幕間 拾陸話 ポンコツ?監視者3人組の監視録 その1
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俺こと田川優木は退社時間の少し前に、上司である課長に小会議室に来る様にと呼び出された。何かミスでもしたかなと頭を捻りながら、上司に指定された時間の少し前に小会議室へ行くと既に先客が椅子に座っている。
「あれ? 冬樹さんと近藤さん、お2人も呼ばれたんですか?」
会議室には既に2人の男女、同期入社だが俺より年上で20代後半の冬樹元弘さんと、大学新卒入社した近藤玲奈さんがいた。
「ん? ああ、田川君。君も呼ばれたのかい?」
「ええ、はい。用件は知りませんが、呼ばれました」
「そうか」
2人に話を聞いてみると、どうやら2人も何の用件で呼ばれたのか知らされていないそうだ。軽く概要程度でも用件を教えてくれていたらと思わなくもないが、どうせ直ぐ会議が始まるだろうから良いかと思い直す。
そして俺達は上司が会議室に来るまでの間、時間潰しを兼ねて近況報告を交えながら世間話をする事にした。
「そう言えば近藤さん。どう?この職場にはもう慣れた?」
「あっ、はい。まだ覚束無い部分もありますが、なんとかやって行けそうです!」
「そう。何か分からない事があったら気軽に声をかけてくれて良いからね?」
「はい! ありがとうございます、田川さん」
机を挟み対面の席に座っている近藤さんは、新社会人らしいハツラツとした返事を返してくる。このフレッシュさが、後何ヶ月持つ事か……。
そんな感じで俺が近藤さんと話していると、隣に座る冬樹さんが俺の脇腹をつつきながら小声で話しかけてきた。
「何だい、田川君? 君、近藤さんを狙っているのかい?」
「違いますよ……。単に、新人を心配しているだけですって」
「ほぉ……、その割には随分親切そうだね?」
「もぉ、変な誤解しないで下さいよ……」
チラリと近藤さんの方に視線を向けると、彼女は俺と冬樹さんのやり取りを首を傾げながら不思議そうに見守っていた。可愛いな……狙ってみるのも良いか?
そんな事を考えながら冬樹さんの追撃を交わしていると、会議室の扉が開く音がした。
「やぁ、お疲れ様。悪いね、呼び出したのに待たせてしまって」
「あっ、いえ。自分達も先程集まった所なので、気にしないで下さい」
「そうか?」
軽く謝罪の言葉を述べながら会議室に入ってきたのは、俺達の上司である課長、脇田雅也だった。脇田課長は手に持ったタブレットと紙資料をテーブルの上に置き、部屋の一番奥の席である近藤さんの隣に座った。
「さて。時間もない事だし早速、君達を呼び出した理由を話そう。まずは、コレを見てくれ」
脇田課長は、持ってきた紙資料を俺達に配る。A4サイズの紙が数枚綴じられた薄い小冊子だ。目の前に置かれた冊子の表題名は、注意対象探索者の調査計画書だ。
って、調査?
「見ての通り、今回君達を呼び出した理由はとある探索者の調査だ。実は今日の午後、ウチの管轄内にあるトラップ訓練施設で上級ゾーンをクリアした者が出たんだよ」
「へー、久しぶりですね。上級ゾーンをクリアした人って。でも何で、それがいきなり調査対象って事になるんですか? 確かに数少ないクリア者ですので注目するのは分かるんですが、調査をするにしても余りにも性急過ぎるのではありませんか?」
脇田課長に、冬樹さんが俺も同様に思った疑問を投げかける。2,3日間を開けて調査をすると言うのなら分かるが、事件でも無いのに翌日から調査を始めなくても……とは思う。
「まぁ、そうだな。確かに調査をするにしても、昨日の今日で調査を行うとなればそう思うのは当然だ。だが、少し急がなければならない理由もあってだね。まぁ、まずは資料を開いて中を確認してくれ」
「あっ、はい」
脇田課長に促され、俺達は資料を手に取り表紙をめくった。開いたページには、写真入りの簡単なプロフィールが3人分書かれていた。……って、調査対象は高校生!? 本当に高校生が、あの上級ゾーンを攻略したっていうのか!?
俺はトラップ訓練施設の上級ゾーンの概要を思い出し、プロフィールの写真と年齢欄に何度も目をやった。
「見て貰って分かる様に、今回の調査対象は高校生だ」
脇田課長の声が聞こえ、俺は動揺しながら視線を手元のプロフィールから脇田課長に変えた。
「脇田課長……本当に彼らが、上級ゾーンをクリアしたんですか?」
「ああ。信じられないだろうが、事実だ。訓練施設の記録にも残っている」
「そう、ですか……」
脇田課長に質問した冬樹さんも、信じられないといった表情を浮かべ動揺している。
「んっんん! さて、では何故急に明日調査をする事になったか、その理由を話しておこう。実は今回問題になったのが、彼らの探索者としての活動スタイルと高校生……と言う点だ」
「活動スタイルと高校生、ですか? あの、それの何がまずいのですか?」
「実は、彼らが探索者としてダンジョンに潜るのは、週末を利用して週に1回、多くても2回程しかないんだ」
週に1回か2回? 高校生探索者の平均値からすると随分少ないな。高校生探索者で多い者はほぼ毎日、全国平均でも週に3,4回は潜っているのに……。
でも……。
「ですが課長、それなら別に明日でなくても来週の週末に調査を行えば……」
「実は、それが出来ないんだよ……」
「えっ?」
来週調査出来無い?
「実は彼らが通う高校、来週末が体育祭なんだよ」
「……ああ」
そう言えば、今ってそんな時期だったな……。
「彼ら、どうやらかなり慎重と言うかノンビリと言うか……無理をしてダンジョン探索は行わない活動スタイルらしくてね。週末に体育祭があるのなら、来週はダンジョンに行かない可能性が高いんだよ。そうなると調査は再来週……2週間後って事になるんだけど」
「急いで調査報告を出したいのなら、少し間が空き過ぎますね」
急ぎの品を2週間……半月遅れで調査報告書を上げたら流石にマズイよな。
「そうなんだよ。だから急で悪いんだけど、明日彼らのダンジョン探索に同行して彼らの事を調査して欲しいんだ」
「なる程……ですが課長。何で我々が、この調査に選ばれたんですか? 他に、専門に担当している調査員もいるのに……」
「ああ、その事か……」
脇田課長は少し困った様な表情を浮かべ、俺達が選ばれた理由を説明し始める。
「正規の調査員は今、別件の調査に派遣中でね? この件の調査に回せる人員がいないんだよ……」
「別件、ですか?」
「ああ。要注意人物リストに載っている人物が、少し問題を起こしてね。早急に対処しないといけなくなって、余剰人員がいないんだよ」
「はぁ……」
「だから今回の調査には、ウチで探索者資格を持つ君達に白羽の矢が立ったんだよ」
脇田課長の表情を見る限り、中々面倒な問題が起きているらしく、本当に回せる人員がいないようだ。
確かに、ダンジョン内でも対象を追跡監視しようと思えば、探索者資格保有者でなければ追跡できないのだろうが……。
「ですが課長。俺達、調査員としての監視訓練なんて受けていませんよ? ましてや、ダンジョン内での追跡監視だなんて……下手したらPKかと疑われますよ?」
冬樹さんは困った様な表情を浮かべ、脇田課長に自分達を選んだのは不適切では?と問いかける。特に、ダンジョン内で探索者を追跡監視しようものなら、下手をすればPK疑惑がかけられ逆撃される可能性があるからな。
それに、正規の調査員の様に専門の訓練を積んでいない俺達では、ダンジョン外の追跡監視でも直ぐにボロが出て、監視対象に見つけられそうだ。だが脇田課長は、そんな俺達の不安を払拭する様に笑みを浮かべた。
「その通りだな、その可能性は十分にある。だから、ちゃんと許可はとってある」
「許可、ですか?」
「監視対象に気付かれた場合やPKと疑われた場合は、自分達の立場と事情を知らせても良いと言う許可だ」
はっ? 監視対象に監視の事実を伝えても良い?
「……良いんですか? 監視調査なのに、対象に気付かれたり説明をしても……」
「ああ、許可を貰った私も驚いたが良いらしい。彼等は最近、既に一度協会の調査を受けているらしくてね? 今回の調査は飽く迄も、形式的な物らしい」
既に一度、協会の調査を受けている? どういう事だ? 彼等、何か問題行動でも起こしたのだろうか?
「資料のページを捲ってくれ、前回調査時の簡易報告書を添付しているから」
俺達が困惑した表情を浮かべていると、脇田課長は資料を捲る様に指示を出してくる。俺達は指示に従い、資料のページを捲った。
そして記載された内容に目を通し、驚愕の表情を浮かべ目を剥いた。
「はぁ!? たった3人で、エリアボスを討伐した!?」
「しかも、日帰り!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい! この子達の探索者ランクDってなってますが、ランクアップ申請がされていないだけで、実績はAランク並って事になっていますよ!?」
俺達3人は動揺を顕にし、脇田課長が同席している事も忘れ報告書の隅から隅まで目を通していく。
「……ああ、そろそろ良いかな?」
「「「!? す、すみません!」」」
「まぁ、そういう反応になるのは無理もないか。私も初めてそれを見た時には、君達と似た様な反応をしたからね……」
慌てて謝罪する俺達に、脇田課長は少し遠い目をしてそう言った。
「彼らが前回調査を受けたのは、そこに書いてある様にエリアボスを倒した時でね? 数日に渡る調査の結果、人柄や行動に問題は無し、善良で良識ある人物だと判断されているらしい。実際、PK被害を受けた探索者に手持ちの回復薬を提供して助けたりしているみたいだしね」
「あっ、確かに被害者を救済しPK犯を捕まえたって書いてありますね……」
一体、何なんだよコイツら? どうやれば週1,2回の探索で、高校生がこんな実績を残せるんだよ……。
「まぁそう言う訳で、万一監視がバレた場合は素直に事情を話せば分かってくれる……と思う」
「と、思うですか?」
「流石に、確証を持って大丈夫とは言えないからね。……特別手当が支給される様に掛け合っておくから、頼むよ」
脇田課長はそう言って、申し訳ないといった表情を浮かべ俺達を拝み倒してきた。
課長……そんな表情を浮かべるのなら、調査報告書の提出期間の延長を頼み込んで、正規の調査員を派遣して下さいよ。
そして30分程の会議を終え、課長が立ち去った会議室で、俺達3人は明日の調査の割り振りと準備について話し合いをしていた。
「妙な仕事を押し付けられたな……」
「そうですね。大体、追跡監視ってどうやってやる物なんですか?」
「さぁ、な? 取り敢えず、追跡する姿を見られない様に後を追う……って事位しか分からないな」
「ですよね……」
俺と冬樹さんは、課長に押し付けられた無茶な仕事をどう処理しようかと頭を悩ませる。何から手を付けて良いのか分からないので、中々行動に移れない。
しかし、戸惑う俺と冬樹さんを他所に、近藤さんは資料の最後に添付されていた備品貸出書類に何かを記入していた。
「……えっと、近藤さん? そんなに必死に、何を書き込んでいるの?」
「えっ、これですか? 今回の仕事に必要な備品の、追加申請ですよ?」
「……備品の追加申請?」
俺が何をしているのかと聞くと、何を当たり前の事を聞いてくるんだ、と言いたげな表情を近藤さんは浮かべた。
「はい! この申請書に書かれている備品は、ダンジョンに潜る為に必要な道具ばかりですからね。監視に必要な道具の申請をしないと……」
近藤さんの浮かべる朗らかな笑顔に、何故か俺と冬樹さんの背筋に寒気が走った。
「えっと、近藤さん。何かこう言った事をやった経験があるのかな?」
「ええ。恥ずかしながら、大学時代。当時付き合っていた彼氏が浮気をしているって噂を耳にして、真偽を確かめる為に少し……」
「へ、へぇ……そうなんだ」
「結局。彼が浮気をしているって噂は本当で、彼に集めた証拠を突きつけ別れちゃったんですけどね」
何だろう、書類の続きを書き出した近藤さんの姿を直視出来ない。自然と背中から冷や汗が吹き出し、表情が引き攣って行くのを感じた。だがそれは、どうやら俺だけではなかったらしく、不意に目があった冬樹さんも俺と同じように顔を引き攣らせていた。
そして待つこと数分、近藤さんは書類を書き終える。
「出来ました! 後はこれを備品課に提出すれば、貸出してくれますよ」
「そ、そう。ありがとう」
「いいえ」
微塵も影を感じさせない笑顔を浮かべる近藤さんを見て、俺はとある決意をする。うん。近藤さんを狙ってみようかと思っていたけど……無しだな、と。
そして俺達は各々の監視担当を決め、備品課で申請した装備品を受け取り帰宅した。
「明日は、4時起きだな……」
どうなるのか全く予想が立てられない事に不安を覚えながらも、普段よりかなり早めに床についた。