幕間 拾玖話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その4
お気に入り14260超、PV12890000超、ジャンル別日刊17位、応援ありがとうございます。
ゲートを潜った俺達はまず、彼等との入場時間差を埋める為に小細工……小芝居を打つ事にした。チラリと冬樹さんに視線を送り、開始の合図をお願いする。
「よし、じゃぁダンジョンの中に入るぞ」
そう言って、冬樹さんはヘッドライトのスイッチを入れた。俺と近藤さんもそれに倣い、ヘッドライトのスイッチを入れる。
だが……。
「……あれ?」
「おい、田川。お前のヘッドライト、明かりが点いていないぞ?」
「えっ、ええっと……?」
冬樹さんの指摘を受け、俺はライトの前に手をかざす。
しかし、俺の手にライトの光はあたっていなかった。
「おいおい、電池切れか? ちゃんと事前にチェックしたのかよ?」
「しましたよ。さっき更衣室で点灯チェックした時は、ちゃんと灯きましたし……」
「……まぁ、良い。さっさと電池を交換しろよ」
「あっ、はい。すみません」
俺達はダンジョンの入口の前から脇に逸れ、ヘッドライトを取り外し電池交換を始める。腰のポーチから替えの電池を取り出し、ライトの電池と交換した。
「良し。これで……ん?」
電源スイッチを何度か押すが、ライトに光は灯らない。軽く振ってもみるが、点灯しない所を見ると接触不良でもない様だ。
「おい、まだか?」
「あっ、すみません。電池を換えても点かないもので……故障したか?」
「故障? 替えのライトは持ってきてないのか?」
「持ってきてますけど……」
「じゃぁ、そっちと交換しろよ」
「……はい」
迷惑そうな表情を浮かべる冬樹さんにそう言われ、俺は申し訳なさ気な表情を浮かべながらバックパックを背中から下ろし中身を漁る。
そして予備のライトを取り出し、チャンと点灯するか確認をしてから壊れたライトと交換し装備した。
「すみません。お待たせして……」
「もう、良い。装備品は、ちゃんと事前にチェックしておけよ?」
「は、はい!」
俺は冬樹さんと近藤さんに頭を下げ、ライトの不手際を謝罪する。
そして、急いで下ろしていたバックパックを背負い直す俺に近藤さんが近寄り、慰める様な体で肩に手を置きながら小声で話しかけてきた。
「田川さん。今、14組目が私達を抜いて先に行きましたよ」
「そっか。もうちょっと引っ張りたいけど、これ以上の先延ばしは変になるよね」
「はい。さっきから入場ゲートの係員さんが、コチラをチラチラと見ているので、そろそろ移動した方が良いと思います」
「分かった」
俺は近藤さんに頭を下げ礼を言いながら、バックパックを背負い直し冬樹さんに視線を送る。
今回のライトの故障騒動は事前に仕込んでおいた遅延策の一環だが、これ以上の時間稼ぎは無理だろう。そこそこ時間は稼げたが、もう一芝居は打たないといけないな……。
「良し、今度こそ準備は良いな? じゃぁ、出発だ」
「「はい」」
俺達は直ぐ後ろに迫っていた15組目が入口を潜るのを待ち、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
ダンジョンの中に入った俺達は先ず、冬樹さんが取り出した1階層の地図に目を通す。これは協会が探索者達の要望に応え調査作成した地図で、1階層から3階層までの表層階限定で今春から有料配布されている代物だ。今やダンジョン探索初心者の必須アイテムと呼ばれている代物で、1階層分が2000円と若干高いような気がするが需要は多い。
因みに、俺達が見ている物は昨日職場で協会のデータベースにアクセスしプリントアウトしてきた物だ。
「今日は早く下の階層に行こうと思うから、最短コースを通って行くけど……良いよな?」
「ええ。最短コースですか?」
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「ダンジョンに来たのは久しぶりですし、少し1階層を回りませんか?」
最短コースを主張する冬樹さんに俺が異論を述べた事で、俺達は足を止め進行ルートについて議論を始める。無論、態としている事だ。こうやって、少し揉めている様に見せかければ更に時間を潰す事が出来るからな。実際、俺達の後ろに迫っていた探索者チームは迷惑そうな表情を浮かべながら、足を止めた俺達を追い抜いていった。
そして、少し言い合いを続けた結果……。
「冬樹さん、田川さん。今の人達が19組目です。次が彼らの番の筈なので、そろそろ時間稼ぎは辞めて先に進みませんか? このままここにいると、私達の姿を見られちゃいますよ」
俺達を追い抜いて先に進んだチーム数をカウントしていた近藤さんが、俺達に口論をやめる様に言ってくる。それを聞いた俺と冬樹さんはピタリと口論を止め、冬樹さんは持っていた地図をたたみポケットに仕舞う。
「分かった。じゃぁ取り敢えず、通路の分岐まで進もう。上手くすれば、彼らの後ろを取れるかもしれない」
「そうですね、急ぎましょう」
「ああ」
俺達は辺りを警戒しつつ少し足早に通路を進み、最初の分岐で最短ルートとは反対の通路に入った。2つ目の分岐の角に身を隠した俺達は角から頭を出し、監視対象者達の行き先を観察する。
そして……。
「彼ら、向こうの道に曲がったな」
「そうですね。最短ルートを通って、2階層に行く気なのかな?」
「さぁな? でも取り敢えずこれで、彼らの後を追えるから良いさ。じゃあ周辺を警戒しつつ、彼らの後を追うぞ」
「はい」
俺達は通路の角から飛び出し、見付からない様に気をつけながら彼らの後を追う。
俺達は監視対象者である彼らの後を追いながら監視調査を続けていると、事前に予想していたものとは違う光景を目にする。
「……彼ら、全然自分達は前に出ないな」
「多分、妹さん達の育成中なのでは? ほら。見て下さいよ、あれ。彼ら自分達から前には出ようとはしていませんけど、要所要所で指示を出していますよ」
「そう、みたいだな……」
妹さん達が前面に出てダンジョン探索を行っており、監視対象者の3人は後ろから指示出しと周辺警戒を行っていた。
「あれって、実質Aランク探索者によるマンツーマン指導ですよね? あの子達、随分恵まれてますね……」
「そうだね……」
妹さん達がどう思っているかは分からないが、近藤さんの言う様に、かなり贅沢な育成環境だよな。彼らに守って貰えるのなら、この表層階で妹さん達が怪我を負う可能性は限りなく低いだろう。
「報告書を見た限り、彼らがエリアボス討伐以降にパッとした成果を上げていないのは何故だろうと思ったけど……後進の育成をしていたのか」
「みたいですね。でも、彼ら高校生ですよね? 彼らの様な年齢の子達なら、エリアボス討伐って成果を上げたら、勢いそのままに中層に突撃しそうなものなんですけどね……変わってますね」
「そうだな。実際、他のエリアボスを倒したチームの殆どは、中層階をメインの活動エリアにしているからな……。それを思うと、彼らは随分変わっているな」
俺と冬樹さんは、彼らの年齢にそぐわない落ち着いた探索スタイルに若干首を傾げた。彼らの様な年代の者は普通、後進育成より己の成果を積み上げる事に腐心する事が多いからな。特に彼らの様なトップクラスの探索者となれば、ドロップアイテムの換金による所得はかなり高額だ。それこそ、サラリーマンの平均年収など優に超える。自分達の探索を後回しにして後進育成をすると言う事は、その得られる利益がフイになるという事だからな。
だからこそ、俺達は首を傾げたのだ。殆どの者が先ず選ばない様な選択肢を、彼らは選んでいるのだから。
「あっ! 冬樹さん、田川さん! あれ」
だが、そんな俺達の考察は近藤さんの声で中断される。
近藤さんの声で意識を思考から彼らの監視に切り替えると、それの姿が俺の目に飛び込んできた。
「あれは……ハウンドドッグか」
「ですね。あっ、妹さんと九重君が前に出ましたよ」
「でも彼は一歩引いていますから、妹さんがハウンドドッグの相手をするみたいですね。単独でモンスターと戦うなんて事、私には無理ですよ……」
俺達の視線の先には集団から少し先に進み出て、単独でハウンドドッグと相対する監視対象者とその妹さんの姿があった。
そして、進み出た彼ら目掛けてハウンドドッグが飛びかかった。だが……。
「おいおい。彼、今一体何をしたんだ?」
冬樹さんの唖然とした声が、俺と近藤さんの耳に届く。だが、その声に俺も近藤さんも直ぐ答える事が出来なかった。何故なら、俺達の視線の先でハウンドドックが苦悶の悲鳴……絶叫を上げ転がりまわっているからだ。
「すれ違い様に、何かをしたみたいですけど……ここからだとちょっと」
「もう少し近付かないと分からない、か」
「でも、これ以上近づくと見つかっちゃいますよ」
そして、俺達がそんな問答をしている内に、床を転がりまわっていたハウンドドッグは動きを止め脱力していた。……死んだのか?
俺が動きを止めたハウンドドッグの生死を見極めようとしていると、槍を持った妹さんが近付き……首筋目掛けて突き刺した。
「……なる程。確かにあの方法なら、新人でもかなり高い安全性を確保しながらモンスターを倒す事が出来るな」
「でも、アレって……」
「ゲームで言う、高レベル探索者とのパワーレベリングだな」
俺達は彼らの後進育成方法に、若干違和感を覚えた。確かに彼らが行っているあの方法は、安全性と効率性に優れている。だが同時に、中身の無い探索者を育てているのでは?と言う思いが湧き上がってきた。
そしてハウンドドッグを倒し終えた彼と妹さんは、チームメイトと合流し短い反省会と妹さんの槍の洗浄を行い先に進んだ。
「彼ら“洗浄”も使えるんだな……」
「確か報告書に、以前彼らは“洗浄”のスキルスクロールを購入したって書かれてた様な……」
「はい。九重君と広瀬君の報告書に、数ヶ月前に購入したって書いてありました」
「と言う事は、今“洗浄”を使った彼女はドロップしたスキルスクロールを使って、“洗浄”を取得したのか……運も良さそうだな」
「そうですね。“洗浄”の使い勝手が知れるに従って、需要が一気に伸びてプレミアがつきましたからね」
“洗浄”のスキルスクロールの取引価格は、3ヶ月程前の倍近く。2百万円近い価格がついている。
そして、彼らがモンスターと戦闘した場所からある程度離れた事を確認し、ハウンドドッグを悶絶させた正体を知る為の痕跡探しを始める。
「……と、この辺りだな。田川、近藤さん、何か残ってないか?」
「何かって……」
「……あっ、冬樹さん。あそこ!」
近藤さんが指さした場所はハウンドドッグが悶絶していた場所ではなく、ハウンドドッグが着地に失敗し転がり始めた地点だ。そこには、少量の液体らしき物が溢れていた。
冬樹さんは落ちている液体に近付き顔を寄せ……飛び跳ねる様に距離を置く。
「……うわっ、何だこれ!? 鼻が痛い、って!?!?」
「「……!?」」
俺と近藤さんは、大きな悲鳴を上げそうになった冬樹さんに飛び掛り口を押さえた。危ない危ない。こんな所で大声を上げられたら、一発で尾行がバレてしまうって。
そして口を抑えられた事で落ち着きを取り戻した冬樹さんは、俺と近藤さんの腕を軽く数回叩き、もう大丈夫だという。俺と近藤さんが手を離すと冬樹さんは息を吐き、呼吸を整えてから液体の正体を語った。
「これは多分、相当強烈な辛味調味料だと思う。顔を近付けただけで、匂いが鼻を突き抜けたからな。こんな物を口に入れられたら……モンスターでも悶絶するわな」
「辛味調味料……何たらソースとか言う、タバスコの何倍も辛いとかいうアレですか?」
「多分、それだろう」
「辛味ソースでモンスターを撃退か……報告書にどう書くんです、コレ?」
「そうだな、見たままの事を書くしかないだろうな……」
微妙に、信じて貰えそうにない報告書に仕上がりそうな気がする。だが、どう報告書を書こうかと頭を悩ませている暇はなかった。
「冬樹さん、田川さん。話はその辺りにして、早く彼らの後を追わないと見失いますよ」
近藤さんの声を聞き、俺達がハッと顔を上げ通路の先を見ると、今にも角を曲がろうとしている姿が見えた。拙い、話に夢中になりすぎたな。
「急ごう。ここで彼らを見失う訳にはいかないからな」
「「はい」」
俺達は周辺を警戒しつつ、音を立てない様に気を遣いながら急いで彼らの後を追う。
そして、彼らはその後も辛味調味料を駆使し快進撃を続ける。辛味調味料の効果は抜群で、戦闘の前面に立つ妹さん達は怪我を負う事もなく、3時間程掛け1階層を歩き回った結果、7回程モンスターと戦うが妹さん達は軽々と撃退していった。……ああ言う搦手を使えば、経験の浅い新人でも楽に戦えるんだな。
2階層へと続く階段を降りて行く彼らの後ろ姿を見ながら、俺はそんな感想を抱いた。