幕間 弐拾壱話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その6
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彼らに少し遅れダンジョンを出た俺達は、急いで更衣室に移動する。近藤さんと入口で別れ、着替えを終えようとする彼ら二人の姿を確認し、俺と冬樹さんは慌ただしく着替えを行う。
「早いな、彼ら」
「そうですね。もう着替えが終わっているなんて……」
「俺達も急いで着替えるぞ」
「はい」
俺と冬樹さんは荷物を近くのベンチに置き、ロッカーを開けタオルを取り出す。幸か不幸か、今日はモンスターと戦う事も無かったので武器や防具の手入れも乾布で表面を軽く拭き上げる等の最低限の手間で済む。身につけた状態で防具の表面を軽く拭き上げ、ロッカーに仕舞っておいたバックパックを取出し外した防具を丁寧に詰めていく。ここで乱雑に入れると、最終的にファスナーが閉まらなくなるからな。
防具を収納し終えたら、今度は服を着替える。
「田川、上着は朝着ていた物とは別の物を使えよ。覚えられているかどうかは分からないけど、用心に越した事はないからな」
「そうですね。じゃぁ、これかな?」
そう言いながら、俺は灰色のブルゾンを取り出す。今回持ってきた、替えの上着の最後の1枚だ。
「そう言えば、冬樹さん」
「ん? 何だ?」
「この後、どうするんですか? 彼ら多分この後、ドロップアイテムを換金しに行くでしょ? 俺達、今回何もアイテムを手に入れていませんよ?」
手ぶらで買取コーナーに入ったら、怪訝な目で見られるのは必至だろう。しかも、タイミングにもよるだろうが彼らのアイテム買取が何十分も掛かった場合、何もせずに彼らを監視するような動きをしていたら最悪、ダンジョンポリスを呼ばれる可能性もある。
「そうなんだよな……」
冬樹さんは着替える手を止め、困った表情を浮かべ後頭部を掻く。
「出来れば彼らの受付対応の様子も観察しておきたいけど、狭い建物の中だとバレる可能性がな……」
「でも、冬樹さん。課長からはバレても仕方ないと言われてますし……」
「そこなんだよな。ある意味、今日の監視調査はダンジョンを出てきた時点で終わりといえば終わりでも良いんだろうけど……この後もし彼らが何かするつもりだったのなら、ここで見付かるのは、な?」
ああ確かに、冬樹さんが懸念するその可能性はある。
勿論、可能性としては低いだろうが、このあと妹さん達だけを先に帰宅させ、再度自分達だけでダンジョン探索に繰り出すという可能性もなくはない。そうなると、この時点で自分達の正体が彼らに露見するのはよろしくないな。
今回俺達が見た物は、彼らが行う妹さん達への教導風景ばかりだ。彼らの探索者としての実力は、何も見ていない。出来る事なら、彼らの実力の片鱗は観察しておきたい。
「じゃぁ、どうします?」
「うーん」
今、冬樹さんの胸の内では恐らく、換金態度の観察と彼らだけの探索風景(低確率)が天秤にかけられているのだろう。
そして、少し悩んだあと冬樹さんは結論を出した。
「よし。買取コーナーに入るのはやめて、外から観察しよう。確かに再探索の可能性は低いけど、もしかしたら万が一って事もあるしね」
どうやら冬樹さんの天秤は、再探索(低確率)に傾いた様だ。
まぁ、分の悪い賭けだとは思うが、買取コーナーのやり取りはあくまでも事務手続きだからな。よほどの大騒ぎでも発生しなければ、別に直接監視しなくても大丈夫だと思ったのだろう。
万が一の時は、建物内に設置してある監視カメラ映像もあるしと。
「分かりました」
そう返事を返し、俺と冬樹さんは手を止めていた着替えを再開する。
着替えを終え、更衣室の外に出ると監視対象者の男の子コンビがソファーに座ってジュースを飲んでいるのを見付けた。どうやら、女性陣はまだ更衣室から出てきていないようだ。
「どうします、冬樹さん? 俺達もジュースでも飲みながら、近藤さんを待ってますか?」
「そうだな。何もしないで座っているより、ジュース片手の方がカモフラージュになるか……」
俺達は男の子コンビを横目で見ながら、自販機コーナーまで移動しジュースを購入した。購入したジュースを片手に持ち、男の子コンビから数席離れた後ろのソファーに腰を下ろす。ソファーに座り10分程待つと、監視対象の女の子と妹さん達が更衣室から出てきた。
そして彼女達に少し遅れ、近藤さんも更衣室から姿を見せる。俺は目があった近藤さんに小さく手を振り、居場所を教えた。
「お待たせしました」
「お疲れ様、近藤さん」
俺は近藤さんに、労いの声をかける。彼女は1人で3人から身を隠しながら、狭い更衣室の中で監視をしていたのだ。気苦労もひとしおだっただろう。
そして彼女に席に座るように促そうとしていると、冬樹さんが声を上げる。
「彼ら、動くみたいだぞ」
「えっ?……あっ、本当だ」
冬樹さんの声に釣られ彼らの方を見てみると、確かに彼らは移動を開始していた。
「じゃぁ、冬樹さん。俺、空き缶をゴミ箱に捨ててくるんで、先に彼らの後を追って下さい」
「そうか、じゃぁ頼むな」
「はい」
そう言って俺は冬樹さんから空き缶を受け取り、自販機コーナーのゴミ箱の方に歩いていく。
彼らが換金手続きをしている間、俺達は建物の入口が見える外の休憩スペースの椅子に座って待つ事にした。
そして俺と近藤さんが雑談をしている間に、冬樹さんは脇田課長に電話をかけている。
「……はい。そうです。先程ダンジョンを出ました。……はい。……はい。分かりました。では、彼らが帰宅した後17時迄監視を続行し、それまでに動きがなければ監視調査を終了するという事で。……はい、分かりました。では、失礼します」
冬樹さんはスマホを耳に当てたまま軽く一礼し、通話終了ボタンを押した。
そして軽い溜息を吐いた後、電話の内容を話してくれる。
「二人共、話が纏まったぞ。今日の監視調査は、17時迄だ。只、監視調査終了後、一度協会の方に顔を出して口頭報告を欲しいそうだ」
ええ、口頭報告? それも、今日中に?
「冬樹さん、今日中にですか? 明日じゃ……」
17時で監視調査を終了し、それから協会に行くとすると18時近くになるからな。
「残念だけど、直帰は無しだ。明日は課長が休暇だから、今日を逃すと明後日に報告をするって事になるらしいからな。後、残業代は付けてくれるってさ」
冬樹さんの無念そうな表情を見て、予定の変更の可能性はないと察する。
「……分かりました」
「……はい」
直帰が出来ないと知り、俺と近藤さんは肩を落とした。
慣れない事をやっているせいで、それなりに疲れているんだけど……はぁ、仕方ない。
「取り敢えず、時間内は頑張って監視を続けよう」
「「はい」」
俺は軽く両頬を手で叩き、気合いを入れ直す。ダンジョンから出たとは言え気を抜くと、折角ここまで隠し通してきたのにバレるからな。俺だって、ここまで来たのなら最後までバレずに終わりたいと思う。
そして気合いを入れ直し待つ事5分、彼らが建物の入口から出てきた。さぁ、頑張って追跡だ!
俺達はバスのロータリーの停留所で佇み、唖然とした表情を浮かべていた。何故なら、行きのバスと同じく、監視対象者達と同じバスに乗り遅れたからだ。今回は前回の事を反省し、バレる可能性がある事を覚悟しギリギリまで間を詰めていたのに、バスの扉は無情にも俺達の目の前で閉じられた。
……何で、こうなる?
「「……冬樹さん」」
「……うん。言わなくても何が言いたいかは分かるから、何も言わないでくれ」
走り出したバスを見て、冬樹さんに俺と近藤さんが縋る様な眼差しを向けると、冬樹さんは遠い目をして動き出したバスを見送っていた。
そして、走り去ったバスと入れ違うようにして2台目のバスが入って来る。
「取り敢えず、次のバスに乗って後を追おう」
「分かりました」
「今度は、前の方の席に座らないといけませんね」
「そうだな……」
ロータリーに到着した2台目のバスの扉が開くと、俺達は早く出発してくれと祈りながら乗り込んだ。
そして俺達が乗ったバスが駅に到着すると、急いでバスを降り駅舎へと走った。スマホで電車の出発時間を確認した所、あまり余裕がなかったからだ。
ここで電車に乗り遅れでもしたら、一日の苦労が全てパァになる。
「田川、近藤、彼らは居たか!?」
「ロータリー付近には居ません!? もう、ホームの方に行っているのでは!?」
「あっ、あそこ!?」
近藤さんが指さす先を見ると、既にホームで電車待ちをしている彼らの姿を見付けた。駅に入ってこようとしている、ブレーキ音を響かせる電車の姿と共に。
って……やば!?
「急げ! 乗り遅れるぞ!?」
「「はっ、はい!?」」
俺達は周囲の目も気にせず、全力で走り出す。因みにレベルアップ効果のお陰で、大きな荷物を背負っていてもダンジョン出現前の陸上短距離選手並みのスピードが出ている。
ICカードを改札機に叩き付ける様に通し、連絡通路を駆け上がり電車が入ってくるホームへと急ぐ。ホームへ降りると既に電車はホームに到着し扉を開いており、俺達は彼らが乗り込んでいる車両とは別の車両に駆け込んだ。
「ふぅ……間に合った」
「そう、ですね」
俺達が電車に駆け込んだ直後、電車のドアは締まり発車した。何とか、ギリギリ滑り込みセーフである。
そして安堵の息を吐き周りを見てみると、同車両の乗客の幾人かが俺達の事を見ていた。やばい、目立ってる。
「と、取り敢えず、空いてる席に座ろう」
「「は、はい」」
俺達が空いてる席に座ると、漸く俺達に向いていた視線が無くなった。
電車を乗り継ぎ、俺達は15時を少し越えた頃に彼らの地元駅に到着した。何処かに寄る様な素振りも見せないので、彼らがこのままそれぞれの家に帰宅してくれれば17時で調査を終了出来そうだ。
「あっ、出発するみたいですよ」
内容は聞こえなかったが、何らかの話し合いをしていた彼らは話が纏まったのか歩き始めた。
「よし、あとを追うぞ」
「「はい」」
俺達も彼らの後を追い、移動を始める。暫く歩くと、彼らはたい焼き屋の前で足を止めた。どうやら、たい焼きを買うらしい。
「美味しそうだな……」
「そうですね……」
「私も食べたいです……」
バスに乗り遅れギリギリ電車に駆け込んだせいで、朝買って帰ろうと思っていたパン屋に寄れなかったのでいささか小腹が空いていた。まだ暫く監視を続けないといけないから、俺達も買って行くかな?
彼らがたい焼きを買う様子を見ていると、無性に腹が減ってきた。
「焼きたては無理でも、焼き置きのなら……」
「そうですね……」
「美味しそうだな……」
風に乗って漂ってくる焼きたてのたい焼きの匂いに、口からヨダレが出る。
そして彼らが焼きたてのたい焼きを受け取り店前を立ち去るのを確認し、俺と冬樹さんが彼らの尾行を再開し、近藤さんがたい焼きを購入しに向かった。
「お待たせしました!」
暫くすると、近藤さんがたい焼きの入った紙袋を持って俺達の後を追いかけてくる。俺と冬樹さんは近藤さんにお礼と代金を渡し、自分の分のたい焼きを受け取った。
「いただきます」
「「いただきます」」
一口齧る。焼き置き物の為、皮が少し湿気ている様な気がするが美味い。ここのたい焼き、アンコが尻尾までタップリ詰まっている。サービスが良いな、この店。
「美味しいな、この店のたい焼き」
「そうですね。出来れば、焼きたての奴が食べたかったですね」
「ええ、これでも十分に美味しいですよ」
俺達は口々に感想を述べながら、たい焼きを食べて行く。
そして俺は一匹目のたい焼きを2~3分程で食べ切り、2匹目に手を伸ばした。手が止まらないな、これ。
彼らは暫く歩き続け、1軒の家の前で立ち止まった。妹さんの友達が玄関に入っていくのを見送っていたので、どうやらこの家は妹さんの友達の家だったらしい。彼らは玄関先で妹さんの友達の親御さんと話をした後、軽く会釈をして立ち去った。
「妹さんのお友達を、家に送り届けに来ていたらしいな」
「そうですね。彼女も随分疲れている様子でしたので、心配だったんでしょう。彼らのダンジョン内での教導風景を見ていたら、まぁ当然ですね」
あれは随分と妹さん達を甘やかした教導だったからな……怪我をしないか心配なのは分かるが、やりすぎだろう。シスコン……と言えば良いのかな? もうちょっと、加減という物を覚えた方が良いだろう。
そして彼らは再び歩き出す。この方向は……。
「あっ、今度は九重君の家に行くみたいですね……。妹さんが居るからかな?」
「多分、そうだろうな。彼女も、随分疲れているみたいだしな。早く休ませてやりたいんじゃないか?」
「そうですね……」
暫く彼らは歩き続け、俺が監視を担当する九重君の家に到着する。ここで広瀬君と近藤さんとはお別れかなと思ったのだが、何故か全員で家の中に入っていったので暫く3人で待機する事にした。
そして16時半を超えた頃、妹さんを除いた3人が揃って家を出てくる。歩き出した方向から、恐らく広瀬君の家に向かっているのだろう。
って……もしかして監視調査期間の延長か!?