第13話 御宅訪問…でかっ!
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昼食を地元駅の近くにあるファミレスで済ませた帰り道、俺達は武器を手に入れる為に住宅街の端にある2mを超える石垣と白塗りの塀に囲まれた裕二の家に寄った。ここにはちょくちょく遊びに来ているが何時も思う、重厚な一枚板で作られた両開きの武家屋敷門が威圧的だなと。俺がそんな感慨にふけっている隙に、裕二は門柱に備え付けられているインターホンで中と連絡を取り門を開けてもらおうとしていた。かなりの重量があるこの門を人力で開けるのは中々重労働なので、中からの操作で電動で開く仕組みになっている。その為、門が開くまで少し時間がある。
「入るだけで一苦労だよな、この門」
そして未だに思い出すのは、初めて裕二にここが自宅だと言われ連れてこられた時の事だ。何せこの門構えだ。見た時の第一印象は、どこの任侠屋敷家ですか?と言ったものだ。あの時は、真面目にビビった。腰が引け、挙動不審気味に逃げ口上と逃げ道を探したのも今となっては懐かしい。だからこそ、俺の隣でガチガチに緊張し生唾を呑んでいる柊さんに、裕二に聞こえない位の大きさの声で出来るだけ優しい口調で話しかける。
「……柊さん。無理だと思うけど、緊張しなくて大丈夫だよ? ヤの付く職業の人達とか出てこないから」
「……そ、そう。そ、そうよね」
「観光地化された歴史建造物に入るつもりでいれば、少しは気が楽だから」
う~ん、緊張が解れないな。やっぱり口で言っただけじゃ無理っぽいな。
実際、俺もこの家になれたのは、数回遊びに来た時だったからな。初見では無理か。
そうこうしている内に、門が重々しい音と微かなモーター音を立てながら内側に向かって開いていく。
「二人共何してるんだ? 早く入ってこいよ!」
「ああ、すぐ行く!」
既に中に入った裕二が、俺と柊さんを呼ぶ。俺は裕二に返事をした後、未だ緊張して動き出そうとしない柊さんの背中を軽く押す。俺に押された事で柊さんも緊張による硬直が解けたのか、足元が覚束無い足取りであったが一歩目を踏み出した。
「ちょっ! 押さないでよ九重君!」
「ごめんごめん。でも俺が切っ掛けを与えないと、動き出そうとしなさそうだったからね柊さん」
「そ、そんなこと無いわよ!」
俺と柊さんは小声でやり取りをしながら、裕二の家の敷地内へ足を踏み入れた。玄関までの道のりには飛び石と玉砂利が敷き詰められており、道沿いに松やツツジ等の観葉植物が植えられ車寄せを兼ねた広い空間は和の景観が整えられている。
「……本当にココ、個人宅?」
「そう思うのは無理ないけど、残念ながら間違いなく裕二の家だよ」
「……そう」
あまりに別世界な裕二の御家事情に、柊さんは呆然とした表情を浮かべながら頭を左右に巡らせていた。
初めてここに来た時は俺も柊さんと同じような反応をしたな……と、ちょっと逃避気味に過去を振り返る。
十数mに及ぶ玄関アプローチを抜け平屋建ての母屋に到着し、格子状の引き戸を開け、裕二、俺、柊さんの順で玄関へ入る。広々と作られた玄関で靴を脱ぎ、裕二の案内で自室へ移動するのだが、これがまた長い。数十mに及ぶ板張りの長い廊下を抜けた先にある別棟への渡り廊下を渡った所に、目的地である裕二の部屋があった。
障子の貼られた襖を開け入った裕二の部屋は、純和風の作りの家の外観と違い10畳程のフローリング張りの洋間だった。
「まぁ、適当に座っててくれ。今飲み物を持ってくるから」
裕二は机にカバンを置き俺達にソファーへ座る様に勧めた後、飲み物を取ってくると断りを入れ部屋を出て行った。
「……広瀬君って何者?」
「……本人が言う通りなら、代々続く古武術の跡取りじゃないの?」
「……」
俺がL字ソファーの手前側に座ると、未だ入口の所で立ったままの柊さんが呆けたような口調で質問をしてくる。取り敢えず聞き齧った情報を口にすると、柊さんはどこか批難するような眼差しを無言で俺に向けてきた。いや、気持ちは分かるけど、俺もそれ以上のことは知らないよ?ホント。
暫し無言のまま俺達は、何とも言えない視線を交わらせていたが、先に柊さんが折れた。深い深い溜息を吐きながら、俺の座る隣に腰を下ろす。
「……」
「……」
沈黙が辛い。この嫌な雰囲気を打破したいのだが、何と切り出せば良いのかが分からない。不機嫌そうと言うか無表情な柊さんは、俺との会話を拒絶しているようにみえる。
暫くの間、二人揃って無言でソファーに座り続けると言う状況が続き、沈黙に耐えられなくなりそうだった時、ようやく待ち人が来た。
「……どうしたんだ2人共? 揃って黙り込んで。妙に静かだから一瞬、2人が帰ったのかと思ったぞ?」
盆に、人数分の飲み物を持った裕二が部屋に入ってくる。湯気と香ばしい香りから、多分焙じ茶だろう。しかし良かった、これで話し出す切っ掛けができた。
「いや、何でもない。ね、柊さん?」
「ええ。特にこれと言うようなことはないわ」
俺と柊さんが気のない返事を返すと、裕二は首を傾げながらソファーの前に設置してあるテーブルに御茶とお茶請け菓子を置き、ソファーへと座った。
俺と柊さんは裕二に礼を言い、早速出された焙じ茶に手を伸ばす。焙じられた茶葉の香ばしい香りが心地いい。息を数回軽く吹きかけた後、少量のお茶を口へ含む。
「美味しいな、このお茶」
「そうね。焙じ方が素晴らしいわ」
俺と柊さんは、裕二が持ってきたお茶を絶賛する。柊さんの言う様に、特に茶葉の焙じ方が良い。これ以上焙じれば焦げると言うギリギリのラインを見極めている。そして何より、心が落ち着く味だ。現に柊さんも、どこかリラックスした様な表情を浮かべている。
このお茶、家政婦さんが淹れたのだろうか?
「そう言って貰えると、淹れた甲斐があるよ」
ん?淹れた甲斐がある?って!このお茶、裕二が淹れたのかよ!?本当なら、驚きの事実だよ!
ほら、柊さんも驚いて固まってるじゃないか!
「裕二が淹れたのか、これ?」
「ああ。フライパンで茶葉を焙じてな」
何の気兼ねもない返事の仕方から、どうやら本当のようだ。妙な特技を持ってるな、こいつ。
「まぁ、それは良い。丁度爺さんは道場の方に居るみたいだから、お茶を飲み終えたら武器を譲ってくれるようにと話をしに行こうと思うんだけど?」
「それが来た目的だからな、別にかまわないけど」
「私もそれで良いわ」
俺と柊さんはお茶を啜りながら、裕二の提案に反論せず同意する。厄介事はさっさと終わらせるに限るからな!
回遊型の日本庭園を抜けた先にある、庭の隅に立つ立派な土蔵と併設された木造道場。歴史を感じさせる佇まいと、十数名が稽古しても互いが邪魔にならないであろう大きさを誇っていた。
何度か来た事はあるが、ここに立ち入るのは俺も初めてだ。
「ただいま!爺さん居るか!?」
裕二が外から声をかけると、数秒程間を置いて道場の入口の引き戸が開く。開いた戸の中には、作務衣を着た鋭い眼光の白髪のお爺さんが立っていた。
「おお、裕二か。もう帰ってきとったのか?」
「うん」
「……ん? 客人か?」
裕二と話していたお爺さんの視線が、俺と柊さんに向けられる。何度かあった事はあるが、相変わらず威圧感のある爺さんだな。
「お久しぶりです」
「えっと、その、初めまして」
俺は軽く会釈しながら挨拶をし、柊さんは緊張しながら腰から頭を下げる。
「おお、九重の坊主か、久しいな。それと……裕二、こっちの御嬢さんは?」
「ああ、紹介する。大樹は何度か顔を合わせているから、爺さんも知ってるよな?こっちの娘は柊雪乃さん、同じクラスの同級生で一緒にダンジョンへ潜る仲間だよ。それと柊さん、この爺さんが俺の祖父で広瀬重蔵。うちの流派の総師範で、俺がダンジョンへ行くことになった元凶」
「元凶とは、酷い言いようだの。まぁ、良いわい。初めましてじゃの、柊の嬢ちゃん。このバカ孫の祖父、広瀬重蔵じゃ」
重蔵さんは柊さんに軽く会釈しながら、自己紹介をする。バカ孫扱いされた裕二は何時ものことなのか、特に気にした風にも見えない。
「で、どうしたんじゃ? 二人を連れて道場の方まで来るとは?」
「ああ、実は爺さんにお願いがあって来たんだ」
「お願いじゃと?」
「蔵の中にある、使っていない武器を譲って貰えないかな?」
「……」
裕二のお願いを聞いた重蔵さんの雰囲気が一変、只でさえ鋭い眼光がより鋭くなった。裕二はそんな重蔵さんの眼差しを、真正面から逸らす事なく受け止める。
暫し無言の間があいた後、重蔵さんが口を開いた。
「どうやら軽い気持ちで言っとる訳じゃないようじゃな。理由を言うてみい」
「ダンジョンに持っていく武器が18歳以下だと買えないんだ。譲渡の方は問題ないみたいだから、蔵の中の得物を持って行きたい」
「「……」」
再び二人が無言でにらみ合う。先程より長い沈黙が続いたが、不意に重蔵さんの眼差しが緩む。
「まぁ、良いじゃろ。そっちの二人の分もか?」
「うん。二人も同じ理由でダンジョンに持っていく武器を買えないからね」
「……良いじゃろ。ちょっと待っとれ」
重蔵さんはそう言って、道場の中へと戻っていく。
何とか交渉は成功したようで、重蔵さんのお許しが出た。裕二は安堵した様に小さく息を吐く。ホント、良くあの重蔵さんの眼光に引かず、自分の意見を通せたものだ。裕二、ご苦労様。
数分後、重蔵さんは手に鍵束を持って出て来た。
「行くぞ、付いて来なさい」
重蔵さんの先導に連れられ、道場隣の土蔵に移動する。
土蔵は漆喰の白壁造りの古い作りであったが、重厚で頑強な印象を受けた。入口の鉄張りの扉にもごっつい南京錠が取り付けられており、チャチな道具では壊せそうにない。重蔵さんが手に持っていた鍵束から一本取り出し、表のカギ穴を無視して南京錠を裏返し装飾の様な蓋を開け鍵を挿し込み解錠する。
俺と柊さんがその光景を驚き見ていると、裕二が説明をしてくれた。
「あれは昔の仕掛け鍵だよ。正面のカギ穴はダミーで、泥棒が幾ら必死に開錠しようとしても無駄って寸法。まっ、昔の防犯装置ってとこだね」
俺と柊さんは、裕二の解説に単純そうで効果的な仕掛けだと感心する。誰しも正面に鍵穴があれば、あそこに鍵を入れて使うものだと思うからな。昔の人は良く考えているよ。
南京錠が開錠され、鉄張りの分厚い扉がゆっくりと外開きで開く。
「さ、中へ入りなさい」
重蔵さんに促され、土蔵の中へ俺達は入っていく。入った時は真っ暗で良く見えなかったが、蛍光灯に照らし出された土蔵の中は広々としていた。
棚や木箱が整理整頓され並べられ、古美術品と言って良い品々が所狭しと飾られている。俺と柊さんが興味深げに土蔵の中を眺めていると、後ろから重蔵さんが声をかけてきた。
「どうじゃ?」
「凄い。としか言いようが無いですね」
「ええ、私も」
俺と柊さんの気の抜けたような感想に、重蔵さんは苦笑する。
いや、苦笑されても。一般人にいきなりこれを見せたら、皆似たような反応しか返さないと思うんだけど……。
「まぁ、良い。武具の類は2階の方に置いてある、そこの階段を上りなさい」
重蔵さんが指さした土蔵の奥隅に、梯子の様な急角度の木製階段が設置されていた。急過ぎない、あれ?
裕二を先頭に、俺、柊さん、重蔵さんの順で階段を登る。角度が急で滑り落ちそうな感覚を覚えながら2階へ上がると、そこには多数の箱と壁一面に布がかけられていた。先に2階へ上がった裕二は、手馴れた様子で壁の布を剥いでいく。
すると……。
「すっげぇ……」
「ええ」
俺達の目の前に、壁一面に飾られた多種多様な武具が姿を現す。刀や槍を筆頭に、弓に火縄銃、外国の武具も飾ってあった。俺も柊さんも息を呑んで、蛍光灯の光を反射し鈍い輝きを放つ武具の数々に見いる。
正に、古今東西の武具が揃った見本市状態であった。
「どうじゃ?ワシがコツコツ集めておったコレクションの数々は?」
ドヤ顔を決めながら、重蔵さんが階段から現れた。どうやら此処まで多種多様なラインナップが揃っているのは、重蔵さんの仕業だったらしい。確かにこれが個人のコレクションだとしたら、よく此処まで集めたものだと感心する。
「ウチは戦場武術を発祥にもつ流派じゃからの、どんな得物を持つ敵が相手でも対処できねばならん。彼を知り己を知れば百戦殆うからずじゃ。研究の一環の為にも、手に入れられる物は大体集めてみたんじゃよ。で、お主達はどれを持っていく?」
重蔵さんの問いに、武具達が放つ威圧感のようなものが増したように感じた。
道場付きの武家屋敷って、この位の規模になりますよね?




