第151話 上級ゾーンに挑戦しよう
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戻ってきた受付係員が、俺達に上級ゾーンについて説明を行うが若干顔色が悪い。どうやら、先程の威嚇が効き過ぎたようだ。
俺は戸惑いつつ、思い切って係員に声をかけてみる。
「あの……」
「は、はい! な、何か!?」
いや。俺が原因だとしても、その反応はさすがに傷つくんですけど……。
体をビクつかせ怯えた様な眼差しを向けてくる係員の反応に、俺は自分の表情が引きつるのを感じた。因みに、裕二は俺の隣で苦笑を漏らしている。
「このゾーンのコースは1つしかないんですか? 中級や初級は複数あったんですけど……」
「はい。あの、その……上級ゾーンは設備の関係上、1コースしか設置されていません」
「そうですか……。すいません説明を中断させてしまい、どうぞ説明の続きをお願いします」
「は、はい!」
俺が礼儀正しく優しく穏やかな口調で説明の続きを求めると、係員も俺がもう怒っていない事に気付き、緊張で強張っていた体から無駄な力が抜けた。
どうやら、上手くいったようだ。係員は幾分心持ちが軽くなった口調で、ゾーンの説明の続きを行う。
「ですので、このゾーンでは怪我をする可能性が他のゾーンより高く、コースに挑戦なさる方にはこちらの同意書にサインして頂く決まりになっています」
そう言って、係員はボールペンを添えて1枚の用紙を俺達の前に差し出す。
「記載内容を簡単に纏めますと、“当施設で負った怪我の責任の一切は挑戦者に有り、怪我に関し当施設を訴える様な申し立ては起こしません”と言った内容になります」
所謂、賠償請求権を放棄させる為の同意書というやつだな。まぁ確かに、怪我をする可能性が高い施設を運営するなら、こう言った類の書類は欠かせないか。
「どうなさいますか? こちらの同意書にサインして頂かないと、上級ゾーンへの挑戦はお断りさせて頂いているのですが……」
「あっ、大丈夫ですよ。同意書には署名します」
「そうですか……。では、こちらに必要事項を記入の上、こちらに拇印をお願いします」
そう言って係員は、もう一枚の同意書と朱肉ケースを差し出してきた。
俺と裕二は手早く同意書に必要事項の記入を行い、右手の親指に朱肉を付け拇印を押す。
「よし、完成」
「お疲れ様です、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
俺と裕二は指を拭く為のウエットティッシュを受け取りながら、記入を終えた同意書を係員に渡す。
「……はい、大丈夫です。記入漏れもありませんので、同意書はこれで結構です」
係員は受け取った同意書に目を通し問題がない事を確認すると、俺達に断りを入れ内線電話でどこかと連絡を取り始める。
そして電話で数回のやり取りを終えると、係員は戻ってきた。
「ただいまコースの準備を行っているので、少々お待ち下さい」
「準備……ですか?」
「はい。上級ゾーンのコースの仕掛けの中には、事前準備が必要な訓練設備もあります。ですので準備が整うまで、少々お待ち下さい」
係員は軽く俺達に向かって頭を下げながら、待機する様に行ってくる。まぁ、別にそこまで急いでないので待つのはかまわないけど……。
「何分くらい掛かりますか?」
「そんなに時間は掛からないと思います。恐らく、5分もあれば準備出来るかと。準備が整いしだい連絡が来る手筈になっていますので……」
「そうですか、分かりました。では、連絡が来たら声をかけてください」
「分かりました」
俺と裕二は待つ間、受付の前を少し離れる事にした。あの係員だって、何時までも俺達が目の前で立っていたら息苦しいだろうしな。
待つ事5分。準備が整ったらしく、受付の係員が俺達を呼ぶ声を上げた。
俺と裕二は受付前に移動し、係員の説明を聞く。
「お待たせしました。設備の準備が整いましたので、入場ゲートの方に移動して下さい。コースのクリア条件等は、入口ゲートに待機している係員の方から説明がされますので分からない事はお聞き下さい」
「分かりました」
そして、移動の指示を受けた俺達が受付を立ち去ろうとすると、係員が躊躇気味に俺達を呼び止めた。
「先程は大変失礼な対応をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ。苛立っていたとは言え、失礼な態度を取ってしまいすみませんでした」
俺と係員は互いに頭を下げ合い、お互いが取ってしまった失礼な行いを謝り合う。
そして頭を上げた時、俺と係員は互いの顔を見て不意に苦笑を漏らしあった。
「頑張って下さい」
「ありがとうございます、頑張ってきます」
互いに謝罪した事で、俺と係員は蟠りを解消しあう。
そして受付の係員と別れ入場ゲートへ移動すると、ゲートの傍にダンボールが乗ったワゴンを脇に置いた係員が待っていた。
「君達が挑戦者かい?」
「はい、そうです」
「そうか……。一応確認するけど、君達は中級ゾーンはクリアしているよね?」
「勿論。これを」
俺は中級ゾーンのクリア証明を係員に見せる。
係員はクリア証明を数秒見た後、軽く頭を下げ謝罪する。
「いや、疑ってすまない。ここは中級ゾーンをクリアしていないと、訓練中に怪我をする可能性が高いからね。君達の様な学生が……と思ってね」
「いえ、お気になさらないで下さい。その心配は当然だと思いますので」
実際、俺達が中級ゾーンに挑戦した時に順番待ちをしていた挑戦者の殆どは社会人で、少数の大学生グループが居ただけだった。中級ゾーンに挑戦しようとする高校生グループは、俺達だけだったので目立っていたな。尤も、最速で中級ゾーンをクリアしたので、もっと悪目立ちしたけど。
だから、この係員が俺達が中級ゾーンをクリアしたのかと疑う事自体は仕方がない事だ。恐らく高校生のグループが、中級ゾーンをクリアして上級ゾーンに挑むのは滅多にない事なのだろうな。
「すまないな。じゃぁ早速、ここの説明を行おう。まず初めに、これを見てくれ」
そう言って係員はダンボールの中から、タブレットを取り出し映像を再生する。画面には、鬱蒼と草木が生い茂る山の中の様な映像が映し出された。
……何だ、これ?
「今見て貰っているのは、ここ。上級ゾーンのコースに設置してある、障害物の映像だ」
「障害物……えっ、山の中を想定したコースなんですか?」
「ああ。上級ゾーンのコースは今までのゾーンとは違い山林……トラップが隠しやすい障害物が多い地形で構成されていて、難易度が高くなるように設定されている」
な、中々思い切ったコース設計をしたな……。つまりあれかな? この上級ゾーンがある建物は植物園で、植物園の中にトラップを設置して訓練コースを構築したって事か……。
「今の所、ここの上級ゾーンのコースをクリアした挑戦者は、ダンジョン探索が専門の業者グループが1組だけだ。だから、君達が挑戦して失敗したとしても悔しがる必要はないからな?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
どうやらこの係員は、俺達には上級ゾーンがクリア出来ないと思っているようだ。まぁ今までの上級ゾーンの実績を鑑みれば、無理もない結論なのかもな……。
「まぁ、何事も経験だ。怪我をしないように気をつけながら、出来るだけ頑張ってくれ」
「……はい」
「じゃぁ早速、貸出品の説明をさせて貰うよ」
そう言って係員はダンボールの中から色々な道具を取り出し、俺達に手渡していく。
「先ずはこれ、懐中電灯だ。コース内はダンジョン内部を模し、照明は常夜灯レベルまで落としてある。目を凝らせば凡その形は見えない事もないが、トラップの発見や解除作業には光量不足だろう」
「はぁ……」
俺と裕二は手渡された懐中電灯を点灯消灯を数度繰り返しながら、怪訝な眼差しで渡された懐中電灯を観察する。挑戦者に試す側が道具を提供……ね? 俺は、多分これって罠だよな?と裕二に目線で訴えると、裕二も小さく頷き同意した。だよな……。
そして係員は、次々と攻略の役に立ちそうな道具を俺達に手渡してくる。
「取り敢えず、以上がこちら側から貸し出す道具だ。これらを活用して、クリアを目指し頑張ってくれ」
「……はい」
「何だ、気のない返事だな……もう諦めたのか?」
「いえ、そんな事はありませんが……」
俺の返した気のない返事を、係員は俺達が渡される道具を見てクリアする自信を失ったと受け取ったようだ。だが、俺が気のない返事を返した理由は、手渡された道具の数々に仕掛けが施されている事に気が付いたからだ。ロープに入れられた鋭利な切り口の小さな切り込みを筆頭に、一定範囲の方向にしか動かないコンパスなど、渡された道具には何かしらの仕掛けが施されていた。俺と裕二は係員から受け取った道具をこれまた貰った袋に淡々と仕舞って行くが、これって殆どゴミ回収だよな……。
そして俺と裕二が荷物をしまい終えた事を確認し、係員は最後に上級ゾーンのクリア条件について話し始める。
「さて、この上級ゾーンのクリア条件は単純だ。今から渡す地図に記された地点に設置されたアイテムを回収し、制限時間内にゴールする。それだけだ」
「宝探し……と考えて良いですか?」
「ああ、その認識で問題ない。設置してあるアイテムは全部で7個。これら全てを回収し、ゴールすればクリアだ」
宝探しか……幻夜さんの所で受けた訓練もある意味宝探しだったな。
「制限時間は何分ですか?」
「制限時間は30分。30分以内に全てのアイテムを揃え、ゴールするように」
30分か……。長い時間設定の様だが、この広さの建物の中からアイテムを探し出すとなると厳しいな。クリア者が少ないのも、納得と言うものだ。
「無論、このコースには各種トラップが仕掛けられている。クリア条件にトラップ作動数は含まれていないが、余りにも多くトラップを作動させた場合はこちらから強制中止指示が出るので気を付ける様に」
「はい」
こうして予め釘を刺すと言う事は、誰かクリア条件に入っていないからと、トラップを無視してアイテム探しをした奴がいたんだろうな……。
「以上で、このコースについての説明は終了だが……何か質問はあるかな?」
係員は幾つか注意事項を俺達に伝えた後、質問はないかと聞いてきた。
なので、右手を小さく上げながら俺は一つ質問をする。
「あの……質問があるんですけど、今受け取ったこの道具類は返却する事って出来ますか?」
俺が道具の返却を申し出ると、係員はムッとした表情を浮かべ返却理由を聞いてくる。
「ん? 返却? 何でだ? それらは、攻略に必要になるだろう道具だぞ? それを返却すると言う事は攻略する事を諦めたのか?」
「いえ、そういう訳では……」
「それなら、一体どう言う訳だ? 折角攻略の助けになるだろうと、親切心で貸し出していると言うのに……」
係員は俺が明確に返却理由を言わない事に苛立ったのか、不快そうな表情を浮かべながら口調を荒立たせながら睨みつけてくる。中々のプレッシャーと迫力だな……素人や経験の浅い探索者になら効果抜群だったんだろうな。尤も、稽古中の重蔵さんのプレッシャーと比べたら、全然大した事無い威圧だけど。
俺は係員の視線をまっ正面から受け止めながら、返却理由をハッキリとした口調で告げる。
「親切心からの貸出ではなく、この道具自体がトラップの一つですよね? ですから、こんな欠陥品を持って行く訳にはいきません。お返しします」
俺と裕二は手渡された道具が入った袋を、係員に突き返す。係員は俺達が突き返した道具の入った袋をしばらく凝視した後……。
「はははっ、やるな君達! お見事、よく見破ったね!」
係員は突然笑いだし、俺と裕二を見ながら愉快そうに称賛する。
「結構慌ただしく受け渡したから、じっくり観察する暇はなかったと思ったけど……中々の観察眼だね」
「あっ、いえ……」
「参考までに聞きたいんだが、どの辺で渡した道具が欠陥品かもしれないと疑っていたんだい?」
係員は興味津々といった様子で、俺達が道具を欠陥品と見破ったポイントを聞いてくる。
「えっと……いつからかと言われると、最初に疑ったのは懐中電灯を渡された時からです」
「えっ、最初っからかい!?」
「はい。そもそも挑戦者を試す側が、要請もしていないのに懇切丁寧に道具を用意してくれると言う事態こそ疑わしい……と思いまして、疑いの目で渡された道具を見ていくと色々な仕掛けが目に入ってきました」
「なる程。そこまで用心深く警戒していたら、こんなトラップには引っかからないか……。大抵の者は受け取った道具を疑わず、そのまま中に入り失敗するんだけどね」
係員は俺の回答に感心したといった様子で頷きながら、俺達が突き出している道具の入った袋を受け取る。
「このトラップを初見で見破って、道具を突き返してきたのは君達で2組目だよ」
「えっ、他にも居たんですか?」
「ああ。さっきも言った、唯一上級者ゾーンをクリアしている探索者グループの事だよ」
どうやら、その探索者グループの人達はかなりの手練のようだな……。
「君達なら、2組目のクリア者になれるかもしれないね」
係員は俺達が突き返した道具をダンボール箱に仕舞いながら、そんな言葉を漏らした。
かもじゃなく、クリアするつもりで来ているんだけどな……。