第164話 強制撤収する
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スキルスクロールの出現で興奮していた2人がある程度落ち着きを取り戻した頃合を見計らい、俺は2人に話しかける。
「美佳、沙織ちゃん。取り敢えずスキルスクロールの事は横に置いておくとして、この後もダンジョン探索を続けようと思うんだけど……行けそう?」
「う、うん! 勿論、大丈夫だよ!」
「わ、私も大丈夫です!」
とは言ってるけど、2人ともスキルスクロールが出たせいで浮ついてるよな……。俺は目を輝かせ探索続行を主張する美佳と沙織ちゃんから視線を外し、裕二と柊さんに顔を向け声をかける。
「……どう思う?」
「一旦安全地帯まで戻って時間を置くか、引き上げた方が良いだろうな……」
「そうね。引き上げるのかは兎も角、今の状態の2人を連れて探索を続行するのはやめておいた方が良いでしょうね」
「やっぱり、そうだよな……」
美佳達の浮ついた様子を察し、俺達3人は現段階での探索続行は不可能若しくは危険だと結論を出した。
勝って兜の緒を締めよと言う諺がある様に、大きな成功を収めた後こそ気を引き締めないと危険だ。浮ついた心持ちのまま、集中力を欠いた状態でダンジョン探索を続行するなど自殺行為だからな。
俺は顔を美佳達の方に戻し、話し合いの結論を伝える。
「と言う訳だ。美佳、沙織ちゃん。一旦、2階層入口の安全地帯まで戻るよ」
「ええ、戻るの!? 折角スキルスクロールが出たんだしさ、このまま探索を続けようよお兄ちゃん! ねっ、沙織ちゃんもそう思うよね!?」
「う、うん! お兄さん、もう少し探索を続けませんか?」
「ダメだ。今の2人を連れてダンジョン探索を続行するなんて、危なくてとてもじゃないけど出来ないよ」
どうやら2人とも、スキルスクロール……初めてのレアドロップ品を手にした事で気が大きくなっているようだ。これは、多くの探索者が引き際を誤る前兆の様な状態……状況判断能力が低下しているとも言えるな。 取り敢えず、2人には冷水をかけて頭を冷やそう。
「おいおい、2人とも。今の自分達の状態を、ちゃんと把握してるか? ほら……これで、自分の顔を見てみろ」
「これって、鏡?」
俺はバックパックから柄付鏡を取り出し、美佳に覗いてみろと伝え手渡す。
美佳は俺から受け取った鏡を覗き込み、自分の顔を見て固まる。同様に、柊さんから手渡された鏡を覗き込んだ沙織ちゃんも固まっていた。
何せ鏡に映った自分の顔には、欲に目が眩んだ表情がありありと浮かんでいたのだからな。
「分かったか? とてもじゃないが、平常心の欠片も無い今の2人を連れてダンジョン探索は出来ないぞ」
「……うん」
「……はい」
美佳と沙織ちゃんは鏡を俺と柊さんに返しながら、俯き溜息を吐きながら落ち込む。どうやら、自分達が浮かべていた表情が結構ショックだったらしい。
まぁ取り敢えず、水は差せたようだな。
「さて、じゃぁ来た道を戻るぞ。良いな?」
「……うん」
「……はい」
美佳と沙織ちゃんは先程迄とは打って変わって、弱々しい小さな声で返事を返してきた。……あれ?もしかして……水を差しすぎたか?
俺は酷く落ち込む2人の後ろ姿を見て、やり過ぎたかと頭を掻きながら裕二と柊さんに視線を送り小声で話しかける。
「(やり過ぎ、かな?)」
「(いや? まぁ、あの状態でダンジョン探索を続けるさせるよりは、まだマシなんじゃないか?)」
「(まぁ、どっちもどっちね。取り敢えず、今は安全地帯まで戻って2人を休ませましょう。少し時間を置けば、2人も落ち着くはずよ)」
「(そう、だね)じゃぁ、出発」
俺達は美佳達を陣形の中心に置き、来た道を戻り安全地帯へと足を進めた。
因みにその時、通路の先で慌てて移動する人の気配を感じたが……まぁ気にしないでおいてあげよう。
2階層の安全地帯に戻った俺達は美佳と沙織ちゃんを椅子に座らせ、自販機で購入した麦茶のペットボトルを差し出す。幸い、昼時を過ぎていたので空席もそこそこあり席は簡単に確保出来た。
そして2人は差し出された麦茶を煽り飲み、胸に溜まった物を吐き出す。
「落ち着いたか?」
「……うん」
「……はい」
美佳と沙織ちゃんは麦茶をテーブルの上に置き、俺に視線を向ける。
うん。先程までに比べても随分落ち着いたみたいだな。2人とも、大分マシな表情に戻っている。
「2人が舞い上がる気持ちも分からなくもないけど、TPOを考えないとな。幸いココに戻ってくるまでにモンスターの襲撃はなかったけど、あの状態でモンスターの襲撃を受けていたら2人共怪我をしていたかもしれないぞ?」
俺は優し気な口調で美佳と沙織ちゃんに、先程の行動に苦言を呈す。
そして2人共落ち着いた事で、先程までの自分達の行動を振り返り反省を口にする。
「……うん、そうだね。でも今思い出してみると、何であんなに周りが見えない位まで舞い上がってたんだろう?」
「私も、何であんなに舞い上がってたのかな……」
2人は首を傾げながら、何故あそこまで興奮していたのだろうかと不思議がっていた。
「それが、場の勢いって奴だよ。物事が1つ上手く行くとその次も上手く行くと根拠も無く信じ込み、冷静な判断が下せなくなって、浅い考えで行動に出るようになる。しかも勢いに乗って行動する自分ってのは自覚しづらいから、第3者に指摘されるか何かを切っ掛けにして自力で正気に戻るかしないと、簡単に場の勢いに流されるんだよ。今回の場合、ドロップした品が良かったのが引き金だったんだろうな」
「「……」」
美佳と沙織ちゃんは無言で黙り込み、自分の行動を振り返っているようだった。
「確かに、お兄ちゃんが言う様にスキ……」
「ストップ。それ以上はここで口にしないでおこうな。変なのに絡まれる原因になるかもしれないからさ?」
俺はスキルスクロールという単語を口にしようとした美佳の言葉を遮り、待ったを掛ける。一応、周りの席が無人のテーブルを選んで座っているが、どこで聞き耳を立てている者がいないとも限らないので、分かり易い単語は口にしない方が良いだろう。
「う、うん。分かった。えっと……確かにアレを手に入れた事が原因で、お兄ちゃんが言うようにTPOも考えずテンションMAXで浮かれたんだと思う」
「私もアレを見た時から、高揚する感情を抑えられませんでした……」
「別に、喜ぶ事自体が悪い訳じゃないんだよ。ただ今回は、TPOを考慮しなかった事が拙かっただけだな。まぁ、慣れればその辺の感情にも折り合いが付くようになるさ」
俺のその言葉に、美佳と沙織ちゃんは顔を見合わせた。本当、良い物を手に入れた時に喜ぶ事自体に問題はないからな。
安全地帯での休憩を終えた俺達は、今回のダンジョン探索は此処までで終える事を決定した。確かに物資や体力面ではダンジョン探索の続行も可能だが、美佳達の精神面の負担を考慮すると今回はここまでで探索を終えた方が良い。
2度目の探索で10体近くモンスターを相手にしていた上、初めてのスキルスクロールと言うレアドロップ品を手に入れると言う出来事。2人とも平気なように見えるが、精神的には一杯一杯だろうな。
「さて、と。帰るか」
「ああ。大樹、帰り道は最短コースでな?」
「勿論、分かっているよ」
俺は裕二と軽く帰り道について話し合いルートを決め、柊さんは美佳達と話している。
「じゃぁ、今日はここまでで撤収するけど……良いわよね?」
「……うん」
「……はい」
美佳と沙織ちゃんは微妙に消化不良気味な表情を浮かべているが、撤収自体に反対しないようだ。ちゃんと自分の状態を把握し、現状把握ができているらしい。
それぞれの話が終わると、俺は1階層に繋がる階段の前に移動した。
「じゃぁ、帰ろうか? 準備は良い?」
「ああ、帰ろう」
「大丈夫よ」
「大丈夫!」
「はい、大丈夫です」
「じゃぁ、出発」
そして俺達は、隊列を組み階段を上り始めた。最短距離で1階層を抜けるなら、美佳達を連れても30分とかからず出られるな。
出口の直前、最後の最後で俺達はスライムと遭遇した。相変わらず伸縮を繰り返す粘性体の姿は不気味で、美佳と沙織ちゃんは眉をひそめている。
「……沙織ちゃん」
「……はい」
「さっきは美佳がやったから、今度は沙織ちゃんがスライム討伐をやってみる?」
「……はい。やってみます」
沙織ちゃんは眉をひそめたまま、俺から塩が入った密閉袋を受け取る。沙織ちゃんは塩を袋から取り出し手に乗せ、慎重にスライムとの距離を詰め近づいて行く。
そして、ある程度近づいた所で足を止め、スライムが体を広げ始めた瞬間を狙い、塩を投げつけた。
「!?!?」
先ほど美佳が倒したスライムと同様、塩をかけられたスライムは苦しそうに伸縮を繰り返し、のたうち回り始めた。そして次第にその体積を減らしていき、体の体積が元の半分を下回ろうとした時、中心部にあった黒い球体が砕け散り光の粒子となってスライムは消滅した。
沙織ちゃんは暫くその場に佇み、スライムが消えた場所を凝視していたが何の変化も起きない。
「……残念だけど、沙織ちゃん。今回ドロップアイテムはないみたいだよ」
「そう、ですね。残念です」
俺がドロップアイテムがないと告げると、沙織ちゃんは無念と未練がこもった眼差しをスライムが消えた場所に向けた。柳下の2匹目のドジョウを狙ったようだが、上手くいかなかったようだな。
「まぁ、ドロップアイテムは必ず出るとは限らないしね。今回は運がなかっただけだよ。ダンジョン探索に通っていればその内、沙織ちゃんの手元にもスキルスクロールがくるさ。だから、そんなに落ち込まないでよ」
「……はい」
残念そうに落ち込む沙織ちゃんに、俺は慰めのフォローを入れる。
「よし。じゃぁ、あと少しで出口だ。頑張ろう」
「はい!」
スライムを倒し障害が消えた通路を通り、俺達は出口へと足を進めた。
出口のゲートを潜り衛生エリアを抜けた俺達は、更衣室の前で別れた。
そして俺と裕二は手早く着替えを済ませ、待合室のソファーに座って缶コーヒーを飲みながら簡単な反省会を始める。周りに監視者3人組がいない事を確認して。
「なぁ、裕二」
「……何だ?」
「上手く、誤魔化せたと思うか?」
「……どうだろうな? まぁ、ある程度は誤魔化せたとは思うけど……」
俺は今回の探索内容を思い出しながら、裕二に胸の内の不安を打ち明ける。最初は隠そうかとも思ったのだが、敢えて今回の探索で調味料シリーズを監視者達の前で披露した。俺達の快進撃の理由付けに使えると思ったからだ。
だが、俺の問いに対する答えは裕二も持っておらず、腕を胸の前で組んで頭を傾けた。
「一応、今回の探索で調味料シリーズを見せたから、ある程度は俺達の快進撃の理由付けになったとは思うけど、それだけで全部が全部の状況を説明出来る訳じゃないからな……」
「まぁ、そうだよな」
確かに、裕二の言う通りだろう。
戦闘力という面では調味料シリーズを活用……独自のアイディアで上手くやった。と言う事である程度誤魔化せるだろうが、ダンジョン探索は高い戦闘能力があれば乗り切れると言うものでもない。ドロップアイテムや探索に使う消耗品の運搬、長時間探索時における安全地帯の確保、トラップ突破技術等々、様々な要素が複雑に絡んでくる。俺達以外のオーガを倒した民間探索者グループは複数のチームで連合を組みこの点をクリアし、自衛隊や警察の探索チームは元々持つ組織力でこれらの点をクリアしているのだが、俺達はたった3人だけでクリアしている。
この様な疑問点は、今回の探索を見ていただけでは説明がつかないだろうな。
「それに今回の探索では、俺達自身は一切戦闘行為をしていないからな。暫く監視が続く可能性は高いだろうさ」
「やっぱり、そうなるよな……はぁ」
思わず、俺の口から溜息が漏れる。都合良く、今回の監視だけで決着が付くと言う訳にはいかないか……。1度は俺達自身が20階層辺りのモンスターと戦闘を行う姿を、監視者達に見せないといけないと言う事だろうな。
「とは言え、そう心配しなくても大丈夫だと思うぞ? 多分、今回の監視者達の主目的は、俺達の人柄観察だろう。上級トラップ施設を一発クリアした若者の人柄を見てみたい、ってのが今回の監視だろうな。それなら今回の探索を見ていれば、俺達の評価は攻略にあまり積極的ではないが後輩指導に熱心な高校生探索者って線で落ち着くと思うぞ」
「後輩指導に熱心な高校生探索者か……」
過大評価、と大声で言いたいな。別に後輩指導が熱心と言う訳ではなく、身内に甘いだけだ。学校での活動も、美佳や沙織ちゃんが困っているから積極的に動いているだけで、2人に関係がなければ放置していた可能性が高いしな。
「まぁ何だ、大樹。今の段階で難しく考えても、仕方がないと思うぞ。明日も監視が続くようなら改めて対策を考えよう」
「……そうだな。それしかないか」
「ああ」
俺は不安を振り払う様に、残った缶コーヒーを一気に飲み干した。
全く、悩み事が尽きないな。




