幕間 拾漆話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その2
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少し肌寒い早朝、俺は今日の監視調査対象……九重大樹の自宅を少し離れた電柱の影から眺めていた。
因みに、今の俺の格好は無地Tシャツの上に長袖の薄い青色のシャツ、黒いジーンズといった物だ。ついでに背中に大きなバックパックを背負い、右手にアンパンを持ち左手にパック牛乳を装備している。
「報告書によると、7時頃に家を出るってパターンらしいけど……来るの早かったかな?」
そう思い、俺はスマホの時計を確認する。表示されている時刻は、6時15分だ。
ついでに俺はスマホのメモ帳に箇条書きしておいた、監視対象のダンジョン探索における基本的な行動パターンを見直す。彼は基本的に朝7時頃に家を出て、駅でメンバーと待ち合わせをし、電車を使って最寄りのダンジョンではなく少し離れたダンジョンに潜っているらしい。何故、最寄りのダンジョンを使わないのかと言う疑問はあるが、まだまだ彼が家を出てくる時刻までに時間がある。
「それにしても……今の俺、行動が完全に不審者だよな?」
俺はカーブミラーに映る自分の姿を見て、頬が少し引き攣った。
人通りの少ない日曜の朝っぱらから、アンパンと牛乳片手に電柱の影から人の家を観察している……。うん。何時、職質をかけられてもおかしくないな。
「近くに自販機なりコンビニなりがあれば、少しは誤魔化せるのに……」
だが残念な事に、監視対象の家が見える範囲にそれらしき設備も施設も無く、出来れば近くにあるコンビニに行って時間を潰したいが、監視対象が何時家を出てくるのかわからないので離れられない。ある程度の行動パターンは把握しているが、必ずその通りになるとは限らないからな。
どうせ今日限りの監視なので周辺住民から不審の目で見られるのは我慢出来るが、俺は通報されたり職質されません様にと祈った。
そして幸い、道を歩く人達に少々不審の目で見られる事はあったが、通報や職質される事も無く無事に時間が経過した。暇だったけどな。
「……出てきた」
監視対象の家のドアが開き、調査報告書に添付されていた写真に写っていた九重大樹が姿を見せた。スマホの時計を確認すると、6時56分。ほぼ予定通りの時間に、彼は家を出るようだ。
ついでに、同行者もいる様だが……。
「えっと。あれは……彼の妹さんかな」
俺は調査報告書に記載されていた家族構成を思い出し、同行者の正体を推測する。彼女も彼と同じ様なバックパックと武器収納バッグを身に着けている所から、調査報告書には載っていなかったが彼女も探索者なのだろう。
前回の報告書にこの事が載っていなかった所を見ると、前回の調査後に探索者試験を受け合格したのだろうな。普通なら、そっか……で済ませられるのだが、今の俺には大問題だ。
「……素人調査員に、2人同時に尾行しろとか難易度あがり過ぎだろ」
いきなり、発見のリスクが2倍に増えた。
一応、監視がバレたら事情説明をして身の安全を確保しても良いと言う許可は貰っているが、同時に、可能な限り発見されずに普段の彼らの姿を調査して来いとも言われている。
「考えていても仕方がない……行くか」
俺は気合いを入れ直し、仲良さげに駅に向かって歩き始めた監視対象の九重兄妹の後を追い始めた。
駅に到着すると、彼等は誰かを探すかの様に周りを見回していた。だが軽く辺りを見回した後、少し肩を落としている姿を見るに、彼等が1番最初に駅に到着したようだ。
そして暫くすると、彼等に1人の女の子が合流した。前回の調査報告書には載っていない子だが、彼の妹さんと仲良さげに話している所を見ると友達なのだろう。彼女も大きなバックパックと武器収納バッグを持っているので、もしかすると妹さんと同時期に探索者になったのかもしれないな。
そんな妹さん達の楽しげな会話に入りきれない彼は居心地悪気にスマホを取り出そうとしていたが、何時の間にか近寄ってきていた男の子に肩を叩かれ声をかけられた事で中断した。
あっ、彼は確か報告書に乗っていた……。
「広瀬裕二……だったっけ?」
「ああ、そうだ」
「うわっ!?!?」
俺は突然後ろから肩を叩かれ悲鳴を上げそうになったが、手で口を押さえ何とか悲鳴を噛み殺す。慌てて振り返ると、そこには私服姿にバックパックを背負った冬樹さんが立っていた。
「わ、悪い。……そ、そんなに驚いたか?」
「あ、当たり前でしょ!? 只でさえ慣れない事をして神経張ってるんですから、脅かさないで下さいよ!」
「す、すまん」
俺は冬樹さんと慌てて物陰に隠れ、小声でドッキリに対する抗議の声を上げる。そっと彼らを覗いて見ると、幸い気付かれてはいない様だ。だが、尾行しているのだから変な事はやめて貰いたい。
「で、冬樹さん。そちらは、どんな調子ですか? こっちは想定外の同行者がいたんですが……」
「そうか。まぁ、こっちに同行者はいなかったが……」
「……何かあったんですか?」
「彼の家がな……」
そう言って、冬樹さんは遠い目をする。
「彼の家、武道家らしくってな? とっても大きな御屋敷で塀も高く、外からの監視は俺の素人監視スキル程度じゃどうやったって無理だったよ。しかも、塀沿いには監視カメラも設置されているから、下手に近付く事もできないし……」
「ああ、そうなんですか……」
「しかもな……」
そう言って何かを思い出したらしい冬樹さんは、若干顔色を悪くしながら自分の体を両手で抱き抱え体を震わせた。
「家を出た彼の後を追おうとした時、一瞬とんでもない悪寒を感じて背筋が凍ったんだよ」
「……」
「慌てて周りを確認したけど、誰もいなかったしな。ほんと、あれは一体何だったんだろう……」
冬樹さんは顔色を少し青ざめさせながら、俺に縋る様な眼差しを向けてきた。いや、そんな怪談じみた話を俺にふらないで下さい。何とコメントしたら良いか分からないですし……。俺と冬樹さんは得体の知れない寒気を感じつつ、そっと物陰から顔を出し更に同行者が1人増えた彼等の様子を観察した。
そして数分後、別の監視対象者を尾行していた私服姿の近藤さんが俺達と合流する。
「おはようございます。冬樹さん、田川さん」
「あっ、おはよう。近藤さん」
「おはよう」
俺達と同じ様に尾行している筈なのに、近藤さんは一切緊張している素振りを見せず自然体で朝の挨拶をしてきた。……何でそんなに泰然としていられるんだろう?
「? どうしたんですか、田川さん?」
「あっ、いや。何でもないよ。 それで近藤さん、近藤さんの方の調子はどう? バレそうになったりしなかった?」
「何回か危ない場面がありましたけど、幸い今のところバレてはいないみたいです」
「そ、そう」
「あっ、でも。同じ電車に乗るのなら、少し着替えておいた方が良いかもしれませんね」
そう言って近藤さんは背負っていたバックパックを下ろし、中からいま羽織っているカーディガンと色違いのカーディガンを取り出した。
「冬樹さんと近藤さんも、着替えておいた方が良いと思いますよ?」
「あっ、うん。そうだね。替えておこうか……」
近藤さん曰く、羽織っている上着を交換するだけでも印象が変わり尾行を気付かせにくくする効果がある……との事。稚拙な欺瞞工作ではあるが、何もしないよりは100倍マシだと言うのが近藤さんの主張だ。尾行の経験など全くない俺と冬樹さんは、近藤さんに倣いバックパックから代えの上着を取り出し着替える。……手馴れた感がする彼女の過去に何があったか気にはなるが、気にしないでおこう。
そして俺達が上着の着替えを終えたのと時を同じく、監視対象者の彼等も駅の改札へと移動を始めた。
「良し。じゃぁ、俺達も後を追うぞ」
「「はい」」
冬樹さんの号令を合図に、俺達も尾行を再開した。
乗り継ぎを1回はさみながら、彼等を見失う事も無く俺達は無事に目的の駅に到着。ダンジョンの最寄駅と言う事もあり同じ駅で降りる探索者スタイルの乗客が多かったので、尾行している俺達も目立たず駅に降りる事が出来た。
「ここまでは順調……なのか?」
「まぁ、多分。一応、まだ気付かれないみたいですし……順調、なのでは?」
俺と冬樹さんは改札を出る人の流れに乗り、俺達の稚拙な尾行は成功しているのかと若干の不安を抱きながら確認しあう。
すると近藤さんが、そんな不安を抱く俺達を安心させる様に声をかけて来る。
「大丈夫ですよ冬樹さん、田川さん。仮に私達の存在に気付かれたとしても、彼等は私達の素性は知らないんです。ここにはダンジョンに行く人がイッパイいるんですから、平然として周りの人達に紛れ込んでいれば彼等も勘違いだと思ってくれますよ。逆に、そんなに不安な表情をして尾行をしていたら、それが原因で気付かれてしまいますよ?」
そう言って、近藤さんは柔らかい笑みを浮かべた。
……何で、貴方はそんなに平然としていられるんです? 肝が据わり過ぎていませんかね?
「あっ、うん。そうだね……」
「そうですよ」
冬樹さんは引き攣りそうになっている顔を必死に耐えながら、いっそ穏やかと言える笑みを浮かべる近藤さんに短く返事を返していた。こ、怖いんですけど……。
そして俺達は改札を通り駅舎を出て、ロータリーを歩く彼らの後を追った。
彼等がコンビニに入っていく後ろ姿を見送った後、俺達はこの後どうするか話し合いをする。
「で、どうする? 彼等を追ってコンビニに入るか?」
「いや、流石にそれは……不味いのでは?」
「そうですよ、冬樹さん。混雑しているとは言え、流石にコンビニみたいな狭い空間に一緒にいたら顔を覚えられるリスクが高いですよ」
「確かにそうかもしれないけど、俺達もダンジョンに入る前に食料を調達しておかないと……」
冬樹さんの主張も、尤もだ。これからダンジョンに入るのに、食料を持たずに入るのは無謀だろう。確かにバックパックの中に非常用固形食は入っているが、味気ない食事は出来れば避けたい。
それに、非常食は非常時に食べるものだから非常食なのだ!……と主張しておこう。なので、俺はとあるお店を指さす。
「じゃぁ、あのパン屋さんで何か買っていきませんか?」
「あのパン屋か……」
俺が指さしたパン屋を見て、冬樹さんと近藤さんは少し眉を顰めた。何と言うか……年季が入ったパン屋だ。
「他に持ち帰りが出来そうな店は開いていませんし、コンビニを避けるのならあそこで買うしかありませんよ?」
「……そうだな」
「……そうですね」
他に選択肢もなく、これで話し合いは終わった。
俺達は足早に店に入り、パンを購入する。その際、試食で出して貰ったパンの美味しさに、予定以上の品数を買ったのはご愛嬌だ。あのパン屋、絶対外観で損してるよ……。
「思いも寄らず、良い物が手に入ったな……」
「そうですね。帰りにも時間があれば、買って帰ろうかな」
「あっ、良いな。それ」
パン屋を出た俺達は、ダンジョン行きのバスが出る駅のロータリーに戻って行く。その際、監視対象の彼等がコンビニを出てバス乗り場に向かう姿を見付けたので、俺達は少し手前の喫煙所で立ち止まった。
そして冬樹さんは、おもむろにズボンのポケットからタバコを取り出す。
「あれ? 冬樹さんって、タバコ吸いましたっけ?」
「ん? 吸わないぞ? これは飽く迄も、ポーズだよポーズ。ほら、火は点けなくて良いから、お前も咥えとくだけ咥えておけ」
「あっ、はい」
俺は冬樹さんが差し出したタバコを一本受け取り、火をつける真似をしながら咥えた。暫くタバコを吸うふりをしながら彼等の監視を続けていると、ダンジョン行きのバスが姿を見せたのでタバコを灰皿に捨て乗車番待ちの列の最後尾に並ぶ。
間に10人程並んでいるが、あまり彼等との距離を詰める訳にも行かないので丁度良い……筈だ。
「多いな……いけるか?」
「多分……大丈夫ですよ」
思っていたより長い乗車待ちの列に、俺と冬樹さんは嫌な予感がした。
そしてバスが到着し列が進んでいくと、次第にその嫌な予感は強くなっていき……。
「すみません、既に満席なので次の方は後ろのバスにお乗りください! ドアを閉めますので、危険ですから乗降口から離れて下さい……それでは閉めます」
無情にも、俺達の一つ前でバスの扉が閉められた。俺は思わず、既にバスに乗車している監視対象者を凝視し愕然とする。
そしてバスは、俺達をロータリーに残し走り出した。
「……置いてかれたな」
「……置いてかれましたね」
「……置いていかれちゃいましたね」
「「「……」」」
俺達は2台目のバスがロータリーに入ってくるのにも気付かず、唖然とした表情を浮かべながら監視対象者達が乗っていったバスを見送った。