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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
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幕間 弐拾話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その5

お気に入り14270超、PV 12980000超、ジャンル別日刊21位、応援ありがとうございます。





 階段を上から覗き、彼らが下の安全地帯に降りきったのを確認し俺達も後を追って階段を降りていく。階段を降りると、そこは多数の探索者が寛ぐ休憩スペースが設置してあった。俺達は入口で立ち止まり、辺りを軽く見回し彼らの動向を探る。

 どうやら彼らは、今から昼食を摂る為に全員で座れるテーブルを探しているようだ。


「結構賑わってるな……」

「今日は日曜日ですからね、休日専門の兼業探索者が多いんですよ」


 パッと見、休憩スペースのテーブルは全て埋まっている。チラホラと空いている席もあるが、1つ2つと疎らであり彼らの様に5人一度に座れる場所はないようだ。


「あっ、冬樹さん、田川さん。あそこのベンチが、空きましたよ」

 

 近藤さんがテーブルの付いていないベンチが空いたのを見付け、指差しをしながら声を上げる。彼女の言う様に、壁際に設置された背凭れの無いアルミ製ベンチが空いていた。

 横幅も広いので、3人で座っても大丈夫そうだ。


「本当だね。じゃぁ、取り敢えずあそこに座ろうか」

「はい!」


 俺達はベンチに移動し、バックパックを下ろして腰を下ろした。


「……ふぅ。此処まではどうにか、上手く行っているみたいだな」

「そうですね。丁度彼らも座る席が決まったみたいですし、ここからなら目立たず監視出来そうですよ?」


 そう言いながら俺は一瞬、視線を確保したテーブルに腰を下ろす監視対象者の彼らに向ける。彼らは荷物を下ろし、バックパックからコンビニの袋を取り出し食事の準備を始めていた。あの様子なら、食事が終わるまで暫くは動かないだろう。

 

「良し、あの様子なら大丈夫だな。俺達も昼飯を食べるとしよう」


 そう言って、冬樹さんはバックパックから駅前で購入したパンを取り出す。買ってからそれなりに時間が経っているが、パンが入った袋からは食欲をそそる香りが漂ってきた。俺と近藤さんも同じようにパンの入った袋を取り出し、ポケットウェットティッシュを使って手を拭き食べる準備を整える。

 さっ、俺も食べよう。


「美味しそうだな」

「そうですね。時間が経って冷めてますけど、まだフワフワしてますよ」

「こっちも、美味しそうですよ」


 俺達の手にはそれぞれ、冬樹さんがアンパン、俺が餡子とマーガリンを挟んだコッペパン、近藤さんがクラブサンドといったパンが握られている。

  

「じゃぁ、頂きます」

「「頂きます」」


 まず一口……うん、美味い。フンワリとしたコッペパンの優しい食感と小麦の風味、甘じょっぱい味の餡子とマーガリンの組み合わせが素晴らしい。この変に甘過ぎない餡子は、パン屋の自家製だろうか?とても満足な一品だが、強いて難を言えば餡子が濾し餡だと言う点だな。俺としては、餡子は粒アンの方が好きだ。  

 そして俺達は彼らの動向に注意を払いつつ、昼食を美味しく頂いた。








 昼食を食べ終え、少し休憩を挟んだ後に彼らは動き出した。

 

「……動いたみたいだな、良し。二人共、彼らの後を追おう」

「「はい」」


 俺達は彼らが席を立つのに合わせ、ベンチから立ち上がり下ろしていたバックパックを背負い直し後を追う。少し距離を開けながら暫く歩くと、彼らは5人組の探索者チームと遭遇し立ち話をしていた。

 2チームの交流は穏やかなもので、ところどころ笑顔?も混じった掛け合いをしている。


「彼ら、社交性もあるな……」

「そうですね。ダンジョンの中で探索者同士が遭遇しても、緊張感や警戒心から往々にして無愛想な対応になりがちですからね……」

「そのせいで、貴重な情報交換の場を持てなかったり、無用の警戒をしたりして精神的に疲れたりするんだよな」


 すれ違う時に軽い挨拶。その一手間だけでも交流の切っ掛けが持てると言うのに、多くの探索者……特に若い世代の者はすれ違う相手を警戒しながら無言で通過していく。

 これは民間にダンジョンを開放した黎明期に、探索者同士でモンスターの奪い合いを行った事が大きく影響している。交流を持ち共同でモンスターを退治しても、その後の報酬の分配で揉める事が多かったのだ。そのせいで元々の仲間以外との探索者同士の交流は激減、排他的な風潮が横行した。現在その風潮はかなり緩和しているが、一度根付いたものはそう容易くなくなる事は無く、探索者同士は過度の接触は行わないと言うのが暗黙の了解となっている。

 特に若い世代……高校生探索者は当時、その年齢からダンジョン協会が販売する武器が購入出来ず、工具や農機具を武器にしダンジョン探索を行っていた。そのせいで、正規ルートの武器を持つ探索者からは馬鹿にされたり邪魔者扱いされる事が多く、探索者間でのトラブルが頻発し、ダンジョンポリス(DP)のお世話になる者が大勢出たのだ。その為、暗黙の了解は若い世代でこそ広く浸透している。

 

「あっ、別れるみたいですよ」

「そうだな……俺達も軽い挨拶をして彼らをやり過ごすぞ」

「はい」


 俺達は監視追跡していた事を悟らせないように、出来るだけ普通の探索者を装いながら歩き出す。すれ違う相手を警戒しながら、通路の端を歩きながら。

 そして5人組の探索者チームと離合する時、俺達は声を出さずに軽く睨みながら軽い会釈だけを行う。すると、相手も俺達と同じ様に警戒しながら会釈だけを返してきた。彼らとは立ち止まり情報交換をしていたのに、俺達とは何も無しか……。やっぱり、声を出しての挨拶は大事だな。


「……ふぅ。なんとかやり過ごせたな」 

「そうですね」

「俺達、不審がられてなかったかな?」

「大丈夫ですよ……多分」


 

 自信無さ気な声で冬樹さんに返事を返しつつ、無事5人組をやり過ごした事に俺は軽く安堵の息を吐く。ここで彼らに監視対象者達の後を追っている事を勘付かれれば、厄介な事になっていたからな。

 妙な正義感を発揮され戦闘になったり、DPにでも通報されたら事だ。

 

「えっと、彼らは……何か話してるな」

「妹さん達に、何か訊いてるみたいですね」


 5人組をやり過ごした俺達は、再び彼らの監視作業に戻る。すると、監視対象者達は5人組と会合した場所から動いてはおらず、何かを妹さん達に言い聞かせていた。目を凝らして見てみると、妹さん達の表情はあまり優れておらず覇気もない。一体彼らは、妹さん達に何を言っているんだろうか?

 そして、耳を澄ませ会話の内容を聞き取ろうとしていると……。


「「行く(きます)! 道具を貸して(ください)!」」


 突然妹さん達の大声が響き、耳を澄ませていた俺は思わず目を見開き肩をビクつかせた。……いきなりの大声は勘弁してくれよ。

 そして彼らは、再び通路を歩き始めた。






 

 彼らの後を追って通路を進むと、厄介者で有名なアレが出現した。ウネウネと動く不定形粘性物体、通称……。


「スライムか……」


 中々に、面倒な相手が出現したな。ゲーム等ではザコ敵として扱われる事が多いが、現実のダンジョンでは難敵といっても良いモンスターだ。

 何せ攻撃に使用した武器が溶かされ、尽く使用不能になるからな……。武器が使い捨てなんて、コスパが悪すぎる敵だ。


「何か言い合ってるな……」

「回避するかどうか相談しているんじゃないんですか? 魔法か安い使い捨て武器を持っていなかったら、戦うのは避けたい相手ですし……」


 俺がそう苦虫を噛み潰したような口調で言うと、冬樹さんは怪訝な視線を俺に向け疑問を投げかけて来る。


「田川……何かあったのか?」

「……ええ。スライムと初遭遇した時に、ゲームのスライムと本物のスライムを混同して侮って普通に武器で攻撃したんですよ」

「それって……」

「ええ。倒すことは倒したんですけど、物の見事に武器が溶かされ新しい武器を買い直さないといけなくなりました。まだ探索者を始めたばかりの時だったので、痛い出費でしたよ……」


 当時の事を思い出し、俺は小さく溜息を吐く。アレのお陰で貯金が目に見えて目減りし、戦々恐々としたことを覚えている。

 そして……。


「えっ塩!?」


 冬樹さんと話していると、突然妹さんの叫び声が聞こえてきた。塩?……塩って何だ?

 目を凝らして彼らの様子を観察すると監視対象者の一人、九重君が小さな袋を掲げ妹さん達に見せてつけていた。


「塩……塩分補給か?」

「まさか。流石にモンスターを前にして、水分補給や塩分補給はしないでしょう」

「まぁ、そうだな。でもそうなると、何で今塩の袋なんかを取り出したんだ?」

「さぁ……?」


 俺達が彼らの行動を興味津々といった感じで観察していると、妹さんが袋を受け取りスライムに歩み寄っていく。おいおい、あんまりにも無造作に近付き過ぎじゃないか?

 俺は妹さんの行動を、ハラハラとした心境で見守る。そして……。


「……はぁ?」

「……あれ?」

「……えっ?」


 妹さんが手を振るうと、何かが撒かれた。ライトの光が反射しキラキラと輝くそれがスライムに接触すると、スライムは劇的な反応を見せる。

 突然、激しく伸縮を繰り返しながら体の体積を減らしていき、半分程の大きさになった所で消滅した。

 あまりの光景に、俺達は唖然とし思わず絶句する。だが、何時までもそうしている訳にもいかなかった。

 

「……彼女、何をやったんだ?」

「何かを、撒いたように見えましたけど……まさか」

「多分、さっき受け取った塩じゃないですか? 隠れていてよく見えませんでしたけど、手を振る前に体の前で何か作業をしている様ですし……」


 俺達は未だ良く回らない頭を捻り、今目の前で起きた現象の考察をする。

 妹さんが塩を撒き散らしたら、スライムが消滅した。つまりスライムは塩が苦手……弱点という事なのだろうか?


「冬樹さん、田川さん。スライムって、塩で倒せるんですね」

「そう……みたいだな」

「認めがたいけど、スライムって塩で倒せるんだ……」


 予想外の結果に、俺達は暫く監視していることも忘れ唖然とした。

 そして、俺達が唖然としている内に、監視対象者達の間で何かあった様で来た道を引き返して来る。つまり、俺達の方に向かってくるのだ。

 

「マズイな……こっちに戻って来るぞ。二人共、急いで撤収だ。一先ず、曲がり道まで走るぞ!」

「「はい!」」

 

 冬樹さんの指示に従い、俺達は走り出す。幸いまだ少し距離はあるので、今なら姿を見られずに曲がり角に隠れられるだろう。

 そして余り遠くまで進んでいなかった事が幸いし、すぐに曲がり角まで戻る事が出来、姿を隠す事に成功した。









 見付からない様に彼らと距離を保ちながら後退している内に、結局俺達は休憩スペースまで戻って来てしまった。

  

「彼ら、何で戻ってきたんだ?」

「さぁ……?」

「特に怪我や装備の損失もありませんでしたし、あのまま進んでも良さそうなものなんですけどね……」


 俺達は自販機で買った小さめのペットボトル麦茶を飲みながら、彼らから離れたテーブルに座って不可解な撤退理由を推測していた。何故なら、彼らはスライムを倒した後、一直線に休憩スペースまで戻ってきたからだ。特に怪我等を負っていなければ、普通なら探索は続行するのだが……。

  

「まぁ、彼らなりの事情があった……と言う事なんだろうけど、これからどうする気なんだろうね?」

「探索を再開するか、地上に戻るか……と言う事ですよね?」


 冬樹さんは、俺の質問に頷く。


「さっきの事を鑑みるに、探索を続行するのなら追いきれなくて尾行失敗する可能性が高いからな……。それに、他にも隠し玉を持っていそうだしな」

「そうですね……」 


 塩がスライムの弱点という事を知って活用出来る様な彼らだ、他のモンスターの弱点と攻略法を研究している可能性が高い。そんな彼らが探索を再開すれば、直ぐに俺達が尾行出来る範囲を超えるだろうからな。

 そんな可能性を懸念していると、近藤さんが声を上げる。

  

「あっ、彼ら動くみたいですよ。方向は……良かった。階段の方向みたいですよ」


 彼らが座っていたテーブルの方に視線を向けると、確かに彼らは階段の方に歩き出していた。どうやら彼らは探索を再開せずに、引き上げるらしい。

 彼らが階段のそばまで移動した事を確認し、俺たちも席を立つ。


「よし、俺達も後を追うとしよう」

「「はい」」


 少し残っていた麦茶を飲み干し、ペットボトルを設置してあるゴミ箱に捨て彼らの後を追う。

 そして帰り道の最中、彼らは再びモンスターと遭遇していた。遭遇したモンスターは先程に続き、スライム。今度は妹さんの友人らしき女の子が前に進みで、先程の妹さんと同じ様にスライム目掛けて塩を振り掛けた。結果は先程と同様、塩を浴びたスライムは苦しそうに体を伸縮させた後に消滅する。

 どうやら塩がスライムの弱点だと言うのは、間違いないようだ。


「冬樹さん……報告書、どう書きます?」

「……見たままを書くしかないだろ」

「そうですよね……でも、信じて貰えますかね?」

「……上がどう受け取るかは分からないが、取り敢えず事実を報告書に書いて出しておこう」


 そう結論づけ、俺と冬樹さんは小さくため息を吐いた。目の前で起きている事をそのまま報告書に書いて提出しても、これまでの固定観念で信じて貰えなさそうだからだ。はぁ、再提出だけは嫌だな。

 そしてスライムを倒した後は他のモンスターとも遭遇せずに、彼らと俺達は無事にダンジョンから外へと出た。
















ついにスライムに塩を使用、塩が弱点であるとが監視者に知られました。ただ、中々の衝撃的事実のせいで、事実をそのままに報告書に記載しても信じて貰えるかは……。




朝ダン好評発売中です。書店等で見掛けたら、是非お手に取ってみてください。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 記載された内容を信じる信じないは別として、検証もしないのは無いと思うなw 検証の結果、倒せたら国の探索の時に今後使えるし 倒せなかったら謎の粉末を使用してスライムを倒したということで、本職…
[一言] 画期的な倒し方だけど、画期的過ぎて上が信じないから広まらない可能性が高いという、悲しい社会の構図になりそう(_’
[良い点] 上に報告しても、火炎放射器とか、使い捨ての武器とか、液化窒素を使ってまで倒てた意味ってなりますもんね。
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