第167話 スラダンを重蔵さんに相談する
お気に入り14090超、PV 12240000超、ジャンル別日刊13位、応援ありがとうございます。
俺達3人は約束の時間の15分ほど前に、無事裕二の家に到着した。後ろに監視者3人組が付いて来ているが、気にしないでおこう。
そして正門を潜り何時も通り道場へ行くと、既に重蔵さんが道場の中央で瞑想をしているのを見つけた。
「ただいま、爺さん」
裕二が重蔵さんに声をかけると、重蔵さんは瞑想を止めユックリと顔を俺達の方に向ける。
「……ん? おお、裕二か。おかえり。それに、九重の坊主と柊の嬢ちゃんも一緒じゃな……」
「こんにちは、重蔵さん」
「こんにちは」
俺と柊さんは軽く会釈をしながら、重蔵さんに挨拶をする。
「爺さん、もしかして結構待たせちゃったか?」
「いいや。儂が好きで瞑想しとったんじゃ、気にするでない。それよりお主ら、何時までもそんな所に立っとらんでこちらへ来んか」
重蔵さんは右手で小さく手招きするような動作をしながら、道場の入口で立ち尽くしている俺達を呼び寄せる。
「さて、お茶でも用意してくるから、お主らは座布団でも用意しといてくれ」
そう言って重蔵さんは立ち上がり、給湯室へ歩いて行った。
重蔵さんに入れて貰ったお茶を飲みながら、俺達は重蔵さんと対面するように座っていた。静かな道場でお茶を啜る……何となく穏やかな気持ちになるな。
しかし、その穏やかな雰囲気も、重蔵さんの一言で崩れ去る。
「で、お主ら? 改めて相談とは、一体どんな相談事じゃ?」
俺達の体が一瞬、緊張で強張る。俺は軽く深呼吸をして心を落ち着かせ、手に持っていたお茶をお茶托にのせた。
そして、意を決し口を開く。
「重蔵さん。今日俺達が相談したい事は、以前重蔵さんが指摘した事に関連した事についてです」
「? 儂が指摘した……ああ、お主らの妙な底上げの事か?」
一瞬、重蔵さんは腕を組みながら頭を捻っていたが、直ぐに俺がどの事を言っているのかに思い至り、目を細め鋭い眼光を俺たちに向けてきた。
「はい。その事について、今日は相談に乗って貰えればと思いまして……」
重蔵さんの鋭い眼光に気圧されるが、俺は腹に力を入れ大きく頭を縦に振りながら返事を返す。
「ふむ……」
空気が重い。
腕を組み無言で俺達を見定めてくる重蔵さんと、正面からその眼光に耐える俺達。張り詰めた緊張感が道場の中に満ち、痛いほどの静寂が広がっていく。
「「「……」」」
10秒か1分か、はたまた1時間か。時間の流れが酷く遅い様に感じる。
だが、そんな緊張感に満ちた空気も重蔵さんの一言で崩れた。
「……まぁ、良い。で、相談の内容は? 取り敢えず、話してみろ」
張り詰めた緊張感から解放された俺達は、安堵すると共に胸に溜まった物を息と共に吐き出した。
そして俺は気を引き締め直し、重蔵さんの目を真っ直ぐ見ながら口を開く。
「はい。えっと、今回の相談内容の事の始まりは1年程前……世界中にダンジョンが出現した時まで遡ります」
「1年前? 随分遡るの」
「はい。実はダンジョンが世界中に出現した時、俺の家……俺の部屋の机の引き出しの中にダンジョンが出現したんです」
「……ほぉ」
俺が自宅のダンジョンの存在を口にすると、重蔵さんは俺が嘘偽りを言っていないか見定める様に目を細めた。まぁ、行き成りこんな事言っても信じられないだろうからな。
裕二や柊さんに教えた時だって、実際にダンジョンを見せたから信じた様な物だしな。
「……嘘は言っていないようじゃな」
「はい。只、言葉だけでは些か信じられないでしょうから、これを見て下さい」
そう言って、俺は空間収納からスライムダンジョンで手に入れたアイテムを次々に取り出し、念動力で床に並べていく。コアクリスタルから始まり、スキルスクロール、マジックアイテム、各種幻想金属や上級回復薬等の薬品、巨大な宝石類……道場の床一面には俺がこの1年程で溜め込んだ様々なアイテムが所狭しと並べられていった。
すると重蔵さんは、慌てて俺の行動を止めてくる。
「待て待て!? ちょっと待たんか、九重の坊主! お主、どれだけ取り出すつもりじゃ!?」
俺は重蔵さんの制止を受け、空間収納からのアイテム取り出しをやめる。
しかし既に、道場の床一面には世間で言う所のレア物や高額換金アイテムと呼ばれる物が、無造作に多数並べられていた。これらを全て相場で叩き売りしたとしても、一財産どころか最新鋭戦闘機を一括払いで買える値段にはなるだろうな。
「……大樹。お前、どんだけ溜め込んでるんだよ?」
「す、凄い量ね……」
スライムダンジョンの存在を知る裕二と柊さんも、俺が取り出したアイテムの山に顔を引きつらせ引いていた。 いや、どれだけって……このレベルに到達するまでに得たアイテムを、ロクに換金もせず溜め込み続ければこの位の量は直ぐだよ。
それに、今並べているアイテムだって、空間収納の肥やしの一部でしかないんだけどな……。持ってて良かった空間収納、である。
「えっと……重蔵さん。これで少しは信じて貰えましたか?」
「う、うむ。こんな証拠を見せられたら、信じるしかないの」
「そうですか」
重蔵さんは必死に、引き攣りそうになる顔を取り繕おうとしていた。って、今ふと思ったんだけどこれって1種の砲艦外交だよな? 相手に圧倒的な武力?(財力?)を見せつけ、相手を威圧するって……。
「と、取り敢えず、九重の坊主。お主、一旦これらを仕舞え」
「あっ、はい」
重蔵さんにそう促され、俺は再び取り出したアイテム類を空間収納に仕舞っていく。ただ巨大宝石の原石を収納する際、柊さんが残念そうに巨大宝石を眺めていたので、後で一つ譲ろうかなと思った。ラピスラズリの原石辺りなら、個人でもペーパーで研磨出来るからな。時間は掛かるだろうけど……。
そして1分程で、全てのアイテムを空間収納へと仕舞った。
軽くスライムダンジョンの概要を説明すると、重蔵さんは少し冷めたお茶を一口飲んだ後、大きく溜息を吐きながら俺達3人を疲れた様な雰囲気を漂わせながら半目で眺めてくる。
「はぁ……。お主らが何か隠し事をしているとは思っていたが、とんでもない秘密を隠しておったな……」
「……すみません」
「しかし、スライムだけしか出てこないダンジョンの……確かに中々扱いが難しい案件じゃ。特に先程見せて貰った貴重なアイテムの山を思えば、安易に公開する事はできんな」
「そう、ですよね……」
重蔵さんの呟きを聞き、俺はヤッパリなと思った。
「下手にお主のダンジョンの情報を公開すると、色々な所から表裏の手段を問わず干渉してくるじゃろう。そう考えれば、秘匿していた事は正解じゃったのだろうな……」
俺達より遥かに経験が豊富な重蔵さんが、半ば確信を持ってそう言うという事は、高確率でそう言う展開になると言う事だろう。
嫌だぞ。家を中心にして、各国の諜報機関がスライムダンジョンを求めてせめぎ合うなんて映画的展開。
「しかし、秘密というのは何時までも秘密にして置けるものではない。その事はお主等も分かっておるのじゃろ?」
「……はい」
そう、秘密というのは何時までも隠し通せる物ではない。特に、スライムダンジョンの様な大きな秘密は……。
だからこそ、重蔵さんにスライムダンジョンのことを打ち明けたのだ。
「俺達としては、準備をせず秘密が露見するよりは、準備をして秘密を公開する方が幾分かはマシ……そう思っています」
「そうじゃな。何の準備もしていない所で突然秘密が漏れたら、事態の対処が1歩も2歩も……後手後手に回って主導権がなくなるからの。そうなったら後は流れに身を任せるしかなくなるが……大抵ロクな目に遭わんからな」
「はい。ですから、そうならない様にする為にも、公開するかしないかは問わずに準備だけはしておこうかと」
「そうか……」
俺の準備を整えておきたいと言う発言を聞き、重蔵さんは大きく頷いた。
「では、話を進めるとしようかの。まず今回の場合、お主らが取れる方法は大きく分けて2つじゃ」
「隠すか公開するか、ですね?」
「そうじゃ。現状お主らは隠す方法をとり、ダンジョンの存在を秘匿する事に成功しておる。じゃが、先程も言った様に、秘密はいつまでも秘密としていられる訳ではない。どこから漏れるか分からん上、お主らは最近注目を集めておるようじゃからの。現に3人程、家の外に監視が潜んでおるようじゃしな」
「……気がついていたんですか」
「まぁな。あんな雑な監視に気が付かん程、儂もまだ耄碌しておらん。裕二が出かける前と帰宅した後から隠れておる以上……お主らが監視対象と言う事はわかっておるわ」
どうやら重蔵さんには、バレバレだったようだ。まぁ、俺達が気がついていたのだから、当然か。
「注目を集めている以上、お主らの事を今以上に詳しく調べようとする者が出てくるのは必至じゃ。今回はあの程度の未熟者を使っている以上、相手も表面的な情報を集めると言う意図以上の事はなかろうがな」
「そうですね……」
重蔵さんの指摘通り、そこは俺も心配している所だ。国や協会が本気を出し調べ始めれば、俺達程度の偽装工作では限界がある。幻夜さんのお陰で、その道の専門家の力と言うのは身に染みて知っているからな。
自分達が行った偽装工作が、専門家達を誤魔化し切れるなどと過信するつもりはない。
「今の所、お主らの事は将来性がある有望な新人……という程度の認識じゃろう。じゃが、今後何かしらの功績……活躍をすれば、調査も本格化するじゃろう。それは、お主らも分かっておろうな?」
「……はい」
出る杭は打たれる……一般人でもダンジョンに潜れば自衛官や警察官以上の力を容易く得られるご時世だ。飛び抜けた実績を上げれば探索者のひととなりの善し悪しに関わらず、国家として警戒すべき人物として要注意人物リストに載るだろう。そうなれば、スライムダンジョンの露見も時間の問題だ。
「暫くは、妹達の育成に専念して大人しくしておく事じゃな。時間が経てば、お主らが行ったエリアボス討伐という功績も沈静化するじゃろう」
確かに重蔵さんの言う通り、今は民間探索者によるエリアボス討伐と言う功績は目立つ功績だろうが、それも今だけの事である。時間が経てば、他にもエリアボスを倒す探索者は多く出てくるはずだ。
そうなれば美佳達の育成に専念し、目立った功績を挙げない俺達の事は国や協会の記憶の片隅に一旦は追いやられると思いたい。
「そうだと良いんですが……」
「せめて、準備が整うまでは、秘密を守る努力はするべきじゃろう。既に目立っている分は、諦めるしかないが、新たに目立つ要因を、増やす必要はない」
「……分かりました」
「裕二と柊の嬢ちゃんも、それで良いな?」
「おう」
「はい」
俺達3人は重蔵さんの助言を真摯に受け止め、大きく頷いた。暫くは、大人しくしていようと。
湯呑に残ったお茶を飲み干し、重蔵さんは口を開く。
「さて、次に公開するという方法じゃが……正直、どの様な方法を採るにしても余りオススメは出来んな」
重蔵さんは顔を僅かに顰めながら、若干苛立たしげな声を漏らす。
昔、何かあったのだろうか?
「ダンジョンから得られる利益は勿論の事じゃが、ダンジョンを個人が秘匿し所有していた……この一点だけでも厄介事じゃよ。マスコミが嗅ぎ付ければ、好き放題に騒ぎ立てるじゃろうからな」
「マスコミ、ですか……。確かに個人所有ダンジョンの秘匿なんてネタ、マスコミが大喜びで騒ぎ立てる話題ですね」
「そんなマスコミ報道に踊らされ、よく考えもせずノリで騒ぐ民衆もな」
重蔵さんは苦々し気な表情を浮かべ、溜息を吐く。やっぱり、何か思う事があるのだろう。
「あの、重蔵さん? 出来ればもう少し、マスコミが騒ぎ立てない穏便な公開方法を行いたいのですが……」
「ああ、分かっておる。国の上層部に、秘密裏にスライムダンジョンの話を通したいと言うんじゃろ?」
「はい。出来れば、スライムダンジョンとドロップアイテムの譲渡で手打ちに出来ればと……」
俺達は公開し損ねたスライムダンジョンを、あくまでも穏便に処理したいだけだ。その際、お咎めを避ける為になら、空間収納にしまっているドロップアイテムを全て譲渡しても良いと思っている。元々あぶく銭みたいなものだしな。
それに、スライムダンジョンのお陰で俺達は他の探索者とは比べ物にならない程の高レベルに達している。その力を使えば、手持ちのドロップアイテムを全て譲渡したとしても再びダンジョンに潜り稼ぐ事は可能だ。
「確かにお主が思うように、儂の伝を使えば手間は掛かるが国の上層部とコンタクトを取るのは可能じゃ」
「本当ですか!?」
「ああ、可能じゃ。じゃが、九重の坊主。その前に一つ確かめたいのじゃが……」
「何ですか?」
重蔵さんは俺の目を真っ直ぐ見ながら、1拍の間を空け決定的な疑問の一言を発する。
「お主、先程からダンジョンを譲渡すると言っていたが……ダンジョンの移動は可能なのか?」
俺達3人はその質問を聞き、思わず顔を引きつらせた。
やっぱりそこが問題だよな……。