第14話 初めての相棒
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更新遅くなりますした。
重蔵さんに言われ、改めて壁際に並べられている武具類を見渡してみる。正直どれが良いのか分からない。名前が分かる武器は、日本刀位か。
ここは変な見栄を張らず、先達の知恵を借りよう。
「……すみません。どれが良いのか良く分からないので、オススメの物はありませんか?」
「? どうした九重の坊主、好きな物を選んで良いんじゃぞ?」
「好きな物と言われても、名前もどれがどう言う用途で使われる武器かも分からないので、選びようがありません」
「ふむ、そうか……。柊の嬢ちゃんは?」
「私も九重君と同じです。オススメのものはありますか?」
俺が素直な感想を伝えると、重蔵さんは怪訝な表情を浮かべながら柊さんに同様の問い掛けをする。柊さんも俺と同意見だったようでそう答えると、重蔵さんはニヤリと笑った。
「そうか。合格じゃ」
は?合格?
意味が分からず俺と柊さんが頭を捻っていると、重蔵さんが理由を話してくれた。
「お主らが素人なのは分かっとったからの、ここから自分にあった武器を選べるとは初めっから思っとらんかったわ。何より、武器は凶器じゃ。興味本位で選ぶような物ではない。好きな物をと言って直ぐに選んどっとたら、お主達に此処にある武器は渡しとらんかったぞ」
どうやら何時の間にか俺と柊さんは重蔵さんに試されていたようだ。何も言わないで静観している裕二も、なんと無く重蔵さんの企みを察していたみたいだな。
「素人が下手な得物を選んでも、使い切れずに自分や仲間を傷付けるのが精々じゃよ。よし、ワシがお主らに合う物を選んでやろう」
重蔵さんは俺と柊さんの手や外観を良く観察し、幾つかの武器を手にとった。
「これらなんかがオススメじゃな」
重蔵さんが持って来た物は、90cm程の日本刀と180cm程の槍だった。
「下手に見慣れん武器を使うより、こう言う使うところをイメージしやすい物を使った方が良い」
重蔵さんの言う事も尤もだなと思った。
学校の授業で竹刀は振った事があるので、日本刀の振り方はなんと無くイメージが湧くが、いきなり特殊形状の外国製武器を渡されても振り方のイメージが湧かない。
柊さんも納得したのか、重蔵さんが持ってきた刀や槍を興味深そうに見ている。重蔵さんは俺に刀を、柊さんには槍を手渡す。
「その刀は、軍刀と呼ばれる種類の日本刀じゃ」
「軍刀……ですか?」
「そうじゃ、軍用に作られた工業刀と呼ばれる造兵廠で作られた日本刀じゃよ。軍用らしく長期使用しても、切れ味は落ちようとも少々無茶な扱い方をしても折れない頑丈さがある。芸術性や伝統だのはないが、実戦使用を考えるならばコッチが良いじゃろ」
俺は重蔵さんに手渡された、黒塗りの軍刀の駐爪を外し鯉口を切る。少し引き抜くと黒塗の鞘から、刃紋のない白銀の刀身が姿を見せた。鏡面仕上げをされた刀身には俺の顔が映り込み、吸い込まれる様な感覚を覚える。軍刀の持つ鋭い刃には、危険な魅力があった。
「生き物を数回切れば、脂で切れ味が落ちるからの。薬局で無水エタノールが売っとるから、ダンジョン内にはそれを持っていって布にでも含ませて拭くと良い。取り敢えずの応急措置にはなる。後……」
軍刀に魅入っていた俺を、重蔵さんの声が引き戻す。
そして、使った後の処置の仕方を淡々と話す重蔵さんをボンヤリと眺め、この軍刀を持ってモンスターを斬るのだと思い出した。思い出し、俺はゾッとする。これで生き物を斬るのだと。
その瞬間、モンスターと言う一括りの単語に纏めて忘れていた事を思い出す。日課でスライムに塩を振るい、モンスターが光の粒になって消える瞬間を見ていたからこそ忘れていた。モンスターが消える。それは、俺がモンスターを殺した瞬間だったのだと。その考えに至り、俺は思わず苦笑を漏らす。
何のことはない、俺も人のことを笑えなかっただけだ。俺も現実を直視せず浮かれ、ダンジョンというものを何処か空想の産物だと無意識に思っていたのだから。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、何でもありません」
俺が突然苦笑を漏らしたことに、重蔵さんや裕二、柊さんは不思議そうな表情を浮かべる。確かに、このタイミングで笑うのはおかしいだろう。
だが、自分の馬鹿さ加減を笑うにはこの瞬間を措いて他にない。
「……そうか。じゃ、続きじゃな。柊の嬢ちゃんが持っとる槍じゃが……」
重蔵さんが、俺の真横にいる柊さんに渡した槍の説明を行っているが、俺の耳にはそれが遠く聞こえる。引き抜いていた刀身を鞘に戻し、改めて軍刀を見た。手に持つ軍刀の重みが、受け取った時より数倍重い物のように感じる。
塩で簡単にスライムが消えていたからこそ、深く実感出来なかったダンジョン攻略と言う実像。この凶器を手に持ったことで、俺も明確な形が見えた。ダンジョン攻略とは、タダの殺し合いだと。探索者がモンスターを狩り、モンスターが探索者を狩る。只、ソレだけだ。
「九重の坊主。お主のその顔を見るに、それを持つことの意味を感じ取ったようじゃの」
「……重蔵さん」
そこには、思い詰めた表情を浮かべ手に持つ軍刀を見詰めていた俺に、柊さんへの説明が終わった重蔵さんが鋭い眼差しを向けていた。
俺が無気力な生返事を返すと、重蔵さんの眼差しが不意に和らぐ。
「何、それは所詮タダの道具じゃ。使うか使わないかは、お主しだいじゃ」
「……」
「得物選びは、こんな物じゃな。裕二、お主はそれを持っていけ」
「これ……良いのか?」
「良い。お主等、道場の方へ移動するぞ。武器の使い方と、手入れの仕方を一通り教えてやる」
重蔵さんは裕二に壁にかかった二振りの小太刀を指さし、持ち出しの許可を出す。裕二は驚いた様に再確認を取るが、重蔵さんの意思は変わらない。裕二は目を瞑りひと呼吸入れた後、二振りの小太刀を恐る恐る手に取った。
武器を選び終えた事を確認した重蔵さんは、武器に布をかけ直してから俺達に道場へ移動する様に促し早々と階段を下りていく。俺達は顔を見合わせた後、それぞれの得物を抱え重蔵さんの後を追った。
道場に到着した俺達は胡座をかいて座る重蔵さんの前に、持ってきた得物を自身の前に置いて横一列に正座をして並ぶ。
……うん、体育で剣道を習った時の様な感じだな。
「さてと、それぞれの使う武器が決まった事じゃし、基本的な使い方と手入れの仕方を教えるとしよう。いきなり真剣を使うのもアレじゃな。裕二、木刀を持って来なさい」
裕二が重蔵さんの指示に従い立ち上がり、道場の壁に掛けられていた人数分の太刀、小太刀、槍の木刀を取って来る。重蔵さんが腰を上げたのを合図に、釣られて俺と柊さんも立ち上がった。戻ってきた裕二に手渡された木刀は、赤みが掛かった木材で出来た重い物だ。軽く手に打ち付けてみると、かなり硬い印象を受ける。
「さて、まずは九重の坊主から教えるかの。裕二、お前は柊の嬢ちゃんに槍の基本的な使い方を教えておれ。坊主、正面に剣を構えてみろ」
重蔵さんに促され、俺は剣道の授業で習った竹刀の持ち方を思い出しながら木刀を重蔵さんに向け構える。初心者にしては、そこそこマシな構えをしているつもりなのだが、眉を顰める重蔵さんの様子を見るに落第点のようだ。
「ふむ。まぁ、素人ならこんなものじゃろ。まずは剣の握り方から教えようかの」
つまり根本的にダメと言うことか。
そして重蔵さんの指導が始まる。剣の握り方から足の動かし方、剣を振るまでには色々と覚える事があるらしい。重蔵さん曰く、体の動かし方を覚えず剣を振るえば自分の体を傷付けるぞと。
試しに木刀を連続で振ったら、十数回目で右上から袈裟懸けに振るった木刀が踏み込みで前に出した左足のスネに当たった。かなり痛かったが、これが真剣だったらと考えゾっとする。
「まぁ、ちゃんとした型で剣を振り続ければ、何れ体の方が剣の振り方を覚える。軽くでも良いから、毎日素振りはしておくと良いぞ。下手な振り方では、自分だけでなく周りの人も傷付けるからの」
重蔵さんの忠告を、スネの痛みと共に実感する。確かに下手な振り方をしていれば、モンスターを切る前に裕二や柊さんを斬りかねないな。
「剣を振るう時は、米の字を書くイメージを持って振るうのじゃ。基本的に剣を振るう軌道は、その8つと突きの合わせて9つじゃ」
「……米」
重蔵さんの言う様に、木刀を軌道が米の字を描く様に振るう。ブレブレだった剣の軌道が、段々と安定していく。
「ふむ。これだけ木刀を振るって息を切らさん所を見ると、九重の坊主は体力面では心配いらんようじゃの。何か運動でもしとるのか?」
……あっ、やべ!木刀を振るうのに夢中になって、身体能力が強化されている事を忘れていた。一回一回確認しながら木刀は振るっていたので、剣速自体は常識の範囲内に収まっていたのだが……それでも同年代の奴が全力で木刀を振るった時に出る程度の剣速は出ていたようだ。
そんな剣速で木刀を振るい続けて、息一つ乱していなかった俺。普通に考えれば、おかしな状況だろう。
「え、ええ。軽くですけど、ジョギングをしています」
俺は重蔵さんに、咄嗟に思い付いた苦しい言い訳を口にする。
そして言った後、十数分間木刀を全力で振るい続け息一つ切らさない体力が軽いジョギング程度で身に付くのかと、自分で自分に問い否定した。その程度で身に付けば苦労はないと。
「……そうか。まぁ、取り敢えずイッチョ前に剣は振れるようになったようじゃし、そろそろ真剣に持ち替えて振ってみい」
「あっ、はい」
重蔵さんの指示に従い、木刀を壁の棚にかけ床に置いていた軍刀を手に取る。鯉口を切り、刀身を鞘から引き抜く。白銀の刀身が照明に照らされ、妖しい輝きを放つ。
俺の緊張感を見取ったのか、重蔵さんは俺に助言の声をかける。
「何、木刀と同じように振るえば良い、変に緊張すれば余計な力が入り危険じゃよ」
「あっ、はい。……ふう」
鞘を床に置き、心を落ち着かせる様に息を吐く。俺は体の正面に構えた軍刀をゆっくり頭上に掲げ、吐く息と共に真っ直ぐに振り下ろす。
「ふむ。まぁ、まぁ、じゃな。刃筋も立っとるし、真剣を使って初めての素振りなら十分及第点じゃ」
「あ、ありがとうございま、す?」
重蔵さんに褒められた?俺は生返事を返しつつ、もう一度軍刀を構え直し軌道が米の字を描く様に軍刀を振るう。1振り、2振り、3振り……素振りの回数が増えるに従い剣速が次第に上がっていく。
「坊主、その辺で良いじゃろ」
「あっ、はい」
「素人にしては筋が良いの。どうじゃ?本格的にうちに通ってみんか?」
新しい玩具を見付けた様な表情を浮かべる重蔵さんに、何故か弟子にならないかと勧誘され始めた。あの……別に剣の道に邁進する気はないんですけど。
「すみません。折角ですけど、お断りします」
「そうか。まぁ、気が変わったら何時でも言ってこい。ビシバシ鍛えてやるわい」
「はっ、はぁ」
その後、細々とした指摘を重蔵さんから受けながら、俺と柊さんは其々の武器の使い方を習っていった。裕二も重蔵さんの指摘を受けていたが、俺達に比べ圧倒的に少ない。さすがは経験者、普段使っている得物と変わっても元々の下地が違う。
一通り武器の使い方を習った後、各々の武器の手入れ方法を習っていく。中々面倒な作業が続くが、この手入れで手を抜くと武器の性能に直結するとの事で、一つ一つ手順を踏んで手入れをする。特に砥石を使った砥ぎの作業は気が抜けず、一度刃を砥石に当てる角度が悪かったらしく砥ぐ前より切れ味が劣ると言う事態も発生した。
この作業をダンジョンから帰るたびに行わなければならないかと思うと、憂鬱になる。
重蔵さんの指導が終わった時には、空が少し色付きかけていた。昼過ぎから夕方まで掛かるとは……。
「取り敢えず、基本的なことはこれで終わりじゃな」
「「あ、ありがとうございました!」」
俺と柊さんは、重蔵さんに深々と頭を下げる。
突然来訪し武具の無心をした俺達に、武器の譲渡は言うに及ばず使い方や手入れの方法の指導まで丁寧にしてくれたのだ。これで感謝しない訳が無い。
寧ろ、この程度しかお礼の方法がない自分の無力さが恨めしい限りだ。
「よいよい。まぁ、お主等もダンジョンへ行ったら頑張るんじゃぞ?」
「「はい」」
「おお、そうじゃ!お主等にやった刀と槍、銘を教えておらんかったな」
銘?ああ、名前の事か。って、名前がある様な品なの、これ!?……本当に貰って良かったのかな?
俺の脳裏に、一抹の不安が過ぎった。
「軍刀の銘が、不知火。槍の銘が、五十鈴じゃ」
「不知火……」
「五十鈴……」
重蔵さんに教えて貰った銘を、俺と柊さんは口にする。只銘を口にしただけだと言うのに、不思議と愛着が湧いてきた。
俺は手に持った軍刀……不知火を眼前に掲げ心中で呟く。
「……(これから宜しく頼むな、不知火)」
これが、俺とダンジョン攻略を共にする相棒、不知火との出会いだった。
工業刀の軍刀って、頑丈さは実践証明されているらしいです。




