幕間 弐拾弐話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その7(終)
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九重邸を出た3人の後を追い、俺達は尾行を再開する。家を出た3人を、だ。折角、このまま監視調査も終了だと思っていたのに……。
「監視時間、延長ですかね?」
「そうだな……延長するしかないな」
「そう、ですよね……はぁ」
おれは冬樹さんの返答に、後30分程でこの面倒な仕事も終わりだと思っていたので、思わず肩を落としため息を吐く。ここで延長すると言う事は、最終的な終わりも伸びると言う事だからだ。
20時……21時までに終われるかな?
「彼ら、この後どうするんですかね……」
「さぁ、な。でも、九重君が特に探索道具を持っていない所を見ると、ダンジョンには行かないだろうさ」
「だと、良いんですけどね……」
俺は手ぶらで歩く九重君を見て、そう願わずにはいられない。
そして暫く歩くと、俺達の目の前に物凄く立派な門構えの家が姿を現した。唖然と門を見ながら無防備に歩き続けようとした俺と近藤さんを、冬樹さんが腕を掴み動きを止める。
「2人共、ストップだ。それ以上は近付くと、監視カメラの画角に入る」
「……冬樹さん。アレが、広瀬君の家ですか?」
「……ああ」
冬樹さんの呟きを肯定する様に、3人が大きな門の脇にある潜門を通って中に入っていく姿が見えた。本当にこのお屋敷が、広瀬君の家なんだな……。
俺は自宅のワンルームと目の前のお屋敷を比べ、何故か溜息が漏れた。ある所にはあるんだな……と。
「これ以上は近付かず、ここから彼らの監視を続けるぞ」
「ここから……ですか?」
「ああ」
俺は思わず冬樹さんに、驚きの眼差しを向ける。何故なら、ここからだと門まで20mは離れている上、屋敷を囲む塀も高いので、この位置からでは中の屋敷の様子を覗う事が出来無い。
そんな俺の眼差しを察し、冬樹さんは続けて口を開く……平坦な口調で。
「言いたい事は分かるけど、これ以上近付くのは無理……と言うか俺は近付きたくない」
「……はぃ?」
思わず間抜けな返事を返した俺は、冬樹さんの顔をマジマジと見て……驚く。
「ど、どうしたんですか、冬樹さん!? 顔色が悪いですよ!?」
「だ、大丈夫だ……」
「大丈夫って……」
冬樹さんは顔を若干青ざめさせ、体を微かに震わせながら両腕で体を抱きしめていた。
そんな姿をしていて、大丈夫って言われても……。
「少し、朝の事を思い出しただけだ」
「朝……ああ、駅で言っていた」
朝と言う単語を聞き、俺は朝冬樹さんがしていた話を思い出す。冬樹さんが広瀬君の尾行を開始しようとした瞬間、物凄い悪寒を感じたと言う話を。
「あの……冬樹さん。無理をなされないで下さい。監視なら私と田川さんで続けるので、少し離れて休まれた方が良いのでは?」
近藤さんが心配気に、冬樹さんに声をかける。確かにこんな状態では、監視を続けるのは厳しいだろうな。
しかし冬樹さんは、気丈に小さく平手を出し近藤さんの申し出を断る。
「だ、大丈夫だ。少しすれば落ち着くから。このまま監視を続けよう」
「「……はい」」
そう言って、冬樹さんは小さく深呼吸を繰り返した。まだ顔色は悪いが体の震えは止まったらしく、冬樹さんは視線を彼らが入っていった門に向ける。
……無理してないと良いんだけど。
結局彼ら……九重君と柊さんが広瀬邸から出てきたのは2時間程経った後、19時近くになった時だった。
ああ、帰宅は21時を過ぎるな……。
「九重君、柊さんを家まで送るみたいですね」
「そうだな……」
門を出た2人は揃って柊さんの家の方に歩いていくので、九重君が柊さんを家まで送るつもりらしい。
「じゃぁ、冬樹さん。俺と近藤さんは彼らの後を追いますので、課長に連絡をお願いします」
「ああ、分かった。俺はもう暫くここで監視を続けた後、動きがなかったら撤収する」
「分かりました。あと、合流はどうします? 協会には、全員で揃って行きますよね」
「ああ。じゃぁ、監視終了後に駅に集合するとしよう」
「「はい」」
広瀬邸の監視を続行する冬樹さんと別れ、俺と近藤さんは九重君と柊さんの後を追う。
そして、その間2人と適度な距離を保ちつつ、俺は近藤さんと小声で会話をする。
「彼ら、こんな時間まで何を話し合っていたんだろうね?」
「さぁ……? 流石に屋敷の外からじゃ、何を話していたかは分かりませんよ。せめて、盗聴器でも仕込めていたら話は変わったんですけど……」
「えっ!? 盗ちょ!?」
俺は思わず大声を上げそうになったが、ギリギリで押し殺した。日も暮れ、時間も時間という事もあり、車や人通りが少なくなった住宅街で大声を上げたら流石に気づかれるからな。
しかし、盗聴器って……。
「こ、近藤さん? 流石に、それは遣り過ぎじゃ……」
「いいえ。どうせ監視を行うのなら、徹底的に行わないと。中途半端な調査では、片手落ちになります」
「えっと、ああ、その……」
「それなのに、あの係りの人。盗聴器や発信機なんかの機材は、本職の調査員にしか貸し出せないだなんてっ‼」
ナイス! 備品課の人! なんで双眼鏡や集音器がないのかと内心文句を言ったけど、英断です。
そんな装備を与えたら、近藤さんがどんな行動をとっていたのやら……。
「本当は、私物を持ってこようかと思いもしたんですけど、引越しの際にどこに仕舞ったか思い出せなくて持ってこれなかったんですよ」
「は、ははっ。そ、そうなんだ……」
「アレ等があれば、もう少し尾行も楽だったんですけど……残念です」
アレ等って、何!? 等って!?近藤さん。本当に昔、何があったの!?
俺は残念気な表情を浮かべ何か小声で呟いた後、小さくため息を吐く近藤さんの姿を見て戦慄を禁じ得なかった。浮気したっていう彼氏さん、無事だよね?と。
「あぁ、うん。まぁ、取り敢えずさぁ? あとは彼らが家に帰りつけば監視調査は終わりなんだから、このまま最後まで頑張ろうよ」
「そう、ですね」
多少たどたどしかったが、俺は引き攣りそうになる顔の表情を抑えつつ、近藤さんに監視に集中しようと伝えた。まぁ、一番監視に集中したいのは俺だけどな。集中していないと、怖くて近藤さんと2人っきりでいられないよ……。
そして俺達は、彼らを尾行したまま柊さんの家まで辿り付く。2人は家先で軽い挨拶を交わした後別れ、見送りを終え帰宅しようとする九重君を俺が追い、帰宅した柊さんを近藤さんがしばらく監視する事となった。
「あと少し……だな」
後はこのまま、彼が真っ直ぐに家に帰ってくれれば監視調査も終了だな。
そして15分後、足早に九重君が自宅に帰宅した事で本日の監視調査は終了した。ふぅ。後は冬樹さんと近藤さんと合流して、脇田課長に口頭報告をすれば終わりだな。
俺はスマホで冬樹さんに監視調査が終了した事を伝えながら、2人との合流予定の駅へと歩き出した。
協会に戻った俺達は前回使用した会議室で、脇田課長に監視調査の口頭報告を行っていた。監視が長引き撤収が遅れる旨を事前に伝えてはいたが、この時間まで残って待っていないといけない課長も大変だな……。
「……以上が、私達が本日彼らを尾行し観察を行った結果です」
「そうか。ご苦労だったね」
「いえ」
冬樹さんが回収したサンプル品を提出しつつ、俺達を代表し脇田課長に口頭報告を行ってくれていたのだが、報告を聞いた課長は渋い表情を浮かべていた。
「塩に唐辛子等の辛味調味料……彼らはこんな物を積極的に活用してダンジョンを攻略していたんだな」
「はい。実際その場を見た私達も、その効果には驚きました。特にスライムなどは、劇的な反応を見せてくれましたよ」
「……塩でスライムを倒せる、か。彼らが使った物の、サンプルは回収していないのかね?」
「残念ながら、スライムに使用した物のサンプル回収はできませんでした。ですので、彼らが使用した物は今現在、“塩と呼称される、塩のような粉末”としか言えません。塩だと確定させるには、実際に塩を用いてスライム相手に検証を行う必要があります」
「そうか……」
冬樹さんの説明を聞き、脇田課長は残念そうな表情を浮かべた。
まぁスライムはダンジョンに出現するモンスターの中でも、魔法や使い捨て武器を使用するなど倒すのに手間が掛かり厄介物扱いされているからな。このスライムを、塩と言う安価で手軽に入手できる物で倒せるのなら、まさに革命的な発見と言える。ここで俺達がサンプルを確保していれば、協会主導の再現検証調査もはかどっていたのに……と思っているのだろう。
「分かった。3人とも今日は朝早くから遅くまでご苦労だったね。報告書は出来るだけ早く……今週中には上げてくれ」
「「「はい」」」
「それと調査にかかった諸経費も出来るだけ早めに精算しておいてくれ。あまり遅くなると、支払が遅れる事になるからな」
報告書は兎も角、領収書の精算は早めにやらないといけないな。支払が来月に回されたら、大変だ。
「では3人とも、慣れない仕事ご苦労だったね。今日はゆっくりと、体を休めてくれたまえ」
脇田課長はそう締めの句を口にし、監視調査の口頭報告会を終了する。
「はい。では課長、お先に失礼します」
「「失礼します」」
「ああ、お疲れ様」
俺達の挨拶に脇田課長が軽く右手を挙げ応えたのを確認し、俺達は会議室を後にする。
終わった! やっと、面倒な仕事が終わったよ。ああ、もう21時を回っちゃってるな……晩飯はコンビニ弁当かな?
部下3人が会議室を退出したのを確認し、俺は会議室に備え付けられている電話を取り内線を繋ぐ。
「遅くに済みません、脇田です」
「……脇田? ああ、脇田課長ね。何か用か……って、貴方から連絡があったって言う事は、頼んでいた調査の件よね?」
「……はい、その件です。報告が遅くなり申し訳ありません、所長」
「いえ。コッチが急に頼んだ仕事だものね、構わないわよ」
遅い時間の報告に、開口一番に怒鳴られる事も覚悟していたが、電話口に出た所長の声に苛立ちは感じられなかった。俺は内心安堵の息を吐きつつ、部下達が上げてきた報告を所長に伝えていく。
「なる程、塩に辛味調味料ね……盲点だったわね。言ってみれば、調味料は使い方によって簡易状態異常発生素材か……。確かにそれらを上手く活用すれば、初心者でも安全にモンスターを狩る事が出来るようになるわね」
「はい。部下たちの報告を聞く限り、彼らがこれまでに上げた実績もこれらを上手く活用したお陰と言う見方も出来るのでは?とも思えてきます」
「身近に手に入れられる調味料を活用し、他の探索者よりも効率的にモンスターを討伐した、と言う事か……。少しでもモンスターの動きを阻害できれば、それだけ討伐が容易になるものね」
所長の感心した様な声色の声が、電話口から聞こえてくる。まぁ俺も、3人の報告を聞いた時には驚いたからな。最初は、武器の購入に制限を掛けられている高校生だから武器の不利を埋めようと思いついたのかと思ったが、以前読んだ彼ら3人の報告書には譲渡された武器を使っていたと記載されていた。
つまり彼らは、先達の探索者達が切り開いた道ではなく、独自の道を開拓しトップクラスの実績を打ち立てたと言う事だ。
「分かりました。正式な報告書は後ほど受け取りますので、出来るだけ早めに提出して下さい」
「はい。遅くとも、今週中には報告書を仕上げ提出致します」
「よろしく頼みます。ああそれと、塩を始めとした各種調味料の件はこちらで検証作業の手配をしますので、今回の調査を行った3人にも検証作業が終わるまでこの事を口外しないように言っておいてくださいね。不確定な情報が流れると、現場……探索者が不確定な噂を信じ無茶をしかねないですから」
「分かりました。3人には、その旨伝えておきます」
「よろしく。では」
「はい。失礼します」
俺は軽く一礼しながら、受話器を台に戻した。ふぅ……取り敢えずこれで、面倒事も一段落だな。しかし、口止めか……もう3人とも帰ってしまっているな。しかたない、電話で伝えるか。休み明けにでもとも思ったが、それまでに話を流されても困るしな。
そう思い、俺は懐のポケットからスマホを取り出し、先ず初めに冬樹くんに電話をかける事にした。
脇田課長から掛かってきた電話を切り、私は感嘆に満ちた息を吐く。
「全く、思わぬオマケが出てきましたね。まぁ、これは要検証だけど」
棚ボタ的に手に入った情報は一先ず置いておき、私は引き出しから件の3人の前回行われた調査報告書を取り出す。
「わざわざ素人調査官を派遣したかいがあったわ。彼らの様な実力者が素人の尾行に気付かない、と言う事はありえないものね。今回尾行に成功したのは、彼等が監視者に手を出さず敢えて見て見ぬふりをしてくれたから……と考えるのが正しいでしょう。その上、本来隠しておきたいであろう自分達の手の内を見せてくれたと言う事は、こちらに対し敵対の意思はないと言うアピール……ふっふっ」
私は机の上に出した調査報告書を眺め、思わず口元に笑みが漏れる。
「探索者の力を得たせいで考え無しに増長する若者が多いから、実績が高いだけの高校生の若造だと思ってたけど……少々侮っていましたわね。彼ら、自分達の立場を十二分に理解した上で、感情任せではなく理性的な行動が出来る様だし……是非ウチの職員として欲しいわ」
私は調査報告書を手に取り、添付されている彼ら3人の顔写真を眺める。
「高校2年生と言う事ですし、高校卒業後の進路の一つとして声を掛けて誘うのはありよね?」




