第153話 上級コースクリア
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沈んだボートを眺めながら、俺は裕二にとある提案をする。
「……なぁ、裕二」
「……何だ?」
「あの水面に出ているボートの船体を足場にして、小島に飛び移れないかな?」
「あれを足場にしてか……ちょっと遠いな」
俺の提案を受けた裕二はボートの沈んだ位置と小島を見比べ少し考え込んだ後、無理だと結論を口にする。
「やっぱりそうか……」
「ボートが沈んだ位置が、岸から2mも離れていないからな。せめて半分の距離まで進んでいたら、船体を足場に利用出来たんだろうけど……」
ボートが沈んだ位置は岸から2m程……安全確認の為に岸の近くに浮かべていたのが足を引っ張った結果となった。岸から2m……つまり小島までは後8mも距離があると言う事だ。
とてもではないが、実力を隠したまま小島に飛び移れる距離では無い。
「もう少し先に進んでから沈んでくれていれば……」
「今更言っても仕方がないだろ、他の渡る方法を考えよう」
「……ああ、そうだな」
俺は少し未練がましい眼差しで沈んだボートの姿を見送った後、頭を切り替え一般の探索者でも出来る小島に渡る方法を模索しはじめる。
この一般探索者でも出来ると言う条件がなければ、今すぐにも跳んで小島に渡るんだけどな。
「それにしてもボートのあの沈み方、キングストン弁(雨水排水弁)に仕掛でもしていたのかな?」
「そうじゃないか? 後部から水が浸水して沈むあの姿、恐らくキングストン弁に仕掛けが施されていて簡単に抜ける様になっていたんだろう」
水感センサーでタイマーが作動する、電磁弁でも付いていたのだろう。それなら、ボートを水の上に浮かべれば仕掛けが作動する。タイマーの設定次第では、ボートが小島に到着する直前や到達後に沈める事が出来るからな。
そうなれば、小島に無事に渡ったとしても水に触れずに帰る道は殆どなくなる。
「往復でボートが使えると挑戦者に誤認させておいて、後戻り出来ないくらい小島に近づいた所で足を奪うか。……中々悪辣なトラップだな」
「ああ。俺達みたいに岸側で検証したのなら話は別だけど、時間が無ければ検証なしでやるしかないからな。渡った先の小島でどうやって戻れば良いのかと選択肢が少ない中で悩んでいると、その間に制限時間が過ぎるって寸法だろうな」
「となると、池の中に何かしらの仕掛けがあるのは確定的だな。それも、ギブアップを考えるほどの奴が」
何が何でも挑戦者を池の中に入れる、と言うトラップ設置者の意図が伝わってくる仕掛けだ。
「だろうな。となると、ますます池の中に入らずに、小島まで渡る方法を見つけないといけないな」
「そうだな」
「「うーん」」
俺と裕二は頭を捻る。恐らく、この状況を打破する何らかの方法は用意されているはずだ。だが、流石に無装備では……って。
「入場ゲートで渡された道具の中に、何か使える物があったかも知れないな」
「……ああ、そう言えばそんなのもあったな。でもあれは、明らかに何等かの細工が施されている感じだったぞ、使ったら使ったで、より一層のピンチを招いたんじゃないか?」
「かもしれないな」
俺は入場ゲートで、係員さんに貸し出された道具の事を思い出した。細工はされているかもしれないけど、アレらがあればこの状況を打破出来たかもな……と。例えば、木の枝をロープで結んで簡易的な筏を作ってそれを足場に……って。
そこまで考えた所で、俺の目にある物が目に止まった。
「……なぁ、裕二」
「ん? 何だ? 何か良いアイディアでも浮かんだのか?」
「ああ。アレ……使えないかな?」
俺は裕二に声をかけ、とある方向を指差す。その指さす先には……。
「……ダンボール箱か? 確かに箱を組み立てれば浮くかもしれないけど……紙だぞ? 行きは使えたとしても、帰りの時には濡れて沈んでいるんじゃ……」
「いや、そっちじゃなくてその中身。あの箱の中にある梱包材って、発泡スチロールだよな?」
「発泡スチロール……! そうか、あれを浮き材に使おうって言うんだな!」
「ああ。あれなら水に濡れても長時間浮いているし、大きさによっては跳躍の中継足場として十分役割を果たしてくれそうじゃないか」
組み立て式のボートを梱包していた箱だ、それ相応の大きさの発泡スチロールが緩衝材として使われている筈だ。
「なる程。じゃぁ早速、調べてみるか」
「ああ。検証に結構な時間も使ったし、急ごう」
検証作業に思ったより時間を使ってしまった為、残り制限時間は後10分程。俺と裕二はボートを梱包していたのであろうダンボール箱を急いで岸際まで引っ張り出し、中身を確認する。すると底の方から出てきた、錘と紐でつながった頑丈な40cm四方の発泡スチロール板が10枚近く。目を引くように置かれていたボートは、やっぱり挑戦者の目を引く為のダミーだったらしい。
「結構な強度があるな、これ……」
俺は発泡スチロール板を両手に持って、強度を確かめる為に少し力を入れて曲げてみるが割れない。これなら、跳躍の足場に使っても大丈夫そうだ。
「ふむ……。この位浮力があるのなら、沈む前に次に跳べるな」
裕二は発泡スチロール板を池に浮かべ、浮力を確認していた。どうやら浮力も十分なようだ。
「これなら、大丈夫だろう。裕二、これを足場にして小島まで行こう」
「ああ、そうだな。まぁ、これなら行けるだろう」
俺と裕二は発泡スチロール板を次々と、池の中に投げ込む。
そして1分と経たずに、俺達と小島の間に1m~2m間隔で発泡スチロールの浮島が出来た。
「よし、準備完了。行こう、裕二」
「ああ」
俺と裕二は互いに足場に使う浮島を確認した後、池に向かって跳躍する。浮島に俺の足が接地すると浮き島は着地の衝撃で大きく池に沈み込みはじめるが、素早く着地した足で浮島を蹴り次の浮島へと跳躍する。裕二も俺と同じように、浮島が沈む前に次々と跳躍を繰り返し小島へと近づく。
そして数度の跳躍を終え、俺と裕二は池に浮かぶ小島に到着した。
「到着、っと。やってみたら、意外に簡単だったな?」
「ああ。これなら帰りにもう一度やっても大丈夫だな」
「そうだな。さてと、それじゃぁ最後のアイテム回収といこうか?」
俺は小島の中央に向かって歩き、それを見つけた。1と書かれた鍵が透明な箱の中に収められており、その箱の前に大小2つのコップと盥。
そして、説明書らしき木版を。
「何々? この盥に水を正確に4リットル入れろ?」
「大小のカップには、それぞれ5リットルと3リットル入る?」
「チャンスは一度。失敗すれば鍵は手に入れられず失格となる……」
俺と裕二は説明文が書かれている木版を見て、一瞬沈黙する。
そして思わず、こめかみを指で叩きながら苛立たし気に呻き声を漏らす。
「「何でここに来て数学の問題なんだよ……」」
どう言うトラップなんだよ! 何を考えて、ここに数学トラップを仕込んだ! 俺は思わず、トラップ設置者の正気とセンスを疑った。
しかし、落ち着いて考えれば確かに厄介なトラップだ。焦れば焦るだけ答えは出てこず、間違えれば一発失格というプレッシャーをかけられ、まともに頭は回らない。本当にこの答えで正しいのかと疑問を持てば、不安から次々に違う答えが浮かんできて時間をロスしてしまう。落ち着いて考えれば大凡の人が正解を出せるだろうが、短い時間で答えを出せるものは少ない。時間稼ぎのトラップと考えれば、確かに有効なトラップだ。
「なぁ、裕二。これを使って、正確に4リットルを量る方法って……分かるか?」
俺は大小のカップを手に持ち、裕二を見る。すると裕二は、真剣な眼差しで問題の書かれた木版を睨みつけ考え込んでいた。
「ちょっと待ってくれ。えっと確か……この二つの容器を」
「もしかして、量り方を知ってるのか?」
「ああ、何かのTVクイズ番組で似た様な問題をやっていたと思うんだが……ちょっと記憶が曖昧でな」
「クイズ番組……あっ!? そう言えば大分前にあったな!」
俺は裕二のクイズ番組という言葉で、この問題の解き方を思い出した。
「思い出した。確かこの二つのカップを使って、中身の水を移し変えながら4リットルを量るんだよ」
「移し替える……ああ、俺も思い出した」
裕二も思い出したのか、凝視していた木版から目を離す。俺達は小島の中央から池の近くまで移動し、問題の解き方を実践する。
「確かまず最初に、5リットルのカップに水を満杯まで入れるんだ。そして、その水を3リットルのカップに移す」
裕二は池の中に5リットルのカップを入れ満水まで水を汲んで、3リットルのカップに水を移した。
「そうすると、5リットルのカップに2リットルの水が残るんだよな?」
「ああ。そして3リットル入ったカップの水を捨てて、5リットルのカップに入った水を3リットルのカップに移動させるんだ」
裕二は3リットルのカップの水を捨て、5リットルのカップに残った2リットルの水を3リットルのカップに移す。
「最後に5リットルのカップに水を満水まで入れて、3リットルのカップに1リットル分の水を移すと……」
「5リットルのカップに、4リットルの水が残るって寸法だな」
「ああ」
裕二は4リットルの水が入った5リットルのカップを、俺に自慢気に見せ付けてくる。まぁ、確かに自慢したくなる気持も分からなくはないけど……時間がないから。
俺は適当に相槌を打ちながら、裕二の背中を押し急いで小島の中央に戻る。計量した水を盥に移すと、数秒して鍵が入った箱の蓋が開いた。
「良し。これで全部のアイテムが揃った」
「じゃぁ、急いでゴールに向かおう。もうあまり時間がない」
「そうだな、急ごう」
俺は地図を取り出しながら時計をみて、残り時間が5分ちょっとしかない事に少し焦りを覚えた。少し急がないと不味いな。
俺と裕二は再び浮島を足場に小島から撤退し、ゴールに向かって一番トラップが仕掛けられているルート……最短コースで移動を開始する。
ゴール地点に到着すると、最後の関門が俺達の到着を待ち構えていた。
「……なんだ、これ?」
「扉だな……鍵穴が一杯ある」
俺達の目の前には、縦横7列づつに並んだ鍵穴が大量についた扉が鎮座していた。試しにドアノブを回してみるが、扉はピクリとも動かない。どうやら、鍵を解除する必要がある様だ。
俺はコース上で手に入れた鍵を、ポケットから取り出す。
「多分、これを使って扉を開けって事だろうけど……」
「総当りで試す時間はないな」
「ああ。そうだよな……」
俺は時計を確認し、溜息を吐く。残り制限時間は2分ちょっと、総当りだと300通り以上のパターンがあるので間に合わない。何とか開錠方法を見つけ出し、最短時間で解くしかない。
「並んだ鍵の上に、1~7の数字とA~Gのアルファベットか……」
「こう言う問題だと、1~7は鍵に書かれた数字の事だよな?」
「多分な。問題はA~Gのアルファベット。このアルファベットが、何を表しているのか分かれば……」
「アルファベットか……ん? アルファベット? なぁ、大樹。アルファベットと言えば、貰った地図の端に書かれていなかったか?」
「あっ!?」
裕二の指摘を聞き、俺は急いで地図を取り出し確認する。確かに地図の左端に、アルファベットが縦に並んで刻印されていた。
「あっ! これ……良く見るとアイテムの設置ポイントが、地図上だとアルファベットの横線上に来てる」
「……本当だな。と言う事は、扉に書かれたアルファベットが表している意味はこれの事だな」
俺の広げた地図を覗き込んでいた裕二も、俺の見つけた法則が正しいと考えているようだ。
「と言う事は、扉に書かれた数字とアルファベットが意味するのは、鍵に書かれた数字と鍵を見つけた場所って事……」
「大樹、試しに鍵を推察した通りの場所の鍵穴に挿してみろよ」
「ああ、そうだな。このまま悩むばかりで、時間を浪費していても仕方ない」
俺は先程小島で手に入れた鍵を、1Gの位置の鍵穴に差し込み回す。
すると扉の向こう側から、ロックが解除される音が聞こえた。どうやら、俺達の推測は当たっていた様だ。
「……開いた」
「どうやら正解だったようだな。さっ、大樹。時間がないんだ、鍵を開ける方法が分かったんだからどんどん鍵を開けていこう」
「ああ!」
俺は地図と鍵を照らし合わせながら、次々とロックを解除していく。そして、残り1分という所で全ての鍵を解除し俺と裕二は扉を開けた。
ふぅ、どうにか時間内に上級ゾーンをクリアする事が出来たな。




