現に駅利用者の人達も、2人の注意を引かない様にコソコソと切符を買っているし。
「……」
そんな声が掛けづらい光景を前に、俺がどうやって声を掛けようかと悩んでいると、先に裕二が手を挙げながら俺に声を掛けてきた。
「ここだ、ここ! 遅かったな!?」
裕二に声を掛けられた俺は一瞬、周囲の目を集め、直ぐに逸らされた。今の俺の格好だと、完全にご同類だからな。俺は小さく深呼吸をし、覚悟を決め右手を軽く上げながら裕二と柊さんに近づいて行く。
その際、俺の移動進路上にいた駅利用者がそそくさと道を譲ってくれた事には無情さを感じ泣きそうになったけど。
「……悪い、髪型を整えるのに手間取った」
「まぁ、その髪型じゃな。……スプレーで固めてるのか?」
「まぁな」
俺は自分の頭に手をやりながら、裕二の質問に答えた。
すると柊さんが、裕二の白シャツの袖を引っ張りながら穏やかな笑みを浮かべ口を開く。
「ねぇ、広瀬君。九重君も来た事だし、早く行きましょう? 私達、結構周りの視線を集めているわよ」
「「ん?」」
柊さんにそう言われ、俺と裕二が辺りを見回すと目が合いそうになった多数の駅利用者に顔ごと視線を逸らされた。……ホント、泣きたくなる光景だよ。完全に腫れ物扱いだ。
恐らく今の俺達は駅利用者に、若頭と愛人プラスその舎弟……という風に見えているんだろうな。
「行こう。ここに居るとその……他の客の迷惑になりそうだしさ?」
「ああ、そうだな」
「ええ、行きましょう」
俺達が改札の方に移動し始めると、背後から安堵の息を吐く音が幾つも聞こえてくる。何かその……こんな格好していてすみませんでした。
俺は内心で謝罪しつつ、ICカードを改札機に翳して通過しホームへと歩いて行く。
ホームに到着し、電車を待っていても状況は変わらない。帰宅ラッシュ前とは言えホームにはそれなりに人がいるのに、俺達の周りには誰も近寄らず奇妙な空白地帯が出来上がる。中央部にいるとこの空白地帯はかなり迷惑な物になると思ったので、俺達は比較的邪魔にならないであろう先頭車両が止まるホームの端に移動したのだが……歩み寄ってくる俺達を駅員さんが引き攣りそうな顔を必死で抑えた様な顔で目線を逸らしていた。
はぁ……やっぱり失敗だよな、この服装。
「なぁ、裕二……? この格好、もう辞めないか?」
「そうだな……と言いたいけど、俺達の正体を隠そうと思ったら、この格好中々捨て難いんだよな……」
「いや、まぁ、そうだけど……。ダンジョンに到着する前に、精神力が擦り切れそうなんだよ」
「……俺もだよ」
俺と裕二が疲れた様に大きな溜息を吐くと、目線を逸らしている駅員さんが小さく息を飲む声が聞こえ更に落ち込む事になった。
変装なんだから普段しないような服装を、とノリで選んだのが失敗だった。確かに誰も俺達だとは思わないだろうし、好き好んで近づいてくる人もいないので、ある意味成功といえば成功なんだが、俺達の精神面に中々強烈な打撃を与えてくれている。
もっと、大人し目の服装にしておけば良かった……。
「2人とも、今更そんな事を言ってもしょうが無いわ。自分で選んだ服装なんだから、今日1日は我慢してそれを着るしかないわよ」
「……そうだね」
1人、大人し目の変装をしている柊さんはノリと勢いで変な服をチョイスし購入した俺達に、呆れた様な眼差しを向けてくる。全く……反論のしようもないな。だが、そう俺達に呆れた視線を向けてくる柊さんの格好も、俺と裕二が一緒にいる事で些か妙な存在感を放っているんだが……それは言わないでおこう。
そして俺達が憂鬱な気持ちで電車を待っているとホームに電車の到着を知らせるアナウンスが流れ、1分程で電車がホームに入ってきた。
「で、到着したは良いんだけど……」
「「……」」
到着した電車から降車客が降りるのをドアの脇で待っていると、ドアが開く前に降りる予定だった降車客が急いで車内を移動し別の扉から出ようとしている姿が見えた。車内に残る客も何事かと車外を見た後、俺達の姿を見てそそくさと席の移動を始める。
……そんなに嫌がらなくても、良いんじゃないか?
「裕二、お前の格好が怖いんじゃないか? 何だよ、髭にサングラスってさ……」
「お前こそ、インテリ風のチンピラじゃないか。確かに俺の格好の方が怖いかもしれないけど、逃げたのはお前に絡まれると思ったからじゃないのか?」
「「……」」
俺と裕二は無言で相手を睨み、降車客が逃げたのはお前のせいだとガンを飛ばし合う。互いに殺気こそ出していないが相手を威圧する様に睨み付けた為、余波が他の利用客に伝わったのか車内に数人残っていた者達も慌てて先頭車両から隣の車両に移動する。
そして最終的に電車のドアが開いた時には、先頭車両には誰も乗っていない誰も乗り込まないという状況が出来上がった。すると柊さんは一言、溜息混じりに俺達に言い放つ。
「どっちもどっちよ。どっちか1人がって言う事じゃなく、皆避けられているのよ」
そう言い残し、柊さんはさっさと人気がなくなった先頭車両に乗り込んでいった。
そして、その言葉を受け俺と裕二は互いに睨み付けていた視線を力無さ気なものに変え、情けない表情を浮かべた。
「……乗ろうか?」
「……ああ」
俺と裕二はトボトボとした足取りで、先に乗り込んだ柊さんを追って電車に乗り込んだ。
電車移動中も好奇の視線に晒されたが、誰からも話し掛けられる事もなく目的の駅に到着した。電車を降りる時に少々ざわめいたが、もう慣れたよ。
ホームに降りると地元の駅とは違い、さほど俺達に注目する様な人は居なかった。さすが、町中にあるダンジョンの最寄り駅だ。駅員も利用客も肝が据わっていると言うか何と言うか……見た目では分からない探索者が多数利用するだけあって、見た目だけアレな俺達に尻込みする様な者は殆どいない様だ。
「……皆、俺達に注目する事なく素通りして行くな」
「そうだな。ここには初めて来たけど、やっぱりダンジョンがある街だけあって、見た目だけじゃ物怖じする奴は少ないようだな」
「そうね。私達を避けて通るのは、地元の人やダンジョン目当てに立ち寄っている探索者以外の人みたいね」
俺達は初めて立ち寄った駅の構内を少し見た後、駅前のロータリーに出てタクシー乗り場で出待ちしていたタクシーを捕まえる。一応、駅からダンジョン行きのシャトルバスが出ているが、今の俺達の格好だとひと悶着起きかねないからな。
若干間を空け開いたドアを潜り、俺達は車内に乗り込む。因みに、座る位置は俺が助手席で裕二と柊さんが後部座席だ。
「……どこまで行きますか?」
30代前半らしきタクシーの運転手さんが、緊張した硬い声で行き先を尋ねてくる。
……うん、これは俺達を何かと誤解しているよな。狭い車内だ、緊張で事故を起こされたら堪まった物じゃないし一言いっておくか。
「ダンジョンまでお願いします。あっそれと俺達、只の高校生ですから変に緊張しないで下さい」
「……えっ、高校生?」
「はい」
「……」
運転手さんは暫く唖然とした眼差しで俺を見た後、ルームミラーで後部座席に座る裕二と柊さんに視線を向け、裕二も運転手さんがルームミラーで自分を見ている事に気付きサングラスを取って会釈をした。
暫く運転手さんは視線を右往左往させていたが、漸く状況認識が追いついたのか大きな安堵の息を吐く。
「はぁぁぁ……勘弁してくれよ、君達。ホント、ヤバイ客を乗せちゃったって心臓がバクバクしていたんだよ?」
「ははっ。妙な誤解を与えていた様で、すみません」
「ホント、心臓に悪いよ」
運転手さんは力が抜けた様に、シートの背凭れに寄り掛かった。
しかし直ぐに客、俺達を乗せている事を思い出しハンドルを握る。
「えっと、ダンジョンだっけ? 行き先は?」
「はい。 どの位かかりますか? 俺達ここに来るのは初めてなんで、よく知らないんですよ」
「ここから、そう遠くには離れてないよ。道が混んでなければ、10分ぐらいで到着するかな?」
「10分ですか?」
「ああ」
街中の駅から車で10分で到着すると言う事は、この街に出現したダンジョンは文字通り街の只中に出現したと言う事か。
「そうそう、君達。出発するから、シートベルトを締めてくれないか?」
「あっ、はい」
俺達がシートベルトを締めるのを確認し、タクシーは出発する。
走り出したタクシーの車内で俺達は場繋ぎの会話として、この街に出現したダンジョンの事について尋ねてみた。
「この街のダンジョンが出現した場所は、元は住宅街と商業区の境目近くの小さな公園があった場所でね。ダンジョンが出現した時は、ホント街中が大騒ぎだったよ……。ダンジョンが出現した公園の付近に住む住民は強制避難させられるし、道路は封鎖され警察や自衛隊の車両が大量に集まって来ていたよ」
「「「……」」」
「しかもそれが、1日や2日の事じゃないんだ。何ヶ月も道路は交通規制で塞がっていたし、近くの学校やイベントホールに住民の為の避難所が開設したりもしたよ。オマケに立ち入り規制が出された商業区には住宅街が近かった事もあって、商店街があったんだけど何ヶ月も立ち入りが禁止されるとね……。その商店街に入っていたお店の多くは、長期休業に耐え切れず潰れちゃったよ。立ち入り規制が解除された時に営業を再開出来たのは、片手で数えられる位しかなかったね。勿論、今はダンジョン需要で商店街の空き店舗には新しいお店が入っているけど……昔あった商店街の風情は完全に消えたよ」
「「「……」」」
運転手さんは当時の事を思い出しながら、俺達にダンジョンが出現した時の騒動について話してくれる。俺達はその話を聞いて、何も言葉を発する事が出来ないでいた。
そして俺達が黙り込んでいると、運転手さんの話はさらに続く。
「それと、ウチの実家がその規制された地域の近くにあってさ、今も住んでいる親が心配で何度も顔を見に行ってたから当時の事は良く覚えてるよ。まぁ、近くと言っても1km程は離れてるんだけどね」
「1km……結構近いですね。あの、御両親は引越しとかはされたんですか?」
「引越し? いや、引越しはしていないよ? 何で?」
「近くにダンジョンがあるのって、不安じゃないんですか? TVニュースなんかでは政府がダンジョンの近くの土地を優先的に買い取っているって言ってましたので、御実家を買い取って貰って引越しをされたんじゃないのかなって……」
俺がそう尋ねると、運転手さんは納得したような声を上げながら話をしてくれた。
「確かにTVニュースなんかでダンジョン近くの土地を政府が買い取っているって言ってるけど、アレは飽くまでも避難指示が出された範囲内の土地についての話なんだよ。その避難指示範囲に引っかかっていない土地は、例え避難指示範囲から1mしか離れていないだけでも買取対象外なんだ」
「「「ええっ……」」」
「うんうん。その話を説明会でされた時は、今の君達の様に皆で悲鳴と抗議の声を上げたな……。まぁ、そう言う訳で、うちの両親は今も引っ越さずに実家に住んでるよ。勿論、不安はあるけどね。でもダンジョン近くの住宅地の評価額ってさ、商業区なんかと違ってダンジョン出現前より大幅に値を下げてるんだよ。買ったとしても、そこに住もうって言う人はあまりいないからね。幾ら政府が安全だと言っても、住む場所としては不安が勝るからさ。今実家を売ったとしても、ダンジョン出現前の半分……3分の1も無いかな?」
「「「……」」」
俺達は運転手さんの話を聞き、思わず互いの顔を見合わせた。皆、顔色が悪い。
そして俺達が黙り込んだのに運転手さんは首を傾げていたが、タクシーが目的地に到着した事で話は終了した。タクシーはロータリーのタクシー停車場に止まり、後部座席と助手席のドアを開ける。
「はい、着いたよ」
「……ありがとうございます。料金は幾らですか?」
「えっと……1130円だね」
裕二と柊さんは先にタクシーを降り、俺は財布から1200円を取り出し運転手さんに渡す。
「一緒に領収書もお願いします」
「分かったよ。はい、お釣りの70円と領収書。ご利用ありがとうございました」
「いえ。こちらこそ色々とお話を聞かせて貰って、ありがとうございました」
「何の。じゃぁ、頑張って」
俺はお釣りと領収書を受け取り、運転手さんに軽く一礼してタクシーを降りる。
そしてタクシーが走り去るのを見送った後、俺達は誰ともなく呟いた。
「秘密、守らないとな」
「そうだな」
「ええ」
俺達は運転手さんの実体験話を聞き、改めてダンジョンが周囲に与える影響を思い知った。




