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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
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幕間 拾捌話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その3

お気に入り14230超、PV 12810000超、ジャンル別日刊20位、応援ありがとうございます。




俺達は2台目のバスに乗り込み、一番後ろの席に陣取り焦った表情を浮かべながら緊急ミーティングを行う。俺と冬樹さんは顔を突き合わせ、周りに聞こえない様に小声で話す。


「どうするんです、冬樹さん!? 俺達、監視対象に置いていかれましたよ!?」

「どうするもこうするも……今は後を追うしかないだろ? 行き先は分かっているんだから、早くバスが出発すれば更衣室辺りで追いつけるさ……多分」


 冬樹さんは焦った表情を浮かべ、口元を少し引き攣らせながら自分に言い聞かせる。


「多分って……」

「他にどうしようもないだろ? タクシーも全部出払っていて、直ぐに出発出来る様なヤツは乗り場に待機していないし……」

「それはそうですけど……」


 そこまで言い、俺は車内を一瞥した後に窓の外を見る。車内にはまだ数席の空席があり、バスに乗ろうとする客の列はないが、コンビニや駅舎の方向から慌てた様に走り寄ってくる探索者風の格好をした人影がチラホラと……。

 バスの運転手も親切心からか車内の席が埋まるまで待つつもりの様で、出発にはもう少し時間がかかりそうだ。人が急いでいる時に限って、運転手の親切心が恨めしい!


「……間に合いますかね?」

「……間に合う様に祈るしかないな。それとも、運転手に早く出発してくれと交渉するか?」

「無理でしょ……。不満があるんなら、降りてタクシーを使えと言われるのが落ちですって」


 俺と冬樹さんの頭には、尾行失敗の4文字が浮かぶ。焦る気持ちから無意識に貧乏揺すりが出ている事に気付き、手で足を押さえる。 

 しかし、そんな焦る俺と冬樹さんと対照的に近藤さんは落ち着いていた。


「近藤さんは随分落ち着いているね……心配しないの?」

「心配ですか? ダンジョンに入った後なら焦りもしますけど、今はまだ大丈夫ですよ。行き先も分かっていますし、ダンジョンに着いたからと言って即入場……って訳にも行きませんからね。大丈夫です、間に合いますよ」

「「……」」


 笑顔で断言する近藤さんに、俺と冬樹さんは何も言えず口を閉じる。彼女の自信は、何処から来るんだろう……?

 そして駆け込み乗客を待ち、5分程ロータリーで待機していたバスはドアを閉め出発した。









 ダンジョンに到着した俺達は、バスを降り急いで入場手続きへと走る。幸い、バスは渋滞等に引っ掛かる事もなく順調に進み、俺達の前に出発したバスがロータリーにいる内に到着出来たのだが、最後尾の席に座っていたのが災いし中々車内から降りられなかった。皆ダンジョンに潜る為に、大荷物を持っているので余計時間が掛かる。

 ミーティングをする為とは言え、一番奥の席に座ったのは失敗だったな……。


「うわっ……並んでるな」

「皆、同じタイミングですからね。それは混みますよ」


 俺達の目の前には、入場受付の為に同じバスに乗っていた先発組が列をなしていた。急ぎたいのにと言う焦る気持ちを抑えつつ、俺達は列の最後尾に並ぶ。だが予想以上に列は順調に流れ、並び始めてから10分程で俺達の順番が回ってきた。

 よく見ると受付窓口は3つもあり、係員も手際よく列を捌いていた。


「お待たせしました、カードの提出をお願いします」

「はい」


 受付係員に促され、俺達は用意していた探索者カードを提出した。係員は素早くカードを照会し、ロッカーの鍵と共に返却する。 


「コチラをどうぞ、受付は完了です」

「ありがとうございます」

「無事の生還をお待ちしております。ご健闘を」

「はい」


 係員からテンプレな挨拶を受けつつ、俺達は更衣室へと早足で急ぐ。走ると目立つからな……見た目競歩だけど。

 そして……。


「あっ、冬樹さん田川さん。あれ……」


 近藤さんが指さす先を見ると、待合室の椅子に座る監視対象者2名を見つけた。


「男2人……九重君と広瀬君だな」

「そうですね。女の子3人はまだ更衣室の中みたいですから……急ぎましょう」

「そうだね。近藤さん、更衣室に女の子3人組がいると思うから、バレない様にそれとなく様子を観察しておいてくれ」

「分かりました」


 俺達は歩くスピードを落とし、態と椅子に座る彼らの前を通って更衣室へとはいった。確認の声をかけられなかった所を見ると、俺達の尾行はまだバレてないみたいだな。

 そして近藤さんと別れ、俺は冬樹さんと更衣室へと入って鍵と適合するロッカーを探す。


「おっ、ここだ」

「隣どうしのロッカーですか。これだけ空いているんだから、もう少し離れた場所のロッカーの鍵を貸してくれれば良いのに……」

「田川、贅沢言ってないで早く着替えろ。折角、監視対象を見付けたのに、また見失うぞ」

「あっ、はい!」


 ロッカーの位置に不満を述べていた俺を、既に着替えを始めていた冬樹さんが軽く叱り着替えを急ぐ様にとケツを叩いてくる。冬樹さんがロッカー前で着替えをしているので、俺は背中に背負っていたバックパックを近くの長椅子に下ろし中身を取り出す。

 もう少しロッカーが離れていれば、先に服を着替えられたんだけどな……。


「そう言えば、冬樹さん……」

「ん? なんだ?」

「冬樹さんって、何階層まで潜れるんですか?」


 俺は準備する手を止めず、昨日から気になっていた事を聞いてみる。 

 すると冬樹さんは着替えの手を止め、顔色を少し変えた。


「何階層って……6階層までだよ」

「6階層、ですか」

「ああ。そこから先は、な?」


 冬樹さんは若干自虐的な笑みを浮かべ、恥ずかし気な口調で答えた。

 6階層……つまりゴブリンとは戦っていないと言う事か。冬樹さんは、洗礼挫折組と言う事か……。


「1度、7階層にも降りた事あるんだけどな? 俺には……無理だったよ」

「そう、ですか……」

「ああ。そう言えば田川、お前は? 何階層まで、潜ったんだ?」

「俺は……9階層までです」


 冬樹さんの後で若干言いづらかったが、俺は自己最高潜行階層を伝える。


「そうか……お前は乗り越えられたんだな」

「……はい。あっ、でもやっぱり一緒にチームを組んでいた友達の何人かは、無理だと言って探索者を辞めていきましたよ」

「……そうか」


 冬樹さんは俺の気遣いに苦笑を漏らした後、着替えを再開する。確認しておかないといけない事だったけど、拙い事を聞いちゃったな……。

 その後、俺と冬樹さんは無言で着替えを済ませ、必要な道具を持ち更衣室を出た。

 








 更衣室を出た俺と冬樹さんは、監視対象者が既に待合室にいなかったので、近藤さんが更衣室を出てくるのを待つ合間に少し別行動を取る。

 俺は準備運動が出来る無料共用スペースに監視対象者が居るか軽く確認して回り、冬樹さんは受付で個室の使用状況を確認しにいった。残念ながら共用スペースで彼らを見付ける事は出来ず、若干焦りながら待合室に戻る。すると、待合室の前には近藤さんが立っていた。


「近藤さん」

「あっ、田川さん! どこに行っていたんですか、探したんですよ!」


 俺の姿を確認した近藤さんは、俺に駆け寄り小声で抗議の声を上げる。


「ごめんごめん。ちょっと、共用スペースに彼らがいないか確認をしにね?」

「もう。それならそうと、事前に一言断りを入れておいてくださいよ……」

「俺達が出た時に、彼らがもう居なかったからね。急遽、どこにいるのか確認だけはしておこうと思ってね」

「という事は、冬樹さんもどこかに行かれてるんですか?」

「ああ」


 冬樹さんの姿を探していた近藤さんは、俺の答えを聞き出入口や受付付近を見回す。

 

「個室の使用状況を聞きに受付に行ってるから、もうそろそろ戻って……」

「あっ。あそこにいましたよ、冬樹さん」

「えっ?」


 近藤さんが小さく指さした先に、こちらに向かって歩いてくる冬樹さんの姿があった。俺達が気がついた事に気付き、冬樹さんは小さく手を振る。

 

「待たせたね」

「いえ、そんなに待ってませんよ。で、どうでした? 個室の使用状況は分かりましたか?」

「ああ。バッチリだよ。 彼らは今、3番の個室を使ってるみたいだ」

「そうですか」

 

 どうやらダンジョン内で先行され、観察対象者を再度見失うという最悪の事態は回避できるようだ。

 

「それにしても冬樹さん、どうやって彼らが使用している個室の事を聞き出したんですか? 使用者の個人情報って、そう簡単に教えてくれないんじゃ……」

「ああそれは、これを使ったんだよ」


 近藤さんが頭を傾げながら、どうやって情報を引き出したのかと尋ねると、冬樹さんは懐から探索者カードとは別のカードを取り出す。


「あっ、それって……」

ウチ(ダンジョン協会)の社員証だよ。これを使って、受付の子から情報を聞き出したのさ、正規の仕事だと伝えてね」


 冬樹さんが取り出したカードは、俺達が普段職場で使用している社員証だ。確かに社員証を照会し正規の物と認められ、正規の仕事と言われれば教えてくれるかもしれないけど……


「多少渋られたけど、照会して社員証が本物だと分かると素直に教えてくれたよ」

「そ、そうですか……」


 良いのかな? その子、後で上司に怒られるんじゃないだろうか?俺は思わず、冬樹さんに個室の使用状況を教えた係員の事を心配した。

 

「まぁこの話はここまでにして、彼らの居場所が分かったんだから。俺達も準備運動をしに行こう。多少は体を解さないと、動きが悪くなって怪我をするからな」

「そ、そうですね」

「はい」


 俺達は共用スペースに移動し、個室に続く通路が見える場所を確保し準備運動を始めた。








 



 一通り準備運動をし終えたが、まだ監視対象者達が個室から出てくる気配はない。なので俺は、近藤さんに更衣室で冬樹さんにした質問を投げかけた。


「近藤さん、ちょっと聞いても良いかな?」

「? 何ですか?」

「近藤さんは、最高何階層まで潜っていたの?」

「何階層か……ですか?」


 近藤さんは首を少し傾けながら、疑問符を浮かべる。


「ああ。近藤さんがダンジョン探索で、どれ位出来るか把握しておきたくてさ、教えて貰えないかな? 因みに、俺が9階層で、冬樹さんが6階層だよ」

「そうですか……私は3階層が最高到達階層です」

「「えっ!? 3階層!?」」

「はい。3階層」


 まさかまさかの事態である。近藤さんの最高到達点が3階層と言う事は、今回俺達が彼らの探索についていけるのは、良い所4階層までである。確かに俺達は彼らの監視調査を命じられているが、自分達の命が天秤に乗っている以上無理は出来ても無茶は出来無い。


「冬樹さん……」

「ああ、分かっている。今回の調査は、潜ったとしても4階層までだ」

「えっ? でも、あの……冬樹さん、田川さん。私は別に……」

「「却下!」」


 近藤さんが何か言いたそうにしているが、俺と冬樹さんは問答無用で意見陳情を却下する。


「あのね、近藤さん? 確かに俺達は今回命令で動いているけど、出来ない事は出来ないと素直に訴えて良いんだよ?」

「えっ、そうなんですか?」

「良いんだよ。それに今回の調査は俺達素人を使った急造体制だからね、失敗をする事も最初からある程度は折込済みの筈だよ。課長もバレたら、正体を明かしても良いって言っていたしさ。だから近藤さん、無理に尾行する必要はないんだよ。良いね?」

「……はい」

 

 冬樹さんに諭され、近藤さんは小さな声で返事を返しつつ頷く。

 そして遂に、個室に繋がる通路からドアが開閉される音が響き聞こえてきた。視線を通路の方に向けると男女5人、監視対象者達らしき姿が微かに見える。 

 

「……出てきたな。じゃぁ、今度は俺達が先回りをしよう」

「分かりました」

「はい」


 俺達は準備運動をする為に近くに置いておいた荷物を背負い直し、監視対象者達が出てくる前に共用スペースを後にし、建物の出入り口の近くに移動する。

 そして出入り口付近から通路を確認すると、個室に繋がる通路から監視対象者達が出てきた。よし、先回り成功。今日始まって以来の好感触に、俺達は思わず顔を綻ばせる。 

 

「さっ、今の内に入場ゲートの列に並ぼう」

「そうですね、行きましょう」

「はい」


 俺達は建物を後にし、入場ゲートがある建物へ移動を開始した。










 先回りし、俺達がダンジョンへと続く入場ゲートの列に並んでいると、監視対象者達が列の最後尾に並んでいた。間に20組ほど挟んでいるのが少々気になるが、まぁ何とかなるだろう。それにしても、色々愉快な格好をした探索者が増えたよな……。

 そして列は順調に流れて行き遂に、俺達に入場順が回ってきた。


「カードの掲示を、お願いします」

「はい」

 

 係員に促され探索者カードを読み取り機に翳すと、短い電子音が鳴りゲートが開く。

 

「OKです。ご入場下さい」


 係員に向けて軽く一礼し、俺達は入場ゲートを潜り抜けた。

 さっ、ここからが本番だ! 俺は頬を両手で軽く叩き、気合いを入れ直した。

















いよいよ、ダンジョン突入です。

一応、全員それなりにダンジョン探索を経験しています。冬樹さんは人型モンスターで脱落し、近藤さんは表層階までしか経験していませんが……。



朝ダン、好評発売中です。書店等で見掛けたら、是非お手に取ってみてください。


 挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[一言] そうそう。 これが本当の一般人探索者なんだよなぁ(_’ しかも大怪我とかトラウマで潜れなくなったわけじゃない、普通にそこそこ稼ぐ力がある探索者。
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