第11話 新人探索者誕生
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人波が途切れる事無く続いているロビー。多数の人間がソファーやパイプ椅子に座り、整理券を手に握り締めながら登録窓口に呼ばれるのを各々暇を潰しながら待っていた。俺も同様に整理券を貰い待っているのだが、既に30分近く待っている。しかし未だ、電光掲示板に自分の持つ整理券番号は灯らない。
「……長くないか?」
「そうか? 市役所の待ち時間て言ったら、大体こんな物じゃないか?」
「そうね。私も以前、市役所に住民票を取りに行った事があるけど、その時の待ち時間もこんな感じだったわ。それに今は繁忙期だから、特に長くなるのも仕方ないわよ」
暇だったので、隣で俺と同じ様にスマホを弄りながら時間を潰している二人に話しかけると、そんな返答が返ってきた。これが普通なんだ、役所って……。
同じ時間待つなら、何処かの行列料理店で待ちたいよ、俺。
「まぁ、そこそこスムーズに流れているみたいだから、その内回ってくるだろ」
「そうね。特に騒ぎ立てているような人もいないみたいだし、気長に待っていた方が良いわよ?」
二人はスマホから目を離す事もなく、口調を慌てた様子も見せない。……悟ってるな。
「……ちょっと飲み物を買ってくるから、席を確保しておいてくれないか?」
「いいぞ。あっ、飲み物を買いに行くなら、ついでに俺の分も買って来てくれないか?」
「別に良いけど……柊さんは要る?」
座りっ放しで余りにも暇なので、俺が飲み物を買うついでに少し動こうとすると裕二が買い出しを頼んできた。パシリのような気がしないでもないが、元々飲み物を買いには行くつもりだったので了承し、柊さんにも飲み物がいるか確認を取る。
「要るわ」
「何が良いの?」
「そうね、レモンティーをお願い」
「俺はコーラで頼む」
「了解。じゃぁ、行ってくるから席頼むな」
カバンを持って席を立つ。見渡す限りロビーの中は、人、人、人。俺達が来た時より人数が増えているような気がする。
人波を掻き分け自販機コーナーへ向かう途中、総合受付側にある整理券発行機の現在の番号を見てみると、五百番台を示していた。やめて欲しい。
何とか自販機コーナーへ到着すると、そこでも人集りが。しょうがなく順番待ちをしていると、五分ほどで俺の順番が回ってきた。
「えっと……裕二がコーラで、柊さんがレモンティー。それと、げっ!コーヒーは売り切れかよ」
二人の分は問題なく購入できたのだが、俺が買おうとしていたコーヒーはすべて売り切れのランプが点いていた。まぁ、この人数じゃ売り切れが出ても仕方ないが、大人気だなコーヒー。
「仕方ない……えっと、お茶でいいか」
購入したペットボトルを抱え、自販機コーナーを出ていく。人波を掻き分け二人の元へ戻ると、席はちゃんと確保されており腰を下ろし、二人に礼を言いながらペットボトルを手渡す。
「はい。御注文の品」
「サンキュ」
「ありがとう、九重君」
「どういたしまして」
二人はペットボトルを受け取り、飲み物の代金を手渡してくる。柊さんは金額分丁度を手渡してくれたが、裕二は細かいのがなかったようで後で貰うこととなった。
「で、順番は回ってきそう?」
「見た感じ後10人位で回ってきそうだから、10分15分ってところじゃないか?」
「そうね、順調に回ればそのくらいかしら?」
二人の話を聞き、俺も納得する。登録受付窓口は3つあり、一人5分前後かかっているのでそんな物だろう。礼を言った後、ペットボトルの蓋を開けお茶を飲む。……うん、このお茶ハズレだな。何とも言えない味わいで、俺の口には合わないわ。俺は眉を顰めながら、勿体無いので今後購入はしないと決心しながらお茶を飲み干す。
そして遂に順番が回ってきた。
「番号札317番の方、2番窓口にお越しください」
「じゃっ、行ってくるわ」
二人に軽く手を挙げながら断りを入れ、俺は登録窓口へ向かった。
「大変お待たせしました。登録申請ですね?書類をお願いします」
「お願いします」
受付の事務員さんが定型文の謝罪を言ってきたが、俺は特に反応する事なく特殊地下構造体武装探索許可証発行の申請書類一式を渡す。
淡々と書類を受け取った受付事務員さんは、素早く申請書類を確認し幾つかの書類にハンコを押していく。
「はい。申請書類はこれで大丈夫です。発行まで暫く時間が掛かりますので、この番号札を持ち発行窓口の側でお待ちください。許可証の発行時に、登録手数料の支払いがあるので準備しておいてください。本日は混雑の為、大変お待たせしまして申し訳ありませんでした」
受付自体は問題無く終了し、ものの5分も掛からなかった。1時間近くも待ったのになぁ……。
俺は何とも言えない心持ちになりつつ番号札を持ち、発行窓口の近くに移動し空いているソファーに座った。
「お待たせ。随分簡単な手続きだったよな?」
「全くだ。何であんな簡単な手続きだけなのに、1時間近くも待たなきゃならないんだよ」
「まぁまぁ、これもお役所仕事ってことだよ」
俺がソファーに座って直ぐに裕二が姿を見せたので、思わず愚痴を漏らすも窘められた。裕二は苛立っていない様なので、俺には心底不思議に思えた。
愚痴の一つぐらい出しても良いだろうに。
「お待たせっ」
「あっ、柊さん。お疲れ様……と言う程お疲れの様じゃないようだけど」
「書類一式を渡して番号札を貰うだけですもの、疲れようがないわ」
柊さんも特に愚痴を漏らすような様子を見せない所を見ると、役所関係の手続きはどこもこんな感じなのだろう。
「そう膨れっ面になるなよ、午前中の内に終わっただけましだぞ?」
「そうね。役所って時間になると、どんなに人が並んでいようとも、目の前で受付を締め切るんだから」
「えっ?」
……マジで? あんだけ並ばされて、その対応って……。俺が役所にドン引きしている間に、二人は役所あるあるで盛り上がる。
二人のあるある話に聞き耳を立て暇を潰していると、今度はそれほど待たずに自分の番号が呼ばれた。話が盛り上がっている二人に断りを入れ、俺は発行窓口に向かった。
「お待たせしました。こちらが特殊地下構造体武装探索許可証になります。記載内容に間違いがないか、御確認ください」
番号札を渡すと発行窓口の事務員さんに、A4サイズの書状と健康保険証程の大きさのカードの2つを差し出された。名前や住所などの記載内容に間違いが無いか素早く目を通し、ない事を確認し窓口の事務員さんに伝える。
「大丈夫です」
「はい。記載内容に間違いが無いようなので、2つの品について説明をさせて頂きます。まずA4サイズの書状ですが、特殊地下構造体武装探索許可証の本人控えになります。紛失や破損が無いように、大切に保管してください。カード紛失時の再発行などに、確認書類として必要になります」
賞状に使われているような上質な紙を使っているようだが、許可証自体は必要事項が羅列されているだけの随分簡素なデザインだ。
もう少し、こう……許可証の縁を金装飾模様で飾るとか手をかけて欲しい。
「次に、こちらのカードについて御説明します。こちらのカードはダンジョンに入場する際に、ゲートで本人確認の為必要になります。ダンジョン入場の際は、必ず持参してください。またダンジョン内で使用する武器を所持し移動させる際にも、必ずこのカードを身に着けていてください。移動時に警察官に職務質問をされた場合、こちらを掲示しますと本人確認が行われ直ぐに解放されます。ですが不所持の場合、本人確認のために大変煩雑な手続きを行う事になり、長期間拘束される事になりますので御注意ください」
少し厚めのプラスチック板にしか見えないが、かなり大事な物のようだ。しかし、そんな大事なカードなら、割れやすそうなプラスチック製でなく、ドッグタグの様に金属製にしろと思うのは俺の身勝手な感想だろうか?
「カード紛失時の再発行には、特殊地下構造体武装探索許可証の本人控えと再発行手続き費用として5000円掛かりますので、お気を付けください」
……おい。割れて再発行する事を前提に、プラスチック製にしていないか?態とプラスチックで製造したろ、絶対。再発行費で稼ぐ気か?
俺はいきなり、日本ダンジョン協会の些細?な悪意を垣間見たような気がする。
「……」
「……」
ジト目で事務員さんの顔を眺めていると、事務員さんは堪らず顔を背けた。
何してんの、日本ダンジョン協会。
「……こちらの書類に受取のサインと、特殊地下構造体武装探索許可証の発行費用の精算をお願いします」
逃げた。顔を背けたまま、俺の前に受取書とボールペン、受け皿が差し出される。
俺は溜息を吐き受取書にサインし、発行費用+税の5400円を受け皿に入れた。
「お預かりします。少々、お待ちください」
事務員さんは受取書と受け皿を回収し、手早く処理していく。1分程待つと、領収書とお釣りが受け皿に乗って出て来た。
「これで事務手続きは全て終了です。怪我がない様、頑張ってください」
最後に事務員の激励の言葉と共に、パンフレット等の諸書類が入った茶封筒を手渡された。
俺はその激励に曖昧な笑顔で答えながら、座っていたソファーへと戻っていく。
協会施設の最上階にあるカフェスペースに移動し、無事に3人とも登録を済ませ新人探索者となった事を確認していた。
「ふぅ、疲れた」
「登録に随分時間かかったからな」
「朝一から来て、1時間半も掛かるとはね」
カフェの自動販売機で改めて購入したカップコーヒーを一啜りし凝った体を背伸びし解す俺、残りのコーラを一気に飲む裕二とレモンティーを啜りながら染み染みと呟く柊さん。
俺達3人に共通している事は一つ、疲れた。その一言だけだった。
「取り敢えずこれで登録は終了した事だし、今度の休みにでも早速ダンジョンに行ってみるか?」
「その前に、ちゃんと装備を整えないと。一応試験の時に貰ったパンフレットを参考に、ネット通販なんかで価格の当てをつけてはいるんだけど……」
「ダンジョンブームに乗って、売り切れ続出ってとこかな?」
柊さんが曇った表情で頷く理由に、俺は心当たりがあった。俺もネット通販サイトを漁ってはみたものの、手頃な値段の良質の品は既に売り切れで、残っているのは有名ブランドの超高価格商品か怪しいバッタもん臭い格安商品くらいだったからな。トテモではないが、実物も見ずに画面越しの映像で購入する気になれるような物ではない。
どうした物かと考えていた時、裕二が何かを思い出したかの様にポンと手を叩く。
「ああっ、そう言えば……」
「? どうした裕二?」
「いや、確かここの2階か3階かにある公式SHOPに、カタログに載っていた品を中心に展示販売してるって案内板に書いてなかったか?」
「「あっ、そう言えば……」」
言われて思い出す。カフェに来るまでに乗ったエレベーターの壁に、小さめの宣伝ポスターが貼ってあった。
「どんな物が置いてあるのか、見に行ってみないか?」
「そうね。買う気はないけど、一応参考までに見に行くのは良いわね」
「そうだな、行ってみるか」
裕二の言う様に、品揃えの見学がてらに公式SHOPを覗いてみるのも良いだろう、柊さんも賛成しているようだし。飲み物の残りを飲み干し、俺達はカフェスペースを後にする。エレベーターホールに貼ってあった宣伝ポスターを見て、公式SHOPが3階にあるのを確認した。
エレベーターで3階に到着すると、直ぐにSHOPが目に入る。なんと、フロアの3分の2程が公式SHOPになっていた。
「随分広く店舗スペースを確保しているな」
「それだけ提携している企業の商品が置いてあるんじゃないか?」
チラッと見ただけでも、小物から携帯食品、迷彩服の様な衣類まで置いてある。カタログに載っていた物の他にも、一通りダンジョン探索で使えそうな物を揃えましたよ、っと言った品揃えだ。
品揃えが良いと言えば良いのか、物が溢れていると言えば良いのか……取り敢えず一通り店内を回ってみるか。
「おっ、これは……」
「ん? 何それ?」
裕二の奴が何かの商品の前に立ち止まり、驚きの声を上げる。気になるので横から覗き込んで商品を見てみるが、使用用途が良く分からない。
裕二が見ている商品は、キーホルダーの様な棒状の金属片と板状の金属片が2つ紐で繋がっている物だ。
「これはメタルマッチだ」
「メタルマッチ?」
「この棒状の物がマグネシウムで出来ているんだ。これを少量削り粉末を作って、こっちの平たい金属片で棒を擦ると火花が出る。で、火花が粉末に移ると火が着くって仕組みだ」
「へー」
詳しく裕二に話を聞くと、元々登山や災害等の非常時に使う着火装置らしい。携帯性が良く、天候に左右されること無く使えることが利点なのだそうだ。
「まぁ、最近はライターやマッチなんかあるからな」
実用品と言うより、物珍しさで持つ者が殆どらしい。確かに、ライターが使える状況なら必要ないしな。 そんなこんなで暫くの間、俺達3人でSHOP内を物色していると突然店内に大声が響く。
「俺じゃ買えないって、どう言うことだよ!?」
何だ?何だ?何事だ?




