第162話 安全地帯で休憩をする
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2階層のスタート地点、所謂安全地帯と呼ばれるそこは、公園のように簡易休憩スペースが作られていた。コイン式のトイレを始め、多種多様なバッテリー駆動自販機や簡易テーブルと椅子のセット……よくぞここまでダンジョン内に揃えたものである。
まるで、何かのイベント会場のようだな。
「へー。2階層の安全地帯って、こんな感じになってるんだ」
「何だか、お祭り会場のような雰囲気ですね……」
美佳と沙織ちゃんは階段の途中で立ち尽くし、安全地帯の様子を興味深げに眺めていた。まぁ、そういう反応になるよな。俺達も、ここが出来た頃は似た様な感想を抱いたからな……。
「ここが、こんな感じに改装されたのはつい最近なんだぞ」
「そうなんだ……」
俺は安全地帯がこんな感じに改装された時の事を思い出しながら、辺りを懐かしげに目を細める。2,3階層のチュートリアル階層の安全地帯がこの様な姿に変わったのは4月……年度が替わってからだ。
以前から安全地帯には衛生管理の必要性から採算度外視でトイレが設置されていたのだが、今の様に自販機や休憩設備はなかった。当然だ。ここが安全地帯とは言え、ここに到達するまでのルート上にはモンスターが出現するのだから。そしてモンスターの襲撃を捌きつつ物資を安全地帯にまで運搬するには、銃火器で武装した警備員か探索者の護衛を必要とする。態々ダンジョン内へ物資を運搬し利益を出すには、輸送コストが掛かり過ぎ採算が取れなかったからな。
だが、ダンジョンが解放され半年も経つとそんな状況も変化する。心理的抵抗で人型モンスターを倒せず挫折し、探索者を引退した元探索者がその手の企業にスカウトされだしたのだ。そう言う元探索者達は下の階層へのダンジョン探索は不可能でも、人型モンスターが出現しない安全地帯へ物資運搬する程度は可能だった。この元探索者と言うそれなりの実力を持つ運搬人達の登場により、ダンジョン内への物資運搬が比較的容易になり、ダンジョン内の安全地帯で自販機商売をする企業が増えたのだ。
「おーい、3人とも。何時までもそんな所に突っ立っていると、他の通行者の邪魔になるから取り敢えず下に降りてこいよ」
「あっ、うん、ごめん」
一足先に階段を下り切っていた裕二が、階段の下から途中で立ち止まっている俺達3人を呼ぶ。確かに、こんな所に3人も立ち止まっていたら邪魔になるな。
そして、俺達3人は小走り気味に階段を下りきる。
「悪い、待たせた」
「別にいいさ。それより、どうする? このまま休憩……昼飯を食べるか?」
「そうだな……」
裕二の質問に、俺は返事を躊躇しながら視線を美佳と沙織ちゃんに向ける。
「二人とも、どうする? お昼御飯は食べられそう?」
「うん」
「はい。大丈夫です」
2人は返事を一瞬躊躇する様な素振りを見せたが、大丈夫だと返事を返してきた。
「そうか。じゃぁ、空いている席を探そう」
俺達は昼食を取るために、休憩スペースの空いている席を探す。休憩スペースは多くの探索者が利用しているが、そこそこ席は空いている。が、俺達が全員で一度に座れる席と言うと中々見つからない。
さて、5人で座れる席はっと……あった。
「あそこ。もう直ぐ、あそこの席が空きそうだぞ」
俺は少し離れた所の談笑をしている6人グループが座る席を指さし、もう直ぐ空きそうだと4人に教える。
「ん? ああ、あそこか。確かに、もうすぐ席を立ちそうだな」
「そうね。じゃぁ、あそこの席が空くのを狙いましょう」
「「??」」
裕二と柊さんは直に俺の発言の意図を読み同意するが、美佳と沙織ちゃんは意図が読めず首を傾げていた。俺達と美佳達との、観察力の差だな。
そうして首を捻る美佳と沙織ちゃんを引き連れ目を付けた6人グループが座るテーブルに近付いていくと、後10m程と言った所まで近付くと6人グループは席を立った。
「本当に席が空いた……」
「……そうだね」
美佳と沙織ちゃんは唖然とした様子で、俺達が言っていた様に席を立ち去った6人グループを見送る。
そして、唖然とする美佳と沙織ちゃんの背中を押しながら、俺達5人は空いた席を確保した。
「さっ、席も確保出来た事だし……御昼御飯を食べようか?」
「ちょ、ちょっと待って、お兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「どうして、さっきのグループの人が席を立つって分かったの?」
美佳は不思議そうな表情を浮かべながら、俺に何故6人グループが席を立つ事が分かったのか聞いてきた。沙織ちゃんも同じ気持ちなのか、美佳と同じような眼差しを向けてくる。
そして、俺は美佳と沙織ちゃんに、何故あの席に座る探索者グループがもう席を立とうとしているのが分かったのか説明をした。
「そうだな……何故彼等がもう直ぐ席を立つ事が分かったのか? 一つは、彼等の使っていたこのテーブルの上に置かれた物を見ていたからだよ」
「机の上の物?」
「ああ。机の上には一つに纏められたコンビニの袋と、残り少ないペットボトルのお茶が置かれていたからな。そこから、彼等が既に食事を終え片付けも済ませているという事が分かる」
「でも、お兄ちゃん。それだけじゃ、あの人達が直ぐに席を立つって事には成らないんじゃないの? 食後の休憩をしていたのなら、何時席を立つのかは分からないんじゃ……」
「まぁ、な」
美佳の言う事も、尤もだ。片付けを済ませているからと言って、食後の休憩が直ぐに終わるとは限らないからな。
しかし、もう一つの条件を加えると何時席を立つのかはある程度推測が立つ。
「そこでもう一つ。俺が彼等がもう直ぐ席を立つと判断した理由は、時間だ」
「……時間?」
「ああ。ほら、あそこの壁。あれ、何に見える?」
「あれって……大きな時計だよね? 学校の校舎の外壁に張り付いているやつ……」
「ああ」
俺が指さした壁には、学校で見かける様な大きな時計が設置されていた。遠くからでも、時間がよく見える大きさだ。
因みに、今時計の針は12時35分の位置を指している。
「俺もついさっき確信したんだけど、彼等のグループのリーダーと思わしき人が何度もあの時計に視線を送っていたんだよ。その事に、美佳達は気が付いていたか?」
「……ううん」
「私も、気が付きませんでした」
「そっか」
まぁ、気が付かないのも無理はないか。ここもダンジョン内である事には変わりないから割と薄暗いし、美佳達は俺達程レベルによる視力の補強も無いからな、低レベルの美佳達だと、あの距離では遠くに居る人の視線の動きを判別する事は出来ないよな。
「で、そのリーダーなんだけど。俺が確認しただけでも、1分程で10回近く視線を時計にやっていてな。かなり時間に几帳面な性格なんじゃないかな……と思ってさ。彼があのグループのリーダーを務めているなら、グループ行動は時間厳守になっているんじゃないかと思ったんだよ」
美佳と沙織ちゃんはある程度、俺の説明に納得したようだが疑問点は残っているようだった。
「でもお兄ちゃん。お兄ちゃんがもう直ぐあのグループが席を立つって目星を付けた時には、まだその人が本当にリーダーだって確証はなかったんでしょ?」
「ああ。確かにあの段階で彼がリーダーだと言う確証はなかったけど、結構な確率で彼がリーダーなんじゃ無いのかとは思ってたぞ? 何せあのグループ、話が一時中断されるタイミングではメンバー全員の視線は必ずと言っていい程、リーダーの方に向いていたからな。判断に悩む時に決断を任せられる存在……彼がリーダーである確率は結構高かったな」
「……そうなんだ。でも凄いね、お兄ちゃん。私、そんな所までは気が付けなかったし、考えが回らなかったよ」
「私もです」
俺の推論を聞き、美佳と沙織ちゃんは呆れ気味に感心したとでも言いたげな微妙な視線を向けてくる。
「二人も観察眼を磨いて思考する事に慣れれば、直ぐに似た様な事が出来る様になるさ。因みにこれ、対モンスター戦闘の集団戦とかでも有効な技能だからな」
「? 集団戦闘でも役に立つって……どう言う事?」
「基本的に集団戦では、モンスターでもある程度統制が取れているんだよ。つまり、統率を取るモンスター……リーダーがいるんだよ。集団戦では如何に相手の統率を崩し連携を崩すかってのが、戦闘を楽にするキモだからな。でもあいつら似た様な外見をしているから、観察眼を鍛えて行動や仕草の差異からリーダーを割り出す思考を持たないと、戦闘中にどいつがリーダーか見分けられないんだよ」
ほんと、同一種族のモンスターの集団だと外見だけでは見分けが付かないからな。最悪、リーダーが最後まで残って、統制が最後まで取られた面倒な戦闘をこなさないといけなくなる。
因みに種族が違うモンスターの混合集団だと、一番強いモンスターがリーダーを務めるから分かり易いんだけどな。
「だから二人も、普段から周りの人や物を意識して観察してみると良い。日常で観察し分析する思考に慣れれば、戦闘中でも同じ様に出来る様になるはずだ」
「……うん、分かった。練習してみる」
「私も頑張ります」
俺のアドバイスを聞き、美佳と沙織ちゃんは深く頷きながらハッキリとした口調で返事を返してきた。慣れるまでは大変だろうが、まぁ頑張ってみてくれ。
そして俺達の話が一段落した所で、裕二と柊さんが声を掛けてきた。
「さて、3人とも。話はその辺にして、昼食にしないか?」
「そうよ。しっかり食べておかないと、この後の探索で力が出なくなるわよ?」
そう言いながら、裕二と柊さんは背中から降ろしたバックパックから朝コンビニで購入した昼食を取り出していた。
「そうだな。じゃぁ二人とも、まずは昼食を取ろうか?」
「うん!」
「はい!」
俺達3人もバックパックから昼食を取り出し、テーブルの上に広げた。
昼食を食べ終えた後、俺達は自販機で購入したよく冷えた麦茶で一服をしていた。本当なら食後のコーヒーと行きたいが、探索中のトイレの事を考えるとカフェインの摂取は遠慮したいからな。カフェインレスのコーヒーを置いてくれると、探索者的には良いんだけど……。
そして、全員で麦茶で一服していると、美佳がペットボトルを見てポツリと漏らす。
「それにしても、高いよね。これ」
「うん、そうだよね。これが一本、500円もするなんて……」
美佳の呟きに、沙織ちゃんも手の中のペットボトルを見ながら同意する。
まぁ確かに高いが、場所柄を考えると決して高過ぎると言う事はないだろう。何かのニュースで小耳に挟んだが、確か富士山の山頂や山小屋で売られている飲み物も、500円はすると聞いたことがある。
まぁ危険度で言えばモンスターが出て来る分、富士山よりダンジョンでの販売価格が高く設定されていたとしても不思議ではないよな。
「美佳ちゃん、沙織ちゃん。確かに外で買う時に比べて値段は高いかもしれないけど、輸送コストなんかを考えるとコレでも安い方だと思うぞ?」
「そうよ。それにこんな僻地……危険地帯に、自販機を置こうと思ったらそれ相応の販売価格になるのは仕方がないわよ。寧ろ、ダンジョン内で物資を補給出来るだけ恵まれているわね」
裕二と柊さんは自販機の販売価格に不満を漏らす美佳と沙織ちゃんに、販売価格はそれなりに適正だと説明する。まぁ確かに、パッと見た限りどの商品もダンジョンの外で買う時の4~5倍の価格だから、不満を述べたくなるのは理解出来るけどな。
「そうだぞ美佳、沙織ちゃん。それに、この手のダンジョン内施設は、今の所日本のダンジョンにしか設置されていないんだぞ? 外国のダンジョンだと、設置しても一日持たずに破壊されるからな……」
実際日本のダンジョン内施設に触発され、数カ国のダンジョンで試験的に設置されたが、商品や売上金の強奪が続発し1週間と持たずに撤退している。
反面、日本の探索者の社会規範がちゃんとしているからなのか、ダンジョン内に設置された自販機が壊され商品が強奪されるという事件は今の所発生していない。だからなのか、ダンジョン内に設置してある自販機の商品ラインアップは日々充実していっている。自販機が設置された最初の頃のラインナップは飲料水や携帯食品が大半だったが、今ではLEDライト等の道具類や初級回復薬などが置かれている。無論、ダンジョン外と比べれば割高価格だが。
「言われてみれば、そうだよね……。多少割高でも、お金を払うだけでダンジョン内で補給が出来るのなら、それだけでも恵まれている環境だったんだ」
「うん、確かにそうだよね。普通、ダンジョン内で物資の補給なんて出来ないもんね」
美佳と沙織ちゃんは手に持ったペットボトルを凝視し、小さく溜息を吐く。いま自分達の手にしている物の価値は理解出来ても、やはり価格の高さが気になる様だ。
まぁ俺達も、慣れるまでは高いと思っていたから仕方がないか……。
「まぁダンジョン内価格に関しては、その内慣れるさ。それよりも、そろそろ休憩も十分に取れた事だし、探索を再開しないか?」
俺は手元のゴミを纏めバックパックに仕舞いながら、4人にダンジョン探索の再開を打診する。
「そうだな。あまり休憩を取り過ぎていると、体が冷えて動きが鈍くなるからな」
「そうね。行きましょう」
肯定の返事を返しながら、裕二と柊さんもゴミ片付けをし席を立つ準備を始める。
「美佳と沙織ちゃんは? もう、探索を再開しても大丈夫か?」
「うん、大丈夫!」
「はい、大丈夫です」
美佳と沙織ちゃんも休憩は十分に取れた様で、手早くゴミ片付けを始める。
そして1分と経たず昼食のゴミを片付け終え、俺達は席を立ち2階層の本当のスタート地点である通路の前に立った。
「2階層の探索を始めるけど……2人とも準備は良いか?」
「うん!」
「はい!」
探索再開の最終確認を行うと、美佳と沙織ちゃんは気合の入った返事を返してくる。
「良し、じゃぁ探索再開と行こうか。裕二、柊さん。2人のサポートをよろしくね」
「おう、任せろ」
「任せて」
そして隊列を組んだ俺達は通路の中へと足を進め、ダンジョン探索後半戦を開始した。




