第168話 検証にむけて
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俺は重蔵さんの質問に、頭を横に振りながら答える。
「移動出来るかどうか、分かりません」
「分からないじゃと? 何じゃお主、移動の可否を確かめておらんかったのか?」
移動出来るか分からないと答えた俺に、重蔵さんは少々呆れ気味の眼差しを向けてくる。まぁ、そう言う反応も無理はないか……。
俺は軽く咳払いを入れた後、重蔵さんに移動の可否を確認していない理由を説明する。
「ダンジョンが出現した机を移動させた場合、何が起きるか分からないので、移動の可否はまだ確かめてません。安易に机を移動させた場合、ダンジョンとの机の繋がりが切れ消滅するのか、ダンジョンの入口が家に出現するのか、はたまた机を移動させても問題ないのか……。どうなるか予想が付かず、机の移動は怖くて試す事が出来ていません」
「……なるほどの。確かに、坊主の言う可能性も無きにしもあらずといった所じゃの」
重蔵さんは一応、俺の説明で机の移動を試していない事に納得してくれた。
だが、重蔵さんは続けて言葉を発する。
「じゃが、何時までも確かめん訳にもいかんじゃろう?」
「それは、そうですが……」
「確かに、確認作業でそうしたリスクが生じる可能性はある。だが、何時までもリスクを恐れ足踏みをしている訳にもいかんのじゃろう? このまま何もせず、放置する訳にもいかんしな……」
「……はい」
重蔵さんの問い掛けの言葉に、俺達は目を軽く閉じ返事を返す。何時までも足踏みをしている訳にはいかないか……確かにそうだよな。公開するか秘匿するかを決めるにしても、ダンジョンの移動の可否については確認しなければならない。以前、確認作業を行うかどうかは検討はしていたが、リスクを恐れ現状維持に徹して来た。だが、ダンジョンが世界中に出現してから1年が過ぎ混乱も収まり始めた今、このリスクを飲んだ上でも行動を起こさなければ、話は先に進まない。ダンジョン出現の混乱が落ち着けば、黎明期の粗探しが行われるのは必至だからな。
重蔵さんに最後のひと押しをして貰った形にはなるが、俺は覚悟を決め決断を下す。
「……分かりました。机の移動の可否については、十分に準備を整えた上で実施し確認します。良いよな裕二、柊さん?」
「ああ。何時までも足踏みしている訳にはいかないと言うのも事実だしな……やるしかないだろ」
「そうね……やるしか無いでしょうね」
俺の問い掛けに、裕二と柊さんも覚悟を決めた真剣な眼差しを向けながら返事を返してきた。
そして俺は、もう一つの行動も同時に起こす事を決断する。
「ありがとう、裕二、柊さん。でも机の移動の可否を確認する前に、一つ確認しておきたい事があるんだけど……一緒にやってくれるかな?」
俺は二人にお礼の言葉を言いながら、人差し指を立て、続けて問いかける。
「何だ?」
「引き出しの中……スライムダンジョンの中に入って調査をしてみたいんだよ。俺達が知っているスライムダンジョンの内部構造は、引き出しから覗いた範囲だけの事しか知らないからさ……」
これは、以前から考えていた事だ。机の移動の可否も気になるが、スライムダンジョンの内部がどうなっているのか気になっていた。何故、スライムしか出現しないのかと。
しかし不安要素が大きく、中々スライムダンジョンの中に入ろうという気にはなれなかった。
「今までダンジョンを使用しながら観察した結果、ダンジョン内部には多様なスライム種しか出現しない……っていうのはほぼ確定している事だけど。内部構造に関しては、ほぼノータッチ。机を移動させた結果、万一ダンジョンの入口が部屋に出現した時の事を考えれば、移動前に内部構造をある程度把握しておきたいんだよ。……何時も行っているダンジョンの隠し転送装置みたいな奴があるかもしれないしさ」
「ああ、なる程な。確かにその場合の対処を考えると、事前に内部構造をある程度把握しておいた方が良いだろうな……」
「九重君、ダンジョンの外側から、“鑑定解析”は使えないの?」
「引き出しの上からだと、視界が限られて死角が多いからね……天井とか。ちゃんと“鑑定解析”を使うのなら、やっぱり一度はスライムダンジョンの中に入ってみないと……」
「そう……」
俺の説明に、裕二と柊さんは納得し少し思案顔を浮かべる。今まで俺の意見を元に積極的な内部調査を控えて来たので、急に内部調査という話をしても今一歩踏ん切りがつかないといった感じだ。
だからこそ、俺は2人に頭を下げ頼む。
「本当にスライムダンジョンは1室しかないダンジョンなのか、それとも隠し通路や隠し部屋があるのか……机の移動を試す前に調査してみないといけないと思うんだ。でも、単独で内部調査をするのは危険だと思うし、万が一の事を考えてダンジョンの外に1人は待機しておいて貰いたいんだ……だから2人とも、協力して貰えないかな?」
「「……」」
何も言わずに黙り込む裕二と柊さん、頭を下げ続ける俺……道場の中に沈黙が広がる。
安全に内部調査をしようと思うのなら、ダンジョンの中に入る時には3人は欲しい。中に入る解析役である俺と護衛役に1人、想定外の事態に対処する為のバックアップ要員をダンジョンの外に1人。これが、俺が整えておいた方が良いと思う安全性を高める布陣だ。相手は弱点がハッキリしているスライムなので、単独調査でも問題ないとは思うのだが、調査に注意力が割かれている状況でスライムがリポップ……という事態も無きにしもあらずだからな。
「……分かった。協力するよ」
「私も良いわよ」
「ありがとう、2人とも」
俺は2人の返事を聞き、改めて頭を下げながらお礼を言った。
俺が内部調査の為に、裕二と柊さんの協力を取り付ける事に成功したのを見て、重蔵さんが声をかけてくる。
「話は纏まったみたいじゃの?」
「はい。机の移動の可否を調べる前に、先ず内部調査をする事にしました」
「そうか。まぁ確かに、その方が良いじゃろうな。じゃが、十分注意を払うのじゃぞ?」
「はい」
俺は重蔵さんの忠告に、姿勢を正しハッキリとした口調で返事を返す。
「さて、では話はお主らの内部調査を待ってから、改めてするとするかの。じゃが、机の移動の可否については、まだ試すでないぞ。ある程度準備が整ってから試さんと、イザという時対処が間に合わんからな」
「そうですね……。でも重蔵さん、準備といっても具体的にはどういう事をするんですか?」
重蔵さんは俺の質問を聞き、腕を組みながら目を閉じ考えを巡らす。
「そうじゃの……机の移動の可否で話は変わってくるが、移動が可能なら九重の坊主の“空間収納”に収納して秘匿すれば話はそこまでじゃ。多少怪しかろうと、机という証拠がないから追求のしようがないからの。無論、怪しいという事で探りを入れてくる者もおるじゃろうが、“空間収納”に仕舞っておけば他者がダンジョンに通じる机を確認する事はできん」
確かに、その展開が一番簡単で楽な解決方法だ。机は部屋の模様替えだとでも言って、処分した事にしても良い。幸か不幸か俺は今、探索者という名の個人事業主だ。税金対策の為に、仕事に必要な事務机……設備投資という言い訳も立つしな。
尤も、小学校入学の時に親に我が儘を言って買って貰った品なので、気持ちの面で少々気にはなるが……。
「無論1度収納したら、二度と表には出さないという覚悟は必要じゃぞ? 誘惑に負けコッソリとでも使い続けていれば、何れボロがでるからの」
「はい」
重蔵さんの真剣な眼差しで発せられた忠告、俺は緊張した面持ちで頭を縦に振りながら短く返事を返す。
まぁ折角秘匿したのに、何度も出して使用していたらそこから足がつく事もあるからな。偶々机を出した所を粘り強く張っていた監視者に見られ……という事もある。国の機関というのは一度疑いを持ち調査を開始すれば、何年でも何十年でも命令が撤回されない限り調査を続けるからな。秘密は墓場まで持っていく……重蔵さんが言っている二度と表に出さないという事は、そういう覚悟の事を言っているのだろう。誰にも言えない秘密を一生抱える……確かにこれは覚悟が必要だ。
そんな俺の様子を察した重蔵さんは真剣な眼差しを崩し、苦笑を浮かべながら話しかけてくる。
「そんなに緊張するでない。これは飽く迄も、机が移動可能でお主が秘匿し続ける場合の事じゃ。机の移動が可能ならば、秘密裏にじゃが国に丸投げしてしまっても良い」
「……良いんですか、それ?」
「無論じゃ。何せ、ダンジョンは国の所有物だと法律で明文化されておるしな。民間人がダンジョンを発見し、国に譲渡するまで一時的にダンジョン所有していたという形になっていても何ら問題は無いからの」
「一時所有……でも重蔵さん。俺、ダンジョンを長期間秘匿していたんですよ? ダンジョン法で、ダンジョンが国の物であるとされているのなら、国有財産の私的使用だと言われたら……」
俺はダンジョンを国に譲る事で発生するだろう、法的問題の不安を口にする。
だが、重蔵さんは含み笑いを滲ませた笑みを浮かべた。
「何、問題ない。以前調べてみたが、ダンジョン法を大雑把に説明すると、ダンジョン自体は国の所有物であり、ダンジョンが出現した土地及びその周辺の土地の買取優先権を国が有する……という事を言っている法じゃ」
「えっと……」
「つまりの、ダンジョン法とは、ダンジョン出現で避難している住民を救済するという形をとった、ダンジョン及びその周辺の土地を国が確保し易いようにする為の法という事じゃ。ダンジョンが出現したからと言って、私有財産である土地を国が安易に接収する事は出来んからの。民間人の土地を国が強制収容しようと思えば、何年も手続きに時間がかかるものじゃ。この法律はその辺の問題を解決する為に作られた法律で、ダンジョンの秘匿に関する罰則は明記されておらん」
重蔵さんの説明を聞き、俺は自分の勘違いに気付く。俺はダンジョン法を、国がダンジョンの所有を正当化する為の法律で、違反した場合の罰則も定められている物だと思っていた。だが重蔵さんの説明を聞く限り、どうも少し意味合いが変わってくるらしい。
この法律は表向き、ダンジョンが出現した事で居住し続ける事が困難になった現地住民の救済の為の物だが、裏の目的としてはダンジョンの有用性にイチ早く気が付いた国が、民間企業がダンジョン及びその周辺の土地を買い占め、国に高価格で売却し不当に利益を上げようとする動きを防ぐ為の法律らしい。ダンジョン出現地点周辺の土地の優先購入権が国であると法律で定められている以上、法で定められた範囲内の地権者は土地を売るにはまず国に話を通さねばならない。つまり、土地の高騰を見込んでダンジョン周辺の地権者から土地を民間企業が購入しようにも、法律で優先権が国にある事が明記してある為、民間企業が購入出来無い状態にあると言う事だ。
事実、この法律が施行されてから1月も経たずに、90%近くの土地が国に買い取られていたらしく、残りは地権者が不明や、相続手続き中で地権者が確定していないといった事情がある土地だけだったらしい。
「救済法という形をとっている以上、ダンジョンに隣接する土地を国に売らなければ反則金や罰が……という事は書けんからの。まぁ、ダンジョンが出現したせいで自宅から避難させられた周辺住民の一部が、ダンジョンが敷地内に出現した元地権者相手に訴訟を起こした事が報道されていたお陰で、国に土地を売る動きが加速し国に売るのが当然だという世論の流れが出来ていたからの。詳しく法案を調べでもしない限り、罰則があると思い込むのも無理はないじゃろうな。ダンジョンの所有権が国にあり、ダンジョンが出現した事で生じた被害を国が補填すると謳っていたしの……」
重蔵さんの話を聞き、俺達3人は目を軽く見開き驚愕といった表情を浮かべた。
つまり俺は暗黙の了解を鵜呑みにし、出現したダンジョンを国に報告せず秘匿した事が悪い事だと思い込んでいたと言う事か……。
「その顔、どうやらそこまでは知らんかったようじゃな?」
「……はい。漠然と、黙っていた事は悪い事なんだと思っていました……」
「悪い事といえば悪い事じゃが、刑事罰に問われる様なたぐいではないな。無論、褒められる様な事でもないんじゃからな? 今回は偶々モンスターがダンジョン外には出ないという特性を持っておって何事もなかったが、悪い方に転がっていればお主の家や家族は無論、周辺住民全てがモンスターの犠牲になっておったんじゃ。その事は忘れるでないぞ?」
「……はい」
重蔵さんは目を細め、俺に静かにそう言い聞かせた。俺はその言葉を聞き、改めて自分がどれだけ危険な選択をし、運が良かっただけだったのかを思い知る。
だが同時に、俺は重蔵さんに叱られた事で何処か安堵している自分がいる事も感じとった。