第169話 方針決定
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叱られ落ち込んでいる筈なのに、何処か安堵した様な雰囲気を醸し出していた俺に、重蔵さんは表情を崩し苦笑を浮かべた。
「叱られ安心した……と言った、そんな顔をしておるな」
「……えっ?」
「お主が自覚しておるかどうかは知らんが、相談を始めた頃より随分すっきりとした表情をしておるぞ? 秘密を抱えておった事で、内心かなり溜め込んでおったようじゃの。裕二や柊の嬢ちゃんには話しておっても、大人にダンジョンの事を話したのは儂が初めてじゃったんじゃろ?」
「……はい」
「大人に叱られた事で、自分が悪い事をしたと言う事を認められたと言ったところじゃな」
俺は戸惑いながら、頭を小さく縦に振りながら返事を返す。
確かに裕二と柊さんには話していたが、大人でダンジョンの事を教えたのは重蔵さんが初めてだった。
「お主、裕二と柊の嬢ちゃんにダンジョンの事を話しても、イマイチ気持ちが晴れんかったのではないか?」
「えっ!?」
重蔵さんに指摘され、俺は思わず声を上げてしまった。
何故ならそれは、重蔵さんの指摘通り図星だからだ。裕二と柊さんにダンジョンの事を話した時、確かに秘密を一人で抱えないで済むと重い心が軽くなった。だが、それは一時的な物だった。
2人と秘密を共有する事になった事で、俺は2人を巻き込んでしまったという罪悪感を新たに抱いたのだ。
「ダンジョンと言う秘密を打ち明けた時、2人に隠した事を咎められ叱られたと言っておったが……お主、心底悪い事をしたとは納得はしきれなかったのではないか?」
「……」
その通りだと、俺は自分の中で引っかかっていた物の正体に気付き、そう思った。
俺は重蔵さんのその質問に、唇を噛み締めながら目を逸らし何の言葉を返せない。そんな俺の様子を見た裕二と柊さんは、呆気にとられた驚いた表情を浮かべ俺の顔を凝視する。
重蔵さんはやっぱりな、と言った表情を浮かべ軽くため息を吐く。
「やっぱりの。お主ぐらいの年頃の者では、同年代の者に叱られても反発心から素直に叱責を聞き入れる事は難しい事じゃからな。叱責され、悪い事をした、していると言う認識は持てても、納得はしきれんじゃろうの……」
「……」
確かに裕二や柊さんに叱責された事で、ダンジョンの秘匿という悪い事をしたという認識は持ったし、反省もした。だが、何故かは分からないが何処か納得がいっていない自分もいたのは確かだ。
そして、黙り込んだ俺に裕二が声をかけてきた。
「……そうなのか、大樹?」
「……ああ。重蔵さんに言われて気づいたけど、確かに納得していない自分がいたよ。勿論、反省もしていたけどさ。何と言うか……喉に魚の小骨が刺さって残っているみたいな感じはしていたんだ」
「……そうか」
「……ごめん」
何処か寂しげで残念そうな表情を浮かべる裕二と柊さんに、俺は罪悪感を感じ頭を下げ謝罪する。
その為、少し微妙な雰囲気が流れたが、俺達のやり取りを見ていた重蔵さんが咳払いをいれた。
「お主ら、ソコまでにしておけ。お主らの年頃では、人生経験と言うものが足りておらんから、反発する事は無理もない事なんじゃぞ?」
「……そうなのか、爺さん?」
「ああ。叱られた事を素直に受け入れるには、それなりの人生経験と言う物を積んでおらんと難しいものじゃ。何せその叱責が、本当に自分の為の事を思い向けられたものなのかと、考え判断出来んからの。特にお主らの様な年頃の者では、自分と同世代の者からの叱責となれば深く考える前に感情的に反発し納得するのは難しいじゃろうな」
「……そう言う物なのか?」
「そう言う物じゃ」
重蔵さんと裕二のやり取りを聞き、俺の罪悪感を抱いた心が少し軽くなった。
「じゃからこそ、若者を叱るのは人生経験を積んだ年上の者の仕事と言われるんじゃよ。頭ごなしに叱るのでは無く、キチンと話を聞いた上で筋道を立てたその者の事を思い叱る事が出来るのはな。まぁ最近では、そんな風に若者を叱れるような者は少なくなっておるがの……」
重蔵さんは目を瞑り、どこか残念そうに呟いた。
新しくお茶を入れ直し、全員で一服を入れる。
「……ふぅ。まぁ、説教話はここまでにしておくかの。さて、話をダンジョンに戻そう」
「……はい」
「机の移動が可能で国に譲る場合じゃが……正規の手続きで真正面から受け渡すのは愚策じゃろうな」
重蔵さんは顎に手をやりながら、困った様な表情を浮かべ、そう言った。
「お主らの話を聞く限り、お主のダンジョンは利用価値が高過ぎる。正規の手続きでダンジョンを譲渡すれば、それこそ国内で複数の国が入り混じっての奪い合いが発生するじゃろうな……」
「……情報が漏れると?」
「まず、間違いないじゃろうな。先程、お主が見せたアイテムの山。アレらを手に入れようと思えば、一体どれだけの手間と費用がかかる事か……。それを思えば、多少の荒事に発展してでも手に入れよう……そう考える所は必ず出てくるじゃろうて」
「……」
机を譲渡した場合に起きるであろう事はある程度想像はしていたが、重蔵さんに太鼓判?を押して貰った事で、改めて俺達は背筋に氷柱を差し込まれた感じがした。情報漏洩による国内の騒動は想像していたが、そこまで海外勢力が食指を伸ばしてくる可能性が高いなんて……。
「そして、そうなった場合の一番の問題は、移送される前に机を奪おうとする連中じゃ。国に譲渡した机が移送されるとしたら、どこか自衛隊の基地じゃろうからな」
「つまり……輸送される前に行動に出ると?」
「そうじゃ。自衛隊の基地に移送されたら、表立った襲撃は出来んしの。襲撃したら、それこそ国際問題じゃ。そうなると、そういった連中が襲うとしたら、輸送途中か輸送前……お主の家じゃよ」
一瞬まさかと思ったが、真剣な眼差しを向けてくる重蔵さんの態度で、冗談ではないのだと息を飲んだ。
「まさかと思うておるのじゃろうが、それだけのリスクを負っても価値があると判断すれば、連中は躊躇はせんよ。襲撃された場合、お主本人は切り抜けられるかもしれんが、お主の家族は無理じゃろうな。嬢ちゃんはまだまだ未熟じゃし、お主の両親は只の一般人じゃしの」
「……」
ダンジョン譲渡後に、日本政府が海外勢力と机の事に関して交渉を行うだろうとは思っていたが、日本国内でそこまで派手な動きを行う可能性があるとは考えてもみなかった。
「無論、動くといっても非合法活動でじゃ。恐らく襲撃後は、強盗が家に入り一家が惨殺された事件……とでもして犯人をでっち上げ幕引きを図るじゃろうな……」
重蔵さんの慌てたり焦ったりせず淡々と事実を述べるような態度に、今度こそ俺の背筋が凍りついた。なんとか視線を動かし、裕二と柊さんを見てみると、俺と同様に引きつった表情を浮かべたまま固まっている。
そして、凍りつく俺達の様子を見て、重蔵さんは底意地の悪い笑みを浮かべた。
「まぁ、今言ったのは飽く迄も最悪の場合、極々可能性の低い話じゃよ。じゃが、伝える情報に何の制限も入れずにダンジョンに関する全てを一度に話した場合、高い確率で起こるじゃろうがな」
「そ、そうですか……」
最悪の可能性を教え、何も考えずに安易に動くなと言う、重蔵さんなりの忠告だろうか?
「とは言え、正規ルートを通して話をするのは、机の移動実験でダンジョンの入口が九重の坊主の部屋に出現した場合位じゃな。その時は、渡す情報の順番を間違えない様に注意せねばならんぞ?」
「は、はい……」
俺は引き攣りそうになる顔を抑え、重蔵さんにか細い声で返事を返した。
た、確かに。ダンジョンの入口が部屋に出現したら、隠しようがないからな。その場合、正規ルートを通してダンジョンの事を報告しないといけないけど……慎重に事を進めないといけないな。
そして、十分に俺達の肝を冷えさせた重蔵さんは本題に入った。
「さて、そろそろ本題に入るかの。お主らの考える安全な譲渡方法、国の上層部にだけ机の件を伝え譲渡する。確かにこれは、儂のコネを使えば可能じゃな」
「「「……」」」
俺達3人は黙って重蔵さんの言葉の続きを待つ。
「じゃが、この方法にも問題はある」
「……それは、何ですか?」
「お主も新聞などを見ておれば、知っておろう? 国の高官ともなれば、その行動の一つ一つが誰かしらの目で見られておる。首相など、一日の行動結果が新聞に載るしの」
「……」
確かに言われてみれば、その通りだ。国の高官に成れば成る程、警護と言う名の監視は強まり、知名度ゆえマスコミもネタを求め張り付いている。
「そして言っておる通り、儂のコネを使えば彼らとの面会も可能じゃ。じゃが、それは普通に面会をする事が出来ると言う事だけじゃよ。だが通常の面会では記録が残る、只の高校生が国の高官に面会したという記録がの……」
流石にそれは……まずい。
只の高校生が何の行事でも無く国の高官と面会する……何故?と興味をもたれ調べられればダンジョンの件が露見する可能性がある。
「誰にも知られずに会う……と言うのは無理という事ですか?」
重蔵さんは頭を横に振り、残念そうに呟く。
「難しいじゃろうな。ダンジョンの件を詳しく本人だけに直接説明出来るのならば、相手が極秘会談をセッティングしてくれる可能性はあるんじゃろうが……」
「……どこからか情報が漏れると?」
「壁に耳あり障子に目ありじゃな。一度コンタクトを取れれば、後は向こうさんが準備をしてくれるんじゃろうが、最初の一度目は直接本人と連絡を取れる手段がなければキツいかの……」
重蔵さんは頭を捻り、そして……。
「……やはり、ある程度事情を知る幻夜の奴に相談してみるかの」
「幻夜さん、ですか?」
「ああ。あやつは仕事上、国の高官とも色々と繋がりがあるからの。もしかしたら本人と直接連絡を取れる手段を持っておるかもしれん。それにお主らの事も知っておるから、ダンジョンの事を仄めかしながら話を通す相手としては最適じゃろう。仕事上、口も硬いしの」
確かに、護衛が仕事上で知り得た秘密をペラペラ話すとかないからな。秘密を守ってもらいながら話を通すのなら、やっぱり幻夜さんが繋ぎ役として最適だろう。
事前に考えていた結論に至ったとは言え、重蔵さんに相談した事で俺達が取る方針が固まった。これまで先延ばしにし曖昧だったスライムダンジョンに対する対応も、やっと前に進める事ができる。
「無論、話をするのはお主らの内部調査と移動の可否確認待ちじゃ。移動可能でも、秘匿するのなら幻夜にも話を持っていかん方が良いからの。じゃからお主ら、十分に準備を整えた上で調査は早めにするのじゃぞ」
「……はい!」
「ああ」
「分かりました」
「頑張るんじゃぞ」
こうして俺達がずっと抱えていた秘密、スライムダンジョンに関する相談話は終了した。さて、早速準備を整えてスライムダンジョンの内部調査をしないとな……。
スライムダンジョンの話が一段落つき、お茶を飲みながら俺達は重蔵さんと軽く世間話をしていた。気の張り詰めた相談をした後と言う事もあり、俺も柊さんも直ぐに帰る気が起きなかったからだ。重蔵さんが出してくれた、茶菓子の最中の甘味が疲れた頭に染み込んでくる。
そして世間話の話題は当然、今日のダンジョン探索にも及んだ。
「そうか。九重の嬢ちゃんと岸田の嬢ちゃんも、何とかやっていけそうじゃの」
「はい。まだまだ慣れていないでしょうが、2人ともちゃんとモンスターに止めをさせていました」
「探索者を続ける以上、モンスターを殺す事に慣れないといけないからな……」
「そうね。でもやっぱり一定数は、モンスターに止めをさせずに探索者を辞めていくから……」
「それは仕方ないよ。無理に続けても本人が精神を病むだけだからね。どうしても無理だと思ったら、引き時は早いほうが良いよ」
俺の言葉に同意する様に、重蔵さんは顔を大きく縦に頷く。
「そうじゃな。精神を病んだものが、常人以上の力で武器を振り回す……危険じゃよ」
「そう、ですね」
俺はその光景を思い浮かべ、思わず首を竦めた。
壊れた笑みを浮かべ血塗られた武器を振り回す探索者……完全にホラー映画だろ。出会ったらトラウマ必至、暫く夢に観るようになるな。
「後は、ゴブリンなんかの人型モンスターを相手にした時の2人の反応ね」
「そうだな。あそこが、一番探索者が挫折するポイントだからな……」
俺が嫌な想像をしていた横で、裕二と柊さんが眉を顰めながら先の話をしていた。
洗礼、選別、篩分け、足切り……呼び方は色々とあるが、探索者としてやっていけるかどうかを測る最終関門だ。ここを乗り越えられなければ、美佳と沙織ちゃんは探索者として一人前にはなれない。
「2人とも。美佳と沙織ちゃんが、その段階に行くのはまだ先の事だよ。今は2人の基礎を、きちんと固めてやるのが先だよ」
「……ああ、そうだな。悪い」
「そうね。順調だからって、少し先走ったみたいね」
「折角2人の借金がなくなって、心に余裕が出来るんだろうから。焦らず慎重に行かないと……」
「ん? 借金が無くなった? 嬢ちゃん達、何か良いアイテムが出たのか?」
2人の借金が無くなったという言葉に反応し、重蔵さんが眉を顰めながら疑問を漏らす。
「はい。今回の探索では運良く、スキルスクロールがドロップしたんですよ」
「ほぉー、スキルスクロールがの」
「ただ中身が、人気が無い安物のスキルスクロールだったので、交換しましたけど」
「……交換?」
「はい。隙を見て水魔法のスキルスクロールに交換しておいたので、換金すれば2人の借金も全額返済可能です」
「交換する所を見られない様に、カモフラージュするのは中々大変だったな」
「そうね。人の目は兎も角、画角が広い監視カメラを誤魔化すのは厄介だったわね」
重蔵さんが目を細め黙り込んだ事に気付かず、俺達はスキルスクロールを交換した時の状況を口にする。
そして……。
「この、馬鹿者が!」
道場の中に、重蔵さんの怒号が響き渡った。