第160話 探索者の衣装?
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個室で準備運動と軽い打ち合いを行い体を十分に温めた俺達は、利用時間を半分ほど残し個室を後にする。
「さっ、準備も出来た事だしゲートの方に行こうか?」
「ああ、そうだな。でも、その前に水分補給とトイレを済ませておこう」
俺達は裕二の提案を採用し、待合室で軽く水分補給とトイレ休憩を入れた。その際、待合室や沢山の探索者達が準備運動をしているフリースペースを観察してみたが、監視者達の姿が見えない。俺達を監視する視線も感じない事から、恐らく彼らは既にゲートの方に移動したのだろう。
そして、美佳と沙織ちゃんが荷物を置いてトイレで席を離れている間に、俺達3人はこれからの動きについて打ち合わせをしていた。
「ここに居ないと言う事は、あいつらは先にゲートの方にいったのかな?」
「そうじゃないか? ダンジョン内でも俺達の行動を監視しようとするなら、後入りして俺達を見失うリスクは無くしたいだろうしな」
「そうね。ダンジョン内で私達を監視するのなら、待ち伏せするのが一番でしょうね。只、PKの為の監視と間違えられて反撃される可能性はあるでしょうけど」
「確かに……」
ダンジョン内で怪我や休憩をとっているのでも無く、誰かを監視する様に立ち止まっていればPKをしようとしているのでは?と間違えられるな。特に1階層の入り口近くでは。
「まぁ、そこら辺は行ってみれば分かるさ」
「そうだな」
「そうね。でもまぁ、それは一先ず置いておいて今日はどこまで潜るの?」
俺達は監視者の事は一先ず棚上げし、美佳達の訓練内容に付いて話し始める。
それにしても、どこまでか……。
「2人には早めにダンジョン探索に慣れて貰いたいけど、あまり一度に無理はさせられないからね。今日は1,2階層を中心に、モンスターを狩る事を中心に行こうと思ってるよ。トラップへの対応も経験させたいけど、まずはモンスターを狩る事に慣れないと話にならないからね」
「まっ、そうだろうな。何だかんだ言ってもモンスターを狩る……殺す事に慣れないと、ダンジョン探索が進められないからな……」
幸い、3階層まではチュートリアル階層なので、2人にモンスター討伐の経験を積ませるにはもってこいの場所だ。ここである程度、気持ちの置き方と言う物を学んでおかないと、とてもでは無いが危うくて先には進めさせられない。
「でも……そう簡単に慣れる様な物じゃないわよ?」
「それは、そうだよ。逆に、簡単に慣れて貰っても困る事柄なんだけどね」
モンスターを殺す事に、たった1,2回のダンジョン探索で慣れたと言うのなら2人の精神面への影響を疑わなければならない。元々その手の耐性が高かったと言う事だけなら良いのだが、前回のダンジョン探索の影響でその手の感情が極端に鈍化したともなれば大変だ。最悪、血に酔ってとんでもない事をしでかす可能性が出てくるからな。
「今の所、美佳ちゃんや沙織ちゃんにその手の兆候は見られないから大丈夫……と思うけど注意は必要だな」
「ああ。少しでもその手の兆候が見受けられたら、即ダンジョン探索は中止……って事で良いよね?」
「ええ、勿論良いわよ。無理をさせて、2人を壊す訳にはいかないもの」
「俺も良いぞ」
「ありがとう、二人共」
俺は裕二と柊さんに軽く頭を下げ、感謝の言葉を伝える。美佳と沙織ちゃんの引率責任者としては、2人の事を最優先に考え動いてくれる裕二と柊さんには感謝しかない。
そして今日の探索の基本方針が決まった頃合で、美佳と沙織ちゃんがトイレから戻ってきた。
「お待たせー!」
「お待たせしました」
「ああ、おかえり」
2人が戻って来た事を確認し、俺達3人は席を立つ。戻って来た美佳と沙織ちゃんは、俺達に預け置いておいた荷物を手に取り身に着け直した。
「皆、置き忘れとかは無いよな?」
「大丈夫だぞ」
「私も大丈夫よ」
「大丈夫!」
「はい、大丈夫です」
「よし。じゃぁ、行こう」
最終確認を済ませ、俺達は待合ロビーを離れ入口ゲートへと移動を始める。
ダンジョンへの入口ゲートには、あいも変わらず長蛇の列が出来ていた。
そして予想通り、長蛇の列の中には俺達を尾行していた監視者3人組の姿もある。
「……やっぱり居たな」
「ああ。予想通りと言えば予想通りなんだが……」
「ねぇ。彼らの待ち順、随分前じゃない?」
柊さんの言うように、監視者3人組は列の最後尾から20組程前の位置に並んでいた。20組も間に入れば、入場時間に10分以上は違いが出てくるのだが……。
まさか、ダンジョンの中で10分近く待つつもりじゃないよな?入口近くでそれだけの時間を待っていたら、高確率でPKに間違われると思うんだけど……。
「確かに、随分前に並んでいるね。あれじゃ、俺達の監視に支障が出そうなものだけど……」
「何か考えがあるんじゃないか? 流石に、無計画にあんな位置には並ばないだろうし……」
俺達は一瞬、顔に不安の色を浮かべた。
この状況で考えられる策としては、彼等が囮で本命が別にいると言うものなのだが……。
「……どうだ、居るか?」
「いや……居ないな。あいつ等以外からの、視線も気配も感じないぞ」
「私も、何も感じないわね」
俺達3人の索敵範囲には、彼等以外の気配は何も引っかからない。つまり本命など最初から存在しないか、幻夜さん……あるいは師範代クラスの監視者がついているかの2択だ。
前者は兎も角、後者だったら最悪だな。美佳達を引率している以上、監視から逃げ様がない。
「ねぇ、お兄ちゃん? さっきから何を、ボソボソと密談をしているの? 早く列に並ぼうよ」
「ああ、そうだな。悪い」
小声で密談をする俺達に、美佳が不審気な眼差しを向けてくる。列にも並ばず、入口付近で立ち止まっていれば当然か。
俺達3人は、美佳と沙織ちゃんに先導される形で列の最後尾に並んだ。
「この列の長さなら……入場までは30分程度はかかるかな?」
「そんな物じゃないか? 列は長いけど、1チーム1チームにそれなりの人数で纏まっているみたいだしな」
俺達の視線の先には、右腕にお揃いのエンブレムの刺繍入バンダナを巻いた集団や揃いの黒マントを羽織った集団、風林火山と書かれた昇り旗を背負った鎧武者コスの集団や金属製のフルプレートを纏った集団が居た。
うん……一部は見なかった事にしよ。
「中々濃いい趣味の人達がいるようね……」
「うわー、凄い格好」
「あの人達、あんな格好して重くないのかな?」
「あ……うん。それなりのレベルなら、大丈夫だと思うぞ?」
俺と裕二の視線に釣られた女性陣が、俺達の視線の先に居る集団を見付け話題にあげる。レベルが上がれば身体能力が向上するので、重いフルプレートを着用しても動きや持久力に余り支障は出ないだろけど……何故それをチョイスしたのだろう?やっぱり、趣味だろうな……。
前回に比べ、美佳達も精神的な余裕が出来たのか俺達と一緒に周りを観察する。
「こうやって落ち着いて見てみると、色々な人がいるんだね……」
「そうだね……」
美佳と沙織ちゃんは、興味津々といった様子で辺りを観察し感嘆の声を上げていた。
昔……一般解放直後の頃はダンジョン協会で売っている規格品を身に着けてダンジョンに潜る探索者が多かったが、最近はコスプレじみた格好でダンジョンに潜る探索者が増えている。一応、彼等が身に着けている衣装や防具の素材は、ダンジョン協会が売っている物と同じ様な素材が使われているみたいで防御力に問題はないらしい。それ系専門の店は既に幾つも出来ており、セミオーダーメイドで販売されている。
ガチでダンジョン探索をしているチーム……所謂攻略組や企業専属の探索者以外は、休日探索が主で比較的低レベルだったと言う事もあり、取得済みの装備のレベルアップ強化を捨ててでも、自分の趣味にあった防具を身に着けると言う流れが一部で流行していた。
正直俺には、趣味に命を懸ける人達の気持ちが今一分からない。低レベルのレベルアップ強化とは言え、身の安全に直結するものだ。折角育てた装備品を、衣装の趣向を合わせる為に捨てると言う決断など……。
「ああ言う感じの衣装はパスだけど、私ももう少し可愛い格好をしてみたいかな……」
「あっ、それ分かる。何と言うかこの格好、実用性重視だから無骨で可愛くないもんね」
美佳と沙織ちゃんは自分達の姿を見た後、自分ならどう言う衣装が良いかと話し始めた。俺達3人はそんな美佳達が楽し気に話し合う様子を眺めた後、自分達の装備品を見てため息を吐く。装備品強化が高レベルになり過ぎた俺達は、今更装備品の交換は出来ないよなと。
別に今の装備品に不満があると言う訳ではないのだが、コスプレじみた格好に多少の興味はある。特に柊さんは、美佳達の話に参加したそうにしている。
「武器のレベルアップ効果の引継ぎが出来るんだから、防具のレベルアップ効果の引継ぎは出来無いのかしら……?」
「防具のレベルアップ効果の引き継ぎ方法か……防具の生地を繊維に迄バラして編み直すとか?」
「或いは武器の時の様に、ダンジョン産の素材と混ぜるとかだな」
どちらにしても、とても手の掛かる中々面倒くさそうな作業だ。
俺達が今使っている武器だって、レベルアップ強化がなくなる事を覚悟して預けた恭介さんが試行錯誤した果てに漸く打ち直せたという品だ。防具の強化引継ぎだって強化損失を覚悟して試行錯誤しなければならないので、そう簡単には出来ないだろうな。
「ゲームなんかに出て来る生産系のスキルがあれば、簡単に交換が可能になる可能性もあるけど……」
「例え、その手のスキルスクロールが見付かっても、一般にはまず流れないんじゃないか? 既存産業や社会に与える影響が大きすぎる」
裕二の言う様に、ひょっとしたら既に、ドロップされるスキルスクロールの中には良くゲームとかに出てくる錬金術などの生産系スキルがあるのかもしれない。そうであれば、装備品の交換や強化が簡単に出来る様になるかもしれないが、現実としては生産系スキルのスキルスクロールが一般市場に流れる事があるのかは疑問だ。
生産系スキルがどのように作用するかは不明だが、仮に既存のスキルの様にEPを消費し発動する形なら驚異の一言だろう。今まで複雑な作業工程と多数の人員、時間と費用をかけて生産していた物が、個人が短期間で作成可能という事に成る。そうなれば、農業、工業、漁業……これまでの産業構造が一変する可能性さえ出てくるからな。
だが、特に警戒しなくてはならない事態は、個人が密かに火薬や毒薬などの危険物を大量生成が可能になるかもしれないと言う可能性だ。今まではその手の物の生産に必要な物資は厳格に流通管理され、正式な理由も無く生産も購入も出来無い社会の仕組みが構築されている。だがそこに、生産系スキルと言う異物が登場すればどうだろう?危険物の生成に必要な物質を、生産系スキルを使えば誰にも悟られる事無く大量生成が可能になるかもしれないのだ。とてもではないが政府や協会が、生産系スキルスクロールを一般流通させるなど考えられないからな。
「そうね。そう考えると、今更防具の交換も出来ないわね」
「生産系スキルが出てくれば考える……ってのが良い所じゃないかな?」
柊さんは残念そうな表情を浮かべ、一瞬だけコスプレ擬き集団に視線を送った。
入場の列に並ぶ探索者の衣装を眺めながら待つ事30分、漸く俺達の入場の順番が回ってきた。既に、監視者3人組は先に入場ゲートを潜っている。
「カードの提示をお願いします」
「はい」
入場ゲートの側に立つ係員に探索者カードの提示を促され、俺は探索者カードを読み取り機に翳す。短い電子音が鳴った後、ゲートは開く。
「OKです、ご入場下さい」
俺は係員に軽く一礼した後、カードを仕舞いながらゲートを潜り先に入場した皆の元に急ぐ。
「お待たせ。さっ、行こうか?」
「おう」
「ええ」
俺達は何時もと変わらない調子で軽口を叩き合いながらヘルメットライトの電源を入れ、柊さんは穂先の鞘を外す。だがそこで俺は、美佳と沙織ちゃんが少し緊張で表情を強ばらせている事に気が付いた。
「……大丈夫か、二人共?」
「う、うん」
「……はい」
「ほら、軽く深呼吸でもして気持ちを落ち着かせると良い。一度ここには来ているんだ、そんなに緊張しなくても良いと言う事は分かっているだろ?」
二人は俺のアドバイスに従い、深呼吸を数回繰り返す。すると効果は直ぐに現れ、2人の表情から強張りが消えた。
「……うん、大丈夫。落ち着いた」
「私も、もう大丈夫です」
どうやら二人共、良い具合に緊張が抜けたようだ。二人もライトの電源を入れ、慣れた手付きで穂先の鞘を外す。
うん、これなら大丈夫だろうな。
「良し。じゃぁ、出発」
俺達は隊列を組んだ後、美佳達の2度目のダンジョン探索へと、足を踏みだした。