第161話 2度目のモンスター戦を経験する
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入口を潜りダンジョンの通路を歩く事数分、曲がり角を2つ程曲がった辺りから俺達を監視する視線を感じとった。どうやら、監視者3人組が俺達の追跡を開始したらしい。
美佳達は気が付いていない様だが、俺達にはバレバレだ。
「付いて来たな……」
「ああ。まぁそれなりに距離は置いているから、美佳ちゃん達の探索の邪魔には成らないだろ。一応、警戒はしておいた方が良いだろうがな」
「そうね。彼等の目的は私達の監視でしょうけど、敵対しないとは確定していないものね」
裕二と柊さんの懸念も、尤もだろう。彼等が、俺達の力を見るのにチョッカイを出してこないとも限らないしな。相手の目的を勝手に推察した気になり、警戒を怠って良い理由にはならない。
「そうだね。後方の警戒は怠らない様にしないといけないな……」
俺の小声の呟きに、裕二と柊さんは同意するように首を小さく縦に振った。あまり大きな声や動きをすると、追跡している監視者に俺達が追跡に気が付いている事がバレるからな。少し先を歩く美佳達に気が付かれないように、俺達は小さく溜息を吐いた。
思った以上に、ダンジョン内で追跡監視されるのは精神衛生上好ましくない。まだ敵も少ない表層階だから良いが、20階層辺りで同じ事をされたのなら、PK予備軍という名目を立て即排除行動に移っていたかも知れないな……と、物騒な思考が一瞬頭をよぎった。
「それにしても……美佳達はまだまだだな」
「いや、それは仕方ないんじゃないか? 二人とも俺達の様な訓練は受けていないし、ダンジョン探索なんかの実戦経験も浅いしさ」
俺は進行方向だけに大きく注意を払い歩みを進める美佳と沙織ちゃんの姿を見て、まだまだ二人は基礎訓練課程を脱せないなと思った。確かに二人とも、前回俺達が教えたダンジョン探索の手順に従い行動しているが、二人は教えられた事を忠実に守る事に重点を置いて他の警戒が薄れている。
周りの警戒もするように言ってはいたけど……経験が少ない現段階じゃ対応できないか。
「……要改善だな」
「そうだな。でもまぁ、このあたりは経験を積めば自然と出来る様になるさ」
「いま後ろから攻撃されたら、二人とも何も出来ないまま先手を取られるものね。……いっそ、一度私達が不意打ちを仕掛けた方が良いのかしら?」
幻夜さんとの稽古で、俺達が一番最初に仕掛けられた手だな。まさかスタート直後に、味方と思っていた人から撃たれるとは思っていなかったからな……常に油断するなって事の良い経験にはなったけど、痛かったな。
俺は集中して歩みを進める美佳と沙織ちゃんを見ながら、昔の自分達と重ねた。
追跡監視を受けながら1階層の探索を進める事、15分。やっと前方の通路に、モンスターらしき影を見つけた。数は何時も通り、1つ。
「……居た」
「……」
影の正体は、ハウンドドッグ。ヘッドライトの光に照らされ、既に俺達の存在を認識しているのか威嚇する様に低い唸り声を上げていた。
そして、ハウンドドッグの姿を認識した美佳と沙織ちゃんは、手に持つ槍を強く握り締め体を強ばらせる。
「二人とも、そんなに緊張するな。そんな力んだ状態だと、とっさの行動が取れないぞ?」
「……う、うん」
「……は、はい」
「まずは軽く深呼吸でもして、気持ちを落ち着かせるといい。あっそうそう、目線はハウンドドッグから逸らさない様にな、襲って来るから」
美佳と沙織ちゃんは俺のアドバイスを聞き、目線をハウンドドッグに向けたまま、小さく深呼吸を数回繰り返した。効果は覿面、深呼吸を繰り返す度に体から余分な力が抜けていく。
「大丈夫そうだな」
「うん」
「はい」
普段の調子を取り戻した美佳と沙織ちゃんは、槍先をハウンドドッグに向け無駄な力みの無い構えを取った。美佳も沙織ちゃんも重蔵さんの稽古を受けているだけあって、落ち着きさえすれば構えは堂にいった物だ。
「じゃぁ事前に話していた様に、先ずは美佳からモンスターの相手をしようか? ……行けるか、美佳?」
「……うん。大丈夫だよ」
俺は少し緊張しながら美佳が頷くのを確認し、バックパックからホットソース入り水鉄砲を取り出す。
「まずは俺が足止めをするから、美佳は止めを。今回は急所を狙って、一撃で仕留める様にな」
「うん!」
美佳は気合を入れるように元気良く返事をし、俺と一緒に歩を進めハウンドドッグとの間合いを詰めていく。俺達が一歩一歩近づくに従い、ハウンドドッグの唸り声は大きくなっていく。
そして、俺達とハウンドドッグとの間合いが5m程になった時、先にハウンドドッグが攻撃に動いた。力を溜めた後ろ足で強く地面を蹴り、俺の喉元を狙って大きく口を開け飛びかかってきたのだ。
「残念」
俺は飛び掛ってきたハウンドドッグの大きく開いた口に素早く水鉄砲の銃口を向け、引き金を引く。引き金が引かれた水鉄砲からは真っ赤なホットソースが勢い良く吹き出し、狙い違わずハウンドドッグの口に入った。俺はハウンドドッグの口にホットソースが入った事を目視で確認した後、素早く体を横にズラし突撃を回避する。
そしてホットソース攻撃を喰らったハウンドドッグはと言うと、口に入った瞬間は何が起こったのか理解出来無いといった様子だったが、一瞬の間を置き激的な反応を示した。
「ギャンッッッ!」
苦悶の表情を浮かべ絶叫を上げたハウンドドッグは空中で姿勢を崩し、着地を失敗し全身を地面で擦るようにして転がった。ハウンドドッグは前足で顔を無茶苦茶に掻き毟り、声にならない絶叫を上げながら全身を痙攣させていく。
「……うわぁ。前にも見たけどさ、お兄ちゃん。それ……エゲツなさ過ぎない?」
「……うん。まぁ、人に向かっての使用は推奨出来無いエゲツなさだな」
俺は美佳の引きつった感想を聞き、頬を掻きながら肯定する。
こんな物が自分の口に入ったらと思うと、変な脂汗が湧いてくるのを自覚した。
「まぁそんな事より……ほら。今なら相手の反撃もないだろうから、さっさと止めを刺してこい。勿論、近づく際は警戒を怠るなよ?」
俺は動かなくなったハウンドドッグを親指でさしながら、美佳に止めを刺せと指示を出す。
「……うん」
美佳は一瞬間を空け、手に持つ槍を強く握り締め返事を返す。
そして美佳は、軽く深呼吸をした後ハウンドドッグに向け一歩足を進めた。
「……」
槍が届く間合いまで近づいた美佳は足を止め、穂先をハウンドドッグの急所……首筋に向けた。そして大きく息を吸った後、息を吐きながら一気に槍を突き出す。穂先は狙い違わずハウンドドッグの首筋に突き刺さり……貫く。
そして美佳は、ハウンドドッグが暴れる前に素早く槍を捻った。
「……」
ハウンドドッグは一度大きく痙攣した後、ホットソースの効果で苦悶に満ちていた表情も消え、全身が脱力し動かなくなった。
そして少し時間が経つと、ハウンドドッグは光の粒子に変わり姿を消した……コアクリスタルを残して。
「お疲れ様、今回は上手く一撃で仕留められたな?」
「……うん」
コアクリスタルを拾い上げている美佳に近づき、俺は軽い調子で声を掛ける。少し表情は陰っているが、前回に比べるとかなりマシだ。
やはり、前回一度モンスターにトドメを刺した事が効いているのだろう。
「大丈夫か?」
「うん。前に比べたら、全然大丈夫だよ」
「そうか」
気丈にしてはいるが、無理をしている様には見えないので多分大丈夫だろう……と思っておこう。だが一応、この後柊さんに美佳の様子見を頼もう。男女じゃ、同じ様に見えても見え方にも違いが出るからな。
「お疲れさん、二人とも。今回は上手く出来たようだな?」
「良い手際だったわよ、美佳ちゃん」
「お疲れ様、美佳ちゃん」
「ありがとう」
ハウンドドッグとの戦いを終えた俺達は、一歩離れて戦闘の様子見をしていた3人と合流した。美佳はお礼を言った後、興奮した様に沙織ちゃんと話を始めた。
俺は裕二と柊さんとで、先程の戦闘についての話をする。
「お疲れさん、大樹。美佳ちゃんもあの様子だと、この後も探索を続けて大丈夫なようだな」
「そうね。私から見ても、今の所美佳ちゃんが無理をしている様には見えないわ」
「それは良かった。ちゃんと急所に一撃を加えた上、冷静に捻りも入れられたしね。前回の経験があるから精神的ショックという点では、今回は随分軽い物にはなっていると思うよ」
本当の所がどうなのかは本人と良く話して確認してみないと分からないが、前回と比べ表情は乏しくないし目も虚ろではない。前回の事で美佳も、覚悟も決まっているだろうからな。
「取り敢えず、今の所は探索を続行しても大丈夫そうだな」
「ああ」
これで無理をしている様なら、沙織ちゃんには悪いが引き上げも検討するしか無かった。無理をして、精神面に過大な負担を与えてトラウマを作るわけには行かないからな。
一先ず、安心といった所だろう。
「ああ、それとな大樹……。例の追跡監視している三人組、どうやら俺達のやり方に結構驚いていたようだぞ?」
「はっ、驚いていた?」
「ああ」
裕二の話を聞くと、俺と美佳がハウンドドッグの相手をしている様子を観察していた監視者達は、ホットソース攻撃でハウンドドッグを行動不能にした事に動揺を隠せなかったようだ。
「隠れて追跡していた筈なのに、普通の声で話をするし唖然と立ち尽くして姿を隠し損ねたりしていたな」
「そうね。話し声に気がついた事にして振り返ってみたら、慌てて曲がり角の影に隠れてたわね」
「そっか」
あの3人組、監視者としてどうなんだろうな?
しかし、ホットソースなんかの搦手を使う探索者は、少ないのかな? でもまぁ、これで俺達の快進撃の秘密がこの手の搦手の運用だと誤解してくれると楽なんだけどな……。
「まぁ今のところ、実害のない監視者3人組の事は置いておくとして……どうする? このあと直ぐに探索を続行するか? それとも、少し休憩を挟んで……」
「そうだな……」
俺としては即探索を再開しても問題はないが、美佳は……どうだろう?
「おおい、美佳」
「ん? 何、お兄ちゃん?」
「もう、探索を再開しても大丈夫か?」
沙織ちゃんと話していた美佳が、俺の声に反応し顔をこちらに向けてくる。うん、目も表情も大丈夫そうだな。
「うん、大丈夫だよ!」
「そうか、じゃぁ探索再開と行くか」
「あっ、待って九重君。その前に……美佳ちゃん。槍を見せて」
「?」
美佳の了承も得られたので、探索を再開しようと出発の合図をかけようとする前に、柊さんが待ったの声を掛けて来た。柊さんは美佳の槍を借受、とあるスキルを発動する。
「“洗浄” ……はい、これで大丈夫よ」
「あっ、ありがとうございます」
「美佳ちゃん、今回は“洗浄”スキルが使える私達が側に居るから良いけど、戦闘終了後に余裕がある時はちゃんと武器の手入れを済ませてから探索再開を了承するのよ? 武器の手入れを怠ると、イザという時に使えないって事になるからね」
「あっ、はい」
美佳は柊さんの指摘に、気まずげな表情を浮かべ小声で返事を返す。
まぁ、そうなるよな。
「九重君も気が付いていたのでしょうから、ちゃんと指摘してあげないと……」
「あっ、うん。ごめん」
俺も怒られた。と言っても、柊さんも本気で怒っている訳ではなく、軽い注意といった感じだ。
「じゃぁ、今度こそ出発……で良いか?」
俺は慌てた様子で装備品の再チェックをしている美佳に、再度出発して良いか尋ねる。
「う、うん! 今度こそ大丈夫!」
尋ねられた美佳は、力強く頭を縦に振って了承の返事を返して来た。
「そうか。じゃぁ、出発しよう」
俺達は隊列を組み直し、ダンジョン探索を再開した。
その後、1階層を3時間程かけて歩き回った結果、合計7回モンスターとの戦闘を美佳と沙織ちゃんは繰り広げた。俺達がホットソース攻撃で足止めをして、美佳と沙織ちゃんが止めを刺すと言う流れは変わらなかったが、回数を重ねる毎に美佳と沙織ちゃんは止めを刺す事に戸惑う事は少なくなってきたように思える。まぁ、これだけ繰り返せばある程度は慣れるよな。
そして俺達は今、2階層へ続く階段を下りた先にある2階層のスタート地点……安全地帯で休憩を取る準備を進めていた。




