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朝起きたらダンジョンが出現していた日常について……  作者: ポンポコ狸
第8章 ダンジョンデビューと体育祭に向けて
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第165話 危機的なお財布事情

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 飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てソファーに戻って来ると、タイミングよく更衣室の入口から荷物を持った柊さん達が出てきた。柊さん達は俺と裕二を探すように顔を左右に振っていたので、軽く手を振り居場所をアピールする。

 すると手を振る俺に気がついたのか、柊さんは俺と同じように軽く手を振り気がついた事をアピールしつつ真っ直ぐコチラに歩き寄ってきた。


「お待たせ。九重君、広瀬君」

「あっ、うん。そんなに待ってはいないから、大丈夫だよ。なぁ、裕二?」

「ああ」


 俺は軽く手を挙げつつ、柊さんに返事を返す。実際、10分も待ってないから特に問題もなかったしな。

 そんな事を思っていると、大事そうに小袋を抱えた美佳が笑顔を浮かべながら俺の腕に抱きついてきた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 挨拶はその辺にして、早くドロップアイテムを換金しに行こうよ!」

「おいおい、美佳。はやる気持ちも分からなくはないけど、少し落ち着けよ。まずはお茶でも飲んで、一休みしたらどうだ?」

「ええ……」


 俺がお茶でも飲んで落ち着くようにと諭すと、美佳は不満そうな表情を浮かべた。視界の端に映る沙織ちゃんも、美佳程ではないが少々残念そうな表情を浮かべている。2人とも、スキルスクロールの事が気になるんだろうな。

 俺はそんな二人の反応に苦笑を浮かべながら、裕二と柊さんに視線を向ける。どうする?と。


「まぁ、良いんじゃないか? 俺と大樹は3人が出てくるのを待っている時間で休憩を取っていたから、柊さんが良いなら事務所の方に移動しても……」

「私も特に疲れてはいないから、別にここ(待合室)で休まなくて良いわよ? 皆が移動するって言うのなら、反対はしないわ」


 そう言いながら裕二はソファーから腰を上げ、柊さんは仕方がないなと言いたげな表情を浮かべていた。

 そんな2人の動きに、美佳と沙織ちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「そっか……じゃぁ、移動するとしようか?」

「うん!」

「はい!」


 ソファーに置いた荷物を取る為に抱きついている美佳の腕を解くと、美佳は沙織ちゃんの元に移動し楽しげに会話を始める。そんな2人を微笑ましげに見ていると、いつの間にか近寄ってきた裕二が耳打ちをしてきた。


「……大樹。アチラさんも全員揃ったみたいだぞ?」

「うん、分かってる。さっきから監視の視線が増えたからな……」

「そうか。で、どうする?」

「どうするって言われても……何も仕掛けてこないのなら放置するしかないだろ? それともDPの駐屯所に駆け込んで、アイツ等をPK疑惑で確保して貰うか?」

「ああ、その手もあるな。でもまぁ、それをやると後々面倒になりそうだな……」

「そうだよな」

 

 結局、監視者達の事は現状放置するしかない。

 今の所、監視に気が付いている俺達3人が不快感を感じる以外特に害はないので、表立った対処も難しいのだ。仮に、DPに監視者達が朝から追跡監視していると訴えても、偶然進む方向が一緒だったと主張されればそれだけだからな。


「お兄ちゃん! 裕二さん! 早く早く!」


 俺が裕二と監視者達の事で少し話し込んでいると、移動を始めていた美佳が俺達を手招きしながら呼んでいた。


「いま行く! 裕二、取り敢えず話はここまでだな」

「ああ、そうだな。……行くか?」


 俺は返事の代わりに軽く頷き、手招きする美佳のもとへと移動を開始した。








 発券機で整理券を取ると、63と書かれていた。呼び出し電光掲示板の数字は58番なので、中々いいタイミングだったらしい。


「今日は人も少なく、早く手続きが出来そうだな」

「ああ。タイミングが良かったみたいだな」


 俺達は待合室の空いてるソファーの席を確保し、自分達の番号が呼ばれるのを待つ事にした。


「ちょうど、纏まった席が空いて良かったな」

「ああ。バラバラの席なら空いてるけど、やっぱり全員で纏まってた方が便利だしな」


 俺達はソファーに腰を下ろしながら、安堵の息をつく。比較的待合室のソファーは空いていたのだが、5人纏めて一箇所でとなると、席が確保できなかったのだ。

 しかし、タイミング良く壁際のソファーに座っていた6人組の団体が退席したので、俺達は素早くその席を確保した。


「えっと? 今の受付番号は1つ進んで59か……」

「この調子なら、10分も待てば順番が回ってくるんじゃないか?」

「そうね、多分その位でしょう。本当、今日はタイミングが良かったわね」


 俺と裕二が座る席の前に座る柊さんが、俺達の方を振り返り同意の声をかけてくる。受付人数がピークの時には、1時間近くは順番を待つ事になると聞くからな。探索を終え疲れている所に更に1時間も待たされる……あまり考えたくない状況だ。だがそれでも、初期の頃に比べれば職員も窓口対応になれ、窓口数自体も増えた事で大分緩和されている方だけどな。初期のピーク時は、2時間待もザラだったし。

 俺達3人は昔の事を思い出しながら、受付窓口に視線を送った。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。ちょっと聞いて良いかな?」

「ん? 何が聞きたいんだ?」


 俺達が昔の受付事情を回想していると、美佳が俺達の方に振り返り、周りに聴こえない様に小さな声である疑問を投げかけてきた。


「あのね、アレ(スキルスクロール)って幾ら位で買い取って貰えるの?」

「アレの買取価格か……。まぁ中身によってピンキリだけど、最低でも一桁万円は超えるな」

「一桁超え……つまりウン十万円って事?」

「中身にも依るけどな? 昔俺達が換金した奴は、初期の頃の品薄事情も手伝って50万近くで買い取ってもらえたぞ?」


 俺が以前換金したスキルスクロールの具体的な買取額を口にすると、美佳は驚きで目を見開きながら輝かせ、慌てて大声を出さないように口を手で押さえていた。また、美佳の質問に聞き耳を立てていた沙織ちゃんも同じ様に、目を見開き驚愕の表情を張り付かせた顔を俺達の方に振り向かせる。

 まぁ、塩の1振りで50万円と聞けば、そういう反応になるよな。


「お、お兄ちゃん? そ、その話……ほ、本当なの?」

「ああ。こんな事で嘘を言っても、仕方がないからな」

「「~!?」」


 美佳と沙織ちゃんは無言で互いの顔を見合わせ、ほぼ同じタイミングで歓喜の表情を浮かべながら力強くガッツポーズを取った。


「やったね! 沙織ちゃん!」

「うん! 良かったね、美佳ちゃん!」

「これで暫く、電車賃の心配はしなくて済むね!」

「うん! バイト代もあまり残ってなかった、ほんと助かったよ」


 心底嬉しそうな2人のやり取りを聞き、俺は思わず顔を俯かせ目頭を押さえた。どうやら二人共、かなり危機的なお財布事情だったらしい。電車代にも困窮するって……。

 ふと顔を上げ裕二と柊さんに視線を向けると、2人も俺と同じ様に頭を抱えていた。俺は美佳と沙織ちゃんに気付かれない様に、小声で裕二に耳打ちをする。

 

「……近場のダンジョンに、連れて行けば良かったかな?」

「……いや。留年生達との関係を考えれば、近場のダンジョンは使わない方が良いって結論を出しただろ?」

「そうだけど……2人の会話を聞いていると、な?」

「まっ、まぁな……ここまで経済的に困窮していたとは思っても見なかったな」

「ああ」


 せめて美佳には、一言相談して欲しかったな……。まぁ多分、武器購入で既に俺に借金をしているから、金銭関係の話を持ちかけづらかったんだろうけどさ。

 そんな事を考えてると、柊さんが俺に軽く非難めいた視線を向けてきた。いや、言いたい事は何となく分かるんですけどね。


「ちょっと九重君。あの2人の言ってる事……どう言う事?」

「いや。その、俺も今聞いたばかりでさ……一言も相談してくれなかったんだよ」

「はぁ……しっかりしてよ。貴方が2人の、探索者としての保護責任者なんでしょ?」

「……面目ない」


 小声で非難じみた叱責してくる柊さんに、俺は困惑の表情を浮かべながら弁解する。いや流石に、相談されないと人の懐事情なんて把握できないって。

 そんな俺の反応を見て、柊さんは大きくため息を吐く。俺だって、溜息を吐きたいよ。


「っで、話は変わるけど九重君」

「……何?」


 溜息を吐き終えた柊さんは顔を上げ、鋭く細めた眼差しで俺を見てくる。


「2人の持っているアレ、中身は分かってるの?」


 つまり柊さんは、ドロップしたスキルスクロールを鑑定したかと聞いているのだろう。まぁ一応、ドロップした時に反射的に鑑定解析はしたけどさ。


「……あっ、うん」

「それって、高く買い取って貰えそうな物だった?」

「ああ、えっと……まぁ、そこそこかな?」

「そこそこ、ね」


 柊さんの質問に、俺は視線を逸らし気まず気な小声で返事を返す。そんな俺の微妙な返事で事情を察した柊さんは、鋭く細めた眼差しから力を抜き気の毒そうな表情を浮かべた。

 スキルスクロールとは言え、人気や需要が無い物は安く買い叩かれるからな……。

 そして柊さんは軽く目を瞑った後、隣で嬉しそうに話している美佳と沙織ちゃんに声をかける。


「……ねぇ? 美佳ちゃん、沙織ちゃん」

「……? 何です、雪乃さん?」

「ちょっとアソコの自販機で、お茶を買って来てくれないかしら?」


 そう言って、柊さんは階段横に設置してある自販機を指差す。


「お茶、ですか?」

「ええ。お願い出来ないかしら? 勿論、お金は私が出すから、2人も自分が好きなのを買ってきて良いわよ」 

「えっ、あっ……」


 そう言って柊さんは、財布から千円札を取り出し美佳に手渡した。お金を受け取った美佳と沙織ちゃんは一瞬顔を見合わせた後、現在の受付番号を確認し了承の返事を返す。


「分かりました。じゃぁ、ちょっと買いに行ってきますね」

「お願いね。あっ、その荷物は邪魔だろうから、私が預かっておくわ」

「えっ? あぁ……じゃぁ、お願いします」

「ええ、任せて」


 美佳は大事に抱えていたドロップアイテムが入った小袋を柊さんに渡し、沙織ちゃんと一緒に自販機の方へ歩いて行く。

 そして2人の姿が離れた事を確認し、柊さんは美佳から預かった小袋を俺に渡してきた。えっ?どう言う事?


「えっと……これは何?」

「何って、今の内にスキルスクロールを交換して上げなさいよ。一応、準備はしているんでしょ?」

「えっ? ……うん。まぁ、一応」


 ドロップしたスキルスクロールを鑑定した時、微妙に外れ感があったので監視者が見ていない(更衣室のトイレ)で交換用にと、とあるスキルスクロールを空間収納から取り出しバックパックに入れておいたのだ。尤も交換しようにも、スキルスクロールが入った小袋を美佳が大事そうに抱えていたので、交換するタイミングがなかったのだが。

 過保護かもしれないが、出来るだけ2人には早く借金を返済させてやりたかったからな。高額の借金を抱える現状は、2人にとってかなり精神的な負担が掛かっているだろうし。尤も借金以前に、2人のお財布が危機的状況になっているとは知らなかったけどさ。


「幸い監視者3人組は、用事がないこの建物には入ってきていないみたいだからスクロールを交換する好機よ」

 

 監視者3人組は俺達の追跡監視に集中していたので何もドロップアイテムを得ていないらしく、この建物の中には入ってきていない。何の用事も無く居ると目立つ、と判断したのかもしれないな。恐らく今も、建物の外から俺達の動きを観察しているのだろう。


「待合室に居るやつの視線は俺が遮るから、交換してやれよ。それに角度に気をつければ、監視カメラの死角を突ける」

「そうね。じゃぁ私が、監視カメラの画角を遮るわ」

「……分かった」


 俺がスキルスクロールの交換に同意すると、2人は然りげ無く体を動かし待合室の人の視線と監視カメラを遮断する。僅かだが、スキルスクロールを密かに交換出来る死角が生まれた。とは言え、交換にあまり時間をかけていると不審に思われるので、俺は自分のバックパックから素早く用意していたスキルスクロールを取り出し、美佳が持っていた小袋に入れ、中に入っているスキルスクロールを素早く空間収納で回収し交換を終える。

 この間、5秒。中々の手際だったと自画自賛する。


「はい、終わったよ」


 俺が入れ替えを済ませた小袋を柊さんに差し出すと、柊さんは素知らぬ顔で差し出された小袋を受け取る。軽く周りを見回してみるが、特に俺達の行動を不審に思っている人はいないようだ。

 そして、一仕事終えた感を俺が出していると裕二が耳打ちしてきた。


「で、大樹。何と入れ替えたんだ?」

「何って……」


 どうやら俺が、何のスキルスクロールと交換したのか気になるらしい。まぁ、気になるよな。


「俺が交換したのは、水魔法のスキルスクロールだよ」

「……はぁ!?」


 裕二は噛み殺したような小さな声で、驚きの声を上げた。

 そして裕二は軽く深呼吸をして心を落ち着かせ、水魔法のスキルスクロールを交換対象にした選択理由を聞いてくる。


「おいおい、何でそんなのと交換したんだよ?」

「何でって、人気と需要を考えて、そこそこの買取価格になるから……かな?」


 俺が水魔法のスキルスクロールを交換対象にしたのは、魔法系スキルが付くスキルスクロールは依然として人気も高く、水魔法のスキルスクロールは飲料水の確保や洗浄水の確保が容易になるとして需要が高い上、安定して高価格(3桁万円代)で買取が行われているからだ。火や風魔法に比べ派手さはないが、ダンジョン内での実用性としては水魔法が一番人気がある。

 そうした理由を説明すると、裕二は軽く溜息を吐きながら一先ず納得してくれた。


「大樹。査定通知が届いたら、ちゃんと2人に説明しろよ? 狙って確保出来る様なものじゃなく、滅多にない幸運だって」

「ああ、分かってる。十分に言い聞かせるつもりだよ」

「重々、念を押してな。変に味をしめて、欲に目を眩ませモンスターに突撃する様になったら大変だからな?」

 

 裕二の懸念は尤もだ。

 言ってみれば、この状況はビギナーズラックで万馬券を当てた様な物だ。安易に獲得した万馬券に味をしめ、夢よ再びと大量に投資し身持ちを崩すと言うものは多い。そうならない為にも、自制する事を教えないと大変な事になるからな。

 と、そんな事を話している内に、美佳と沙織ちゃんが飲み物を購入して戻って来た。 


「お待たせ。はい、雪乃さん」

「ありがとう。美佳ちゃん、沙織ちゃん」


 柊さんは美佳からお茶とお釣りを受け取りながら、預かっていた小袋を美佳に返した。美佳と沙織ちゃんはソファーに座ると買ってきたジュースを飲みながら、期待に心躍らせながら受付番号が表示されている電光掲示板を眺めていた。

 ……うん。ホント、よく言い聞かせないとな。















装備購入費や交通費、消耗品購入費等の出費が重なっている上、ドロップアイテムの収入が少ないとなれば、高校生が準備できる額の資金では早々に底を尽きかけますよね……。


 

朝ダン、好評発売中です。書店等で見掛けたら、是非お手に取ってみてください。


挿絵(By みてみん)

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