表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
186/618

第170話 人材育成の難しさ

お気に入り14170超、PV 12560000超、ジャンル別日刊35位、応援ありがとうございます。



 突然の重蔵さんの怒号に驚き、俺は思わず手にしていたお茶を膝の上に零してしまった。


「熱っ!?」

「全く、何を考えておるんじゃ、お主ら?」


 膝にかかったお茶の熱さで悶える俺の悲鳴も気にせず、重蔵さんは淡々とした口調と冷たい視線を俺達に向けながら疑問を投げかけてくる。

 

「えっ、えっと……」


 何に対して重蔵さんが怒っているのか分からない様子の裕二と柊さんに、重蔵さんは小さく溜息を吐きながら淡々とした口調で質問の内容を詳しく説明する。


「はぁ……。その顔、わしが何に対して怒っておるのか分からんと言った様子じゃな。お主ら、何故嬢ちゃん達の得たドロップアイテムを、高額換金可能なスキルスクロールに交換したのじゃ?」


 重蔵さんの言い直した説明を聞き、裕二と柊さんは何に対して重蔵さんが怒っているのかを理解した。

 そして2人は、俺達が美佳達のスキルスクロールを交換した理由を重蔵さんに説明する。因みにその間、俺は膝に掛かったお茶を持っていたハンドタオルで慌てて拭き取っていた。


「はぁ……、お主らが何故そんな真似をしたか理由は分かった」


 重蔵さんは裕二と柊さんの説明を聞き終え、大きな溜息を吐き疲れた様な表情を浮かべた。

 そうそう、途中からは溢したお茶の始末が終わった俺も説明に加わったぞ。


「取り敢えず、お主らに一言いっておこう。やり過ぎだ、バカ者共」


 重蔵さんは呆れた様子で、俺達にそんな言葉を投げかけてくる。

 俺達3人は思わず互いの顔を見合わせた後、重蔵さんに発言の真意を問う事にした。


「おいおい、爺さん。いきなり、バカ者って……」

「バカ者はバカ者じゃ。お主ら、自分達の行為が過保護過ぎだと言う事を自覚しておらんのか?」

「「「……??」」」


 俺達3人が揃って首を傾げた姿を見て、重蔵さんは情けなさ気に溜息をついた。


「揃いも揃って、自覚無しとはの……。お主らが今回行ったスキルスクロールの交換は言い換えてみれば、お主らが嬢ちゃん達に無条件に数百万円を御小遣いとして渡したという事なんじゃぞ?これを過保護と言わずに、何と言う?」

「「「……あっ」」」


 俺達3人は重蔵さんの例え話を聞き、漸く自分達がどういった意味を持つ行為を行ったのか認識し顔を引き攣らせる。俺達にとってスキルスクロールは容易く手に入る品であり、数十万から百数十万の換金はよくある事なので事の重要さを思い違いしていた。

 高校生が数百万の御小遣いを妹にやるって……。 


「……今更、気が付きおったのか?」


 重蔵さんは、そんな俺達の姿を見て心底呆れたと言いたげな表情を浮かべていた。

 俺達はそんな重蔵さんからの視線を受け止めきれず、揃って視線を顔ごと逸らした。










 重蔵さんに指摘された事で、俺達は自分の行った行為が好ましくない……やっては拙い事だったと自覚し揃って頭を項垂れ落ち込んでいた。

 そんな俺達に、重蔵さんは抑揚の少ない淡々とした声で諭す様に語りかけてくる。

 

「嬢ちゃん達の懐具合を聞き、お主らは良かれと思ってやったのだろうが……その行為が嬢ちゃん達に与えた影響は少なくはないぞ? 分かっておるな?」

「「「……」」」


 重蔵さんに指摘され自覚した事で俺達の頭は冷え、自分達の行った行為を冷静に評価出来る様になった。

 俺達が介入した事で、美佳達が初めて得たスキルスクロールは高額換金可能な品だった……つまりビギナーズラックだと言える状況だ。だが、冷静に状況分析してみるとかなり拙い状況である。

 これは所謂、ギャンブル依存症に陥る者が通るお決まりのコースの一つだ。


「今回お主らの行った事で、万一嬢ちゃん達がダンジョンに潜れば簡単に貴重な品が手に入る……お金を得られると覚えれば厄介じゃぞ? 特に嬢ちゃん達は今回、厳しい懐事情の只中でタイミング良く高額換金が可能なスキルスクロールを得た……と言う経験をしたんじゃからな。その時に得られた高揚感と安堵感は、如何程であったであろうな?」


 続けて語られる重蔵さんの話を聞き、俺達が安易に行った事が美佳達に与えた影響の大きさに頭を抱えた。良かれと思って行った事だが、結果的に俺達は美佳達にダンジョンに対する宜しくない認識を与えてしまったのかもしれない、と。

 最悪美佳達は、一攫千金の夢に魅入られダンジョンに潜り続ける探索者達と同じように、際限なくダンジョンに入れ込んでしまうかも知れない。大袈裟かもしれないが、今回の件はそれだけの影響を与えてしまっていたとしても不思議ではない、と俺は思った。


「で? 何時、協会の査定結果は出るんじゃ?」 

「……2,3日後だと聞いています」


 俺は顔を俯かせたまま、ポツリと窓口で聞いた査定通知が届く日程を伝える。


「そうか。ではその前に、嬢ちゃん達によくよく言い聞かせておかねばならんな」

「……はい」


 重蔵さんの言う通り、協会からの査定通知が届き、美佳達が得たスキルスクロールの換金査定額を知る前に色々と言い含めておかねばならないな。換金額を知る前なら、美佳達も学校で留年生達という探索者の悪い例を見ているし、事前にギャンブル依存症探索者の末路などを教える事で2人がダンジョンに魅入られる可能性を減らせるかもしれない。

 どれほど効果があるかは分からないが、やれるだけの事はやっておかないとな。

  

「明日の稽古の前にでも、儂の方からも嬢ちゃん達には忠告をしておこう。じゃがお主らからも、重々言い聞かせねばならんぞ?」

「……はい」

「……ああ」

「……はい。分かりました」


 俺達3人は漸く顔を上げ、重蔵さんの顔を見て返事を返した。









 そしてスキルスクロール交換の件で俺達を叱責し終えた重蔵さんは、今度は俺達が行っている美佳達へのダンジョン探索の教導方法について話を進める。


「丁度良い機会じゃ、ついでにお主等が行っている嬢ちゃん達への教導方針についても少し話すかの?」

「教導方針……ですか?」

「ああ、そうじゃ。以前お主らは、嬢ちゃん達がモンスターを狩る事に慣れるまで暫く時間をかけると言っておったな?」

「はい。モンスターを倒す……殺す事にある程度は慣れなければ、まともに先に進めませんからね。多少時間を掛けてでも、2人には表層階層でモンスターを殺す事に慣れさせつつ、ついでにレベルをある程度上げさせる……と言うのが今の基本方針です」

「具体的には、どんな事をしておるんじゃ?」


 重蔵さんの質問に俺は一瞬逡巡し、答えを返す。


「今は俺達が調味料シリーズを使ってある程度弱らせたモンスターを用意し、2人には止めを刺す練習をさせています。もう少し2人がモンスターを殺すことに慣れたら、俺達の補助なしでモンスターと戦わせるつもりです」

「……随分丁寧に教えておるの」

「2人に無理をさせ、大怪我をさせるのは嫌ですからね」


 俺は未だ無傷でダンジョン探索を続けている美佳達の事を思い出し、少し誇らし気な口調で重蔵さんにそう告げた。

 だが……


「九重の坊主。妹が心配なのはわかるがお主……少し過保護じゃぞ?」

「……えっ?」


 過保護?

 俺達がしている美佳達への教導が?


「心配だからとは言え、何でもかんでもとお膳立てを整え過ぎじゃ。確かに初心者に初討伐の経験を積ませる際に、止めを刺すモンスターの動きを止めてたと言うのは……まぁ、今は良い。前回も言ったしの。だがな九重の坊主? それを何時までも続けていれば、嬢ちゃん達は何れお膳立てを整えて貰えるのが当たり前だと思うようになるぞ? そうなれば、あとは緩やかに腐っていくだけじゃ。それにダンジョンに潜る以上、普通は怪我や失敗をするのは当たり前なんじゃろう? それらを糧にして、探索者は経験を積んでいくんじゃないか? 今のお主らのやり方では確かに安全を確保出来るが、嬢ちゃん達は身に迫った経験を得るのは難しい。嬢ちゃん達の為にもお主等はもう少し……1歩引いた立場で教導したほうが良いと思うぞ?」

「「「……」」」」


 俺達は重蔵さんの指摘を聞き黙り込む。言われて今日の探索内容を思い返してみれば、確かに1階層で行った最後の対モンスター戦闘では、美佳や沙織ちゃんは俺達が調味料シリーズでモンスターの動きを止める事を待っていた様に思える。つまり、俺達が与えた影響が表面化し始めていると言う事だろう。


「お主らが嬢ちゃん達に、大きな怪我やトラウマを負わせない様に大切に指導していると言うのは分かっておる。じゃがな、甘さと優しさは別物じゃぞ? 今のお主らの指導の仕方は、過保護……甘やかしすぎじゃ」

「「「……」」」

「大きな怪我を負わせさせたくはない、トラウマを抱えさせたくはない……確かにそれはお主らが嬢ちゃん達を思っての優しさから出てきたものじゃろう。じゃがな、もう少し嬢ちゃん達の事を信じてやれ。何でもかんでもお主らが整えてやるのは、優しさでは無い」

「……そう、ですね」

 

 重蔵さんの言葉が突き刺さり、俺はそんな言葉しか搾り出せない。だがそのお陰で、俺は正気……自分の行いを客観視出来る様になった。甘さと優しさ……か。確かに俺達の行動を第三者の視点から思い返し見ると、過保護すぎだったかもしれないと思った。

 妹とその友人だからとは言え、トップクラスの探索者が付きっ切りでダンジョン探索のイロハを指導し、対モンスター戦はお膳立てを整えた上で安全に止めを刺させ経験を積ませていく……これでは良くファンタジー小説などで出てくる、見栄の為だけに実の無いパワーレベリングする輩と同じではないか! 

 何故今まで気がつかなかったのだろう……と、そこまで考えが至り俺は自分の情けなさに頭をたれ肩を落としながら落ち込んだ。


「そう、だよな。言われてみれば俺達、美佳ちゃん達にダダ甘な教え方をしているよな……」

「ええ……。確かに私達のやり方では、過保護と言われても何も言い返せないわね」


 だがそれは裕二と柊さんも同じらしく、2人も俺と同じように隣で落ち込んでいた。


「お主ら……過保護と言う物は、それをやっている内は自分では気づかんものじゃよ。過保護という事を第3者に指摘され、自分の行いに疑問を持ち見返した事で初めて気がつくものじゃ。そして過保護であるという事に気が付いたら、後はそれをどう修正するかと考えを巡らせれば良い」

「……そう、ですね」

「……おう」

「……はい」


 重蔵さんの慰め?の言葉を聞き、俺達はこのまま落ち込んでばかりいてもどうしようもないと思い、これから美佳達をどの様に指導していけばいいのかと改善策を練る事にした。


「先程も言ったが、何でもかんでもお主らがお膳立てしてやっておる現状は変えるべきじゃな。今のやり方のままでは、嬢ちゃん達の自主性が育たん」 

「自主性……ですか」

「そうじゃ。お主らにおんぶに抱っこの現状では、次は同じ失敗を繰り返さないという向上心……失敗を糧に成長すると言う事が出来ん。何せ失敗に至る要因を、お主らが事前に潰しておるからな。……過保護に扱われている状態で人は育たんよ」

「「「……」」」


 二の句が継げないと言うのは、このような状況の事を言うのだろうか? 俺達は美佳達を育てているつもりでいたが、実際は美佳達の成長の機会を潰していたなんて……。自然と項垂れ、顔が下を向く。

 

「……まぁ、そう落ち込むでない。社会経験も乏しいお主等の様な年頃の若者に、いきなり人を育てろと言う事自体困難な事じゃ。特に探索者のように、命の危険があるような場合はな。ちょっとしたミスが大怪我に繋がる事を考えれば、指導が過保護になるのも無理はない。失敗しても当然とは言わんが、まだ修正可能な範囲じゃよ」

「……そう、ですか?」

「ああ。幸い嬢ちゃん達は今、基礎固めをしている段階じゃからの。指導のやり方を適切な物に修正し、焦らず古いやり方と新しいやり方の違いを説明すれば大丈夫じゃ。何、嬢ちゃん達も話せば分かる年頃じゃ、筋道を立てきちんと理解させる様に話をすれば問題なかろう」


 俺は項垂れた顔を上げ、重蔵さんの顔を見る。そこには、美佳達の指導を失敗したと思い気落ちしている俺達を安心させる様に、重蔵さんが自信に満ちた笑みを浮かべ俺達を見ていた。

 何の根拠もないが、自信に満ちた重蔵さんの笑みを見ていると、何とかなると自然とそう思えてきたから不思議だ。


「では、嬢ちゃん達の指導方法について話を少し詰めるかの?」

「……はい!」

「おう!」

「よろしくお願いします!」


 俺達は座ったまま姿勢を正し、重蔵さんに頭を深々と下げた。この時俺は、重蔵さんと言う頼りになり尊敬出来る相談相手がいた事に心底感謝し安堵する。

 そして俺達3人はこの後、1時間程かけ重蔵さんと美佳達の指導方法について話し合いを行った。















 人材育成って、難しいですよね……。

 経験が少ないと匙加減が分からず、言葉足らずだったり無茶を要求していたりと……。

 適切な助言をくれる上司の存在が、何とありがたい事か……。




長くなりましたが、今回の話で第8章は終わりです。

閑話を数話はさんで第9章、体育祭編に行きます。




朝ダン、好評発売中です。書店等で見掛けたら、是非お手に取ってみてください!


挿絵(By みてみん)







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
もう少しでサークラの姫が2匹完成するところを
[良い点] 若さ故の浅はかさをよく描けていると感じました。 これまでも、自分達に足りないものは命のやり取りだ、と言われた直後に、幻夜のぬるい訓練に文句が出たり、一般的な探索者が共感できるのは認定試験と…
[一言] 実は、「高校1年生で100万単位の借金をして、兄の友達がやってる同上で稽古してくれる師匠の伝手で武器を購入」って時点で一般からはかなり外れているけど。 そこに思い当たらない辺りも、まぁ金銭感…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ