第175話 人のふり見て我がふりを直してみた
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部室に少しだけ顔を出した橋本先生が、今日は職員会議が開かれる迄にする事があると言って去っていったので、俺達は30分ほど時間を潰した後に帰宅する事にした。創部早々に何の活動もせずに帰るのは聞こえが悪いからな、多少の小細工は必要だ。
そして俺達は雑談で時間を潰した後、部室の戸締まりを確認し鍵を職員室に返却しに向かう。
「随分、精が出るな……」
俺は窓から外を見下ろしながら、グラウンドで4組に分かれそれぞれ別の色のハチマキを巻いた集団が大声を出しながら演舞の型の練習をしている姿を見て感心する。
彼等は各チームの応援団で、体育祭の応援合戦に向けて練習していた。
「今日の職員会議の結果しだいで、体育祭の方針が変わるかも知れないのに不安にならないのかな?」
「会議の結果といっても、競技に関してだからな。応援合戦には、あまり影響はないと思っているんじゃないか?」
俺が窓の外を眺めながら元気良く気合の入った練習をする各チームの応援団の姿にポツリと疑問の言葉を漏らすと、隣を歩いていた裕二が合いの手を入れてきた。
「そうか? 確か応援団のメンバーも、探索者と非探索者が混じって居なかったか?」
「……そうだったか?」
「確か1年生の応援団メンバーの中には、非探索者っていなかったか?」
以前全校集会があった時、体育祭でのチーム分けが発表された後に行われた応援団紹介の際に、団員の自己紹介でそんな事を言っていた1年生が何人か居たと思うんだけど……俺の記憶違いだったかな?
俺が自信なさげに首を捻っていると、俺達の前を歩く美佳がコチラを振り返り口を開く。
「混じってる筈だよ。ウチのチームの1年生応援団員も、半分は非探索者だった筈だよ」
どうやら俺達の話が、聞こえていたらしい。
そして美佳に続き、沙織ちゃんも振り返り補足を入れてくれる。
「応援団員の立候補者を選んだのは確か中間考査前でしたので、1年生の多くは探索者資格を持っていなかったと思いますよ? それにあの頃の探索者資格を持つ1年生の多くは、例の留年生チームと合流していましたから、残った探索者資格保有者で応援団員をやっている人は殆ど居ないと思います」
なる程、そうなると応援団員をやっている1年生は非探索者と思った方が良いな?沙織ちゃんの補足を聞き、俺は再びグラウンドで演舞の型の練習をしている応援団を見る。
すると丁度全体での型練習は終わり、2,3年生と思わしき数人の団員が一斉に連続バク転を始め、勢いが乗った所で数m上空まで跳び上がり後方伸身3回宙返りを決めた。
今……オリンピックの床演技をやってるんだったっけ?
「うわっ……何あれ?」
「凄い……」
美佳と沙織ちゃんは応援団員の演技を見て、驚きで目を丸くしていた。無理もない。日常では、まずお目にかかれない動きだったからな……。
俺達も似た様な動きは出来るだろうが、やる意味がないからやってないし。
「応援団の連中、気合入ってるな……」
裕二は応援団の練習を見ながら、呆れ気味の感心した様な声を上げる。
「そうだな。でも、人がやるのを見て改めて思ったけど、やっぱり元の演武のままだと拙いな……」
「そうね。いま応援団の人がやった演技でも、真面目に体操をやっている子には衝撃が強いと思うわ。確か前のオリンピックでも、3回宙なんてやった人は居なかった筈よ……」
「うん」
柊さんの意見に、俺は短く同意の声を上げる。確かオリンピックの時にやっていた特番TVでも、伸身での宙返りをする技は2回転までの物しか無いと言っていた記憶が、うろ覚えながらも残っていたからだ。
人のふり見て我がふりを直せとは、よく言ったものだと思う。同じ様な事を比較的容易に出来る俺達でも、応援団の演技を見て驚くのだ。これを真面目に取り組んでいる者が見れば、その者が受ける衝撃とは如何程のものだろう? これが同じ道を歩む先達の演技ならまだ尊敬の念の下に飲み込む事も出来るだろうが、ただの高校の体育祭という名のイベントの応援合戦で行われた物では納得しづらい筈だ。心折れて、道を諦める者も出てくる可能性は高い。
「……そうだな。そうなると、やっぱり演武の内容は考え直す必要があるな」
「ああ」
自分達が安易に行おうとしていた事の重大さを再認識し、事前に気付けたのだから改善しなければと改めて決意する。
そして俺達は暫く窓から応援団の練習を眺めた後、キリが良い所で再び歩き出し移動を再開した。
「失礼します、部室の鍵を返却しにきました」
そう言って俺は1人職員室に入り鍵棚に鍵を返却し、職員室の中を見回してみたのだが橋本先生の姿は無かった。何処か別の場所に行っているらしい。他には特に用も無いので俺は入口で一礼した後、職員室を後にした。
「おう、おつかれ」
「別に疲れる様な事はしていないよ。さっ、用事も終わったし帰ろうか?」
職員室の入口の前で待っていてくれた4人に声をかけ、昇降口に向かって歩き出す。
さてと……重蔵さんには何て言うかな。
道場の板間に座布団を敷き、お茶を飲みながら俺達は今日学校で聞いた話の内容と、披露予定の演武の内容を変更したいと言う事を重蔵さんに伝えた。
重蔵さんは俺達の説明を一通り最後まで聞いた後、腕を組んだまま軽く溜息を吐く。
「そうか……学校ではそう言う話が出てきておるのか。中々難しい問題じゃの」
「はい。探索者と非探索者の身体能力の差は、素人目で見ても一目瞭然ですからね。緩い学校行事でも、一緒に同じ競技をやろうとすると問題は出てきますよ」
「そうじゃな」
そう口にしながらも、俺は重蔵さんに自信なさげな表情と怪訝な視線を向けた。俺達相手に平然と立ち回る重蔵さんに、探索者と非探索者の身体能力差について語っても何だか虚しい気がするな……。
だが、それは俺だけではなかった様で、ほかの4人も似た様な視線を重蔵さんに向けていた。
「……何じゃ、お主ら? その視線は? 言いたい事があるのなら、ハッキリ言うてみ」
「あっ、いや、その……」
俺が重蔵さんの質問に困っていると、裕二が無遠慮な物言いで口を挟む。
「……俺達相手に平然と立ち回る爺さんに、探索者と非探索者の身体能力の差を語るのは虚しいなって視線だよ。全く……どうやったら探索者でもない爺さんが俺達相手に、正面から模擬戦で圧倒出来るんだよ?」
「ふん。何じゃ、そんな事か。別にワシは模擬戦で、お主らに身体能力で対抗しておるわけじゃないぞ? そんな真似、逆立ちしても出来ん」
重蔵さんは若干鼻息を荒立てながら、詰まらなそうな感じでそう言った。
「ワシとお主らの身体能力の差は、今更言わんでも天と地ほど離れておるのは分かっておるわ」
「……じゃぁどうやって、俺達と対抗してるんだよ? 身体能力に天と地ほど差があるのなら、普通試合にもならないだろ?」
裕二は納得がいかないと不満げな表情を浮かべ、どうやっているのかと重蔵さんを問い詰める。
すると重蔵さんは、不敵な笑みを浮かべ俺達にヒントを語った。
「ふむ……どうやってと聞かれれば、ワシの持つ全てを使っておると答えるしかないの」
「……全て?」
「そう。全てをじゃ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……そしてこれまでワシが経験を積み重ね磨いた直感。無論、武術の腕もじゃぞ」
重蔵さんの答えを聞き、俺達は重蔵さんの言う事の意味を理解しきれず頭を捻る。人の五感……六感か。六感を総動員する? 視覚や聴覚、直感は分からないでも無いが、嗅覚や味覚、触覚を活用すると言うのはどういう事だ?
そうやって頭を悩ませる俺達の顔を見て、重蔵さんは苦笑する。
「お主ら、意味が理解出来ないと言う顔をしておるな。まぁ今のお主らに言っても、理解出来んのは無理もない。そう急がんでも、何れ自然と理解出来る様になるじゃろう。それより、体育祭で披露しようと練習しておった演武の内容を変更したいと言う事について聞かせて貰おうか?」
「あ、ああ……そうだった。実は……」
重蔵さんに話題を振られ、裕二は吃りながら演舞内容の変更についての説明をしていく。
一通り演舞内容を変更したいと言う理由の説明を終え裕二がお茶で喉を潤していると、重蔵さんは眉間を揉みながら渋い表情を浮かべていた。
重蔵さんは軽く頭を振った後、俺達の方を向き自分の意見を口にする。
「確かにお主らの言う通り、今の演武構成じゃと一般生徒に対する配慮が大分欠けておるの」
「はい。体育祭で披露予定の演武構成は見栄えを重視し、例の留年生達に圧をかける事を目的に組み立てていますからね。……探索者が見て威を感じる物だと、一般生徒には刺激が強いと思います」
猫が猫に出す威嚇の鳴き声とライオンがライオンに出す威嚇の鳴き声では、同じ威嚇の鳴き声でも別物だからな。猫がライオンの鳴き声を間近で聞いたら、例え自分に向けられている物でなくとも恐慌状態になっても不思議はない。
「今の演武構成は、私と広瀬君が木槍と木刀で暫く打ち合って九重君が横槍を入れて乱戦に……って言う流れですけど、打ち合いを普段稽古で行っている模擬戦と同じ調子で行うので、初見の人にはかなり刺激が強いと思うんです」
「私も、初見でお兄ちゃん達の打ち合いを見るのは、ちょっと刺激が強すぎると思うな」
「私もです。しかも演武の途中には、私と美佳ちゃんが悪役に扮するお兄さんに人質に取られて、裕二さんと雪乃さんに救出される展開があります。留年生達に私達を人質に取っても意味が無いと伝える演出ですけど、この演出も一般生徒はもちろん観覧に来た保護者にもかなり刺激が強いと思います」
柊さんと美佳、沙織ちゃんが口々に予定している演武の問題点を口にする。昼休みに披露予定の演武の問題点を洗い出した時に出た点だ。美佳と沙織ちゃんに改めて普段行っている稽古について聞いてみると、只の模擬戦を行っている姿でもそのまま一般生徒に見せるのは刺激が強すぎると指摘された。空中で武器を打ち合うなど漫画じゃないのだから、せめて演武では空中戦は避け地面に足をつけた平面戦闘を行うべきだと。
3人の意見を聞き、重蔵さんは頭を縦に振る。
「お主らの言う事も分からんでもないが、あまり一般人の目を配慮しすぎると元々の目的を達成出来なくなるぞ? 演武の構成を変えるのは構わんが、その辺はどうするつもりじゃ?」
特に演武構成の変更に反対せず、重蔵さんは俺達に代案を訪ねてくる。代案がない反対は、最悪だからな。
そして俺達は互いに顔を見合わせた後、昼休みに話し合ってまだ細かい部分が詰めきれていない、柊さんが提案した素案を重蔵さんに伝える。
「……なる程、確かにその方法なら一般人への配慮も十分じゃし、留年生達への牽制にもなるじゃろう。じゃが、その案を採用するには色々と準備せねばならん物が必要じゃが……体育祭までに間に合うのか?」
俺達の考えた代案を聞き、重蔵さんは若干心配気に俺達に間に合うのかと訪ねてくる。
「……はい。多分、大丈夫だと思います。ある程度は手持ちがありますし、どうしても必要な物は獲りに行って来ます」
「獲りに……そうか。まぁ、お主らなら大丈夫じゃとは思うが、焦って無理はするでないぞ?」
「「「はい!」」」
俺達の身を案じる重蔵さんの忠告を真摯に受け止め、真剣な顔で返事を返した。
その後、俺達は重蔵さんと新しい演武の構成について話を詰めていく。新しい案では演武はアピールタイムの最初に少しだけ行う予定なので、出来るだけ見栄え良く玄人好みの(一定レベル以上の探索者になら分かる)技巧に凝った技を重蔵さんに指導して貰う。
そして一通り新しい演武の構成が完成すると、演武の練習は後日という事にし必要物品の購入に出掛ける事となった。
俺達5人は重蔵さんに断りを入れ広瀬邸を後にし、コンビニでお金をおろし駅近くに出店している激安ディスカウントショップへと買い出しに足を運んだ。放課後と言う事もあり、学生服姿の客もそれなりに居るので俺達が目立つと言う事もない。
「あったよ、お兄ちゃん! コレで良い?」
「ああ、それで良いぞ。何個残ってる?」
「ちょっと待って……えっと、10個残ってるよ」
「じゃぁ取り敢えず、全部買って帰ろう。作ってみて足りなかったら、また買いに来れば良いしな」
「了解!」
俺の指示に従い、美佳は買い物かごに商品を詰めていく。
そして一通り店内を周り終える頃には、俺と裕二が持つ買い物かごはイッパイになっていた。
「お会計は、2万9482円になります。3万円お預かりします。518円のお返しになります、ご利用ありがとうございました!」
パンパンに膨らんだ買い物袋を持ち、俺達はディスカウントショップを後にした。
さて、明日は忙しくなるな。




