第152話 上級コースは気が抜けない
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荷物をダンボール箱にしまった後、係員は制服のポケットからジッポライター位の大きさのプラスチック製の小物を2つ取り出し、俺達に手渡してきた。
「これを持って行ってくれ」
「……これは?」
「ギブアップ……救命信号の発信装置だよ。もし挑戦中に、これ以上は……と思ったら遠慮無くその装置のカバーを外して、中のボタンを押してくれ」
俺と裕二は手渡されたプラスチック製の小物……救命信号発信機を観察する。よく見ると側面に分割線が入っており、蓋が開けられる構造になっていた。試しに蓋をスライドさせ開けてみると、中には如何にも押してくれと主張する赤い押しボタンが一つ鎮座している。
「そのボタンを押すと消えていた施設内の照明が全て点灯するから、回収担当の係員が救助に来るまでその場で待機していてくれ。無理に動くと、回収が遅れる事になるからな」
「……はい」
「ああ勿論、そのスイッチを押した時点で挑戦は失格になるよ」
まぁ、当然の措置だろうな。
「以上で説明は本当に最後だ。君達の健闘を期待しているよ」
「はい、頑張ります」
そう言って、係員は入場ゲートを開ける。
俺達は係員に軽く頭を下げ礼を述べた後、右目を瞑って上級ゾーンのコースへと足を踏み入れた。
暗い。それが俺と裕二がコースに踏み込んで、初めに感じた事だった。外の照明が明るかった分、常夜灯レベルの明かりで照らされたコースの通路は真っ暗で何も見えない。足元から感じる感覚から、地面には芝……恐らく人工芝だろうが敷かれていると言う事だけは分かる。
俺と裕二は予め対策として瞑っていた右目を開き、辺りを見回す。まだ暗さに慣れていないが、左目よりはっきりと見える。
「予め片目を瞑っておいて、正解だったな」
「ああ、そうだな。まさか入って直ぐの床に、落とし穴が仕掛けられているとはな……」
俺と裕二は自分達の足元を見て、本格的に侵入者を排除する形式のトラップが仕掛けられている事に驚く。どうやらこの上級ゾーンは、今までのゾーンとは違うらしい。
「歩いていればその内目が暗さに慣れるだろうって、軽い気持ちで足を進めていたら穴に落ちてたな」
「ああ。どうやらここからは本格的に気を引き締めて対応しないといけないようだな」
俺と裕二は改めて気を引き締め直し、本物のダンジョンに挑む心構えでコースの攻略に乗り出す。先ず俺と裕二は足を止め、30秒程目を瞑り目を暗闇に慣れさせる。目が見えないのでは、情報収集力が大きく落ちるからな。
制限時間があるので、早く先に進もうと気が焦ると失敗のもとだ。多少時間をロスするとしても、必要な準備時間だからな。
「……よし、俺はもう慣れたぞ。裕二はどうだ?」
「俺も大丈夫だ」
俺達は1分程掛け、目をコースの暗さに慣れさせた。
「じゃぁ、先に進むか?」
「ああ。行こう」
俺と裕二は正面の床に設置された落とし穴を、左右に分かれ通過する。落とし穴を飛び越えると言う手もあったのだが、ご丁寧に避けた先に別のトラップが仕掛けられていた。
「吊り天井……2重トラップか」
俺は落とし穴の少し前方の天井を見て、トラップの種類を看破する。吊り天井だとおもわれる部分だけ、他の天井と質感が違うので間違いないだろう。
「本格的に侵入者を撃退しようとトラップを設置するのなら、単発では仕掛けないだろうからな……飛び越えた先の床に圧力センサーが仕掛けられているんだろう……っと」
「ワイヤートラップもか……入口から気合入ってるな」
俺と裕二は黒塗りされたワイヤートラップを跨いで回避する。
「ああ。このワイヤートラップは、吊り天井と落とし穴を回避したって安心した連中用の備えって所だな。大樹、気を抜くなよ」
「当然だ」
俺と裕二は入口トラップを回避しても安堵する事無く、周辺を用心深く観察する。今までのゾーンと違い、周囲にはトラップを隠すのに都合が良い障害物になる草木が生い茂っており、トラップの発見難易度が跳ね上がっている。
「幻夜さんの訓練を思い出すな……」
「ああ、一筋縄じゃ行かないみたいだな」
幻夜さんの所で受けた訓練ほど難易度は高くないが、初級・中級ゾーンとは比べ物にならないな。初級・中級ゾーンではトラップを見つける為のヒントが散りばめられていたが、上級ではそれが一切ない。用意されたヒントを見つけるのではなく、自力でトラップの存在に気付いて対処するしかないのだ。
これなら、この施設での上級ゾーン合格者が今まで1組しかいない訳だと納得する。
「とは言え、俺達を止められるって訳でもないんだけどな」
「そうだな。じゃぁ、サクサクとお宝を探しに行くとするか」
「ああ」
俺と裕二は辺りにトラップが設置されていない事を確認し、貰った地図を取り出しアイテムの設置場所を確認する。
「一番近いアイテムの設置場所は……こっちだな」
そう言って、俺は右側を指差す。
上級ゾーンは今までのゾーンと違い、小分けされた部屋などは用意されていない。建物全体で一つの部屋のような作りになっているのだ。順番通りに設置場所を回らないといけないと言う決まりはない。
「じゃぁ取り敢えず、先ずはそこを目指してみるか」
「ああ」
俺と裕二はトラップを警戒しつつ、右側に向かって歩き始めた。
俺はアイテムが設置されている台座に仕掛けられた重量センサートラップを解除し、設置されたアイテムを回収する。因みに、回収したアイテムとは5と番号が書かれた鍵で、これで6個目だ。
「ふぅ……、これで回収するアイテムは後一つだな」
「ああ。制限時間も15分残っているから、この調子ならクリア出来るだろう」
「最後まで気は抜けないけどな。でも、何とかクリアは出来そうだな」
俺は回収した鍵をポケットに仕舞い、地図を取り出し最後のアイテム設置箇所を確認する。
現在位置と地図を照らし合わせ、目的地の方向を指差す。
「……あっちだな」
「あっちって、真っ直ぐ行くと池があるぞ? 池の向こう側なら迂回しないといけない……」
「いや、裕二。どうやら地図を見る限り、最後のアイテム設置箇所は池の中らしい」
「……池の中?」
裕二は俺の手元を覗き込みながら、自分で地図を読み始める。
そして……。
「本当だな。確かにこの地図上だと、アイテムの設置箇所は池の中って事になるな」
「だろ?」
「「……」」
裕二は俺の顔を見ながら、少し嫌そうな表情を顔を浮かべる。俺だって、池の中にとか入りたくないよ。
しかし、上級ゾーンをクリアする為には書かれている場所のアイテムを回収する必要がある。
「まぁ取り敢えず、設置場所に行ってみないか?」
「そうだな、先ずは行ってみて現場を確認しよう」
俺と裕二は若干憂鬱な気分になりながら、最後のアイテム設置箇所を目指し移動を開始する。
そして設置されているトラップを避けつつ歩いて行くと、俺達の前に中央に小島がある直径20m程ある丸池が姿を見せた。
「あの中央の小島が、最後のアイテム設置ポイントだな」
「そうみたいだな……で、どうする? あそこまで池の中を歩いて行くか?」
「いや、流石にそれは……」
池の湖畔に立ち、俺達はどうやって小島に渡るか話し合う。だが、流石に裕二の提案に俺は頷けなかった。
恐らく、池に入ったら何かしらのトラップが作動するはず、と思ったからだ。
「勿論、冗談だよ。流石にどんなトラップが仕掛けられているのかも分からない池の中を歩くなんて、出来無いさ」
「ああ」
裕二も分かっていたらしく、池の中を歩くと言う提案は冗談だった様だ。
「しかしそうなると、どうやってアソコまで池に入らずに辿り着くかって言うのが問題だよな」
「ああ、そうだな。見た所、橋の様な物は……って、ん? おい、裕二。あれを見てみろよ」
「ん? 何だ?」
「アレだよ、アレ! 薄暗くて見えにくいけど、あそこの茂みの中にボートみたいな物が見えないか?」
俺は池の反対側の茂みを指差し、裕二にボートらしき物の存在を教える。
「ボート……あっ、アレか!」
俺が指さした先を見ていた裕二が、ボートらしき物を見付けたらしく声を上げた。
「あれって、ボートだよな?」
「ああ、小さいけどちゃんとボートの形をしているな……」
「あれを使って、池を渡れって事なのかな?」
橋などが掛かっていない以上、池を渡る手段としてボートが用意されていると言うのは分からなくもないけど……。
「……真逆。あんな明白な道具、罠に決まってる」
「そうだよな。多分乗ったら、何かしらのトラップが作動する……って言う仕掛けじゃないかな?」
「多分な……まぁ、一応調べてみるか」
俺と裕二は用意されているボートを罠の一種だと考えたが、一応確認する為に池の周りを歩いて移動する。その間、ボートを使わずに池を渡る方法を考えながら歩いたのだが……。
「助走を付けて小島に飛び移るって言う方法は……無理か」
「ああ。ご丁寧に、池の全周に沿うように複数のトラップが仕掛けられているからな。助走を付けようにもトラップが邪魔で助走距離が取れないから、途中で池の中に落ちるだろ」
池を半周しながら観察して回ると、池の周りはトラップだらけだと言う事が分かった。その為、走り幅跳びの要領で小島に飛び移るのは無理だと俺と裕二は結論付ける。
「俺達なら立ち幅跳びの要領でも、小島まで飛んでもいけるだろうけど……目立つよな」
「ああ。立ち幅跳びで10m……探索者としてみてもかなり逸脱した記録だろうな」
この前学校で行ったスポーツテストの時に計測した、立ち幅跳びの平均は非探索者が2mちょい、探索者が4m程だった。その倍の距離を立ち幅跳びで飛んだとなると、俺達のレベルが平均の倍以上ある事がバレる。
それをこんなダンジョン協会直轄施設でそんな事を行えば、厄介事が駆け寄ってくるのは目に見えていた。俺達は只でさえオーガを討伐した事で、目を付けられているというのに……。
「足場になる飛び石でも池の中に設置されていれば、小島まで跳んでいけるんだけどな……」
「ああ、そうだよな」
2つ3つでも途中に飛び石があれば余り目立たずに小島まで行けるのだが……この池には飛び石になるようなものは無かった。
「っと、あった。って、随分小さいボートだな。1人用か?」
「この大きさだと、多分そうだろうな。にしても……この大きさで小島まで渡れるのか?」
ボートの周りには真新しい大きな箱と多数の梱包材が散らかっており、ボートが如何にも新品ですよとアピールされている。俺と裕二はトラップが仕掛けられてい無い事を確認してから、ボートを草陰から引っ張り出した。因みにボートはプラスチック製の組み立て式らしく、持ち上げた感じは意外に軽い物だった。
「なぁ、裕二。お前、先に乗ってみないか?」
「いや、折角だから大樹に譲るよ」
「「……」」
俺達は笑顔を浮かべながら、揃ってボートの乗船権を譲り合う。明らかに罠としか思えないボートに、1人で乗る気は流石にないからな。特に組み立て式とか接合部分に仕掛けがされていると、乗った途端に分解沈没しそうで怖い。
だが、互いに牽制しあっていては話が進まないので、俺は裕二にボートを池に浮かべてみないかと提案してみる。
「そうだな。取り敢えず池に浮かべてみて、様子を見てみるか……」
「暫く浮かべてみて、何ともなかったら大丈夫って事だろ? どっちが乗るかはそれから決めようぜ」
俺と裕二は妥協案として、先ず初めにボートの安全性を確認する事にした。何かボートに仕掛けをされていたのなら、浮かべて見れば何かしらの反応があるはずだからな。
「じゃぁ、行くぞ」
「おう」
「「せぇの!」」
俺と裕二はボートを池に押し出し、静かに浮かべた。ボートは池上で小さく左右に揺れながら浮かんでいるが、直ぐに転覆し沈んでしまう様な不安定さはない。
「……大丈夫そうだな」
「ああ。だけど、まだ何も重量物を載せていない状態での事だ。何かを乗せた時の様子も見て見ないと」
「確かにそうだな、となると……ああ、アレで良いか」
俺はボートの先端と繋がった紐を引っ張り、ボートを半分だけ陸に引き上げる。
そして俺と裕二は池の周りにオブジェとして置かれている石を拾い、人一人分の重さの石をボートに載せて、再び池の上に浮かべた。すると……。
「なぁ、裕二?」
「……何だ?」
「あのボートさ、何か沈んでいってないか?」
「……沈んでいってるな」
「……そうだよな」
俺と裕二の目の前でボートが、船の後部から勢い良く水を浸入させながら段々と沈んでいく。
そして水を侵入させ始めて1分程、ボートは船底を上に向けて僅かばかり水面に船体を出した状態で池の中に沈んだ。
「……乗らなくて良かったな」
「……ああ、全くだ」
「「……どうしよう?」」
俺達は沈んだボートの姿を唖然とした眼差しで見送りながら、どうやって小島に渡れば良いのかと頭を悩ませる。