第171話 モンペのクレーム
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携帯の目覚ましアラームに起こされた俺はまず、昨日に引き続き監視者がいないか心配し周辺に不審な気配が無いかをベッドに腰掛けて探る。1分ほど目を閉じ集中して調べてみたが、この近辺で家を監視するような不審人物の気配は感じ取れなかった。どうやら監視は、昨日だけで済んだようだ。
「ふぅ……どうやら居ない様だな」
俺はベッドから腰を上げ、部屋着のまま階段を下りてリビングへと移動する。リビングに顔を出すと、朝食の準備を進める母さんと、ソファーに座ってTVニュースを見ている父さんの姿が見えた。
「おはよう、父さん母さん」
「ああ、おはよう」
「おはよう、大樹。ご飯の準備するから、顔を洗っていらっしゃい」
「はぁーい」
母さんに促され顔を洗いリビングへ戻って定位置の椅子に座ると、美佳が眠そうに目を擦りながらリビングの扉を開け顔を出す。
「おはよう……」
「おはよう、美佳。ご飯にするから、顔を洗っていらっしゃい」
「……はぁい」
そう母さんに返事を返し、美佳はリビングを出て洗面所へと向かった。
「全く、兄妹揃って同じね。先に顔を洗って顔を出せば良いのに……」
「ははっ……」
母さんはテーブルに食器を並べながら、俺に視線をチラリと向けながら溜息混じりの愚痴を漏らす。
そして返答に困り俺が視線を逸らすと、母さんはもう一度小さくため息を漏らした。何か、すみません。
「あなた。朝ご飯にするから、席についてください」
「ああ、分かったよ」
父さんはTVを消し、ソファーから食器が並ぶこちらのテーブルへと移動してくる。
そして椅子に座った父さんは、俺に話しかけてきた。
「ああ、そう言えば大樹」
「? 何?」
「今週末、お前達の学校は体育祭だったよな?」
「うん。そうだけど……」
「今更な疑問なんだが、お前達は体育祭の競技に参加出来るんだよな?」
「……はい?」
体育祭の競技に参加出来るのか? 何で父さんは、そんな事を聞いてくるんだ?
質問の意味がよく分からず俺が不思議そうに首を傾げていると、父さんが理由を教えてくれた。
「いやな。さっき、お前が起きてくる前に見ていたTVニュースにな、体育祭の競技に探索者資格を持つ生徒を参加させるのは如何な物か?って言う、抗議の声が一部の保護者から学校に上がっていたって言うニュースが流れてな……」
「……はぁ? 抗議?」
俺は父さんの説明を聞き、思わず唖然とした表情を浮かべ父さんをマジマジと見てしまった。嘘や冗談を言っている様な雰囲気もなく、父さんも困惑しているんだぞといった表情を浮かべている。
「確かに探索者資格を持つ者と持たない者とでは、身体能力に顕著な差が出ると言うのは良く知られている事実だ。だがな……」
「えっと……その抗議を受けたっていう学校はどう言う対応をしたの?」
「その抗議をしてきた保護者に、体育祭を生徒全員が参加し行う事の意義を説明したらしい。集団への所属感や生徒間の連携を高め、生徒の自主自発的行動を高める為のものだから、探索者資格を持つ生徒だからと言って競技から除外する様な事はしない……と」
「そうなんだ……」
まぁ、当然と言えば当然の対応……だよな? 探索者資格の有無で体育祭の参加を可否したら、それこそ保護者全体から抗議の声が上がる。
「だがな、この話はそこで終わらなかったらしい。その学校が説明を行った後、予定通り先週末……2日前の土曜日に体育祭を行ったんだが。体育祭終了後に、その抗議を行った保護者を中心に複数の保護者が合同で学校を非難したらしい。“学校が探索者資格を有する生徒を競技に参加する事を許可したから、ウチの子達が体育祭で活躍出来ず落ち込んだ”ってな」
「はぁいぃぃ!?」
俺は思わず、悲鳴にも似た疑問の声を上げてしまう。台所で朝食を準備していた母さんは俺の声に驚き、思わず手を止めコチラを見てきたが、そんなの気にもならなかった。
何、その理由!? 子供が体育祭で活躍出来なかったからって、学校に非があるって集団で非難するか、普通!?
「その抗議の声を上げた保護者の子供さん達は、去年まで体育祭では頭一つ飛び抜けた活躍をしていたらしくてな?探索者資格を持つ生徒が競技に参加していなければ、今年も自分達の子供が活躍できたのに……との事らしい」
「えっと……本気でそんな事を言ってたの、その人達?」
何だろ? 父さんの話を聞けば聞くだけ、頭が痛くなってくるこの感覚……。
「TVニュースを信じるのなら、そうらしいぞ。まぁ、その子供さん達は部活に専念する為に探索者資格を持っていなかったらしいんだが……探索者資格を持つ生徒と一緒に競技に参加して圧倒的な力の差を間近で見せられ心を折られた、って言うのも抗議の声を上げた一因らしいがな」
その心を折られたって言う子達は、自分達の今まで積み重ねてきた努力は何だったんだ……って気持ちになったんだろうな。
「まぁそんなニュースがあったから、お前に聞いたんだよ。競技に参加出来るのか?って」
「あっ、うん。今の所、探索者資格の有無で競技に参加出来るかどうかって話は聞いてないよ」
「そうか」
「でも父さんの話を聞くと、何らかの動きはあるかもしれないね」
「……」
父さんは俺の返事を聞き、難しい表情を浮かべ押し黙る。まぁ実際、このニュースを受けて学校がどう言うアクションを見せるかは今後の動きしだい……って所だからな。
そんな風に父さんとニュースについて話していると、顔を洗い終えた美佳がリビングに戻ってきた。
「おはよう!」
「おはよう、美佳」
「おはよう」
俺と父さんは話を中断し、美佳に朝の挨拶を返す。
そして美佳は椅子に座ると、俺に声をかけてきた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。さっき大きな声が聞こえたけど、お父さんと何を話してたの?」
「ん? ああ、さっきの声か。父さんが見たTVニュースについて話していて、その中でちょっとした話題で思わず上げた声だよ」
「お兄ちゃんが、思わず声をあげちゃった話題か……で、どんなニュースの話だったの?」
「ああ、それはな……」
「2人共、そこまでにしておきなさい。話に夢中になる前に、まずは朝食を食べなさい。学校に遅れるわよ?」
「「あっ、はい」」
母さんが焼きあがったパンとスクランブルエッグ、サラダとコーヒーを運んで来ながら俺と美佳に注意する。俺と美佳は軽く母さんに頭を下げた後、母さんが運んできた朝食を各々の皿に取り分けていく。
そして……。
「いただきます」
「「「いただきます!」」」
父さんの号令を合図に、皆で朝食を食べ始めた。
朝食を食べ終えた後、俺と美佳は各々の部屋に戻り登校の準備を始めた。
俺は手早く制服に着替えを済ませた後、昨日ネット通販で注文しておいた商品の配送状況を確認する。特別料金の特急便で頼んでいたので既に発送はされており、配送予定は今日の夕方頃になるらしい。
「夕方か……。母さんに、商品の受け取りを頼んでおかないとな」
支払いは既に以前購入しておいた通販サイト専用のプリペイドカードで済ませているので、問題はない。母さんに頼むのは、商品の受け取りだけだしな。
確認を終えた俺はパソコンの電源を落とし、通学カバンを持ってリビングへと降りていく。リビングでは母さんが朝食の後片付けをしており、俺がリビングに入ると洗い物の手を止め顔を上げ話しかけてくる。
「あら、大樹。早かったわね。もう準備は終わったの?」
「うん。特にコレといって特別に用意する物もなかったしね」
「そう」
「そう言えば、父さんは?」
リビングに父さんの姿はなく、俺が見回していると母さんが行き先を教えてくれた。
「お手洗いよ」
「ふぅーん。あっ、そうだ。母さんにお願いしておきたい事があるんだけど、良いかな?」
「何かしら?」
「ネット通販で注文した物が、今日の夕方頃に届くらしいんだ。帰ってきてから自分で受け取るつもりだけど、間に合わなかったら母さん。俺の代わりに宅配便を受け取っておいてくれないかな?」
「ええ、別に良いわよ」
「ありがとう」
俺が宅配便の受取を頼むと、母さんは快く了承してくれた。
「それで大樹、通販なら荷物の代金の支払いはどうするの? 代引きかしら?」
「ああ、それなら大丈夫。もう支払いは済ませているから、母さんは商品を受け取ってくれるだけで良いよ」
「そう、分かったわ」
そう言って、母さんは洗い物を再開した。俺はそんな母さんを見ながら、ソファーに腰掛けTVを付けチャンネルを回す。短時間だが、学校に行く前にTVニュースをチェックしておきたいからな。
「父さんが言っていたニュースは、何処もやっていないな……」
一通りチャンネルを回してみるが、父さんが言っていた体育祭関連のニュースはどの局も扱っていなかった。そうしてチャンネルを回しているとリビングの扉が開き、父さんが入ってくる。
「おっ、早いな大樹」
「うん、まぁね」
父さんはソファーに座りながら、俺に話しかけてくる。
「で、何か面白そうなニュースはあったか?」
「残念だけど、何もないよ。何時もと相変わらずと言った感じだね」
「まぁ、そうそう大事件があって貰っても困るけどな」
「そうだね」
父さんと談笑しながらニュースを見ていると、制服に着替え準備を整えた美佳がリビングに入って、俺の姿を確認し隣に座る。
「お待たせ、お兄ちゃん」
「ん? ああ。まだ時間もあるし、大丈夫だぞ?」
「……うん」
そして俺達は、登校時間までTVニュースを見て時間を潰した。
何時もの様に美佳と一緒に通学路を通って学校に登校していると、先週とは若干周りを歩く通学者の空気が変わっていた。
「ねぇ、お兄ちゃん? 先週に比べて、何だか歩いている人達の雰囲気が変じゃない?」
「ん? ああ、今週末に体育祭があるからな。今日から体育の授業でも本格的に体育祭の練習が始まるから、皆気合が入っているんだよ」
「そっか……」
美佳は俺の説明で通学者の雰囲気の変化に納得したらしく、周囲を見回し歩く生徒達を観察し軽く頷く。
「ねぇ、お兄ちゃん。朝、お兄ちゃんとお父さんが話していた内容……アレって本当なの?」
「多分な。保護者の抗議内容は置いておくとしても、確かに体育祭とは言え、探索者と非探索者が同じ競技でそういう事になるのは考えられるな」
「でも……体育祭の競技まで探索者と非探索者で分けたら、同じ学校の生徒でやっているのに意味が無いよね?」
「確かにそうだな……」
わざわざ競技を2つに分けて行うくらいなら、最初から別にした方が良いだろう。純粋に身体能力を比べるのなら、探索者と非探索者の身体能力差は埋めがたいしな。実際、純粋に技量を比べ合う公式戦は探索者参加禁止だ。体育祭とは学校行事……授業の一環ではあるが、言ってみれば一種のお祭りだ。
果たして、お祭りにそこまで制限を入れ込むのはどうなのだろう?
「おはよう! 大樹、美佳ちゃん」
「あっ、裕二。おはよう」
「おはようございます、裕二さん」
美佳と難しい顔をしながら歩いていると、後ろから近付いて来た裕二が声をかけてくる。
「どうした? 2人揃って、朝から辛気臭い顔をして……?」
「ああ、うん。実は……」
俺は裕二に、朝のニュースの事を掻い摘んで説明する。
すると話を聞き終えた裕二も、顔を若干歪めて溜息を吐きこめかみを右手の人差し指で軽く叩く。
「ああ、なる程な。その保護者達の主張は兎も角、確かに非探索者の前であまり隔絶した力を見せ付けると、心が折れるやつも出てくるよな……」
「多分ね。そうなると、俺達が体育祭でやろうとしている事って……拙いよな?」
「ああ、拙い。十中八九、今の予定のままアピール活動をしたら心が折れる奴が出るだろうな」
「やっぱり、そうだよな……」
例の留年生達の心が折れるのは一向に構わないが、非探索者の一般生徒や探索初心者の心が折れたら一大事だ。この際一般生徒の事は一時棚上げするとしても、探索初心者の心が折れたままダンジョンにでも行かれたら彼らの命に関わりかねない。精神的に疲弊している状態で挑めるほど、ダンジョン探索は簡単な物ではないからな。
「俺達が原因で、ウチの学校から死傷する探索者を出すか……それは遠慮したいな」
「ああ」
妙なニュースが切っ掛けとは言え、留年生達に対する牽制ばかり考えていたせいで、非探索者一般生徒に与える影響力の配慮がかけていた事に俺達は今更ながら気がついた。
はぁ、これも重蔵さんに相談して演舞のプログラムを考え直さないといけないと言う事だな。留年生達に効果的かつ、一般生徒や初心者には刺激的過ぎない演舞か……。