第154話 クリアの影響と反省すべき事
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時間も無いので開けた扉から外に飛び出そうとしたが、俺と裕二は飛び出す寸前で足を止めた。
何故なら……。
「最後の最後で、落とし穴とか……」
「最後まで気を抜くな……って事だな」
俺と裕二の視線の先、扉を出て直ぐの床には薄らとした繋ぎ目が見える。大きさは畳2畳分、それほど大きくは無いがゴールしたと思い気を抜いて足を踏み出していれば引っかかっていた可能性が高い。
俺は落とし穴以外にトラップは無いか、素早く目を配り扉の外を観察する。
「落とし穴の他にトラップは……無いな。裕二の方は?」
「俺も落とし穴以外はないと思うぞ」
どうやら裕二にも、落とし穴以外のトラップの存在は確認できない様だ。
「じゃぁ、飛び越えれば良いな」
「ああ。時間も無いし、急ごう」
俺と裕二は助走無しでドアの淵で踏切、同時に落とし穴を飛び越える。俺達は軽く跳んだつもりだったが、優に3m程跳躍していた。……跳び過ぎてないよな?
俺と裕二は落とし穴を飛び越えた後、今度こそゴールゲートを潜った。
「お疲れ様! 制限時間ギリギリだけど、よくクリア出来たね君達!」
ゴールゲートは入場ゲートの隣にあったらしく、ゴールゲートを潜り出た俺達を入場ゲートにいた係員が目を見開いて驚きながら声をかけてくる。
が、何も幽霊を見た様な表情を浮かべなくても……。
「「……ありがとうございます」」
俺達は何とも言えない微妙な表情を浮かべつつ、係員に返事を返す。
係員は興奮した様に俺達を一通り褒めた後、自分の仕事を思い出し咳払いをする。
「う、ううん……失礼しました。制限時間内にゴールをされましたので、御二方とも上級ゾーンクリアです。受付で上級ゾーンのクリア証明が発行されますので、これをお持ちになってお受け取り下さい」
「「はい」」
係員は俺達に、クリアタイムの書かれた2枚の紙を渡してくる。どうやら、これを受付で提出するらしい。
そして、自分の仕事を終えた係員は、俺達に上級ゾーンの感想を聞いてきた。
「それにしても君達、良く一回目の挑戦でここをクリア出来たね。今までこのコースをクリア出来たのは入る前に言ったけど、探索者専門の御一行さんだけだったのに……どうやったんだい?」
「どう、と聞かれても……。普通に突破したとしか、言えませんよ。なぁ?」
「ああ。特にこれと言って特別なことはしなかったな」
「本当かい? 今まで結構な人数がここに挑戦したけど、君達の様な学生さんは大概入って十分もしないでギブアップか強制退場していたからね。中々君達は出てこないし救命ボタンも押されないから、もしかして事故!?って心配していたんだよ」
「ああ、なる程」
確かに、この係員さんの心配は尤もだろう。あの難易度のトラップでは、適正レベルの対トラップ技能がなければ直ぐにギブアップか、負傷し救命信号を出している筈だ。
俺達も、見た目は只の高校生だからな。
「心配して頂いていた様で、ありがとうございます」
「いや。こちらこそ君達の実力を見誤っていた様で、悪かったね。これでも結構な数の挑戦者を見てきたから、見極めには自信があったんだけど……。君達の雰囲気からして、それほど実力がある探索者だったとは思わなくってさ」
雰囲気……ね。
まぁ確かに、俺達は普通の探索者と少し違うから、ここに来る探索者とは雰囲気は違うか。俺はこれまで会った事がある探索者達の姿を思い出し、係員が言う所の雰囲気の違いに得心が行った。俺達はスライムダンジョンでの底上げや、重蔵さんや幻夜さんの訓練のお陰で、そこそこの実力者としての雰囲気は持っている。
しかし、命を懸けたギリギリの戦いを乗り越えた者が持つ雰囲気は持っていない……と思う。何故なら、俺達は今まで対モンスター戦闘において苦戦らしい苦戦はした事は無いからだ。今まで上級ゾーンに挑戦した探索者達は、恐らく1度や2度はギリギリの戦いという物を乗り越えている筈だから、恐らくその差が係員が間違えた雰囲気の差として出たのだろう。
「……そうですか」
「いや、ホントごめん」
俺が少し落ち込んだように呟くと、係員さんは慌てて謝罪の言葉を述べた。
そして係員は、自分の発言のせいで少し場の雰囲気が悪くなった事を察し、俺達を受付の方に移動するようにと促し始める。
「悪かったね、疲れている所で話し込んじゃって」
「いえ、気にしないで下さい」
「じゃぁ受付の方で、忘れないようにクリア証明を受け取ってくれ。ともかく、上級ゾーンクリアおめでとう」
場を誤魔化す様に少々強引な会話で話を打ち切ろうとする係員に、俺と裕二は乗る事にした。
あまり深く追求されても、回答に困るしな。
「「ありがとうございます」」
俺と裕二は係員にお礼を言った後、入場ゲートを後にし受付へと移動する。
受付に到着すると、俺達の姿を視認した係員の肩が一瞬震えた。威圧した事が後を引くな……。
俺はバツの悪い表情を浮かべながら、受付ブースの係員に話しかける。
「すみません」
「は、はい。何か?」
「……これを、お願いします」
「は、はい……って、これは!?」
係員は俺が渡した紙を見て一瞬目を見開いて驚いた後、俺達の顔を信じられないといった様子で凝視してくる。
「……ほ、本当に、クリアされたんですか?」
「は、はい」
「そう、ですか……」
どうやら、中々信じられない様だ。まぁ、無理ないのか?入口ゲートにいた係員も、今まで一組しかクリアしていないって言っていたしな。
そして、暫く手元の紙と俺達の顔を見比べた後、係員は咳払いをしつつ謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ありません、不躾な事をしてしまい。……上級ゾーンクリア、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「直ぐにクリア証明を発行しますので、少々お待ち下さい」
「はい」
係員は俺達に一礼した後、手元のパソコンにデータ入力を始めた。
そして数分後、ブースに設置してあるプリンターからクリア証明が印刷された。
「お待たせしました、こちらが上級ゾーンのクリア証明になります」
そう言って、係員が中級ゾーンで貰ったクリア証明と似た用紙を差し出してきた。
うん、相変わらず安っぽいクリア証明だな。一応、薄っぺらいコピー紙とは違い厚紙ではあるが、お絵描き用の画用紙じゃないか、これ? せめて光沢加工してある物を使えよ……。
「「ありがとうございます」」
俺達はお礼を言いながら、クリア証明を受け取る。安っぽい作りではあるが、上級ゾーンクリアと言う実績の証明である事に違いはないからな。
すると、受付の係員が不安気な表情を浮かべ、口篭りながら声をかけてきた
「あの……」
「はい?」
「本当に失礼な真似をしてしまい、すみませんでした!」
受付の係員が急に、カウンターに手を突きながら凄い勢いで頭を下げてきた。
いや、ちょっ、いきなり何!?
「貴方がたの実力も見極められない分際でありながら勝手な見立てで失礼な物言いの数々、本当に申し訳ありませんでした!」
「あっ、いえ。その件でしたらもう既に謝罪して貰っているので、そんなに謝って頂く必要は……頭を上げて下さい」
何故急にこんな真似を……と思っていたのだが、係員のカウンターについている手が細かく震えているのを見て事情を察した。つまりこの係員は俺達……上級ゾーンを一発でクリアするレベルの探索者に喧嘩を売ってしまった事を後悔し恐怖しているのだ。暴言を理由に報復されるのではないか?と心配し。こうなっては、俺が気にしないと言っても、あまり効果はないだろうな。
俺はここまで考え、裕二に目をやる。どうしよう?と。
「……」
裕二は静かに目を閉じ、頭を左右に振る。処置無しって事か……。
俺は思わず天井を見上げた後、未だ頭を下げている係員に声をかける。
「あの、ホント俺達もう気にしてませんからね? なぁ、裕二?」
「ああ。ですから、もう頭を上げて下さい。そこまでして頂く様な事ではありませんから」
「そうです。えっと・・・そういう事ですので、俺達失礼しますね?」
そう言って、俺と裕二は頭を下げ続ける係員に背を向け、その場を後にする。
はぁ、何でこんな面倒くさい事になったんだ……。
俺と裕二は上級ゾーンがある建物を後にした後、柊さん達と合流する為に初級ゾーンがある建物に移動する。その道中では、俺と裕二は互いに無言で歩き何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
「はぁ、何であんな事になるんだ……」
「まぁ、仕方ないんじゃないか? 俺達からしたら只単に苛立ちをぶつけただけかもしれないが、相手からしたら力では絶対かなわない強者に喧嘩を吹っかけて買われたって状況だからな。謝って許して貰えたとはいえ、いつその事をネタにして絡まれるか分からない状況……ああいった態度を取るのも仕方ないだろう?」
「……だよな。はぁ、折角上級ゾーンをクリアしたって言うのに、全然嬉しくないな……」
思わず溜息が漏れる。
俺が溜息を吐くのを見て、裕二は軽く空を仰ぎ見ながら呟く。
「これから俺達、学校でも実力をある程度見せつけて行こうとしてるんだ。今回の事を反省材料にして、一般生徒と接する時の事を考えないといけないな」
「……そうだな。起こしてしまった事はもうどうにも成らないんだから、今後に生かせる様にしないといけないな」
「……取り敢えず、今回した様に相手を威圧する様な態度は厳禁だ。大樹も今回の事は軽い当て付けのつもりだったんだろうけど、自分の影響力って言うものを考えた対応をしないと不味いぞ。今回の様に、思いもしない事になるからな」
裕二の言葉には、実感の込められた重みがあった。そこで思い出す、裕二は総師範の息子って言う影響力を持つ立場にいたんだなと。俺達と一緒にいる時は素の態度なのだろうが、門下生がいる時は総師範の息子として考えて動いている筈だ。
今回、俺は苛立つ感情のままに動いて、失敗をしてしまった。もう少し、感情を制御するすべを学ばないといけないな。特に人を率いて事をなそうと思うのならば。
「そうだな、確かに自分の影響力といった物をもっと良く考えて行動しないといけないな」
「ああ」
この会話を交わした後、俺と裕二は再び黙り込み初級ゾーンのある建物へと足を進めた。
初級ゾーンのある建物に到着すると、俺達が最初に挑戦した時に比べ人の姿がかなり減っていた。どうやら並んでいた連中の大半は、体験ゾーン送りになったらしい。
「随分減ったな……」
「ああ。やっぱり初級とは言え、素人に毛が生えたような連中には厳しいんだな」
俺と裕二は初級ゾーンの中を見回していると、丁度ある訓練コースの出口から柊さん達が出てきた。
「あっ、お兄ちゃん! 裕二さん!」
美佳が手を振りながら、俺と裕二の元に駆け寄ってきた。
「おう、美佳。どうだ? 訓練の調子は? 半分位はクリア出来たか?」
「ああ、えっと、その……」
俺の質問に、美佳は気不味気に顔を逸らす。この反応を見ると、半分は無理だったみたいだな……。
そして美佳が顔を背けている内に、柊さんと沙織ちゃんが近くまで歩み寄ってきていた。
「お疲れ様。ありがとう、柊さん、美佳達の面倒を見てくれて」
「気にしないで。私としても良い経験になったから。やっぱり、事前にある程度対トラップ技能を習得させていないと、危なくてダンジョンの下の階層にはまだ連れていけないわね」
「ああ……やっぱり?」
「ええ」
俺は頬をかきながら、美佳と沙織ちゃんの対トラップ技能の低さに頭を悩ませる。だが技能が低いとは言え、流石に美佳達を現状の身体能力のまま幻夜さんの所でやったような稽古に放り込むのは気が引けるしな……。
「暫くは、表層階層でトラップとモンスターになれる事から始めるしかないな」
「そうね。あまり急いで下の階層に潜っても、技量と心構えが伴わないと何れ大怪我をする事になるわね」
「それしかないか」
俺と裕二、柊さんは自分達の経験を踏まえつつ今後の方針について話していると、美佳が不満げな様子で声を出す。
「ええ……」
「ええって……。じゃぁ美佳、お前今回幾つトラップを攻略出来たんだ?」
「えっと……3つ」
「3つって……」
10個中3個って……その調子じゃ無理だろ。
「美佳。悪い事言わないから、もう少し対トラップ技量を磨け。ここだとトラップ攻略中にモンスターの襲撃はないけど、実際のダンジョンだとトラップ解除中にモンスターが襲撃してくる事もあるんだぞ?」
「うっ……」
「少なくとも、一定の技量が身に付くまでダンジョンの中層階には足を踏み入れる事は出来ないからな」
美佳は自分の対トラップ技能の低さを思い直したのかそれ以上は文句を言わず、沙織ちゃんも納得顔で文句をいう事はなかった。